幼馴染は道を探す。


よく吠える犬は気弱なだけだ。

通学路に誰が通ってもワンワン吠える犬がいる。犬は嫌いじゃないけど、その犬は別だ。こっちは何も悪いことをしていないのに吠えてくる理由が分からない。犬に理由を求めても無駄なのは分かっているけれど。

その日もわたしは学校に行った。

最初は保健室に通って保健室の先生とも打ち解けたところで、担任の先生から呼び出しを受けた。久しぶりに見たので最初に声をかけられたとき、正直誰なのか分からなかった。


「あのね、蕨野さん」


諭すような言い方だった。その切り出し方が祖母に似ていて何だか好きになれない気がした。わたしの第一印象はだいたい合っている、と思っている。


「クラスメートの皆もあなたのこと待ってるのよ。行事だってこれからあるんだし、仲良くなれるチャンスが沢山あるわ。午前だけでも午後だけでも良いから、教室で授業を受けてみない?」

「……はい、考えときます」

「それに、その、錫見さんと仲良くするのは良いけれど……節度をもってね」


節度。それから何かを言われたけれど、節度の意味が気になってあまり聞いていなかった。三時間目終了のチャイムが鳴っても先生の話は続いて、もう飽きてきた。


「先生、提出物ここに置いておきますね。あと次の授業始まりますよ」


その声は懐かしかった。

同じように顔を上げた先生が弾かれたように時計を見る。「本当だ! ありがとう!」と言いながら机の上に置いてあった教材を重ねる。「じゃあそういうことだから、ちゃんと教室来なさいね」と雑に締めくくって、わたしの横を通り抜けた。

職員室に置いていかれた。


「学校来てたのか」


ぼーっとしていると、その声に腕を引かれた。わたしとは反対の左側にされている腕時計。制服姿を久しぶりに見たなと思う。

「失礼しました」と言って職員室を出る。四時間目が始まる直前だからか、廊下には人が全然いない。


「あの先生、話なげーから。気をつけろ」

「ん」

「教室行ってねーの?」


頷いて返す。

雪成は何も話さない。腕も離さない。


「わたし行くから」


先に口を開いたのはわたしだった。腕を振り解こうとすると、力が増す。顔を顰めて雪成を見上げる。

あ、見てしまった。

第二ボタンまで開いたシャツに三本の線が入ったネクタイをしている。緩められたそれは三年目な感じが出ていて、なんだか苦手だ。高校にいる雪成は、いつも縁側に来る雪成とは別人に見える。


「どこに」

「保健室」

「送ってく」

「いらない」


ここは高校だ。誘拐を企む大人どころか、吠える犬すら出たりしない。雪成はそれを知らないのか。

四時間目が始まるチャイムが鳴った。わたしは教室に行く気なんて更々ない。雪成は授業があるはずなのに。

どちらも動かなかった。


「なんで話しかけんの? わたし、次会いに来たら」

「殺すのは会いに行ったらだろ。これは偶然だった、文句言うなら神様にどーぞ」

「神様、雪成を殺して良いですか、良いですよ」

「だめです」


流石に職員室でこんな場所でこんな話の応酬を誰かに聞かれるとまずいと思ったのか、雪成が腕を引っ張ってくる。非常階段まで歩いて立ち止まった。

こちらをくるりと向く。昔は少しだけわたしの方が高かったのに、今は平気で見下ろしてくる。そんなどうでも良いことに今は苛ついて、明後日の方向を見た。

鳥が飛んでいる。木々から木々へ、なにかを求めて飛んでいく。


「理由は」

「つーん」

「急に来るなとか」

「来るななんて言ってない。来たら殺すって言った」

「じゃあ楓は俺を殺して良いんだ」


良いなんて言ってない、と言いそうになって詰まる。これじゃさっきの話が巡っているだけだ。

わたしは雪成を脅した。死にたくなかったら来るなってことだ。でも次はわたしが脅されている。殺して良くないなら発言を撤回しろってこと。

どちらも黙ってしまって状況が固まる。


「分かった、じゃあこうしよう」


雪成はわたしの腕を離した。


「俺は楓に殺されない。その代わり、楓は毎日学校に来る。保健室でも可」

「えー」

「いー加減、学校の構造覚えないと移動のとき大変になるぞ」


どうしてそれが雪成にばれているのか。図星なので反論はしない。それを肯定にとった雪成はわたしに手を差し出す。

それを取ると、わたしは雪成を殺さない。

でも、一緒にわたしは学校に通うことを約束する。保健室でも良いらしい。

少しだけ考えるふりをして、その手を取る。そんな時間が無駄なのは分かっていたけれど、一方的に言われっぱなしなのは納得がいかないから。


「保健室だっけ」

「ん」

「楓」

「なに?」

「入学おめでとう」


雪成が笑った。珍しかったのでそれを目に焼き付ける。

ありがと、と言って雪成の肩口に頭突きした。呻き声が聞こえたけれど、咎められはしなかった。




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