曼珠沙華は姿を現す。


嘘を吐いたことがある。

内海藤吾は錫見によって庇われ拾われた後、錫見家長女と出会った。ランドセルを背負うより前のことだった。生い立ちから想像出来る通り、愛嬌のない内海になかなか懐かずに苦労した。内海自身も錫見の下で働くことに慣れた頃、錫見家長女も内海を怖がらなくなる。可愛いと思っていればすぐに反抗期や思春期がきて、彼女はこの業界の集まりで出会った男と恋に落ちていた。それを見ているだけだったのは、叶うことがないと知っていたから。

調べはついていた。何かあれば錫見に報告するつもりで、結局黙っていた。そして罰が当たったのだろう。失恋した彼女は、背中に彫りをいれて帰ってきた。


中塚が生徒会に行くのを見送り、あたしと楓は揃って昇降口まで歩く。もうすぐ衣替えの移行期間になる。あたしの髪の毛も少し伸びてきた。


「あたし、本当は煙草吸ったことあるの」


楓はぽかんと口を開ける。


「外れた道への第一歩?」

「親に見つかってすごい怒られたから、もうしない」

「純さんにもグレた時期があったんだ」

「んー、そうなのかも。そういえばそのときも内海が一緒に怒られてた」

「内海さんも一緒に?」


ローファーに履き替えて、爪先をとんとんと地面に叩きつける。履いていた上履きを靴箱に戻そうとすると、何かの記憶がおりてきた。


「そう、あたしが勝手に内海の煙草盗んで吸ってたのに」


母に怒られていたあたしの所に内海が様子を見にきて、割って入った。


「『自分が渡した』って言い張って……よく内海生きてられたなあ……」

「それ、純さんを庇ってるんじゃないの?」


目をぱちくりさせる楓に、あたしが同じことをして返す。


「え、どうして?」


上司の娘だから? 幼い頃から面倒をみてるから? だからってあたしが勝手にした悪事をどうして内海が庇う必要があるのか。ある意味、命からがら。

楓は一瞬眉間に皺を寄せ、鞄を肩にかけ直す。


「今度中塚に内海さんの話をしてあげよう」

「どうしてよ?」

「きっと不憫だ不憫だって言うから」


くすくすと思い出して笑う。そういえば、前に楓と中塚が逆井先輩のことで言い合っていたことがあった。それに内海が関係してるのかどうかは分からないけれど、確かに親しい人が不憫だと言われるのは良い気持ちはしない。

校舎を出て校門の方へ歩く。ジャケットを羽織ってはいるけれど、明らかにサラリーマンではないチンピラがいる。煙草の火を燻らせているその姿が、一瞬昔の内海に見えた。内海が居なくなってから、内海のことしか考えていない。


「内海さんに聞いたら分かるんじゃない?」


土居の姿を見て苦笑を漏らした楓は、ひらひらと手を振ってみせた。









病院はあたしにはあまり縁のない場所だと思っていた。去年風邪を拗らせるまでは。

父の会社が懇意にしているこの病院は、普通の患者もいるけれど、ワケアリも多いらしい。あたしもここに入院していた。

「内海ってどこにいるの?」と普通に土居に聞いても教えてくれるわけがなかった。ヘラヘラ笑って「教えたら俺が頭にぶん殴られますよ」と言い、短くなった煙草を地面に落とす。土居がそれを踏む前に、あたしがローファーで踏みつけた。ザリザリと地面が悲鳴を上げる。土居を見上げた。


「教えてくれないなら、今から制服のまま事務所に行くから」


人生で一番の脅しだった。


入り口を通って迷わずに階段の方へ歩く。三階と聞いたから、何となくあたしが入院していた部屋だと想像していた。間違っていたら三階をぐるぐると回る予定でもあった。


「お嬢」


そう呼ばれたのは久しぶりだった。

右足を一段目にかけて、左足が浮く。ふらりとしてから一段目に落ち着いた。振り向くと久しぶりに見たその顔は、前に見たときと同じ無表情。口元は切れていて青紫になっているけれど、いつもの内海。


「お嬢って呼ばないで」

「すみません、つい。土居から聞きました」

「脅したこと?」

「純さんがここに来ると」


内海は黒い服は着ていなかった。青い入院着と腕に包帯をぐるぐると巻いている。それを見ると、その腕が上がって指が階段の向こうを示す。三階まで階段に上がった。

窓からの景色は、あの頃と変わらない。







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