幼馴染は夏を厭う。


謹慎が終わって学校に行くと変わっていたことが二つある。一つはみんなが夏服になっていたこと、二つは席の位置。

席は前から二番目になっていた。斜め前が純さんだったのが嬉しいけれど、本人は一番前であることを大いに嘆いていた。ちなみに中塚はわたしの列の一番後ろ。謹慎している間、純さんは榎本さんと話すことが多かったようで前より仲良くなっていたことにちょっと面白くないとも思った。けれど榎本さんって四月のときからわたしにも良くしてくれていたことを思い出して、思い直した。中塚のように偏見を持たない女子も世の中には沢山いるのだろう。


「そういえばうちの家に蕨の商品沢山頂きました、どうもありがとう」

「そうなんだ」

「知らなかったの? 兄の所にも届いたって聞いたんだけど」

「父親が勝手にやったことだけど、今回大事に巻き込んだお詫びとして受け取ってください」

「お母さんがすごい楓のこと面白い子だって言ってた。今度泊まりに連れてきてって」

「わたしは彼氏か」


でも、蕨野さんと付き合うのは止めなさいと言われていないことに安堵した。父親にも純さんにも感謝をする。

職員室まで担任に反省文を渡しに行った。わたしは全学年で一躍有名人らしく、それが暴力事件の方か、蕨のことなのか、兎に角知らない先生たちからの視線が痛い。

生徒指導室では月出先生ばかりが話していたから、きっと長いお説教があるのだと覚悟していたけれど、普通に受け取られた。


「先生、すみません」

「女子なのに喧嘩なんてしちゃもう駄目よ」

「……はい」

「でも、わたしも一回くらいは学生のときにしておくべきだったかもね。嫌いな子と掴み合う喧嘩なんて、大人になったら醜いだけだもの」


ふっと笑った。その顔を見て、初めてこの先生って良いひとなのかもしれないと思った。すぐに顔を引き締めて「これは内緒ね」と付け加えられた。


廊下に出ると、同じように反省文を持ってきたのか、紅浦先輩が入れ違いで入って行った。少し目が合って、すぐに逸らされた。職員室から出てくるのを待つと、出てきてすぐに「うわ」と言われる。酷い反応だけれど、わたしも同じことをされたら同じ反応をすると思う。


「無視したのにどうして待ってるのかな」

「先輩が視界に入ってきたから」

「勝手に入れないでよ」

「先輩って雪成のこと、好きですよね?」


確認を込めて聞いた。二人で話しているところを職員室から出てきた先生に見られたら面倒だと踏んだのか、紅浦先輩は廊下を歩きだす。

わたし達の顔の腫れは引いていた。額も割れていなかったし、頬の浅い傷も綺麗になくなった。紅浦先輩の斜め後ろをゆっくりと歩く。


「好きだけど。そんなに分かりやすい?」

「同類だから分かったんだと思います」

「確かに。先輩を追いかけて高校に入って生徒会に入っちゃうくらいだし」

「追いかけて……ってことは、もしかして中学」

「蕨野さんと同じ」


驚愕の事実、とまではいかないけれど、それならもっと嫉妬心がわく。そうすると紅浦先輩はわたしより一年多く雪成と中学校を共にしていたことになる。ぎりっと奥歯を噛みしめていると、笑われた。


「馬鹿だよね、蕨野さん」

「は?」

「別に私なんかが相手でも、逆井先輩は蕨野さんしか見てないじゃない」


寂し気に言われると、返す言葉を探してしまう。


「でも、雪成はものじゃないので」

「うん」

「わたしは雪成に笑顔を向けられた猫にさえ嫉妬しますよ」


また笑われた。たぶんタイミングなんだと思う。タイミングさえ良ければ、きっとこの先輩とは例えば純さんや中塚のように仲良くなれたはずだ。あんな大きな喧嘩をふっかける前に。


「蕨野さんが羨ましいよ」

「どこかですか」

「私が持ってないもの、全部持ってるところ」


その台詞どっかで聞いたな。どこだっけ。

答えが出る前に、紅浦先輩と階段の前で別れた。もう一つ変わったことがあった。

二週間前は肩より長かった紅浦先輩の髪の毛が、とても短くなっていたこと。



夏は足音をたててやってきていた。雨が段々と減って、紫陽花の花がしおれていく。通学路にある家の外に朝顔が咲いていた。日本の夏は蒸し暑くてどうも好きになれないと父親がぼやいていた。

そうして構えていた期末試験を受ける。今回の英語は少し自信がある、と思っていたときだった。

祖母が亡くなった。









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