幼馴染は肉を喰らう。
欠伸の為に吸い込んだ空気が冷たい。
朝食として出されたご飯とお味噌汁だけ平らげると、お手伝いさんが涙ぐんで喜んだ。「これ持って行ってくださいね」とお弁当も持たされた。教科書だけでも重いのにお弁当も持ってくなんて……と思ったけれど、お礼を言って鞄に入れた。
制服に袖を通す。なんとかこれも習慣づいてきた。庭に咲いたたんぽぽが眠たそうに黄色い花を見せている。たんぽぽの葉の広げ方は、ロゼットという。この植物は背が高くならないから、こうして葉を広げて日光を浴びるらしい。
つまり高い木が生い茂る場所では淘汰されてしまう。それでも、太陽のない場所で生きられる構造を作るよりも、少しでも太陽の光を浴びようと広げる葉は美しいと思う。わたしなら出来ない。美しく生きることには労力と努力が伴う。
「行ってきます」
三和土の上でまだ慣れないローファーを履いた。小指はまだ痛い。前みたいに水ぶくれは出来なくなった。
重たい鞄を肩にかけて引き戸を開けた。
この家は平屋という構造で、階段がない。階段がないということは、二階がないということ。お手伝いさんや住み込みで働いているひとは何人かいるけれど、実質血の繋がっている家族はわたしと祖母だけ。
昔ながらの古い門までの道をゆっくり歩いていると、ちょうど門の外から人が入って来た。早い来訪だと思って顔を上げると、祖母とその秘書の赤羽さんがいた。赤羽さんは祖母の荷物を持ってわたしに気付き、会釈をする。わたしも小さく会釈を返してその横を通り過ぎようとした。
「本当可愛くない子ね。一体誰に似たんだか、そういえば顔も雅臣に似てないと思ってたのよ」
普通の大きさで放たれた言葉。
わたしは足を一度止めて、振り返ることはしなかった。「行きましょう赤羽さん」と門を抜けたところで声が聞こえる。きりきりと頭が痛い。あのひとに会うと昔からこうだ。
「おはよ」
「おはよう」
わたしだけ教室に行くのもどうかと思ったので、純さんも一緒に連れて行った。それほど嫌がらなかった彼女は、もしかしたら教室に戻るきっかけを探していたのかもしれない。
たまに教室へ行って、だいたい保健室にいた。担任の先生は勿論良い顔はしなかったけれど、純さんを連れて来たからか何も言わなかった。
教室でわたし達は浮きまくっていた。授業についていけないどころではなくて、席替えが行われると自分の席を見つけるのが先になる。それから隣のひとの名前と顔を覚える。
午前中の授業が終わると、純さんがわたしの席まで来た。鞄を持っているので、「帰るの?」と聞くのが滑稽なくらいに、クラスメートたちが荷物を持って教室を出て行く。
「今日午前授業?」
「うん、書いてある」
指差す先は黒板の『今週の連絡』で、確かに今日は午後の授業がない旨が書かれていた。
わざわざお弁当持ってきたのに……。
これを持って帰るのは面倒。仕方ない、ここで食べて行こうと決めて座る。純さんは怪訝そうな顔を見せた。
「帰らないの?」
「お弁当、食べて帰る」
「お弁当持ってきたんだ、珍しいね」
「持たされた」
良いお母さんだね、と言われて否定するより説明が面倒に思えたので答えなかった。純さんは用事があるらしく先に帰った。教室でひとりお弁当を食べるというのもこの先きっと出来ない体験だろう。
お弁当箱を開けるとしょうが焼きが入っていた。彩り豊かなそれに食べる前にお腹がいっぱいになる。箸を持ってミニトマトに突き刺した。
「うわ、」
教室を覗いたのは雪成だった。鞄を持っていて、帰る途中だったのだろう。雪成は三年の授業終わりにいつもこの教室に顔を見せる、と前の席の榎本さんが教えてくれた。雪成のコミュニケーション能力には関心してしまう。
教室に入ってわたしの前の席の椅子に座る。お弁当箱を見て驚いてから怪訝な顔をした。さっきの純さんと同じ反応だ。
「今日午前授業って知らないで弁当作ってもらったのか」
「作ってもらったっていうより、持たされた」
「すげー肉入ってる」
「朝ご飯食べたから、きっと今日は食べる日だって思われたんだろうね」
箸を置く。口の中にミニトマトの酸味が残っている。これから肉団子のようなものを噛み砕ける気がしない。
雪成が箸を持って肉団子を摘む。お腹が空いていたなら先に言えば良いのに、と思いながらそれを見ていると唇に当てられた。既に冷たい。
反射的に口を開いた。
「楓、友達できた?」
「ん」
「猫とか烏のことじゃねーからな」
「ひとの友達」
え、と目が見開かれた。咀嚼しながらそれを見て、眉を顰める。この幼馴染、わたしには人間の友達は出来ないと見てやがったな。
それに気付いたらしく、誤魔化すように出汁巻き玉子を掴んで空いたわたしの口に入れていく。
「誰?」
「……純さん、苗字なんだっけ。ヤクザの娘さん」
「ああ、錫見か。これまた大物と」
大物、と言えば大物なのかもしれない。
本人は普通に勉強ができて、放浪癖のあるただの女子だ。「飲酒も煙草もしたことない」と胸を張っていたので、「未成年なんだから当たり前」と返すと笑われた。正論に笑うっていうのはある意味大物だ。
雪成はふりかけのかかったご飯を自分の口に運んでいく。校舎の外で誰かの話す声が聞こえた。きっと、わたしには全く関係のない話だろう。
でも、目の前にいる雪成には関係のある話かもしれない。その可能性の方が大きい。推測の範囲を出はしないけれど。
教室の中は夜のように静かだった。
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