立ち入り禁止。

幼馴染は雨を誘う。



五月が過ぎた。

今にも泣きそうな空の色を見ていると、前を歩いていた雪成が立ち止まる。春雨が終わったと思えば梅雨がくる。空も休まる暇がないなと思いながら、今日の英単語の小テストをどう乗り切ろうかと考えた。


「今、楓の考えてること当てる」

「ん?」

「小テストの心配」


顔に出ていたのか、わたしが分かりやすいのか、それとも雪成の観察眼が優れているのか。最後のが一番現実味がある。

答えないでいるのを肯定と取ったらしく、ちょっと笑われた。


「心配するくらいなら昨日のうちに覚えておけば」

「昨日はやる気が出なかった」

「楓のやる気を一度でも……あ。あったな、ちゃんと高校来た」


手を引っ張られる。通学路をとことこと歩いていく。それがなんだか嬉しくて、その肩口に額を力いっぱいぶつけた。いて、と雪成の声が聞こえる。


わたしたちは何となく一緒にいる。


気持ちを伝えあっても、変わったのは朝一緒に登校していることだけ。あとは今まで通り、たまに雪成はアイスを買ってくれたり勉強を教えてくれたりする。純さんはわたしたちを恋人だと称するけれど、わたしはそういう感じがしない。


「じゃあな」


教室の前まで雪成は来てくれて、わたしの頭をぽんと叩いて廊下を行ってしまう。いつもより少し早い時間。今日は全校集会があるので生徒会長の雪成は色々とやることがあるらしい。

その背中が曲がるまで教室から顔を出して見る。雪成がそれに気付いて曲がるときに手を少し挙げた。

好きだと思う。







いつも通り持たされたお弁当を開けると、肉が多めに入っていた。純さんは購買でサンドイッチを買ったらしく、ビニールをペリペリと剥がす。


「楓の家って洋食作ったりする?」

「あの家に来てから和食しか出ない」

「前は違うところに住んでたの?」

「母親が死んでからあそこ」

「あ、そうなんだ」


純さんはあたしの母親の名前を出すとちょっと躊躇う。死ぬという言葉に敏感なのか、それとも恐れなのか。


「うちの祖母が洋食嫌いで、多分生きてる限り和食しか出ない思う」

「楓は、洋食好きなの?」

「好きというほど、食べたことがない」

「そう言われてみれば、あたしも好きな洋食ってなんだろ」

「サンドイッチじゃないの?」


箸ケースを開けて箸を取り出す。レタスと卵の挟まったサンドイッチに齧りつこうとしていた純さんがぴたりと動きを止めた。それからわたしの方を見る。


「……気付かなかった」

「純さんて、案外自分に興味ない?」

「そんな風に思ったことはないけどなあ」


もぐもぐと食べる。わたしも肉に手をつけ始めた。

何となく黒板に目を向けると、あと五日! という文字に留まる。あと五日に何かあるっけ、と考えた。今日は全校集会で、中旬には生徒会選挙がある。それは中塚から聞いた。その為の原稿を最近ずっと作っていて、競うのはどんな相手か聞いたけれど、なんでも中塚の就きたい役職に立候補しているのは中塚以外にいないらしい。


「なんだっけ、書記じゃなくて」

「会計」

「そうそれ」


声の先には中塚がいた。会計に就ける人間は二人いるけれど、立候補するのは中塚しかいない。つまり生徒会は今人員絶賛募集中らしい。元々生徒会に入る生徒というのは殆どいないものらしく、雪成が生徒会長になった代で久しぶりに全ての役職が充足したと中塚は言った。


「ずっと不思議に思ってたんだけど、どうして絶対当選する選挙に中塚が参加するの?」

「錫見先輩まで蕨野みたいなこと言い始めた」

「それどういう例えでわたしの名前使ってるの?」

「生徒会だから、生徒からの票が足らなかったら当選しないんだよ」

「へえ。そんな意地悪なひともいるんだ」

「わたし中塚に票いれない」

「ごめんなさい、素晴らしい蕨野さん俺に清き一票を」


ぱんぱんと大きな拍手の音に教室の視線が集まる。純さんが呆れたように肩を竦めて、中塚は気付かずに目を瞑ったままだった。


全校集会は正直眠い。

一番眠いのは午後一番の授業だけれど、二番目に眠いのって朝一番の授業。そんなところに体育館で退屈な校長先生の有り難いお話を聞くなんて、眠いに決まっている。わたしも先生の話のときや、部活動の表彰のときなんかは殆ど眠っていると、ちょうど隣に並んだ中塚が肘を小突いて起こしてくれた。生徒指導の先生が歩き回っていて、眠っていると怒号が飛ばされる。ぼんやりとしていると、何人かがその音にびくっと起きたりして、それを見るのは少し面白かったりする。ただ怒鳴られるのだけは御免だと思う。


「あ、今日身嗜み検査か」


生徒会長の言葉が終わり、司会進行の副会長が式を閉めた。各学年が立ち上がって順々と体育館を出ていく。出口のところで男女が分かれて止まっている。


「身嗜み?」

「アクセサリーとか」


ふうん。見ていると結構引っかかっているひとがいるらしく、生徒と教師が言い合っている。

純さんが眠そうな顔をしているのが見えたので近づいた。


「今日月出先生いるから、女子長くかかりそうだね」

「月出先生って?」

「細かいことに煩い先生。あたし前に保健室までの耳にイヤホン突っ込んでただけで注意された」


なんか、わたしとは絶対馬が合わないタイプだ。変に目をつけられないようにしよう。ただでさえ担任から目をつけられているんだから。

二人いる女性の先生のうち名簿を持っていないほうが月出先生。黒い髪をひとつに束ねている。

純さんは順番が近づくにつれて黙って存在感を消していった。なんて上手なんだろうか、と思わず口を開けてしまう。そういえばアクセサリーじゃないけれど、純さんの背中はセーフなのか。

純さんは両耳を出して、指を見せる。通ったのを見て、わたしも同じように耳と指を見せる。極力月出先生とは目を合わせないようにした。


「蕨野さんね、行ってどうぞ」


体育館を出て、大きく深呼吸をした。あ、雨の匂いがする。

少し先で純さんと中塚が待ってくれていた。




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