幼馴染は火花を散らす。


授業が全部終わった後に生徒会選挙があった。いつもは近くに居てわたしを起こしてくれる中塚がステージに上がって演説をしている。競う相手のいない選挙だけれど、わたしはきちんとその演説を聞いた。

勿論雪成が司会進行をしていたから、という理由もある。

生徒会長には紅浦先輩がなるらしい。二人とも投票で数が足りなかったらなることは出来ないけれど。


「楓、中塚に投票した?」

「したよ。純さんこそちゃんと紅浦先輩に投票した?」

「わかんなーい、丸付け忘れちゃったかもー」


投票を終えて、教室に戻るまでの距離で冗談を言い合う。クスクスと笑った純さんは、ふと真顔になった。その視線の先に月出先生がいた。

わたしも黙ると、純さんが手を握ってきた。顔を見ると、悪戯に微笑んでいる。月出先生と話している担任の先生と目が合った。わたしたちは急に楽しくなって、そちらに近づく。


「月出先生こんにちは」

「こんにちはー」


元気よく挨拶をすると、月出先生は面食らった顔をしながらも「こ、こんにちは」と返してくれた。それから少し急ぎ足で逃げるように二人で階段を駆け上がっていく。踊り場に来て、二人で吹き出すようにして笑った。


「あっははは」

「おかし、あーお腹痛い」


くの字になった純さんは目に涙を浮かべている。笑い過ぎだ、と思いながらわたしも立ち上がることが出来なかった。


「担任の先生、クラスの問題児が近づいてきた、まずいって顔してたね」

「え、見てなかった。惜しいことした」

「楓良い笑顔で挨拶するんだもん。写真撮りたかったなあ」

「どっちの、わたしと先生」

「どっちも。はー笑った笑った」


純さんが立ち上がって、しゃがんでいるわたしを引っ張った。息を整えて、階段を上がる。


「ありがとね。あたし、楓がいてくれて学校楽しいよ」


目をぱちくりとさせる。純さんは照れくさそうに笑っていた。


「どしたの、急に」

「なんか言っておきたくて。あたし去年学校来るのつまんなかったから、楓とか中塚とかと笑ってると、ふと去年は想像もしなかったなって思うの」


繋がれた手。暖かくて、すべすべしている。

茶色の髪の毛、耳朶にはピアス穴が空いている。

わたしもこんな人に出会うなんて、想像もしなかった。


「わたしがここに来たのは、雪成がいたからだけど」

「うん、だろうね」

「今笑ってるのは、純さんが一緒だから」


ふふ、と純さんが繋いだ手をぶんぶん振る。ああ、もげそう、痛い痛い。でも嬉しそうだからそのままにしておく。


「中塚にも言ってあげよう」

「まずは当選おめでとうって言ってあげて」

「確かに!」


とてもハイテンションな純さんだった。







翌日、学校に行くと昇降口に誰が書いたのか分からないけれど筆で当選者の名前が書かれていた。会長には紅浦先輩が、会計には中塚が。


「中塚って鶯太郎って名前なんだ」

「知らなかったのか」

「鶯かあ、雲雀となんか関係あるのかな」

「雲雀も鶯も春の鳥」

「春……? 花に季節があるのはわかるけど、鳥にも季節があるの?」

「春に鳴くからって言われてる。大体変わった鳴き声とか綺麗な鳴き声って発情してるときに出すもんだから、鶯とか雲雀が鳴いてるのを聞いて昔のひとは春が来たなって思ったんじゃねーの。日本人は四季を大事にしてるし、文化のひとつでもあったんだろうし」

「雪成って自然博士だ」

「楓、それ絶対に駒田とかに言うなよ。あいつ面白がって……」

「雪成と私って、恋人?」


繋いだ手は温かい。純さんとは違って大きい。

朝早い校舎には生徒が少なくて、繋いだまま入る。わたしの気が済むまで雪成は繋いでいてくれて、流石に廊下を歩くのは遠慮してるけど。


「だと思ってた」

「ん、わたしも」

「どした、急に」


なんでもなーい、と答えた。わたしにも純さんのハイテンションが移ったかな。


午前の最後の授業が実験室で、しかもわたしの班は掃除当番になっていて、購買でパンを買うらしい純さんには先に教室へ帰ってもらった。六月の最初に班替えがあって、わたしは中塚と同じ班になった。掃除と言っても実験台を拭いて床を少し掃いて終わる。中塚と実験室を出た。


「そういえば紅浦先輩って錫見先輩と同じクラスだったらしい」

「それ知ってる。この前なんか話してた」

「マジで? なんか他の先輩から聞いたんだけど、あの二人犬猿の仲だったって。たまに授業サボる錫見先輩を紅浦先輩が咎めるんだけどやっぱり来なくて、ってのが続いたとか」

「紅浦先輩、そんなにお節介なの?」

「そのときから副会長だったからじゃん?」


正義感というものなのか。

直接純さんに聞こうと思っていた話が聞かずとも中塚から聞けてしまった。それが本当か嘘かは兎も角。

正義感溢れる紅浦先輩が、純さんを前にしたとき、正さなければという気持ちが出たんだろう。それが自分のときには来なかったくせに、今は普通に学校に来て笑っている。わたしなら引っかかったりしないけれど、ここでわたしならと考えるのは馬鹿げた話。それなら、紅浦先輩が純さんに突っかかる理由もわかる。もしかしたら、最初にこちらを見ていると感じたとき、わたしではなくて純さんを見ていたのかもしれない。

そんな風に今は思える。

まあ、雪成にべっとりなわたしを敵視していたのも間違いないと思うけれど。


「噂をすれば」


中塚の言葉に、中塚の視線の先を見る。

純さんの前に紅浦先輩がいた。純さんがこちらに背中を向けて、紅浦先輩の顔が見える。何かを話しているけれど、もちろんここまで聞こえるわけがなかった。


「何話してるんだろ?」

「さあ? ……あ」


中塚の「あ」とぱちんと弾く音が混じった。辺りは水の中のように一瞬にして静かになる。

そちらを見ると、頬を押さえる純さんの怒ったように睨む紅浦先輩。

わたしの中でも、何かが弾けた。

持っていた教科書とルーズリーフとペンケースを中塚に押し付けて、その水中をずんずんと歩く。数秒もなかった。そこに辿り着くまで。

純さんを押し退けて、手を振りかぶる。

違った。弾けたのではなくて、散ったんだ。

火花が散って、青く燃え始めた。





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