幼馴染は話を聴く。


二時間目から授業を受けた。何時間目から教室に入るのかは殆ど気分。なんとなく担任の先生のHRに出ようとは思わない。

休憩時間、教室に入ってもクラスメートが静かにならなくなった。後に続く純さんを見ると、少し静かになる。


「うちに犬が来たんだ」

「犬……」

「大型犬」


大きい犬がワン! と吠える姿と、その手綱を持って散歩する純さんを思い描く。まるでお嬢様のような……そういえば純さんはお嬢様なのか。白いワンピースが似合いそうだと考えたけれど、そうすると背中の曼珠沙華が見えてしまうから着ないか。純さんはいつも紺のカーディガンを羽織っている。

写真はまだないんだよねー、と携帯を弄りながら呟く。わたしは机に頬杖をついてその姿を見ていた。


「蕨野、来たんだ」


後ろから声が掛けられて振り向く。教室で事務連絡以外で話しかけられたのは初めてだった。普通の男子。そんなに暑くないけど、腕まくりをしていた。

純さんは聞こえなかったのか聞こえないふりか、携帯を弄っている。わたしだけがそっちを見ていた。


「後ろの席の中塚」

「うん」

「ここなら蕨野が教室来たのか来てないのかよく分かる」

「なんで」

「監視役に抜擢されたらしいから」


話が見えなくて、純さんの方を向いた。携帯から顔を上げてわたしを見る。首を小さく傾げた。

意味がわからないのは多分、純さんもわたしも一緒だと思う。それとも単に中塚という男がわたしを馬鹿にしているかからかっているだけだろうか。もう一度中塚の方を見ると、今度は座っていた。


「誰に?」

「自分が一番よく知ってるだろ、逆井先輩」

「……知らない」


シャットアウト。

雪成とはここ3日間、口を効いていない。姿は見るけれど、こちらを向く前に視線を逸らして見なかったことにしてる。元々雪成が話しかけてくることが殆どだから、雪成が話しかけてこないとなればわたしたちは赤の他人同然だ。

それ以上もそれ以下もない。


「楓の彼氏?」

「違う」


傍観者を決め込んでいた純さんが口を開いた。即答に驚いた顔をしてから、少し目を細める。ふうん、なんて含みのある笑い方をされたので反論したくなる。何も論議はしていないけれど。


「てことは、男か。監視って束縛?」

「束縛というより確認?」

「確認ってお父さんか」

「お父さんというよりお兄さん」

「……父と兄の違いは?」

「父性があるかないか」


わたしを抜きにして中塚と純さんが盛り上がっている。父性があるかないか、というなら兄性はどうなんだと話が脱線していった。

始業のチャイムが鳴って、純さんは自分の席に戻る。後ろに中塚だけが残った。

教科書とノートを出して先生が来るまで机に突っ伏す。ちょんちょんと背中を突かれた。なんだ、と顔を上げて中塚の方を向く。


「蕨野って本当はすごい奴なの?」

「言ってる意味が分からない」

「逆井先輩から出席確認されてて、錫見先輩ともいつの間にか仲良くなって教室連れて来ちゃうしさ」


ちら、と視線を純さんの方へ。

来ちゃう、という語尾に悪意は感じない。別にどちらもわたしがどうにかしたわけじゃない。わたしが純さんを教室に連れてきたのは最初だけだし、雪成が出席確認してるのは雪成の勝手だ。


「中塚、雪成となんでそんなに仲良いの?」

「俺、生徒会入るから」

「せいとかい?」

「逆井先輩、生徒会長じゃん」

「知らなかった。偉いの?」


頭が良いのは知っていた。ここは、この辺じゃ飛び抜けて頭の良い高校。迷いもせず雪成がここに来るのを決めたのをわたしは知っている。

生徒会長ってなんだろう。生徒の中の会長ってことは、何かすごいことでもするのだろうか。保健室の先生にも名前を覚えられていたっけ。


「偉い……のかも……」


中塚の辿々しい言葉を聞きながら、わたしは前に向き直った。





昼休みは保健室で食べた。純さんはお弁当を持ってくるときもあれば、購買でサンドイッチを買うこともあった。今の二年生とすれ違うと顔を驚いた顔をされたり、じっと見られることもある。そういうことに関して、純さんは特に気にしていないらしい。あたしも今更気にしない。

保健室を出て階段を昇る。一年の教室の階を歩いていると、渡り廊下を歩く雪成を見つけた。隣にはこの前保健室で会った、鼻血……駒田? 先輩。それを凝視していると、純さんも同じ方向を見て目を細めている。


「あれが逆井先輩?」

「小さくて分からない」

「小さく見えるあれがそうなんだ」


むむ、と口を噤む。純さんはこうして人を嵌めるのが上手いと思う。にこにこと優しげのない笑顔を見せて、歩き始めた。わたしもその背中を追う。

もう一度、雪成のいた場所を見る。

もう誰もいなかった。




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