幼馴染は着物を纏う。
かこん、と竹が石を叩く。
鹿威しは漢字の通り、昔は農業を妨害する鳥獣たちを音で追い払う為に作られ使われていた。それが今では高級旅館や庭園なんかに置いてある。現在の日本人はそれを風流としてみるようになった。
相手の男は思っていた感じじゃなかった。想定していたよりも若くて、髪が茶色くて、ピアスをつけていた。金色のそれは和室には不似合いで祖母の代わりに隣に座った赤羽さんが苦笑いしてるだけではなく、彼の隣に座る母親らしき人も申し訳なさそうな顔をしている。わたしの周りにピアスをつけている人なんて居ないのでそれが珍しく思えた。久住毅と名乗った相手はわたし以上に不貞腐れた顔をしている。緊張して来たわたしが馬鹿みたいだ。かこん、と庭園から音が聞こえる。
後はお若い二人で、と世間話も程々に仲人さんらしきひとも含めて大人たちは出て行った。こんな状態で二人にされても。久住毅は足を崩してこちらを見ようとせず、庭園の方を見ている。わたしも気にせず足を崩して膝を抱いた。その耳を観察する。
「お前いくつ?」
急に目が合った。いくつ、だなんて幼い子供に問うようで可笑しかったけれど全く笑えなかった。釣書に記載されているようなことを聞くということは、この男もわたしに興味ないのだろう。
「今日で16」
「若! しかも今日誕生日とか、一緒かよ」
「ええー……」
「喜ぶとこだろここは! 意気投合して運命ですねとか言うんだろ?」
「知らない」
先程と打って変わって砕けた口調。溜息を吐いてテーブルに肘をついた。
「久住さんはおいくつですか」
「毅でいいよ」
「毅何歳?」
「なんで急にタメのノリなんだよ」
「細かいな……毅さん、何歳ですか」
「22。今年で大学卒業だけど、就職先決まらなくて卒論にも追われてる。急に実家に呼ばれたと思えばこれだ」
これ、と示されたわたしとの見合い。
親族が製薬会社を営んでいるのに就職先を探す必要があるのか。わたしみたいのはともかく、毅さんなら普通にコネでも何でも就職できるはずだ。
連れられて成り行きで見合いをしてる毅さんと、頑なに釣書を見ずに来たわたし。どうしてこんな相対する二人がここで一緒になっているのだろう。昨今のお見合いの概念ってこんなに軽いのか。
「綺麗な着物纏ってくれたところ悪いけど、俺は全く結婚する気とかないから。結婚は人生の墓場」
「名言?」
「死んだばーちゃんの受け売り」
けらけらと笑う。わかりやすい人だと思った。自分の柵で重く見られたくなくて、軽い外見と雰囲気を出す。それが一番生きやすい擬態の仕方なのかもしれない。わたしも茶髪にしてピアスの穴でも空けたら良いのだろうか。
「良いお祖母様で」
「一番怖かったけどな。俺、家が嫌いだから製薬会社は避けてきたんだけど」
「へえ」
「やっぱりうちで働くことにする」
「……急な心変わりですね」
「その代わりお前も蕨で働いて、幹部になれよ」
……は?
かこん、と竹が石を叩く音。さらさらと水が流れる音も聞こえる。何を言ってるのか、わたしの弱いおつむでは理解ができない。雪成ならすぐに意味が分かったのか。そんなことを考えるのは初めてで、考えてしまうと雪成に会いたくなった。
わたしの祖母、蕨野聡子は株式会社 蕨という老舗和菓子屋を経営する取締役社長をしている。その息子であるわたしの父親は海外に出したチェーン支店で働いているらしい。主に最中を売りにしていて、首都圏で五ヶ所の店がある。前に純さんがそれを知って「あたし蕨で最中好きになった」と感動していたっけ。わたしはその仕事に就きたいと一度も考えたことはないし、就きたいと思えない。
今まで、それを強要されたことがなかった。
『どこの馬の骨とも分からない女との子供なんて』
『16になったらさっさと嫁に出しましょう』
『あんなに不健康そうな顔して』
『うちでの働きはそれくらいよ』
ぶつり、ぶつり、と繋がるテープ。
幼い頃聞いた声。祖母の部屋の外でそれを聞いた。相手は赤羽さんか。その夜は声を押し殺して泣いた。わたしは我儘だった。甘く育てられて嫌なことはしなかったし、しなくて良いと思っていた。でも、祖母が言ったことが自分の嫌だの一言で無くならないこともわかっていた。
「大丈夫か?」
「……祖母が許さないと思います」
「知るか。先に死んでく奴らの言うことばかり聞いてたら人間は退化する一方だ、それに」
びし、と人差し指で顔をさされた。人を指でさしてはいけないと幼稚園で習わなかったのか。わたしは自然にその指を掴んで折った。きちんと曲がる方向に。
「自分らの子供を結婚させてまで欲しいコネだぜ。それと同等の確約がないとこの婚約は破棄出来ない」
「それなら、別に結婚させなくても普通に契約すれば良いんじゃないですか?」
「久住の先々代がどっかの製菓会社と契約してかなりの負債を抱えたって聞いた。それからずっと製菓系の会社は相手にしてない。蕨も老舗だけあってプライドがある。そこで理由が欲しい」
わたしと毅さんが結婚した。それなら退け合う必要もないし、寧ろ手を取り合う方が普通に思える。そんなこと、考えもしなかった。
知らなくても良かったことだ。
「ついてきてる?」
ひらり、と目前で手を振られる。
何も言えなかったのは、私の頭がついていけてないからではなく。
「お前、もしかして本気で結婚する気で来たの? 見ず知らずの男と?」
「毅さんてよく喋りますね」
「なんでそんなに人生投げやりなの?」
境遇じゃない、性格だ。
わたしと正面に座る彼との差は。
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