第46話 方針
施設に戻ってきた元哉達だが、いきなりミカエルは『天使の子守唄』でディーナとロージーを無理やり寝かしつけて、元哉の上に覆いかぶさってきた。
「よいではないか、よいではないか!」
一人ではしゃいでいるミカエルに元哉はドン引きだが、約束をたてに強引に迫る天使。
「まてまて、橘の了解を得てからではなかったのか」
元哉は必死に説得を試みるが、聞く耳を持たないとはまさにこの事だ。
「そんなものは事後承諾で構わぬ。それにこの機会を逃すと、そなた達はいつ我を召喚するのかわからないであろう。天使たる者目の前に転がっている機会をみすみす逃しはしないのじゃ!」
結局元哉はミカエルの強引さに押し切られてしまった。
橘のように気を失うことはなかったが、最後の瞬間ミカエルの体は目映い銀色の輝きに包まれていた。
「うむ、これはどうしたことじゃ? 我が変化をしている。我は元々セラフィム(織天使)であったが、どうやらそなたの魔力を得てさらに進化を遂げたようじゃ」
元哉にはミカエルが言っている事の意味がまったくわからなかったが、まあいい事なんだろうと気楽に考えている。
「この場ではどうもわからぬ。少し考えるからしばらく呼び出すな」
そういってさっさと橘と入れ替わってしまった。
「うーん? あれ元くん??」
急に現れた橘に元哉は今度は慌てた。何の説明もないままそこに素っ裸でいる橘に、どう説明してよいやら見当がつかない。
「その・・・なんだ・・・ミカエルが強引に迫ってくるもんだから仕方なく・・・・・・」
元哉のその言葉で橘は全てを理解した。それと同時にかなり怒っている。
「元くん、この際だからハッキリ言っておきますけど、あのバカ天使も私の一部なんだから、それを『仕方なく』って言うのはちょっとひどくない!」
えーー! それで怒っているんですか?! 元哉は心の中で橘に盛大に突っ込んだ。
「どっちも同じ私なんだから、両方とも大切にしてよね」
元哉は橘が自分の中にいる天使に対してどう思っているのか、まったく理解していなかったことを思い知らされている。
「すまん、でもお前は構わないのか?」
素直に謝る元哉、橘が特にこだわっている様子がないことは、彼にとってもむしろ望ましいことだった。
「うーん、一回損したような気はするけどあとは別に・・・・・・」
この言葉を聞いて元哉は橘に次の機会はもっと優しくしてやろうと心に決めた。
「ところで橘、ミカエルが変化したといっていたが、何か心当たりはないか?」
先程去り際に天使が言っていたことが気になって元哉は尋ねる。
「ああ、私も魔力が何倍にもなったから、バカ天使も何か変わったんでしょうね。そういえばステータスって見てなかったけど、どうなったいるのかしら?」
橘は自分のステータスウインドウを開いて・・・・・・そして固まった。
そこにはさまざまな数値の他に称号の欄があるのだが、そこには『神に最も近いもの』『大魔王』の新たな称号が記載されていたのだ。
「何だこれは?」
元哉もいったい何のことかわからない。
「これってどういうこと? 考えられる原因は私が元くんの体を受け入れたことしか思いつかないんだけれど」
ようやく気を取り直した橘が口を開く。
「俺が原因なのか?」
元哉もまったく合点が行かないといった表情をしている。
「元くんの大量の魔力を取り込んで変化した、あるいは進化したといえばいいのかしら。バハムートもそうだったんでしょう」
確かにあの暗黒龍も元哉の魔力で進化した。これはもう確定といっても間違いないだろう。
同時に元哉の頭の中には、彼に散々迫ってくるディーナとロージーの事が浮かんだ。
うかつに彼女達を抱いてしまって、簡単に変化なり進化なりをさせるわけにもいかない。
再び、どうしたものかと頭を抱える元哉だった。
朝になって、現場の警備担当者に依頼完了の確認をしてもらいすぐに戻ろうとしたが『これだけ大規模な討伐は帝都の調査隊を待たないと結論が出せない』と言われた。
さすがにそれまでここで待つわけにもいかないので、すべての手続きをギルドに丸投げして自分たちは帝都に戻ることにした。
帰りの馬車でもさくらが同じように手綱を取っている。
行きの道は走らされたディーナとロージーは仲良く並んで座っていて元気いっぱいだ。二人とも『昨日は夜に体を動かしたせいかぐっすりと眠った』などと話をしている。知らないこととはいえ・・・・・・
それと引き換えに橘の方はかなり寝不足気味で、うつらうつらとしている。
「元哉さん、あのお城は一体なんだったんでしょう、幻にしては随分しっかりしていたようですし?」
ディーナが昨日の不思議な体験を改めて元哉に尋ねた。
「そうだな、俺もはっきりとしたことはわからないが・・・・・・死者の怨念や無念を集めて魔力と合わせて造りだした物のような気がするな」
推測に過ぎないが自分なりの考えを口にする。
「あのスケルトン・ロードが造りだしていたのでしょうか?」
今度はロージーの番だ。
「おそらくそうだろう。もしあれが魔物の王としてあの街を治めていなかったら、アンデッドが外に大量に溢れてこの国は大混乱になっていただろうな。その上で、アンデッドたちの怨念を吸収することで彼らが完全に魔物になることを防いでいた。魔物ながら立派なやつだよ」
元哉はスケルトン・ロードの最後を思い返しながらそう語った。
どうやらあの魔物は街と共に自らが滅び去る日を待ち望んでいたのだろう。
「そういえばスケルトン・ロードが最後に『破王よ感謝する』って言っていましたけど、『破王』ってなんですか?」
ロージーの言葉に元哉はすっかり忘れていた大事なことを思い出した。彼女が仲間であるにもかかわらず、自分たちの事をまだ何も話していなかったのだ。
「破王は俺のことだ。『覇王』の親戚みたいなものだ」
元哉の言葉にロージーの顔が青ざめる。
「覇王って・・・・・・元哉さんが!!」
覇王はこの帝国では子供も知っている恐怖の象徴、ロージーも小さな頃からその恐怖に彩られた伝説を聞いてきた。
それが目の前にいるとはにわかに信じがたい。
「俺が破王だからといって、別にこの国を滅ぼす気はない。安心しろ」
元哉にそう言われて一安心のロージーだが、彼女は元哉達のせいで名門大貴族が2つその当主を失い傾きかけていることなど、すっかり忘れている。
「そうですよね、元哉さんの日頃の姿を見ていれば、そんな事をしない人だというのはわかります」
彼女が言う『日頃の姿』とは、地竜を一撃で倒したり、盗賊達をたった二人で殲滅したり・・・といったことは除外されているようだ。
「ああ、それから橘は『大魔王』に進化したそうだ」
元哉の言葉に今度はロージーだけでなくディーナまでもが『ええーーー!!』と大きな声を上げる。
目の前で首をコックリコックリとやって、幸せそうに寝ているその小さな少女が『大魔王』だと言われてもロージーはにわかには信じられない。
また、ディーナにしても『大魔王』など伝説の存在で、ルトの民の中からは出現したことがなかった。
「元哉さん、橘様が本当に『大魔王様』なのですか?」
恐る恐るディーナが尋ねる。
「ああ、昨夜ステータスで確認した」
どうやら本当の事のようだ。ディーナは改めて橘に畏怖を抱いた。
「じゃあ、もしかしてさくらちゃんも・・・・・・?」
ロージーが念のためと思って確認する。
「さくらは獣王だ」
「それはなんとなくわかります」
即答だった。
これは日頃の馬達のさくらへの態度を見ていれば頷ける。
今度ロージーは隣に座っているディーナの方を向いた。
「もしかしてディーナちゃんもすごい人なんですか?」
やや不安げに聞いてみる。
「私はごく普通ですよ。ただの『先代魔王の娘』です」
あっけらかんとそれを口にするディーナにロージーは唖然とする。
「せ、先代の魔王の娘・・・・・・?」
それだけ言うのが精一杯だった。
幸いなことにこの国では魔族も人間と認められているので、魔王の娘だからといってロージーがディーナの事を極端に恐れることはない。
ましてや『大魔王様』が目の前にいる事でもあるし。
ただロージーには自分がこの場にいることの場違いな感じが大きかった。
「あの、もしかして私もなんか凄い人とかじゃないですよね?」
自信なさげな小さな声でそう尋ねるロージー。
「自分のステータスを見てみるといい」
元哉に言われてステータスウィンドウを開くと、そこには・・・・・・『宿屋の娘』『中級冒険者』と記載されていた。
「ですよねーーー!」
周りにいる者たちに比べて自分が圧倒的に平凡であることにがっくりしながらも、普通の人間でよかったと安心するロージーだった。
自分のステータスを見つめているロージーに元哉が声をかける。
「ロージー、自分が平凡だからといって気にすることはない。平凡な者にしか出来ない強さを身に付ければいいだけだ」
元哉の励ましにロージーの表情が明るくなる。
「もしかして元哉さんのお嫁さんになったら『破王の嫁』とかいった称号がついて強くなれますか?」
なんとも他力本願のロージーに元哉はその可能性を否定できなかった。
しかしここで甘やかすことは彼女のためにはならない。
「なに、平凡な人間が非凡な人間に追いつくには、100倍努力すればいいだけの事だ」
「で、ですよねーー・・・・・・」
ロージーは完全にうなだれていた。
「今後のことだが・・・・・・」
話題が一区切りついたところで元哉が口を開く。
「北のエルモリヤ教国が勇者の召喚を公表した」
元哉の言葉にディーナの顔が引き締まる。ルトの民にすれば、大きな危機が顕在化したのだ。
「俺達は勇者の動向を監視しながら、混乱を最小限にとどめるように行動する。具体的には、教国はこの国に攻め込んでくる公算が強い」
ディーナは少しホッとしたが、新ヘブル王国の危機こそ薄れたものの、ロージーの故郷であるこの国の危機が高まった事に考えをめぐらせると、安心できることではない。
「勇者がもしこの国に攻め込んできたら、俺達は帝国に協力して勇者たちを叩くつもりだ」
今度はロージーが不安に駆られた。この国には大切な家族や友人がいる。その人達が戦乱に巻き込まれる危険が大きいのだ。
「元哉さん、本当に勇者と戦うつもりなんですか?」
ロージーにしてみれば、勇者は物語の主人公で魔王を滅ぼして人間に勝利をもたらす存在。その勇者と戦うと言い出した元哉の真意がわからない。
「勇者だろうが何だろうが、俺たちの前に敵として現れたら倒すだけだ。それのここには大魔王が居るしな、勇者って言うのは魔王を倒しに来るものなんだろう?」
『なるほど』とロージーは思った。ただまさか自分が魔王の側になるとは思ってもみなかったが。
「そろそろ着くよー」
御者台からさくらの明るい声が響く。もう帝都は目と鼻の先だ。
馬車の中での話はここで一旦お開きになった。
現在元哉達は冒険者ギルドに居る。
さくらは馬車を預けるなり、飲食コーナーに突撃していって女性陣も移動の疲れを休めるために付いていった。
元哉が一人でカウンターの前に居て、女性の係に声をかけている。
「済まないがギルドマスターと話がしたい」
彼を見かけるなり、受付嬢は口を開いた。
「あなたは昨日、旧都の案件を請け負った方ですよね。やっぱり無理でしたか」
旧都の様子を見て無理だと引き返してきたのだろうと残念そうな表情をしている。
「いや、その件は片付けてきた。この後帝都から調査隊が出ることになるだろう」
元哉の報告を聞いて受付嬢は絶句する。200年近くに渡って誰も解決できなかった旧都の件をこの男はわずか一晩で解決したというのだ。
「少々お待ちください」
彼女は慌てて二階に駆け上がると、すぐに降りてきた。
「ご案内します、こちらにどうぞ」
二階の奥の部屋に通されると、そこには見覚えのある顔が待っている。
「よく来てくれたね、帝都のギルドマスターのエドモンドだ。弟から優秀な冒険者がこちらにやって来ると聞いていたので、会うのが楽しみだったよ」
そう言って右手を差し出した。彼はテルモナの街で元哉達が世話になったギルドマスターの双子の兄で、すでに元哉達が帝都に行くという話が伝わっていたらしい。
ソファーに腰を下ろして、早速本題に入る。
「旧都の件を片付けてきた」
元哉の報告にエドモンドは驚くが、今までの彼らの実績からいって有り得ない話しではないと考える。
「わかった、その件に関しては至急ギルドからも調査団を派遣しよう、報酬等はその結果が出てからで構わないか?」
「それでいい」
元哉は言葉少なに答える。
「ところで君は高ランクの魔物を持っているそうだが、見せてもらえるか?」
どうやら地竜の事まで報告が来ているようだ。
「わかった、広い場所のほうがいいだろう」
エドモンドの案内で解体場にやってきた二人。
「おい、ヨハン! そこの入り口を閉めてくれ。あと今から見る物は極秘だから絶対に漏らすな」
彼は解体場の責任者だけを残して厳重にその区画を閉鎖した。
そして、元哉がアイテムボックスから出した物は・・・三体の地竜にジャイアントパンダをはじめとした高ランクの魔物の数々だった。
目を丸くしてそれらを見ていたギルドマスターは決心する。
「おい、支部の金庫が空っぽになってもいいから、これらを全て買い取るぞ!」
今までなかなか買い取ってもらえずにいた在庫がはけてニンマリとする元哉がそこに居た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます