第12話  混浴風呂で大変

 ディーナが目を覚ますと、そこは神殿の礼拝室だった。自分がどのくらい意識を失っていたのかすら分らないが、鼻をくすぐるいい香りがしてくるところをみると、食事時なのだろうと思い、身を起こす。


「あっ、ディナちゃん気がついたよ。」


 さくらの言葉に皆がディーナの元に駆け寄り、「大丈夫か?」「よかった気がついて」「おなかすいてない」などと声をかけてくる。


 昨日出会ったばかりなのに、自分のことをこんなに気に掛けてくれる人たちがいることが嬉しくて、ディーナの瞳から一粒の涙がこぼれ落ちた。


「ディーナ、どうしたの、大丈夫?」


 心配顔で橘が聞く。父親のこともあったし、何か悲しいことを思い出したのかと気になったのだ。


「橘様、ありがとうございます。これは悲しくて泣いているのではなくて、皆さんと一緒に居られることが嬉しくて不意にこぼれてしまったものです。心配なさらないで下さい。」


 涙をためた顔でニッコリと微笑む。そんなディーナが可愛くて、橘は彼女を優しく抱きしめて


「よしよし、ディーナは可愛いわねー。もう一人ぼっちにはしないから、安心してね。」


と頭を撫で撫でする。しばらく橘の抱き枕になっていたディーナの顔が少しだけ赤くなっていた。


「それにしても元くんったら、ひどい訓練メニューを考えるわよねー。ディーナが気を失っていなければ、私が倒れていたわ。」


 どうやら橘も元哉とナイフでの格闘訓練で、相当ひどい目に遭ったようだ。その瞳にかなり恨みがましい思いが込められている。


「おいおい、ディーナを実際ここまで追い込んだのは、さくらだろう。」


「えーーっ!私に責任が回ってくるわけ?」


自分のところにお鉢が回ってくるとは思わずにいたさくらは、完全に油断していた。


「で で でも、ディナちゃん途中からすごくうまくなってきて、それで私も面白くなってつい・・・」


「ついじゃないでしょう!!」


 橘が怖い目で見ると、さくらは恐怖に怯えた。

 橘の最終奥義『さくらちゃんは、お替りなし!』が炸裂する予兆があったのだ。


「橘様、さくらちゃんを責めるのはおやめください。私も今日の修行で何かを掴めたような気がするのです。今まで自分に足りなかった何かが見えた気がして、自分でも調子に乗ってしまいました。」


 ディーナの取り成しで、怒りを納めた橘と、それを見て胸をなで下ろすさくら。ここで元哉が口を開いた。


「ディーナ、何が掴めたか言葉に出来るか。」


「はい、父上の教えで『剣は心で振れ』という言葉がありました。私には意味が分からず、ただ闇雲に振り回していたのですが、今日のさくらちゃんとの修行でやられ放題の中、どうすれば攻撃を当てられるのか、どうすれば相手の攻撃を封じることが出来るのかを、戦いの中で考える事に気が付いたのです。これが父上の教えの答えとは限りませんが、今後必ず役に立つことだと思います。」


 元哉とさくらは顔を見合わせて、うなずく。


「やはりさくらとディーナを組み合わせたのは正解だな。」


「ディナちゃん、明日からもがんばろうね。」


「はい、ありがとうございます。頑張ります。」


「それよりも、食事にしましょう。ディーナは食べられる?」


「はい、おなかがすきました。」


 皆でテーブルに移ると、そこにはディーナが寝ている間に元哉とさくらが採ってきたイノシシの肉がデンと置いてあった。腿の部分丸々こんがりと焼けており、これがおいしそうな香りの正体だった。


 切り分けた肉を食べながら、ディーナが口を開く。


「あの、私どのくらい寝ていたのでしょうか?」


「そうねー、昼前に倒れてもうすっかり夜だから、結構な時間ね。」


「そんなに長く!もう、恥ずかしいやら、情けないやら・・・・」


 恥ずかしそうにしながらも、イノシシの肉を口に運んでいる。食べ盛りの年齢なのか食欲には適わないようだ。ちなみにさくらは、一切会話に入ることなく、ひたすら肉と格闘をしていた。


「そんなことないわよ。元くんだって丸1日気を失っていたことがあるし。」


「あのときの事は、忘れてくれ。」


 元哉が顔をしかめる。よほど思い出したくない事のようだ。


「元哉さんがやられる事なんてあるんですか?」


 ディーナが不思議そうな顔で尋ねる。見るからに強そうな元哉が気を失うほどやられる光景が想像できない様だ。


「そんなのしょっちゅうだ。いつも母親にボロ雑巾のようにされているし、いまだに一発も攻撃が当たった事がない。」


 元哉の言葉に手の動きが止まるディーナ。さくらに何もさせてもらえない自分がいて、そのさくらよりもおそらく強いであろう元哉が何もできない相手がいるという事実に驚いている。元哉の母親がどのような者なのか気になるが、それよりも自分が目指す道のりがはるかに遠く険しい道だと気がついた。


「強くなるって、想像以上に大変なことなのですね。」


「そんなことはない、真面目にやっていれば、気がつかないうちに強くなっているもんだって、ああそれから俺の母親は比較の対象にしないこと。あれを基準にすると、世の中の全てが弱者になるからな。」


 元哉の励ましで少しだけ希望を見出したディーナだが、続く元哉の言葉で・・・


「ということで、明日から本格的に訓練をやるから、しっかりついてこいよ。今日以上に厳しく行くぞ。」


「ちょっとだけでいいですから、手加減してください。」


 再び元気をなくした。






 食事が終わると風呂の時間だ。橘の魔法で清潔が保てるとはいえ、やはり風呂に入ると疲れが取れるし、気分が違う。礼拝室の一角を仕切って、橘が浴槽を作りお湯の準備をしてくれた。


 一人で元哉が入っていると、


「兄ちゃん、もう入ってる?わたしもはいるよー。」


とさくらの声が聞こえてくる。


 さくらは幼いころの夢が『お父さんとお風呂に入りたい』で、初詣や七夕のときには、毎回お願いしていた。写真でしか見たことのない父親に『いつか会ってみたい』と心の中にそっとしまっておいた適うはずのない希望だったのだが・・・・・それが、元哉と出会っていきなり叶ってしまったのだ。さくらの喜びようは、元哉も周囲もびっくりするほどだった。


 もちろんさくらにとって元哉は腹違いの兄で、けっして父親というわけではないのだが、写真で見ていた父親とそっくりな元哉は、その日からさくらの兄兼父親代わりになった。


 もちろん、毎日風呂は一緒に入っている。風呂の時間になると必ず自分のお風呂セットを持ったさくらが呼びにくるから逃げられなかった。16才ながら小学生程度の発育具合のさくらは、元哉にとっては歳の離れた妹程度にしか見えないし、さくらも純粋に肉親として元哉を慕っているので、なし崩しに一緒に入浴することが習慣になった。


 それから何度か一緒に入浴するうちに、元哉の持つ魔力をいつの間にか吸収したさくらに魔力が発現して、現在は風呂の時間が魔力補給タイムになっている。

 二人は血が繋がっているせいか、手を握るなどどこか体が接触していれば魔力の受け渡しは可能なのだが、さくらにとっては「無理やり水を飲まされている感じがしていや!」ということらしい。

 その点一緒に風呂に入ると、「魔力がじんわりと染み込んで来るような感じ」で心地よいそうだ。


 そんなさくらが、今日も一緒に入浴するためにやって来たのだが、いつもとは何か様子が違う。いや、さくら自身はいつも通りなのだが、後ろになぜかディーナまでくっついて来ている。


「兄ちゃん、今日はディナちゃんも一緒に入るよ♪」


「おい、さくら!いくらなんでもそれはやり過ぎだろう。ディーナだって恥ずかしいだろうし。俺が出るまでディーナには悪いが待っててもらってくれ。」


 あわててさくらの暴走を押し止めようとする元哉だが、意外なところから反論が返って来た。


「元哉さん、私全然恥ずかしくないですよ。私はルトの民としてはまだ、子供の体です。大人の体(魔族と呼ばれる悪魔に似せた体のこと)になってから、男性の前で裸になるのはさすがに恥ずかしいですが、子供の体のうちはむしろ自分は人なんだと分かってもらうために、親しい人には見てもらいたいです。」


「ほら兄ちゃん、ディナちゃんもこう言ってるしもうつべこべ言わないで。ディナちゃん、さっさと入るよ。」


 元哉が見ている前で、平気で服を脱ぎだす二人。元哉は、いつも見慣れているさくらならば兎も角、ディーナの裸を真正面から見られるほどの心構えなどあるはずもなく、真上を見上げているのが精一杯だった。


「兄ちゃん、なに上なんか見上げちゃっているの?天井しかないよ。もっと普通にしないとダメだよ。」


 さくらは湯船に入るなり、いつものように元哉の膝の上にちょこんと乗っかている。


「元哉さんは、私のこの姿が嫌いですか?」


 湯船に浸かったディーナは元哉と反対側に座り縁に体を預けて、不安そうな上目遣いで元哉を見上げる。


「いや、嫌いという訳ではないが、その・・・色々となんだか・・目の遣り場がないというか、なんというか・・・」


「でしたら、ちゃんと見てください。でないと私は人であることを否定されているような気持ちになってします。」


 そこまで言われては仕方がない。何しろ一人の人間の尊厳に関る話だ。元哉はディーナを救い出すとき、一度その全裸の姿を見てはいるが、こうして改めて見ると本人は『子供の体』とはいうものの、地球基準で言えば、大人になりかけの色気が漂っている。

 何より、お湯に浮かんでいるその大き目の胸の膨らみが、目を引き付ける。お湯に浸かっている部分はおへその辺りまでしかハッキリ見えないが、元哉にとってはそれが逆に救いとなっていた。


「ところでディナちゃんは何歳なの?」


 元哉の膝の上で気持ちよさそうに目を細めていたさくらが、思い出したように問いかけた。


「えーっと、石像にされていた期間を除くと130歳ですね。」


「ひゃ、130歳・・・・」


 さくらが驚きの声を上げたが、元哉はここだけは冷静になって神様の言葉を思い出していた。そう、この世界は地球の10倍の早さで時間が流れていくことを。


 そうか130歳ならこの大きさも仕方ないかなどとブツブツ呟いているさくらに元哉は告げた。


「さくら、この世界の130歳は地球の年齢に直すと13歳だからな。」


「なんですとーー!!ちょ、ちょっと、ディナちゃん、よく聞きなさい。13歳でその胸は反則です。私の立場というものを考えてもっと小さくしなさい。」


「さくらちゃん、それはちょっと無理だと思います。ところで皆さんはおいくつですか?」


「俺が18歳で、さくらと橘が16歳だ。」


「まあ、皆さんそんなに小さかったのですか?」


「ああ、すまない。この世界の年齢に直すと180歳と160歳だ。」


「ええーー!元哉さんはともかく、橘様は私と同じくらい、さくらちゃんは私より年下だと思っていました。ほんとうにごめんなさい。」


「ディナちゃん、私が年下って、なにを基準にそう思っていたのかな?」


 さくらがじとーっとした目でディーナを見ている。


「さくら,諦めろ。お前がどれだけ抵抗したところで、お前の胸が大きくなることはない。」


「さくらちゃん、これは自然に大きくなるものですから、いつかはさくらちゃんも何とかなります。」


「いつかじゃなくて、今すぐ何とかして欲しいんだよ。」


 さくらの心の底からの叫びが、浴室にこだました。






 しばらく3人で湯船に浸かってゆったりとした時間が流れた。橘の好みでお湯は温めにしてあるので、のぼせる様な事はない。


 さくらが元哉の膝の上でもぞもぞと体を動かす。


「兄ちゃん、さっきからお尻になんか硬いものが当たるんだよね。」


 元哉は、その言葉ではっとした。完全に油断していたのだ。さくらに指摘されるまで、体の一部が硬くなっていることに気づかなかった。というよりも、ディーナの裸体に自然と目がいってそれどころではなかった。


「兄ちゃん、もしかして私の体に欲情しちゃった?でも兄妹だからダメだよ。」


 さくらがこれ見よがしのことを言ってくるが、元哉はキッパリと言い切った。


「さくら、これは断じてお前のせいではない事をここでハッキリさせておこうじゃないか。」


「チッ、まったく、洒落のわからない兄ちゃんだよね。しょうがないから、優しいさくらちゃんは兄ちゃんのために、ディナちゃんと場所を替わってあげるよ!」


 さくらは元哉の膝の上から移動を開始する。ディーナの横から彼女をグイグイと押し出して元哉の方に追いやっていく。


「さくらちゃん、危ないからそんなに押さないでください。ダメですって、そんなところを・・・」


 すでにディーナは膝立ちになっており、正面にいる元哉からは見えてはいけないところまで見えていた。ディーナ本人は見られることは平気だが、今まで父親以外の男性と手を繋いだ事もないため、さすがに戸惑っている。


 「えいっ!」


 膝立ちの不安定な姿勢になっていたディーナの腰の辺りをさくらが押した。勢いに負けてそのまま前に倒れるディーナは元哉の肩に両腕を回して、しがみつくように倒れ込んだ。


 あわてて元哉がが抱きかかえるが、それほど広い浴槽でもないため窮屈な動きしか出来ない。何とか無事にディーナを抱え込んだものの、元哉の右手が何か柔らかい感触に包まれていた。


 ディーナの口から『あっ』という声が漏れる。


 そのまま身動できない二人。すると淡い紫の光がディーナを包み込む。元哉の右手からディーナの胸に魔力が流れ込んでいた。


 全ての力が抜けて、体全体を元哉に委ねてしまうディーナ。その口からほんの小さな声が漏れる。


「あー、い、いったい何!何かが流れ込んでくる・・こんなに心地のいい・・・もう私ダメ・・・・・」


 初めて体験する魔力の影響で、本日2度目の失神をしたディーナだった。



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