第13話  ディ-ナの歩む道

 入浴中のディーナの失神騒ぎで、浴室から聞こえる慌てた声で様子を見にやってきた橘。全裸で意識を失っているディーナを見て何事かと、元哉とさくらを問い詰めながらディーナの看病をする。


 ディーナが意識を取り戻してから、橘にこっぴどく怒られた3人だったが、どうやら橘の怒りの原因は元哉がディーナと一緒に風呂に入ったことのようで、多分にやきもちとか先を越されたといった感情が嵐のように渦巻いていたことが、元哉以外にはハッキリと分かっていた。


 その橘にしても、ディーナが魔力を得たことは素直に評価している。何より彼女の今後の訓練の幅が広がるし、強くなりたいという目標にとってはプラスになることなのだから。




 翌朝の訓練から、ディーナのメニューに橘教官による魔法実技が加わった。これは最も集中力が高い朝の一番で行うことにして、その後は基礎体力作りと格闘訓練が続く。


 昨日は中止になったが、午後は実際に森の中に入って魔物と戦う実践訓練を行う。ディーナはまったくの初心者なので慣れるまでは、安全なところで待機して止めだけ刺していくいわゆるパワーレベリングだ。


 さくらがいつものように索敵を行い、獲物を見つける。


「兄ちゃん、魔物発見!10時の方向距離350 かなり大型でこちらに接近中。」


「さくら、ディーナの側にいてくれ。様子を見てくる。」


 元哉が、敵の捕捉と戦うために最も足場のよい場所を探して前進を開始する。なお、橘は魔法の調整のため午後は参加せず、神殿で待機している。


「さくら聞こえるか、送れ。」


「兄ちゃん、感度良好、送れ。」


 魔力通信機から元哉の指示が送られてくる。


「8時の方向に50メートル前進ののち、その場で待機。相手は熊型の魔物、熊狩りのやり方を教えてやるからよく見ておけ、送れ。」


「了解、8時の方向に50メートル前進を開始、通信終了。」


 さくら達が所定の位置につくと、すでに元哉と魔物の距離は70メートルを切っていた。現れたのは『シルバーグリズリー』で、冒険者ギルドのAランク指定の魔物だ。熊型の魔物は他の獣型の魔物と違って、レベルが上がるごとに全身の毛の色が変化する。この個体はゴールドに次ぐ上から二番目のそれなりに強力な個体だ。


 その3メートルを優に超える巨体が元哉を目掛けて突進を開始する。初めてこのような巨大な魔物を目にするディーナは、心配と不安で押しつぶされそうになっている。


「いいかさくら、熊は巨体に見合わず、足が速い。そして、獲物に飛び掛るとき後ろ足で立ち上がる習性があるから、ジグザグに動いて飛び掛るタイミングを掴ませないようにするんだ。」


 言葉の通りに元哉は、ジグザグに走って、あっという間に魔物との距離を詰めていく。


「こちらの射程距離に達したら、鼻先に蹴りを叩き込め。」


 元哉の動きについていけずに、飛び掛るタイミングを逃したシルバーグリズリーの鼻先に元哉のミドルキックが入る。この後のことを考えてきわめて紳士的に優しく蹴ったつもりだったが、上顎が完全に粉砕されて血飛沫が飛び散る。


「鼻は熊にとって最も痛覚が集中する弱点だから、大概は鼻を押さえて転げまわる。後はこちらの好きに潰していけばいい。」


「兄ちゃん、了解だよ。よく分かったぜ。」


 さくらがサムアップして元哉の解説に応えている。隣にいるディーナは一撃であの巨体を沈めた元哉の強さに唖然としていた。


 そんな二人の前で、元哉は魔物の横に回り一蹴りで肋骨を砕いて肺を潰す。ディーナの安全を考慮して、念には念を入れ反対側の肺も潰した。呼吸の出来なくなった魔物は完全に動きを止めている。

 すぐに、二人を呼び寄せて、ディーナに剣を抜かせて首元に一振りさせる。一撃では決められなかったが、次の一振りで、魔物は息絶えた。


「ディナちゃん、やったね♪」


 さくらが、血のついた剣を握り締めて呆然と立っているディーナに声をかける。その声で、はっと我に返ったディーナが


「いえ、私何にもしていません。全部元哉さんがやってくれたことで、本当にこれでいいんですか。」


申し訳なさそうに元哉のほうを見る。


「気にするな、いずれはこの程度の魔物は一人で倒せるようになるから、それまではこのやり方でいくぞ。」


「わかりました。どうぞよろしくお願いします。」




 このこのあたりは、オーガの縄張りだったため魔物が少なく、狩りはこの一件だけで終わったが、森の中で音を忍ばせての歩行方法や気配の察知の仕方など、ディーナにとっては収穫の多い一日になった。





 「今後の方針だが。」


 夕食をとりながら元哉が切り出す。


「ディーナ、ここからお前たちの種族がいたところは近いのか?」


 ディーナは手を止めて、目を閉じて記憶を手繰るように考え込む。やがて遠い昔のことを思い出したかのように語り始めた。


「ずい分昔のことなのでハッキリ覚えていませんが、ここから北に10日ほど歩いたところに私たちの住まう土地があります。」


「そうか、他に何か知っていることはあるか。」


 元哉の問いかけにひとつ頷いてから、ディーナが答える。


「ここから東に向かうとエルフの住む森に行き着きますが、他の種族と交流しない民なので、訪ねて行っても無駄だと思います。」


「そうか、割と近くにあるんだな。さて、ディーナが今ルトの民の元に戻るのは、幽閉されていた経緯を考えると余り良くないような気がするのだがどう思うか。」


 ディーナは自分に関る大きな問題だけに、慎重に考えざるを得なかったと同時に自らのことをここまで考えてくれるその思いやりに感謝した。


「今すぐに戻るのは、私のためにも種族のためにも良くないと思います。」


「やはりそうか、ならば西にある人族の国に向かうしかなさそうたな。そこでこの世界の情報を集めてから、改めてその先の方針を考えるとしよう。みんなの意見はどうだ?」


 元哉の意見を聞いてまず橘が答える。


「今のところそれしかないわね。例の勇者の話も気になるし。」


「勇者とはいったい何の話ですか?」


 ディーナが驚いたように口を挟む。確かに人族から『魔族』と呼ばれる立場からすれば、放って置けない問題なのであろう。


「ディーナにはまだ話していなかったな。俺たちはとある者から近いうちに勇者の召喚が行われるから、そいつがこの世界に混乱を引き起こさないように監視して欲しいと頼まれているんだ。」


 ずい分ざっくりとした説明だが、話の筋は概ね合っている。


「まあ、そのようなことを・・・私も勇者の件は気になりますし人族の国に行く事で構いません。」


 賛意を示したディーナは、心の中で(勇者の召喚なんて大事件を事前に知っている存在なんて、きっとこの人たちは精霊様かその上の大精霊様のお告げを聞いたに違いないわ・・・それにしてもこんなに凄い人達と一緒にいられるなんて、私はとても幸せ者ね。父上見ていらっしゃいますか。今、私は父上への感謝で一杯でございます。それから、精霊様ありがとうございます。)


 ディーナは心の中で祈っている。ただし、残念ながら祈る相手が違っていた。まさか神様直々の頼みだとは知る由もない。


「にいひゃん、わはしはにいひゃんはちがいくほこなら、ほこへもいふよ!」


「さくらちゃん、口に物を入れたまましゃべるんじゃないの。」


 橘の突込みを見て、ディーナが以前から疑問に思っていたことを恐る恐る切り出した。


「あのー・・・さくらちゃんと橘様って・・・さくらちゃんの方がお姉さんって本当ですか?」


「ディナちゃん、その質問の意味が私には理解できないのだけれど・・・どこをどう見ても私の方がお姉ちゃんでしょう。」


「ディーナ、残念な姉を持つ妹の気持ちって、あなたに分かるかしら?」


 どちらがどちらの答えかは、言うまでもない。ちなみに元哉は、この件に関してノーコメントを貫いた。





 数日が過ぎて、キャンプも順調に進み、ディーナのパワーレベリングも快調だったが、ここでひとつ思わぬ問題が発生した。


 朝一番で橘がディーナの魔法の訓練状況を元哉に報告しているときのことだった。


「ディーナが魔法を飛ばせない?」


 橘の話によれば、ディーナは魔法の発動はスムーズなのだが、それを目標に飛ばすことが出来ないということだった。つまり、術式の中で『射出』に当たる部分をどうしても構築できないのであった。


 元々ルトの民は、子供のうちは魔力など無縁というのが当たり前で、大人の体になって初めて魔力を扱えるようになるそうで、成人もしないうちから魔力を手に入れたディーナの方が突然変異とでもいうべきかも知れない。

 何しろ彼らは大元を質せば地球人だ。そんな誰もが魔法をポンポン使えるように出来ていない。変身前のヒーローが何も出来ないのと同じで、成人して体が変わらなければ、魔力を扱うことが出来ないのは、無理からぬ事だった。


 このような理由で、ディーナが魔法を行使する上での欠陥が顕わになった以上、この問題を解決しないうちは戦闘において魔法の使用が出来ないことと同じになってしまう。

 橘はここがディーナが魔法使いとしてやっていけるかどうかの分岐点だと思って、かなり懇切丁寧に教えたのだが、どうしても出来ない彼女は今は自信を失って膝を抱えて泣いているらしい。


 元哉はしばらく考えてから、橘にディーナをここに連れて来てくるように頼んでから、自分のトレーニングで走っていたさくらに声をかける。


「おーいさくら、悪いけどちょっとこっちに来てくれ。」


「あいよー、兄ちゃん。」


 軽い返事をして、さくらがやって来る。


「さくら、ディーナが来てからちょっと頼みたいことがある。」


「兄ちゃん、いつでもオーケーだよ。」


 何も聞かないうちから、簡単に返事をするさくら。兄に対する絶大なる信頼の証である。




 やや時間がたってから、橘とディーナが姿を現した。どうやら落ち込んでいるディーナの説得に時間がかかった模様だ。


 涙の後を隠そうともせずに、俯いているディーナに元哉が話しかける。


「魔法の練習で随分苦労しているようだな。」


「はい、こんなところで躓いている自分が情けなくてもう嫌です。」


「そうか、でも知っているか。俺もさくらも魔力はあるが、橘のように魔法が使えないことを。」


「はい、橘様から聞きました。」


「ならば話は早い。魔力の違う使い方を見せてやる。さくら、擲弾筒を準備しろ。」


「兄ちゃん、了解。」


 元哉の指示で、すぐに準備に掛かるさくら。ディーナは一体何が始まるのかと、落ち込んだ様子の先ほどよりもやや顔が上を向いている。


「準備よし。」


「ディーナ、よく見ておけよ。さくら、レベル1で射出、目標前方の太い木だ。」


「了解。レベル1確認。射出!」


 さくらが放った魔力弾は、狙い通りに木の幹に命中して、幹に小さな穴を開けた。


「続いてレベル2で10秒間、目標同じ。」


「レベル2確認、射出!」


 今度は連射で木の幹を削っていく。ディーナの目はその光景に釘付けになっている。


「すごい、魔力でこんなことができるなんて・・・」


 10秒も経たないうちに直径50センチほどの木は着弾ポイントからへし折れた。


「ディーナ、どうだった?」


「すごいです。さくらちゃんが使っていたのは魔道具ですか?」


 さっきまで膝を抱えて泣いていたとは思えないほどの、立ち直りぶりを見せるディーナ。さくらとはタイプが異なるが、彼女もやれば出来る子かもしれない。


「まあ、そんなものだな。それよりも、今のが打ち出すということだ。しっかり覚えておけ。」


「はい、すごくよく分かりました。」


「そうか、ではもうひとつサービスで見せてやる。全員50メートル下がれ。」


 元哉の指示で、駆け足で後ろに下がる3人に元哉は大きな声で伝える。


「一度しかやらないから、よく見ておけよ。橘、念のために最大威力で魔法障壁を張ってくれ。」


「了解」


 準備が整ったことを確認してから、腰のナイフを抜いて魔力を込める元哉。限界を超えて注入された魔力が暴走を引き起こす。


「この辺でいいだろう。」


 気合を込めて低い姿勢から一気にナイフを振りぬくと、元哉の狙い通りに西の方向へとてつもないエネルギーを秘めた白い光が飛び出していく。


 地面を削り木々をなぎ倒し、その破片を蒸発さながら突き進む白い光。その光が通り過ぎた後には、道路で言えば横幅6車線ほどの何もない削れた大地が果てしなく続いていた。



 元哉の放った暴走魔力の凄まじさに、呆然とするディーナ。橘が障壁を解くとさくらが真っ先に元哉に駆け寄る。


「兄ちゃん、大サービスだったね。ディナちゃんびっくりしているよ。」


「そうか、参考になればいいんだが。このぐらいやっておけば、西に向かう道中がだいぶ楽になるだろう。」


 確かにこれだけ開けたまっすぐな道が出来ると移動はかなり楽になる。二人がこんな会話をしているあいだに、ようやく橘に連れられてディーナも戻ってきた。


「ディーナ、どうだった。」


 ようやく我に返ったディーナが、元哉に向き直る。


「元哉さんのナイフからとんでもなく強い光が飛び出て、驚きました。」


「そうか、じゃあやってみろ。」


 元哉の無茶振りが始まった。


「なに言っているんですか、あんなの出来るわけないですよ。」


「そうか、やってみると以外に簡単だけどな。」


 ここで橘が元哉の価値基準があまりにズレている事に呆れながらも、ディーナに助け舟を出す。


「ディーナ、元くんが言っているのは、あんな馬鹿威力の魔法をやれというわけじゃないのよ。あなたの魔法を剣の中で発動させて、それを剣を振りぬくことで飛ばしてみなさいということよ。」


 橘の助言を得て、なるほどと納得したディーナは早速試してみた。


「まず今まで手元で発動していたものを、ちょっと先にある剣の中で発動するのよ。この『ちょっと先』っていう感覚と、剣にうまく魔力を流し込むことが大事だからね。」


 ディーナは自分がこれまで会得した魔法の中で、最も得意な火の魔法を選んで、剣に魔力を流してみると少しだけ剣が重くなったような手応えがあった。


「そのぐらいでいいから、発動してみなさい。」


 橘の言葉に頷いて、心の中で『燃えろ』と念じると、いきなり自分が持っている剣に火がついた。


「ええー、燃えてる、こ、これからどうすればいいんですか?」


「慌てないで、しっかり魔力をコントロールして、もっと小さくした方がいいわ。」


「はい!」


 橘の指示で炎を小さくするディ-ナ。


「あとは、剣を振るときに『飛び出せ』みたいな感じで・・・あっ向こうを向いてやってね。」


 どうも橘の言う事も最後のほうはかなりいい加減になっているようだが、ディーナはそんなことに気が付く程の余裕がない。


 体の向きを変えて、「えいっ」という掛け声とともに、剣を横なぎに振るうと炎の帯が30メートルほど飛んでいった。


「あっ、飛んだ・・・・本当に飛んだ。やった・・・私・・出来た。」


 ディーナの目から一滴の涙が零れ落ちる。さくらが駆け寄ってディーナの手を取って喜ぶ。


「ディナちゃん、やったね!かっこよかったよ。それでね、今日からディナちゃんは魔法剣士だ!」


「魔法剣士?」


 初めて聞く言葉に意味が分からずに首を傾げるディーナ。


「そう、魔法を使う剣士だから、魔法剣士だよ!かっこいいでしょう。」


 さくらが自信満々で言い切る。特に根拠はないのだが、ここまでキッパリと言い切ると逆に信頼感が出てきてしまう。


「魔法を使う剣士で・・・魔法剣士・・・すごいです、さくらちゃんとても素敵です!」


 さくらと飛び跳ねながら喜び合うディーナに、元哉と橘が近づく。


「ディーナ、何も飛ばすことにこだわる必要はないんだぞ。炎をまとった剣で斬り付ければ、敵は燃え上がる。いろいろな使い方があるはずだから、自分で考えてみろ。」


「はい!元哉さんも橘様も今日は本当にありがとうございました。私、これからもっともっと頑張ります。」


 今までで、最高の笑顔を見せるディーナ、こうして『魔法剣士ディーナ』は誕生した。

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