第11話  ディーナ失神

 遺体は灰も残さずに燃え尽き、燃え盛っていた炎と熱はミカエルが耐熱障壁と伴に圧縮して虚空の彼方に送った。


 元哉は、何もない部屋に入り込みアイテムボックスからトロルの魔石と剣を一本取り出して地面に突き刺す。


「何もないのは寂しいからな。墓標の代わりだ。」


「ありがとうございます。」


 礼を言うオンディーヌにそんなのいいからと軽く笑って応える。


 四人で改めて祈りを捧げてから、部屋を出て階段を降りていく。オンディーヌの足取りも心配したほどではなく、普通に歩いていてる。




 トロルの居たガランとしたフロアーに降り立ったところで、さくらが空腹を訴えた。


「そういえばオンディーヌは、まだ何も食べていなかったな。」


「私のことは、ディーナとお呼び下さい。元哉様。」


「俺のことは元哉でいいから、様なんて付けられると無性にくすぐったくなってくる。」


「ディナちゃん、私のことはさくらでいいよ。」


「では元哉さんとさくらちゃんと呼ばせてもらいます。後は、魔王様はなんとお呼びすればよろしいでしょうか?」


 ディーナの問い掛けでもう一人紹介しなければいけないことを思い出した元哉が、ミカエル頭を下げる。


「ミカエル今回は世話になった、また何かあったときは頼む。それで、橘と替わってもらえると有難いのだが・・・」


「普段からそうやって謙虚に頼めば、我も気分良くこの次も出てきてやるというものである。よろしい、この娘も痺れを切らしておるが故に、我は引っ込むとする。皆の者息災でな。」


 そう言って目を閉じる。一瞬その輪郭がブレたように感じたと思ったら、いつのまにか橘に入れ替わっていた。橘は微笑んでディーなの元に歩み寄る。


「ディーナ、よろしくね、私は橘よ。」


「へっ?橘様?ミカエル様いえ魔王様はどちらに。」


 ディーナが混乱するのも無理はない。橘が分かりやすく説明する。


「えーーっと、ミカエルはね、私の中に住んでいるこの世界で言えば精霊みたいなものかな。必要なときに出て来てもらっているの。それで普段の私が、今ここに居る橘なの。」


 橘は、神様から魔法をもらったときに、この世界には精霊がいることを知って分かり易そうな例えとして使っただけだったが、ディーナからは予想外の反応があった。


「すごいです!体の中に精霊様がいらっしゃるなんて初めて聞きました。その上で魔王様なんて、橘様は本当に素晴らしいお方です。」


 ディーナの瞳は憧れと尊敬でキラキラに輝いている。親しみを持ってもらうつもりが、余計尊敬されてしまって、これは逆効果だったかなと少し後悔している橘。ここは何とか煙に巻くしかない。


「そうそうみんなお腹空いてるわよね。すぐに用意するから、座って待ってて。」


 橘は無詠唱で土魔法を発動して、イスとテーブルをその場に作った。この世界に来ていつもやっている事なので、元哉もさくらもまったく気にしなかったが、


「なんですかこれーーー!」


ディーナは一瞬で出来上がった食卓に目を白黒させている。


「私達ルトの民は、人族に比べて魔法が得意ですが、このような見事な魔法を使えるものは一人も居りません。」


 ディーナの尊敬指数がさらに上昇した事に、またやってしまったとうな垂れる橘だが、この際もういいかと逆に開き直った。


「元くん、コップを4つ出して、あとお砂糖と万能の実を3つお願い。」


「わかった。」


 元哉が何も無い所からいろいろ取り出すのに、再びびっくりするディーナ。


 橘は元哉から受け取った万能の実に魔力を流してから、『ヒート』の魔法で内部を温める。

 神様から貰った魔法にあったもので、本人は『レンチン』と呼んでいるが、出力の制御が難しく実用レベルで使えるものはほとんどいない。なお、出力を上げれば殺傷性の高い魔法にもなる。


 実にナイフで穴を開けて、コップに注ぐとホットミルクだった。砂糖を入れてかき混ぜてから、それぞれに手渡していく。


「熱いから気をつけてね。ディーナは、久しぶりの食事だから、お腹が痛くならないようにゆっくり飲みなさい。お腹が大丈夫なようだったら、他の物を用意してあげるから元くんとさくらちゃんは少し待ってね。」


 手渡されたホットミルクに口を付けたディーナは、やさしい香りと甘い味に驚いている。


「こんなに甘くて美味しい飲み物初めて飲みました。」


 この世界で、家畜としての牛は貴重品で、その乳はバターやチーズに加工されるため、牛乳を飲む習慣がなかった。ディーナが驚くのも無理はない。


 このあと、さくらは本人のリクエストで大盛りカレーライスを、他のものは消化がよいだろうということで、トマト味のリゾットを食べた。ディーナはさくらのカレーライスに興味津々の様子だったが、今度作ってあげるから今日は我慢しなしなさいと言われて、しぶしぶ諦めた。



 食事も終わって、来た道を引き返しす。ダンジョンコアがなくなっているため、魔物に遭遇することもなく1時間ほどで、最初の階段まで戻ってこれた。階段の上を塞いでいる祭壇をどうするかという問題があったが、よく見ると小さな取っ手が付いていて、下から簡単に動かすことができた。


 『退路がなくなった』などという大げさな決意はいったいなんだったのかと、少々バカにされたような気がしたが、無事に外に出られたので特に文句をいう筋合いではない。



 礼拝室を抜けて、外に出ると薄暗くなっていた。


「兄ちゃん、初めてのダンジョンだったけど、一日で攻略しちゃったね。」


「さくら、攻略が目的だったわけじゃないだろう。ディーナを助け出せたことは、よかったが・・・・」


「そうね、ディーナのお父さんは気の毒なことになったから・・・・あの子は気丈に振舞っているけど」


 三人がそのような話をしているとき、少し離れたところでディーナは暗くなりかけの空を見上げていた。


 翳りゆく空に星がひとつふたつと瞬き始める。夕暮れの最後の仄かな光が消えうせたとき、そこには一面の星空が姿を現す。ディーナはその輝きの一つ一つを目を凝らしてみている。


 そんな彼女に歩み寄った元哉が声をかけた。


「何を見ているんだ?」


 近づいてきた元哉にチラリと目をやるが、なおも空を見上げたままでディーナは答える。


「はい、父上がどの星にいらっしゃるのかと思って、探しておりました。」


「そうか、お前の父は強い男だった。だから、ひときわ強く輝く星だと思うな。」


「そうですよね、きっとあの星です。あそこから父上は私を見守ってくださいますよね。」


 南東の空に輝く最も明るい星を指差して、ディーナはつぶやいた。そして元哉のほうに向き直って告げる。


「元哉さん、私は強くなります。この身と私の周囲の守りたいものを守るために。ですからお願いします、私を強くして下さい。」


 父親の亡骸に誓った決心を胸に秘めて、元哉に願い出る。ディーナがどれほどの強い気持ちで言っているのかを計りかねている元哉は、聞き返した。


「強くなりたいといっても、生半可な気持ちでは死ぬだけだぞ。」


「いえ、ですから死なないために、強くなりたいんです。お願いします、どうか私を鍛えてください。」


「強くなるためには、恐怖を乗り越える必要がある。さらに強くなるためには、死すら乗り越える必要がある。お前にその覚悟はあるか?」


「今の私には、元哉さんの言葉の本当の意味が分かりません。でも、いずれその意味が分かる日が来ることと思います。」


 元哉は、ディーナの顔を見てしばらく考えこんでいる。やがて軽くうなづいて告げた。


「いいだろう、明日から鍛えてやる。今日はもう休んで、明日からに備えろ。」


「はい。」


 こうして、仲間が増えた一日が過ぎていった。









 翌朝。


 ディーナが剣を横なぎに振るう。敵は身軽に後ろに体を引いて交わしてから、一瞬で間合いを詰める。右に振るった剣を引き戻そうとしたとき、その剣を持つ手首を間単に捉まれて、額に『コン』という衝撃が走った。


 額を押さえて蹲るディーナに


「ディナちゃん、また剣が流れちゃっているよ、振ったら次の動作に移るか、素早く引き戻さないと簡単に狙われちゃうからね。」


 デコピンを放ってディーナを悶絶させているさくらがアドバイスする。


「うー、痛いですー。さくらちゃん容赦がありませんね。まったく剣が当たる気がしないです。」


 組み手をはじめて10分もたたないうちに、すでにディーナは10発以上のデコピンをもらい、同じぐらいの回数投げられて地面に這いつくばっていた。



 この日は、朝起きて、朝食をとった後に元哉が発した


「今日から10日間の予定で、キャンプを行う。」


 という一言で、始まった。


「私は魔法の調整をするから。」


と言って逃げ出そうとした橘も元哉に捕まって強制的に参加させられている。


 オーガの集落跡地がちょうどいい具合の広さがあるので、神殿から場所を移して四人が集まった。元哉が三人の前に立って訓練メニューを発表する。


「このたびのキャンプの目的は、各員の身体能力向上である。午前中は基礎訓練に充てて、午後からは実戦を取り入れていくからそのつもりでいてほしい。指揮は俺が執るが、さくらは教官を務めてくれ。」


「兄ちゃん、了解。」


 この時点で、橘は涙目になっていた。何をするか分かっていないディーナは、強くなるための訓練が始まると期待した目をしている。


「よし、まずは2時間走から始めるぞ。俺のペースにしっかり付いて来い。全体駆け足始めーー!」


 元哉の号令に合わせて走り出すが、まだ半周もしないうちに橘とディーナが遅れだした。


「何をやっているか。しっかり付いて来い!」


 元哉の怒声が飛ぶが、まったく付いていけない二人。5周もすると限界が来たのか相次いで二人は止まってしまった。


「さくら、あれを飲ませろ。」


 元哉はさくらに指示をして、魔力が注入された水を二人に飲ませる。体力が回復したら、再び走るの繰り返しで、何とか2時間完走した橘とディーナ。二人のお腹は何度も飲まされた水でチャポンチャポンの状態になっている。この頃になるとディーナにも橘が涙目をしていた理由が解ってきた。


「次は、組み手を行う。ディーナは使える武器があるか?」


「父上から剣の手ほどきを受けていました。」


「では、さくらと組んで剣の練習をするように。橘は俺と組んで、ナイフの訓練だ。」


 再び橘が涙目になっているのは、言うまでもない。


 さくらはディーナを少し離れた所へ連れて行き、


「いきなり真剣を持たせるのは危ないから、最初はこれね。」


 その辺に落ちていた木の棒をディーナに持たせる。


「ディナちゃん、それで素振りしてみて。」


 木の棒を手にして怪訝な様子で、ディーナが素振りを始める。さすが魔王が直々に手解きしただけあって基礎はしっかりできている上、その剣筋もなかなか見事なものだ。この世界の同年代の子供の中では、トップレベルであろう。


「ディナちゃん、結構出来そうだね。じゃあ私に切り掛ってきていいよ。」


 さくらは構えもしないまま、ディーナに告げた。


「さくらちゃんは、何も武器を持たないのですか?」


「うん、私は近接戦闘で武器なんか使ったことがないからね。このままでいいから、切り掛ってきて。」


 さくらが素手で相手をするため、危険だから自分は木の棒を持たされたのだなと、ディーナは勘違いをした。自分よりもはるかに小柄で、何の武器も持たないさくらが危険な存在に見えなかったためである。 


 しかし、踏み込んで木の棒を振り下ろした瞬間、ディーナは地面に叩きつけられていた。腰と背中を打って呼吸が出来ない、いったい今何が起きたかすら理解できないまま地面に無防備に寝転がされている。


「ディナちゃん、だめだよ!真正面から打ち込んだ来たって避けて下さいって言っている様なもんでしょう。それに体全体の筋力が弱いから、踏み込みのスピ-ドが全然ないよ。」


 ようやくダメ-ジから回復して、上体を起こしたディーナに向けてさくらはダメ出しをする。


 さくらの指摘にディーナは心当たりがあった。父親と稽古をしていたときに『お前の剣は正直すぎる。』『踏み込みが甘い』と散々言われてきたのだった。わずか一太刀剣を振るっただけで、その自分の欠点を見抜くさくらの実力がようやく理解できた。


「さくらちゃん、あなたはいったいどんな戦いをしてきたの?」


 自然とディーナの口から疑問に思えることがこぼれた。


「それは、これからのお楽しみということにしておくよ。さあ、次いってみようか、どっからでも掛かってきなさい。」


 さくらが不敵に微笑む。ディーナも立ち上がり剣を構える。


 どれだけ地面に転がされようとも、どれだけ痛い目にあおうとも、剣を構え続けた。父に誓った『強くなる』ために、ひたすら立ち上がり剣を振るい続ける。


 数え切れないほどさくらにやられるうちに、ディーナの中で変化が起きていた。闇雲に剣を振るうのではなく、考えて攻撃を組み立てる、相手の考えを予想して攻撃を回避する、まだはなはだ未熟ではあるが、痛い目に会う中で本能的に自分を守る術を掴みつつあるようだった。


 さくらには、ディーナの変化が手に取るようにわかる。


(まずは第一段階クリアー)


 心の中で、ニンマリしながら


「じゃあ、今日はここまでにしておこうか。」


 と声をかけると、その瞬間ディーナは気を失った。



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