第10話 真実と誓い
手を取り合って喜び合う親子を見て、さくらまで号泣している。
「兄(エグッエグッ)ぢゃん、よがっ(エグッエグッ)だねー。」
「そうだな、助けた甲斐があったな。」
再会の喜びに浸っていた親子も、落ち着きを取り戻し、娘が三人に向き直って改めて礼を言う。
「この度は、我ら親子を救っていただきありがとうございました。我ら親子は皆様に対する恩義に報いる方法がございません。この上はわたくしのこの身をどうかご自由にお使いください。」
何らかの覚悟を秘めた様子で、三人に申し出るが、ミカエルがあっさりと断る。
「そのような礼は無用である、それにその申し出はこやつの一人勝ちであろう。」
ミカエルは元哉の方をチラリと見た。その言葉を聴いていた元哉の全身に鳥肌が立ち、強烈な悪寒が襲うが、そんなことはお構いなしに尚もミカエルは続ける。
「そのようなことになってみろ、もう一人の我がどのような暴挙に出るかさすがの我もあまり想像したくない。」
口元は微笑んでいるが、まったく笑っていない目で再び元哉をチラリと見る。さくらが小声で、話しかける。さっきまで泣いていたのが嘘のようだ。
そうさくらは、気持ちの切り替えの早い子である。そしてその表情は、悪代官と密談を交わす越後屋のようになっている。
「兄ちゃん、今のうちにミカちゃんに謝っておきなよ。私も一緒に謝ってあげるから。」
「さくら、お前はそう言っておきながら、いつも土壇場で裏切るだろう。」
「ピーピピーー」(口笛の音)
などというやり取りが繰り広げられていたが、ミカエルは二人のことは一切無視をする。
「とにかく礼は受け取らんということで納得するがよい。我はミカエル、こちらの大きな方が元哉、小さな方がさくらじゃ。そなたらも名乗られよ。」
冷徹な天使の威厳全開で迫る。さすがに小さな女の子ではその意向に逆らう術は持ち合わせてはいない。少女は改めて居ずまいを正す。
「父の名は、マインセール=ルト=エイブレッセ、その・・先代の魔王で、わたくしはその娘オンディーヌ=ルト=エイブレッセで御座います。」
「おお、魔王キターーー!!!」
さくらがまた余計なことを口走るが、ミカエルに視線で制止される。
「そうか、先代の魔王であったか。して、何ゆえこのようなところに幽閉されておった?」
「はい、家臣たちの謀反で、父一人であればどのような相手でも勝てましたが、わたくしが真っ先に捕らえられて人質となったために、止む無く父は抵抗せずに幽閉されました。」
オンディーヌは無念そうに唇をかみ締めている。無力な自分のせいで、父親が捕らえられたことを悔やんでいるのであろう。ミカエルは尚も問い続ける。
「謀反が起きるには然るべき理由があろう。どうしたことか聞かせよ。」
「父は、歴代の魔王の中で最も穏やかな君主として、多くの魔族に慕われておりました。人族とも極力争わない方針をとっていたのですが、そのことが気に入らない強硬な者共が結託して謀反を起こしました。」
「なるほど、そうであるか。この神殿はそなたらが造ったものなのだな。」
「はい、元々ここはわたくし達にとっての聖地でございました。ところが、魔力を取り込んだ森が範囲を拡大するにつれて魔物が増え始めて、手に負えなくなり放棄された場所でございます。」
「おおよそのことは解かった。そこの父親、元魔王と申したな。我も魔王の称号を得ているものじゃ。話は出来るか。」
ミカエルの言葉に驚いた様子の親子。娘に背中を支えられて、父親が上体を起こす。
「やはりそうか。只者ではないと思うたがそなたは魔王であったか。このような見苦しい姿で相見える事、まずは侘びておこう。」
「気にするでない。この神殿はそなたを閉じ込める牢獄か。そなたの魔力を魔法陣で吸い上げることで、先ほどのゴーレムは動いておったようだな。」
「うむ、ここに閉じ込められた当初は、あのようなゴーレムが何十体とおった様だが、今ではこの有様よ。」
自嘲気味に話す元魔王、おそらくかつては絶大な力を誇っていたのだろう。
「そのおかげで、我らの救出が間に合ったのであるから、悪いことばかりではなかろう。だがしかし、そなた娘を守るために、自らの生命を犠牲にしたな。」
「すべて見透かされておるな。その通りだ。そなたらの助けがもう少し遅かったら、われら親子は石像のまま死を迎えるところであった。改めて礼を言う。」
父の背中と肩を支える娘の手に無意識に力が入る。魔法陣に魔力を吸い尽くされていた元魔王は、娘を守るために自らの生命力を用いて障壁を張り続けることで、娘の魔力が魔法陣に吸収されることを防いでいたのだ。
もしそれがなければ、娘の僅かな魔力など3日で吸い尽くされて、死んでいたことだろう。
石像であったときには、生命力は必要なかったが、こうして生身の肉体に戻ってしまうと、生命力の尽き果てた体では長く生きられない。
「種族を追われて、すべてを失ったわしに残された最後にして唯一の希望は、このオンディーヌのみ。娘を守るためにこの身を犠牲にすることなど、わしにとっては至極当然の事だ。」
元哉とさくらの父親は、彼らが生まれる前に死んでいる。だからさくらは元哉の事を兄としてだけでなく父親代わりの存在としても頼りにしている。元哉も何とかその気持ちに応えようとはしてきたが、『父親の覚悟とはなにか』を今ここで聞き及ぶに至って、自らの覚悟が元魔王の足元にも達していにことを痛感していた。何よりこの元魔王の生き様に男として学ぶものが多かった。
だからこそ、普段自分の感情を表に出さない元哉の口から、自然と言葉が溢れた。
「あんたは、魔王としてはうまくいかなかったかも知れないが、最後まで娘を守り通したカッコイイ親父だな。」
「世辞を言っても、何も出んぞ。だが、その言葉はわしにとって何よりの手向けだ。感謝する。」
元哉のほうに顔を向ける元魔王。その目には全てを達観したような落ち着いた光が見て取れる。その口が僅かに動き、『た・の・む』と元哉に伝えてきた。
すぐに娘の事だと気がついた元哉は、無言でうなずく。それを見て安心したように、再びミカエルに視線を戻す元魔王。
「さて、もう時間がない。これから元魔王として伝えねばならない事があるので、聞いて欲しい。」
ミカエルはただ頷く。
「我々は、魔族と呼ばれているがそれは人族がそう呼んでいるもので、我々は自らのことを『ルトの民』と呼んでいる。おそらくそなた達ならば理解できよう、我らルトの民は星を渡ってこの地に流れ着いた。」
元哉たちは、この星の知的生命体が追放や流刑等で、元の星を追われた者達だと神様から聞いていたので、この事は別に驚く事ではない。元魔王の言葉を受けて、ミカエルが告げる。
「父親よ、そなたは勘付いて居る様だな。我らもまた、つい最近違う星からこの地に跳ばされてきたものである。」
「やはりそうか、長く生きておれば一人や二人そのような者たちに出会う事もあるからな。ならば話は早い、我らの祖先は人であった。住んでいた地は繁栄していたらしいが、人々は欲望に溺れて背徳と堕落が蔓延する街に次第に変貌していった。ある日預言者の元に神が、『この街に10人の心正しき者が居ればこの街を滅亡から救ってやろう。』と神託を下し、その者は必死で心正しき者を探し回ったが、一人も見つからず、ついに空から滅亡の光が街ごと全てを滅ぼした。」
ミカエルは、元魔王の言葉に頷いて問いかける。
「その町の名は、ソドムか、ゴモラか?」
「・・・・なぜそなたが知っている。」
「ソドムとゴモラの滅亡は、背徳と堕落への戒めの伝承として我らの世界に今でも残っている。そなたらの祖先は、滅亡の前にこの地に転送されて、悪魔に似せた姿に変えられて永劫に罪を償う裁きを受けたのだろう。この神殿の造りや魔法陣の文字、あれは古代のアラム語のようだが、それらを見てそなたらが何者かは解っていた。」
ミカエルの言葉に驚いているのは、元魔王だけではなかった。元哉が話しに割り込んでくる。
「ミカエル、今の話だとこの人たちの祖先は、地球人ってことか?」
「その通りであるな。この者たちの祖先は遥かな昔に約束の地を追放されて、この地で生き残ったもの、地球の人間の末裔だな。」
ここでようやく驚愕から立ち直った元魔王が口を開く。
「そなたらは、祖先の地から来たのだな。それで、我が祖先たちが追放された地は、今どうなっているのだ?」
「残念なことではあるが、荒れ果てている。今現在、戦乱の中心であって、特に此度の戦乱は長引いておる。彼の地に生き残った者も、セム族やハム族の末裔達も大勢命を落としておる。」
「そうか、人というものはどこに居ようと愚かしいものだな。・・・・・少々喋り過ぎて疲れたようだ。・・・・・済まぬが、横にならせて・・もらう。」
そう言って再び横になる元魔王、もう二度と起き上がる事がないのは自身が最もよく分かっていた。
「父上、しっかりなさってください。水を召されますか?」
勤めて明るくオンディーヌが声をかける。
「いや、無用だ。・・・・それよりも・・そなたの・・・顔がよく見たい。もっと近・・・づいてく・・れ。」
「父上、どうぞよくご覧くださいませ。」
力のない手で娘の手を取る父親、親子の最後の別れが迫っているこのときに、ミカエルの口が僅かに動く。
その直後父親の体が銀色の光に包まれ、光が消えるとそこには魔王の姿ではなく、人の姿をしたマインセール=ルト=エイブレッセが横たわっていた。
目を見開いて驚愕するオンディーヌ。
「ち、父上のお体が、人に戻っていられる!」
「わし・・・が人の姿に、・・・なんと・・いうことだ、・・・わしは人と・・して死んで行ける・・のか。」
「そなたは自らの命をかけて娘を守ったゆえ、心正しき人間と認められたのであろう。」
ミカエルの行いは厳密に言えば越権行為だが、主の権限がないこの地では、この世界を管轄する神様に迷惑がかからなければ、何をしようと問題はない。
横たわる父親の目から、一筋の涙が零れ落ちる。
「わしは人間に戻れた。・・・これでもう思い残す事は・・ない。・・オンディーヌよ、空に昇って・・・お前の行く末を見守り・・続けてい・・るぞ。・・どうか・・幸せに・・なって・・くれ。・・・娘をたのん・・・だ。」
オンディーヌの手を握っていた父親の手から力が抜けて、床に落ちた。
「父上ーーーーー!」
元哉とさくらは、ヘルメットを脱いでその場で黙祷している。
ミカエルは死者が安らかに天に昇るための聖句を詠唱していた。
死者との別れは辛いものだが、いつまでも名残を惜しんでいるわけにはいかない。元哉がまだ遺体に取りすがって泣いているオンディーヌの肩をたたく。
「最後の別れを済ませろ。」
残酷なようだが、この世界では当たり前のことだ。元哉は先ほどのゾンビの群れを思い出し、遺体の処理をする旨を伝えた。
「何か遺品で残したいものはあるか?」
「では、父上のマントを、いつも身につけていらした品ですから。」
留め金を外してマントを脱がせると、遺体を抱えてオンディーヌが石像になっていた部屋に運び込む。
ミカエルが耐熱障壁を張り、オンディーヌによいかと聞くとお願いしますと返事が返ってくる。ボッという音と伴に青い炎が障壁いっぱいに広がり、たちまち遺体を焼き尽くす。
炎を眺めているオンディーヌの顔には涙を拭った跡があるが、決して涙は見せないと唇を噛みしめている。
(父上、安らかに。そして、どうか天から見ていてください。オンディーヌは必ず強くなってみせます。)
雄々しかった生前の父の姿を思い浮かべて、ひとり心に誓うのだった。
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