第43話 帝都

 エルモリヤ教国の首都ミロニカルパレスの鳳凰宮。


 兵士の訓練場の一角にある休憩所で、今日も優美な姿で勇者の訓練風景を眺めている召喚の巫女リディアーレに成りすました天橋 椿(あまはし つばき)が佇んでいる。


「勇者様は随分と剣が御上達したようですね」


 傍らに控えるメイドの言葉に頷く椿。


(訓練相手の騎士と互角程度では、とても元哉君達の相手は務まらないでしょうね)


 溜息混じりに紅茶を飲みながら、焦点の合わない目でなおも勇者の方を見ている。


 今、彼女は勇者に魔力を同調させて、その動きを直接感じ取っているのだ。そのため、話しかけてきたメイドへの対応がお留守になっていた。


 教国の中枢部は、勇者シゲキがリディアーレに気があることに気付き、勇者に忠誠を誓わせる為の道具の一つとして彼女を利用しいている。


 このことで彼女は勇者に関わる事については、ある程度行動の自由が認められた。もっとも椿の方が勇者の好意を利用するようにメイドを通して中枢部を誘導したのだが。




 自身に近づいてくる者の気配で、椿は意識を自分に戻す。


 そちらに視線を向けると、黒いフード付きのローブを着た魔法使いがやって来た。


「巫女様にはご機嫌麗しくございます。私は勇者様の魔法の教育係を務めるガルダスと申します。どうぞお見知りおきを」


 恭しく頭を下げる魔法使いを見て、椿も挨拶をした。


(ふーん、私に何かを感じて様子を見に来たというところかしらね。まあ、正体を見破られても世間知らずの天使一体くらい握り潰せばいいだけの事だし。それよりもこいつを通してあの魔女の動きを掴めないかしら)


 そんな物騒なことを考えていることなど億尾にも出さずに、笑いかけながら言葉を交わす。


「ガルダス様が、勇者様のご指導をされるのですね。私は魔法についてはあまり詳しくありませんが、さぞかし素晴しい魔法が見られるかと思うと今からとっても楽しみです」


 椿としては多少の皮肉をこめながら、その言葉で彼を訓練場に送り出した。



 ガルダスの下で、勇者に魔法の指導が開始されている。


(ふーん、あれがこの世界の魔法か。それにしてもあの勇者様は言われた事を忠実にやっているだけね。うちの学校の一年生だって、もっと化学の知識や物理の法則を術式に組み込んで効率よく魔法を発動しているのに・・・)


 なんとも辛口な評価だ。


(あーあ、退屈。早く戦争が始まらないかしら、そうすればいずれ元哉君達が出てくるだろうし、あの子達と一緒にいると本当に退屈しないのよね。退屈は傍観者の最大の敵ということがよくわかったわ)


 このようなことを考えていた椿は訓練の見学に飽きて、その後すぐに自分の部屋に引き返した。




                 ----------------



 

 帝都に到着した元哉達一行。ここは街の名前が『帝都』で、年配の者は『新都』と呼ぶこともある。


 途中3つの街を通過したが、何事もなく道のりは順調に進んだ。


 昼過ぎに到着して冒険者ギルドの近くにある、最も高級な宿まで馬車で乗り付けて、ここで御者とは別れた。さくらが騎乗していた馬は御者に託そうとしたが、馬のほうが別れる事を頑なに拒んだため、現在は宿の馬房にいる。


 全員が乗馬の練習をして今後は馬で移動することも考えたが、橘の絶望的な運動神経では無理だろうという話に始まり、今回のように馬車を雇うか将来は購入する方向で考えていこうという結論に達した。


 部屋に入ってくつろぐ一行を尻目に、さくらだけは『下見に行ってくる』と言って飛び出していった。もちろん帝都の料理を食べ尽くすつもりでいる。


 

 今日はそれぞれが休養に当てて、明日から帝都での情報収集を開始することにして、早目に面会をする段取りのために元哉は軍務大臣私邸に赴いた。


 女性三人は冒険者の服のままで帝城に行く訳にいかないので、それらしい服を購入するために揃って出かける。


 夕方に大臣の使者が返答を持ってやってきて、3日後の午後に来てほしいと告げた。



 翌日、5人でギルドに向かう。


 帝都のギルドなのでさぞかし立派な建物かと思って到着してみると、他の街のギルドとまったく変わらない造りになっている。


 実はギルドだけではなく、帝都の全ての建物が200年前の覇王の騒乱の後に造られた物だった。


 旧王都は覇王によって全壊したため放棄されて、20キロほど離れた平原に宮殿を含む新たな首都が建造されたのである。


 当時は復興を急ぐあまりに、意匠や利便性などをあまり考慮することなく造ったために、皇帝がいる場所の割には壮麗さもなく雑然としたイメージが強い。


 ギルドの中に入ってみてもそれほど賑わっている訳ではなく、むしろ閑散としている。


 これは、帝都の周辺に魔物が少ないことが大きな原因だ。


 念のため掲示板を見てみると、そこそこの魔物の討伐依頼はあるものの、よそのギルドとは少し変わった依頼が多い。


 ここではゴブリンやオークなどの定番ではなくて、アンデッド系の魔物の討伐依頼が圧倒的に多いのだ。


 元哉達は掲示板を一通り見てから、奥の飲食スペースに席を取った。


「なんだか帝都という割にはあまりぱっとしないわね」


 橘が感想をこぼす。全員が同じように考えているようだ。


「そうなんだよ! 帝都だって言うからおいしいものがいっぱいあるのかと思って期待してたら、他の街と変わらなくてがっかりしちゃったよ」


 さくらは下見の結果を報告した。彼女は初めて来た街でも独自の勘と優れた探査機能で、必ずおいしいものを発見するのだが、昨日はそれがうまくいかなかったようだ。


 それだけ言い残すと、さくらは他の席にいる冒険者の間を回って情報収集にいそしんだ。もちろん食べ物の情報だ。


 特にすることがないので女性3人は昨日購入したドレスの話を始めた頃、元哉の耳に少し離れた席から『勇者』というフレーズが飛び込んできた。


 そちらの方向に注意して何を話しているか聞き取ろうとしたが、周囲の雑音にかき消されてそれ以上のことが聞き取れない。


 諦めて他を当たろうかと考えていたときに、さくらが戻ってきた。


「兄ちゃん、全然だめだよ! ここには特に名物料理はなさそうだし、みんな『隣の国に勇者が現れた』なんてどうでもいい話をしているし」


「どうでもよくない!!」


 ロージーを除く3人の声が揃った。彼女にはまだ事情を説明していなかったので、この場は置いてけぼりにされている。


「えっ? 勇者がどうかしたの??」


 神様の話のことなどすっかり忘れているさくらも、ロージー同様にぽかんとしていた。



 欲しかった情報を手に入れて、それからしばらく雑談をしてから席を立とうとしたときに、元哉の耳に再び隣の席の会話が聞こえてきた。


「北の公爵領で盛んに冒険者や傭兵を集めているらしい」


 その言葉を聞いて『なるほど』と頷いた元哉は、他のメンバーと一緒にギルドを後にした。




 帝城に上がる日がやってきた。


 朝から女性達はドレスの着付けに勤しんで、ちょっとした騒ぎだ。


 橘は膝下の白銀のシックなドレス。


 ディーナは淡い紫の可愛らしさを強調した装い。


 ロージーは今までドレスなどと無縁の生活をしていたので、ブルーのオーソドックスなものを選んだ。


 元哉は女性3人に連れられて服飾店で彼女たちの着せ替え人形となってへきへきとしていたが、結局無難なスーツに落ち着いた。


 そしてさくらは・・・・・・服などに興味がない彼女は、毎日うまい料理を求めてさまよい歩いていたため、橘が適当に選んだ一着になった。


 サイズ的に大人用では大きいので、貴族の子供が社交界デビューをするときに着るような、ピンクのドレスを着て憮然とした表情をしている。


「兄ちゃん、私スカートなんて穿かないから恥ずかしいよ!」


「仕方ないだろう、今日一日は我慢しろ」


 元哉の言葉に渋々頷くさくら。


 迎えの馬車に乗り込んで帝城に到着するとすでに案内役が入り口に控えており、スムーズに大臣の執務室に通された。


「皆さん、ようこそお出でくださった。歓迎いたしますぞ」


 大臣は特に女性3人の美しさに目を細めている。


「お三人はそのまま舞踏会に出ても、若い男性から引っ張りだこですな。ピンクのお嬢さんも貴族の子弟からダンスの誘いがたくさん来るでしょうが、その時はどうか投げ飛ばさないでいただきたい」


 さくらの恐ろしさを知っている大臣の冗談だ。さくらは『そんなものには出ません』という表情をしていた。


 挨拶と自己紹介をしてからソファーに腰を下ろすと、メイドがお茶と茶菓子を用意してすぐに下がる。


「さて余り時間がないので本題に入ろうと思うが、構わないかね」


 元哉が頷く。


「ノルデンでは世話になった。これはその依頼料だ」


 ずっしりと金貨が詰まった袋を、秘書官がテーブルに置く。


「確かに受け取った」

 

 それだけ言うと、元哉はアイテムボックスにしまいこんだ。


「さて、せっかく君たちに来てもらったのだから、依頼をしたいのだがいいだろうか?」


 元哉達からすれば『そら来た!』といったところである。


「俺達に出来る事ならば構わない」


 元哉の答えに真剣な表情で頷く大臣。


「これはひょっとしたら君たちの手にすら余ることかもしれないのだが・・・・・・旧都の事は知っているかね?」


 意外なところに話が飛んだので、元哉達は何のことだと首を捻っている。


「旧都は覇王の騒乱で崩壊して以降放棄されている。復興が出来なかったのには理由があってな・・・・・・旧都が崩壊してからその救援が始まるまで、あまりにも時間がかかりすぎたのだよ」


 そこで大臣は言葉を区切った。


 『首都が大変なことになった』と聞きつけて地方の領主達がそこにたどり着くまでには、1ヶ月以上かかっていたのだ。


 その間そこで亡くなった大勢の人間は、弔われることもなく放置されていた。


「その結果、旧都はアンデッドが蔓延る死の街に成り果ててしまった」


 旧都にいた人口は約20万人。そのほとんどが死後アンデッドとなり、生き残ったわずかな者もアンデッドに襲われていった。


 現在でも旧都の城壁の中に封じ込めることが精一杯で、時々そこから出てくるアンデッドが帝都の住民に被害をもたらしているらしい。


 そのためギルドの掲示板にアンデッド系の魔物の討伐依頼が多数あったのだ。


「20万にも及ぶアンデッドの討伐だ。君たちにも不可能であれば断ってくれても構わない」


 大臣の顔に苦渋の色が浮かぶ。はなっから無理なことを言っているという自覚があるためだ。


 元哉は橘を見ると、彼女は無言で頷いた。


「わかった、その依頼受けよう。金貨2000枚で詳しいことはギルドを通してくれ」


 この言葉を聞いて大臣とディーナとロージーは耳を疑った。とても正気の沙汰とは思えない。


「も、元哉さん本当にやるんですか?」


 ロージーが不安そうに聞いてくる。これが20万のアンデッドと聞いたときの普通の反応だ。


 提案をした大臣までが本当に受けて貰えると聞いて驚いているくらいだ。


「勝算はあるのかね?」


「楽な仕事だ」


 まったく余裕の表情の元哉に、不安げだった者達もやれやれといった表情になった。


 旧都の状況など聞ける話は聞いておいて、この話は一段落ついた。


「さてもうひとつ君達に頼みたい事があるのだが・・・・・・」


 大臣はどう切り出そうか迷っているようだったが、覚悟を決めたようだ。


「この国には騎士を養成する訓練校と魔法学校がある。君達の腕を見込んでそれぞれの臨時の教官を務めてはくれないかね」


 元哉は素直に『やられた』と思った。


 この方法ならば元哉達を直接配下にしなくても、自らの陣営に招くことが出来る。その上自分達の戦闘ノウハウや魔法技術を学べれば、一石二鳥だ。


 さすがは一国の大臣を務めるだけの事はあると、ひとしきり感心する元哉だった。


「その話をどうするかは、最初の依頼が終わってからにしよう」


 元哉の言葉にある程度よい感触を得て頷く大臣。


「俺からも聞きたいことがあるがいいか?」


 今度は元哉から話を始める。


「ギルドで勇者の話を聞いたのだが、閣下の耳に何か入ってはいないか?」


 元哉の目に『知っていることは全部聞かせてもらう』という強固な意志を見て取った大臣は、現在得ている情報を全て教えた。


「2週間前にエルモリヤ教国が勇者を召還したことを公表した。彼らはその目的は魔族を滅亡させることと声明を出している」


 これを聞いてディーナが『えっ』と小さな声を上げたが、その場の雰囲気には影響しなかった。


「そうか、使えそうなやつならば俺達のパーティーに入れてやってもいいかと思っていたが、隣の国では仕方ないな」


 元哉の言葉があまりにも不遜なので、大臣は苦笑するしかなかった。


「さて、もうひとつ頼みたいことがあるんだが・・・・・・」


 元哉が一体何を言い出すのか見当がつかないその場の一同は、固唾を呑んで彼の次の言葉を待つのだった。

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