第42話 さらに懲りない混浴風呂
夕暮れ時に帰ってきた4人を橘が迎える。片手には包丁を握っていて、笑顔なのに目が笑っていない。出迎えられた方は、たまたま調理中に出てきたので、このような出迎えになったと信じたかった。
だが、その姿を見た瞬間さくらは土下座をした。
「はなちゃん、この通りですからどうか許してください」
ディーナとロージーはさくらがなぜそこまでするのか全く意味がわかっていない。
「あら、さくらちゃん。あなたが私に対して一体何を謝っているのか全く心当たりが無いわ。それから、今日の晩御飯はさくらちゃんの大好物ばかりを用意しているから、楽しみに待っていてね」
そのままキッチンに姿を消す橘。それを目で追うさくらの顔には『絶望』の二文字が浮かび上がっていた。
夕食時、さくらに元気が無い。普段なら彼女が最も生き生きする時間のはずなのだが・・・
原因は目の前に並んだ全ての料理にピーマンが入っていたせいだ。
好き嫌いがほとんど無いさくらだがピーマンだけは苦手で、料理に入っているのを見ただけだ食欲をなくしてしまうのだ。
「あら! さくらちゃん、どうしたの? たくさん用意したからお腹一杯食べてね」
相変わらず目が怖い橘。
見かねた元哉がさくらの皿からいくつか自分の皿にピーマンを移してやった。
「ううー・・・兄ちゃん、ありがとう」
涙ぐんでお礼をするさくらだが、橘がそれを見咎める。
「元くん、さくらちゃんを甘やかしてはだめよ! きっとピ-マンを食べないから背が伸びないのよ」
その言葉に元哉の手が止まる。
「すまん、さくら! 俺に手伝えるのはどうやらここまでのようだ」
「兄ちゃん、ピーマンと身長は関連しないよね」
さくらの声がわずかに震えている。
この日ディーナとロージーは、誰を怒らせると一番恐ろしいのかを理解した。
さくらは、半べそ状態でようやく自分に皿の料理を片付けて『ごちそう様』と言って、ソファーで膝を抱えている。
その姿があまりにも哀れで、元哉が橘に怒られるのを覚悟でアイテムボックスから炙ったイノシシの腿肉を取り出してさくらに渡す。
それを見て急に生き返ったさくらは『兄ちゃん、ありがとう!』と言ってテーブルに戻って食事を再開するのだった。
橘もさすがにこれを咎めるほどの鬼ではなかった。
入浴時、いつものように元哉が湯船に浸かっていると、さくらを先頭にディーナとロージーがやってくる。
元哉はそちらを見ないようにして、頭上を見上げていつものように数字を数えだす。
なし崩しに4人で入ることが当たり前のようになっているこの状態は、元哉にとっては甚(はなは)だ遺憾だ。
そんな元哉の耳にさくらの声が聞こえてくる。
「ディナちゃん、ここに敷いてね。あっ、ロジちゃんが持っているのはこの上に重ねてね」
一体何をしているのだろうとボンヤリ考えていると、3人が服を脱ぎだす音が聞こえてくる。
元哉は心の中で、『まずい! 雑念に囚われると大変な事になる』と思い直して、再び数字に集中し始めた。
「兄ちゃん、入るよー!」
さくらの声をきっかけに、いつものように3人が湯船に入ってくる。ロージーは最初の頃こそ恥らっていたが、今ではかなり堂々とその裸体を晒している。
さくらは定位置の元哉の膝の上に座って
「今日のご飯はひどい目にあったけど、兄ちゃんのおかげで助かったよ」
などとたわいの無い話を始めた。
しばらくすると少し離れた所から『さくらちゃん、そろそろですよ』という声が聞こえてくるようだが、気にしたら墓穴を掘ることが目に見えているので、絶対に視線を合わせないように注意をする。
「しょうがないなあ」
その声と共に元哉の膝の上から、さくらの小さな体がするりと離れていった。元哉としては『もう少しいてくれ!』という心境だ。
「えへへ、元哉さんお邪魔しますね」
そう言うディーナの声が聞こえた瞬間、元哉は臨戦態勢に入った。
今日は彼女がどんな姿で膝の上に来ても、微動だにしない決意を固めて・・・
だがその決意はあっけなく崩れ去った。なんと、今日のディーナは元哉の膝に横向きで座ったのだ。
「元哉さん、ちゃんと私の背中を支えてくださいね」
元哉の右腕を取って自分の背中に回すディーナ。彼女は『全裸お姫様抱っこ』で元哉に迫っている。
「元哉さん、上ばかり見ていないで、ちゃんと私を見てくれないと嫌です」
そう言われて仕方なしに視線を下げると、柔らかそうな二つの桃がお湯に浮かんでいる。
「あっ、元哉さん、そっちの手を貸してください」
そう言って元哉の左手をとったディーナは、その手を自分の左側の胸に当てた。
そこから伝わる柔らかな感触が、元哉の精神集中を妨げる。
すでにこの時点で、元哉は橘に対する責任感とディーナを無碍にして傷つけたくない気持ちの狭間で、過去に感じたことがないストレスに晒されていた。
そんな元哉の心情をよそに、ディーナの方には変化が訪れる。元哉の手から彼女の敏感な部分へ魔力が流れ出したのだ。
大半はお湯に遮られるのだが、ごく微量の魔力がディーナに流れ込んでその体を刺激する。
目を閉じてその刺激に耐えていたディーナだが、ついに我慢ができずに声を上げた。
「ディナちゃん、悪魔を超えた恐ろしい子!」
さくらは両手を口に当ててつぶやき、ロージーはその様子をつぶさに観察しながら早く自分の番がこないかソワソワしている。右手を自分の両足で挟み込んでモゾモゾと動かしているようにも見えるが、幸いな事に元哉の視界には入っていなかった。
一方のディーナは次第に我を忘れて、お湯の中でその左手が偶然触れた何か硬い物を握り締めてしまった。
元哉の口から思わず『うっ』と言う声が漏れる。
それと同時に元哉の頭の中で何かがはじけ飛んだ。
ディーナの体を抱き寄せて胸の敏感な部分に口をつけると、そこから溢れ出す大量の魔力がディーナの体を支配する。
「ああーー・・・・・・もうだめーーー!!」
元哉に抱えられたまま意識を失っているディーナを、さくらが後ろから支えて湯船から引き出す。
そのまま3枚重ねてある毛布の上に寝かせて、バスタオルで体を拭いているとロージーの声が聞こえてきた。
「元哉さん、よろしくお願いしますね」
そう言って元哉の膝に後ろ向きで座るロージー。『やってしまった!』という気持ちで呆然としている元哉は、彼女にされるがままになっている。
その様子を横目で見ていたさくらは、さすがにディーナのような過激な事はしないだろうと安心していた。
「元哉さん、不安定だから私の体をしっかり支えてください」
元哉の両手を取って、自分の体の前で組ませるロージー。
さくらにしてみればまあ問題はないだろうと思ってそのままディーナの体を拭いていた。
気を失っているディーナに最後にバスタオルをかけて、湯船に戻ったさくらが目にした光景は・・・
軽く足を開いて、元哉の手を自分のヘソから10センチ下まで誘(いざな)っているロージーの姿だった。
「ロジちゃん、そこまででストップですよ!」
慌てた声でさくらが警告する。
「ええー! ここから先がいいところだったのに・・・・・・」
ロージーは不満そうに頬を膨らませるが、これ以上許したらまた橘の怒りに触れる。さくらとしては止めるのに必死だ。
「それ以上手を下に降ろしたら、次回から私達と一緒にお風呂に入る権利を剥奪します」
ロージーはさくらには逆らえない。さくらがいてこその混浴なのだから。
渋々自分のヘソに元哉の手を当てると、ディーナ同様微量の魔力が流れ込む。
そのままでいるうちに我慢ができなくなったロージーは、元哉がぽかんと開けている口に自分からヘソを押し当てて大量に流れ込んだ魔力に翻弄されて失神した。
またもやさくらがその体を支えて、湯船から引き上げる。
「兄ちゃん、そろそろ目を覚まして手伝ってよ!」
さくらの声にようやく我に返った元哉の前に、バスタオルを一枚掛けただけの素っ裸の二人が横たわっていた。
お湯から出てだいぶ時間がたっているディーナの体はすでに冷え始めている。元哉が慌てて担ぎ上げてソファーに運び、さくらと橘が服を着せた。
騒動が終わって元哉が一人で自分のベッドに横になっていると、橘が風呂から上がってきた。
彼女はテルモナで購入した、体の線がはっきりと分かってしまうような薄い生地で出来た膝丈のネグリジェ一枚をまとって、髪を乾かしている。
服に関してはわりと保守的な橘が、思いっきり冒険をした一着だ。どうせ脱ぐのでパンツは穿いていない。
ディーナとロージーはあれからずっと寝ているが、目を覚まさないように念のためスリープの魔法を掛けておく。さくらは放って置いても朝まで目を覚ますことはない。
元哉の横に音を立てずに滑りこんできた橘に元哉が話しかける。
「今日は色々と悪かったな」
軽く元哉の首に両手を回してから、頬にキスをして優しく微笑む橘。
「いいのよ、私のほうもちょっと良くない態度だったと反省しているの。特にさくらちゃんには辛く当たり過ぎたなって・・・」
元哉は黙って橘の髪を撫でた。
「だから明日はさくらちゃんの好きな物をいっぱい用意しようと思っているの」
その言葉に元哉はうなずいた。
「ああ、そうしてやってくれ」
今度は元哉が橘の額にキスをする。
「ねえ、元くんはどうしたいの?」
橘の問いに元哉は目を閉じて少し考えてから口を開いた。
「俺は橘のことが一番大切だ。あの日からずっと」
元哉の答えに首を傾げる橘。
「あの日? いつのこと??」
「二人でもう一人のお前を見つけた日だ」
その言葉に橘は息を呑んだ。
元哉が言うあの日とは、初めて彼が元橋家にやってきた夜・・・・・・
せっかくだから3人で寝ようというさくらの提案で、客間に布団を並べて仲良く寝たその夜更けの事だ。
夜中に寝惚けたさくらの踵落しを、元哉が無意識にかわして横に転がったときに、偶然そこに寝ていた橘の口に彼の口が被さったのだ。当然、元哉の魔力が大量に橘に流れ込んだ。
そのとき初めて橘は魔力を獲得すると同時に、二人の精神が肉体を離れて何万光年も離れた宇宙空間にいたもう一人の橘『ミカエル』を迎えに行ったのだった。
夢なのか現実なのかは、思い返しても定かでない。仮に夢だとしても二人で全く同じ夢を見た不思議な体験だった。
思わぬ元哉の告白に橘の目から涙が零れ落ちた。
「元くん、ずっと私の事を好きでいてくれてありがとう。やっと私も決心がついたわ」
「決心?」
橘が何を言いたいのか分からずに聞き返す元哉。
「私のことを大切にしてくれるんだったら、元くんが何人お嫁さんをもらってもいいの」
とんでもない事を口にした橘に、元哉が慌てる。
「待て待て、俺が誰を嫁にするんだ!」
「決まっているでしょう! ディーナとロージーよ!!」
橘はキッパリと言い切った。逆に元哉の方が彼女を諌めようとしている。
「いや、だから俺は橘のことが大切で・・・」
「じゃあ、二人のことは大切ではないというの? 私にとってはあの子達はとっても大切な仲間よ」
橘の切り返しに言葉が出ない元哉。
彼自身、彼女たちに対して情があるとは感じている。ただこれは、仲間としてのものか、師弟としてのものか、または異性としてのものかは、今の時点で判断がつかない。
「急に言われて『はい、そうですか』といえる事ではないから、もう少し考えさせてくれ」
元哉はそう答えたが、これでは問題の先送りに過ぎないことは自分で分かっていた。
「私に気を使わずに少しずつでいいから、彼女たちが望んでいる事に応えてあげて。そうすればきっと答えは見つかるわ」
考え込む様子の元哉の頬を撫でながら橘がささやく。
「さあ、考えるのはこれでおしまい。二人で素敵な時間を過ごしましょう」
こうして熱い夜は更けていった。
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