第41話 魔王の乱心

 街中にいる守備兵達はさくらと橘が次々に制圧して、そこかしこに気を失った兵士が倒れている。


 まるで大規模な市街戦が起こったような有様だが、この戦闘がたった3人によって引き起こされたことなど誰が信じるのだろう。


 また死者が出ていないことも特筆すべきことであろう。後世の人々はこの戦闘を『奇跡の制圧劇』と呼ぶようになって、軍事史の教科書の一ページ目を飾ることになる。


 家屋の中に引っ込んでいた街の人達は、おっかなびっくりで外の様子を伺うようにしているが、彼らも生活があるので安全とわかればいずれ外に出て普段となんら変わりない日常が営まれることだろう。


 

 西側の門を数分で落とした橘のもとに元哉達が合流する。


「橘ご苦労だった、相変わらずの見事な手腕だな」


 元哉が手放しで褒める事は中々珍しい事だ。


「大した事はしていないわ、死なせないように少し気を使ったけど」


 約1000人の兵士を簡単に無力化しておいて平然としている橘も、元哉同様考え方の基準がおかしいようだ。


 そこにディーナとロージーがやってくる。


「元哉さん、元気そうでよかったです! それでこの後はどうするのですか?」


 二人は元哉の顔が見られて嬉しそうだ。橘は渋い顔をしているが・・・・・・


「予定通りこのまま街を出て、昼食までしばらく進む」


 二人は今回の作戦において、完全に戦力外におかれてしまったので残念な気持ちが強い。それと同時に早く元哉からの信頼を得たいとも思っている。


「あーあ・・・食べ歩きはおしまいか・・・・・・」


 さくら一人が全く別の感想を持っていた。



 西門の片付けが終わり次第、部隊は出発する。元哉達が乗る馬車は今度は殿を務める。


 予想通りに騎馬隊が伯爵の奪還にやってきたが、馬上のさくらが馬達に『振り落とせ』と命じただけで部隊は崩壊した。


 その後は追っ手もかからずに順調に行軍は進み昼食の休止となった。テーブルを囲む元哉達の元に使者がやって来て、丁重な言葉で大臣が会見を求めている事を伝える。 


 元哉は使いに、20分後に顔を出すと伝えて大急ぎで食事を済ませた。時間が足りなくて残した分は『明るい食卓のハイエナ!』さくらがすべてお腹に収めていた。


 席を立って大臣の元に向かう元哉を今や部隊の全員が知っている。休憩している者は元哉の姿を見るなり、立ち上がって胸に右手のこぶしをあてる帝国式の敬礼で彼を迎えた。


 元哉も着帽していないが日本式の敬礼で応えて、それを見た兵士達の多くが感激していた。一部の者はその敬礼の真似をする有様である。


 天幕の前で到着を告げると当番の兵士が中に案内してくれた。


 椅子に掛けていた大臣が立ち上がって元哉を出迎える。


「よく来てくれた、君達の想像以上の働きに感謝の言葉もない」


 元哉に対して手放しの賞賛が浴びせられる。


「いや、あちら側に穏便に済ませるチャンスを与えたために、かえって大事にしてしまって申し訳ない」


 元哉は頭を下げるが、大臣はそんな事はどうでもいいと鷹揚に構えている。


「さて君達に頼みがあるのだが、このまま帝都まで我々と同行してもらえぬだろうか?」


 さてどうしようかと考えて元哉は質問をする。


「この先もあのような事が起こる可能性があるのか?」


「いや、この先の領主はみな皇帝派か中立派ばかりなので、その可能性は低いだろう」


 大臣の言葉を聞いて元哉は『これは本格的な勧誘だな』と結論付けた。


「俺達も帝都に向かってはいるが、新人の訓練で森に入ろうと思っているので、この先の同行は無理だな」


 残念な表情の大臣。だが、彼もただでは済ませない。


「そうか、では帝都に着いたら是非私を訪ねてほしい。契約料の支払いもあるからな」


 にっこりしてそれだけ告げる。これ以上元哉を引き止めるのは逆効果であることが、彼にはわかっていた。


「そうだな、お言葉に甘えて一度は顔を出そう。本当はこの場で支払えるんだろうが、閣下の顔を立てることにする」


 けろっとした顔で返事をする元哉に大臣は『やはりな』という表情をする。


「まったく、君には呆れるよ! 何も気がつかない振りをしていて、私が考えていることをすべて見通しているのだからな。帝国の軍人は優秀なのだが、みな頭が固くていかん。君のような人材は、現在の我が国にはいないのだよ」


 最早元哉を引き入れようという考えを隠しもしないで答える。


「閣下の考えに沿えるかどうかはわからないが、考慮には入れておこう」


 元哉の言葉に希望はゼロではないことを知った大臣が立ち上がって手を伸ばす。


「精々我々は君達の歓迎の準備をしておくよ。今回のことは感謝する」


 握手を終えてからひとつ頷いて、元哉は天幕を後にした。





「兄ちゃん、お帰り!」


 メンバー達のもとに戻った元哉に外で馬の世話をしていたさくらが声をかける。


 馬はさくらに面倒を見てもらって、幸せそうに『ブルルン』と鼻を鳴らしていた。


 さくらの声を聞きつけて、3人の娘達が元哉に駆け寄る。『いったい何事か』とさくらの脇に立っている元哉の右手を橘が左手をロージーが引っ張って、要塞の中に連れ込もうとする。


 一歩出遅れて引っ張る手がなくなったディーナは元哉の背中にしがみ付いた。それを見たロージーが『しまった、そのポジションの方がよかった!』と心の中で悔やんでいる。


 その光景を呆れた目で見ていたさくらは『また後でね!』と馬に声をかけてから、遅れて中に入っていった。


 室内に入ったさくらが目にしたのは、ソファーに座る元哉の隣りをめぐる女の戦いだった。


 元哉の右に橘が左にロージーが、両側を占領されたディーナは元哉の膝の上に座り込もうとしてもがいている。


 元哉はすでに放心状態だ。


 さくらは無言でディーナに近づいて、その体を向かい側の二人掛けのソファーに投げ飛ばす。


 次にロージーに近づいて、同じようにディーナの隣りに投げ飛ばす。


 最後に橘の腕をとって、脇にある一人掛けの。ソファーに押し込んだ。


 その上で元哉の膝の上にちょこんと乗っかり説教を始める。


「いい加減にしなさい! この欲求不満共め!!」


 先ほどまで『ギャーギャー』賑やかだった3人は、さくらに怒られてさすがに度が過ぎたことを理解したようだ。仲良くシュンとしている。


 ようやく気を取り直した元哉が、疲れ切った声を出した。


「さくら、すまん。助かった!」


 そんな元哉にさくらの檄が飛ぶ。


「兄ちゃん、この程度でいちいち驚いていたらこの先体が持たないよ!」


 さくらに怒られる事など滅多に無いのだが、ここは彼女の言う通りだ。


「わかった、心しておく」


 素直に答える元哉。


「それからそこの3人、これから座るときは当分この形にします! 何か文句はありますか?」


 橘は小声で『さくらちゃんずるい!』と言うのが精一杯。何しろ力ずくではさくらには敵わない。


 ディーナとロージーは心の中で『この続きはお風呂に入ったときに必ず・・・』と誓っていた。


 ようやく落ち着きを取り戻したので、元哉が今後の予定を話し始める。


「今後は、大臣達の部隊とは別行動で帝都に向かう。途中で森の中に入ったりしながら、各種訓練も行っていくぞ」


 ここまで話はしたものの、いつもに比べてまったく切れが無い。だいぶ精神的に削られているようだ。


「兄ちゃん、午後暇だからこれから狩に行っていい?」


 唐突にさくらが提案する。


「一人で行くつもりか?」


 さくらならば一人でも問題は無いのだが、念のため聞いておく。


「一人じゃないよ! ディナちゃんとロジちゃんは付いてきてもらいます。さっきの罰だからね!」


 どこまでも兄思いのさくらに元哉は感謝した。さくらに指名された二人は『ええー!』と言っているが、さくらが有無を言わせない。


「あまり時間が無いから、深いところには行かないように。あと、自分達で持ち帰れるような小さな獲物にするんだぞ」


 それだけ注意受けると、さくらを先頭に後ろ髪を引かれるような思いの二人を引き連れて出て行った。





 取り残された二人だが、橘は元哉のためにお茶を入れ始める。


 元哉が無言で一口飲んだときに橘が口を開いた。


「元くん、さっきはごめんなさい・・・」


 冷静沈着がモットーの橘が萎(しお)れている。先ほどの騒ぎを彼女なりに反省しているのだろう。


「いや、別に構わない。ただ毎日あの調子だとさすがに俺の神経が持たない」


 万軍の敵を相手にしても顔色一つ変えない男が、若い女性3人の攻撃で陥落寸前にまで追い込まれた。元哉自身もどう対処してよいのか見当が付かない状態だ。


「私を含めてみんな悪気があってやっている訳ではないことをわかってほしいの。元くんが別行動していて、寂しかったからつい調子に乗っちゃって・・・」


 うつむき加減でそう告げる橘を元哉は隣に呼び寄せる。すぐに彼女の肩を抱いて優しく語りかけた。


「寂しい思いをさせて悪かったな」


 その言葉に首を横に振る橘。表情が一気に柔らかくなって、体全体を元哉に持たれかけている。


 そして恥ずかしそうな小さな声で元哉の耳元でささやく。


「少し休んでからでいいから、お願い・・・・・・さっき魔力を結構使ってしまったし・・・」


 本当は魔力は有り余っているのだが、世の中には口実が必要なときもある。


 元哉は目の前の紅茶を飲み干してから、橘のほっそりとした体を抱えてベッドに運んだ。


 幸せいっぱいの橘がその周囲に遮音、遮蔽、対物の厳重なシールドを張り巡らす。


 元哉の手が橘のブラウスに掛かったときに、枕元のタンスの上に置いてあったヘルメットから通信傍受音ガ鳴り出した。


 ヤレヤレと言う表情で通信を開始する元哉。


「兄ちゃん、お楽しみ中ゴメン! 大物を仕留めちゃって運べないから来てもらえる?」


「わかった」


 そう短い返事をした元哉は橘に向き直った。


「橘、すまない。続きは夜だ」


 目の前にある大好きなおやつを取り上げられた子供のような表情の橘、その目は据わっている。



 そんな橘を残して、さくらが10分おきに打ち上げる魔弾を目標に森を進む元哉がいる。


 そろそろだろうと思った頃に、少し離れたところから声が届いた。


「兄ちゃん、こっちこっち!」


 その声に従って元哉が歩いていくと、3人の他に地面に倒れている白と黒の物体が目に飛び込んでくる。


「獲物ってこれか?」


 元哉の問いにロージーが胸を張って答える。


「はい、元哉さん。これはジャイアントパンダといって、すごく珍しい魔物なんですよ」


「いや、その名前なら知っている。本当に魔物なのかこれ?」


 日本では動物園の人気者と全く変わらない姿と形をしているので、にわかには信じがたい。


「よく滝のあたりに出没すると言われていて、凶暴で仕留めるのが大変なんですが、毛皮がものすごく高い値段で取引されるんです」


 さくらの方を見ると彼女も首を捻っている。まさか名前まで同じとは・・・・・・


「まあ、そういうことなら持って帰るか」


 そういってアイテムボックスにしまいこむ元哉だった。




 森を引き返す一行、元哉がさくらに話しかける。


「さくら、おそらく橘の機嫌が最悪だから今日の夕食は覚悟しておいたほうがいいぞ」


「ええー、兄ちゃんなにモタモタしているんだよ! 私はてっきりもう終わった頃だろうと思って連絡したのに・・・」


 その二人の会話を聞いて、『ヨシ!』と一人でガッツポーズを決めるロージーがいた。 


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