第8話  朽ち果てた神殿にて




 オーガキングを倒した後、彼らが出てきた洞穴に入る三人。


「兄ちゃん、何か宝物あるかなー?」


 無邪気に期待しているさくらと


「ここ何か変な臭いがするから、早く出たい。」


と主張する橘、キングとさくらの戦いの後、ミカエルは引っ込みいつもの彼女に戻っていた。


 一番奥まで入ってみたものの、そこにはいくつかの武器や防具とオーガに襲われた人間が持っていたと思われる十数枚の金貨や銀貨が在るのみで、後は食い散らかされた骨の残骸などが見受けられるだけだった。


 期待はずれに肩を落とすさくら。

 とりあえず、金目のものは回収していくかということになった。さびた剣などもあり、価値があるのか疑問に思ったが、ためしに橘がクリーンをかけると新品同様の輝きを取り戻した。




 広場を埋め尽くしていたオーガの死体は、橘が大規模に地面を陥没させて、一気に埋め戻すことで、見た目は何事もなかったようになっている。


「はなちゃん便利すぎるね。私もこんな魔法使えたらいいのに・・・・」


 さくらが羨ましげに言葉をかける。


「神様がこの世界の魔法を丸ごとくれたお陰ね。でもさくらちゃんだってバハムート召喚できるでしょう。」


「あっ、すっかり忘れてた。ためしに今呼んでみようか。」


「ダメに決まっているでしょう。召喚するのはちゃんと用事のあるときだけ!」


 殺戮現場の後片付け後の会話にしては、至極ノンビリとした姉妹の会話である。念のため確認しておくが、さくらの方が姉だ。あくまで戸籍上の話であるが。




「おーい、そっちの片付けは終わったかー?」


 元哉は、オーガキングをはじめとする原形を留めたオーガの死体を回収して回っていた。すべてアイテムボックスに放り込んである。姉妹がそろってオーケーを出したのを見て元哉は提案した。


「じゃあ、神殿に行って見るか。」


 集落跡地に隣接する神殿に向かう三人。しかし、集落が日々オーガたちの生活の営みで踏み固められて、ある程度整地されていたのに対して、隣接する神殿には誰かが入った形跡がまったくない。

 緑一色のこの森の中で、かつては威容を誇ったであろうその姿は、かなり昔に打ち捨てられて、造り上げた者たちの記憶から忘れ去られた存在のようだ。


 石畳が敷き詰められていた参道も、石の間から様々な植物が伸びており、その草木を掻き分けていかないと前に進めない。


 ようやく正面の入り口らしきところに辿り着いてみると、荒れ果てたを通り越して朽ち果てたという印象しか浮かばない。


「元くん、本当にここに入るの?」


 かなり及び腰になっている橘が、元哉のシャツの背中を引っ張る。


「俺もここまで酷いものだとは思っていなかったから、なんだか気が進まなくなってきた。さくらはどうだ?」


「兄ちゃんもはなちゃんも、なに眠たい事言ってるの! これこそ冒険、お宝目指して出発だー!」


 さくらさん、超アグレッシブモード。下手をするとひとりで突撃し兼ねない勢いだ。その上、人を助け出すはずが、目的がいつの間にかお宝になっている。


「しょうがない、入るか。」


 元哉の言葉に


「おおーー!」

「はぁーー・・・・」


 まったく正反対の二人の反応だった。





 入り口らしきところから10メートルほど石造りの通路を進むと、礼拝所と思しき広い部屋につながっていた。見たところでは、ちょっと小さめの教会とでもいおうか、祭壇や信者が座って祈りをささげたであろう木の椅子などが雑然と置いてある。


 部屋中が長い年月の間にたまった埃でひどい有様だったので、橘がクリ-ンの魔法をかけてここで一旦休憩兼昼食の時間にあてる。


 さくらのたっての要望で、昨日捕った名前すらわからない鳥の丸焼きを切り分けながら、橘が話を切り出す。


「この神殿ってこの世界の人が造ったもののようだけど、なんか見覚えがあるのよね・・・・。」


 その言葉の直後、わずかに橘の輪郭がブレた様に見えたと思ったら、再びミカエルと入れ替わっていた。


「ここから先は、我の出番が多かろうと思ってな、何遠慮はいらぬぞ。」


 入れ替わって早々に尊大な態度で、食事を再開するミカエル。何でまた出てきたんだよという、元哉の目もまったく気にしていない。




 食事が終わって、ミカエルの『こちらだな』という言葉に従い、いかにも怪しげな階段を降りて、地下道のような薄暗い道をしばらく進むと、そこには巨大な扉があった。


「兄ちゃん、怪しげな扉だよね。この先にお宝が眠っているのかなー?」


さくらがちょっと期待している様子だが、元哉のほうはそこまで楽観的になれない。


「お宝よりも罠が待っている可能性のほうが高そうだな。」


いやな予感しかしないが、このままここにいても埒が明かない。


 仕方なしに、元哉が、行くぞと!と二人に声をかけて重い扉を開くと、そこには高い天井と石の柱に囲まれた体育館の3倍ほどあるガランとしたフロアーだった。


 一見すると何もないように思われたそのとき、100メートルほど離れたそのもっとも奥で、なにやら巨大な物体がゆっくりと立ち上がろうとしている。


 ほの明るいフロアーに浮かび上がったその巨大なシルエットは、見上げるほどの大きさの石でできた怪物『ゴーレム』だ。


 ゴーレムは一歩歩くたびに大きな地響きを立てて一行に近づいてくる。体高が4メートル近い岩でできた巨人は、動きこそそれほど早くはないものの、歩幅が広いのであっという間に距離をつめてくる。


「下がってろ!」


 元哉の声で、他の二人がさっと後退する。逆に元哉は前進して二人の退避場所を確保しながら、真正面からゴーレムを粉砕しようと掌打を打ち込む。ゴーレムの振り下ろす右手とその掌打か真っ向から激突した。


 ゴガッという音と衝撃が周囲に轟く拮抗した剛と剛ののぶつかり合い。よほど硬い鉱石ででできているのか、元哉の強烈な掌打を受けてもゴーレムの右手はほとんど無事だ。


 それどころか、わずかにゴーレムの力が上回っているようで、4メートル近い巨体を利して、押しつぶそうと上から圧力を加えていく。


(これはとんでもない馬鹿力だな、真っ向勝負の力比べではどうやら分が悪そうだ。多少変化をつけていくしかないか。)


 

 考えを切り替えた元哉は、左手一本で支えていたゴーレムの右手に自らの右手も合わせて渾身の力で跳ね返した上で、その勢いに押されて半歩後退したゴーレムのがら空きの腹に掌打を打ち込む。


 さすがにこれは効いたと見えて、ドスンと大きな地響きを立てて尻餅をつくが、それも僅かの時間ことで、再び立ち上がり両手を振り回すような攻撃を繰り出す。


(どれだけ丈夫に出来ていやがるんだ!こいつはこの世界に来て今まで相手をした連中とは、一味違うようだな。)


 ゴーレムの攻撃をかわしながら、隙を探す。


 後方にいるさくらからは、


「兄ちゃん、そいつの弱点は体の中にあるコアだよ!ゲームの攻略本に書いてあったから間違いないよー。」


と果たして当てにしてよいのか疑わしいアドバイスが飛ぶが、(どこにあるか分からないだろうが、このアホタレ)と心の中で毒づくのが現状では精一杯だった。


 どうやらさくらもミカエルもこの戦いに手を貸すつもりはないようだ。

 さすがにちょっとぐらいは手伝ってくれてもいいんじゃないかとも思うが、二人がそれだけ自分を信頼している以上は兄として一人で勝たねばならない。


 右に左にその豪腕をかわしながら、ゴーレムの重心が前掛かりになったのを見て足を払う。僅かに体が前に流れかけたが、ゴーレムは右足一本で踏ん張り、横なぎに左手を振るった。とっさの反応でギリギリでかわす元哉。


 体勢を立て直したゴーレムが元哉をを捕まえようと両手を伸ばす。


 このとき元哉は守勢に回る振りをしてゴーレムの右手に攻撃の照準を合わせていた。素早くその巨大な両手をかわし切ると、その肘の部分にに向けて下から蹴りを放つ。


『バギッ!』


 この戦いで、初めてまともにゴーレムにダメージを与えられた。その肘が蹴りの衝撃で粉々に砕けた。


 ひとまずダメージを与えたことで、次の攻撃のために一旦距離をとった元哉は、次の瞬間驚愕の声を上げた。


「何だと・・・・再生している。」


 確かに破壊したはずの右肘が、見る見るうちに修復されていく。完全に元通りになった腕を振り上げて、再びゴーレムの攻撃が始まる。


(馬鹿力に再生か、とんでもなく厄介だな。これではダメージを与えるのは意味がないし、仕方ないあまり気は進まないが戦い方を替えるしかなさそうだな。)


 元哉は腰のナイフを抜いて、魔力を注入する。一瞬でナイフの許容量の限界を超えて流し込んだ魔力が暴走し始める。あっという間に自分の右肘ぐらいまで暴走が広がるが、体中の魔力を総動員して押さえ込む。


 暴走が始まっている以上、長期戦は不可能、一撃で決めるしかない。


 ゴーレムの攻撃に合わせて、カウンター狙いに方針を改めて、相手がどう動くかを見据える。


「さあ来い。」


 全身を駆け巡る激痛は無視して、ひたすらゴーレムの攻撃を読む元哉。そしてついにそのときはきた。


 ここ何回かの攻撃を右腕の軌道の外によけていた元哉に対して、ゴーレムは元哉の動きを予想したのかやや外側を狙った軌道でその腕をを振り下ろしてきた。


 この僅かな軌道の変化を読み取った元哉が、瞬時にゴーレムの懐に飛び込み、その腹に右手のナイフを突き立てる。


「放出」


 頭の中で念じただけで、元哉の右腕で暴走していた魔力が、残らずゴーレムの巨体に流れ込む。


「***************************!!」


 ゴーレムはその瞬間動きを停止した。


 暴走した魔力と再生力のせめぎ合い。しかし、元哉がゴーレムに注ぎ込んだ魔力の方が、遥かに多かった。暴走した魔力がその巨体を駆け回り、体内から生じる微細な振動で体のパーツが中から破壊されていく。そしてついにそのその巨体が音を立てて崩れ落ちた。



 残心を解いた元哉に、さくらとミカエルがかけよってきて、この戦いについて辛口の感想がとびだす。


「兄ちゃん、なかなか見応えのある一戦だったけど、わたしだったら動き回って隙を見て胴体に魔力弾の集中砲火でワンサイドゲームだったよね。」


「あの程度のものにようやく勝つとは、そなたは戦い振りに幅がなさすぎる。我ならば最大級の電撃弾で一撃で仕留ておったぞ。」


「お前ら、台無しだよ・・・・・・結構苦労したんだから、ちょっとぐらい褒めろよ。」


 ゴーレムと戦ったときよりも大きなダメージを受けた元哉がいた。

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