第7話  ゴブリン(仮)の集落殲滅作戦

 森の中を警戒しながら歩く。度々襲い掛かってくる魔物は、容赦なく殺していく。それがこの世界で生き残っていくための掟だ。


 倒した魔物は、きれいに形が残っているものは元哉のアイテムボックスにしまい、損傷の酷いものは橘が魔法で掘った穴に埋めた。


 ここマナディスタの森は人族たちが『魔境』と呼び、どんなにランクの高い冒険者でもまず足を踏み入れない場所だ。この森に生息する魔物は、非常に強力で、しかも数が多い。

 人族でこの森を踏破した者は伝説級の冒険者パーティーひと組。ただし彼らと云えども、二人の犠牲者を出して逃げ帰ったというのが、実情だった。


 そのような魔境を、やれ「冒険初心者向けの場所」だの、「またワンパンで倒した」だの、「手ごたえがない」だのと、命を懸けて魔物を倒して生活している冒険者が聞いたら激怒しそうなことを口にしながら歩く三人。


 何も知らないとは恐ろしいことだ。



「兄ちゃん、さっきからゴブリン(オーガ)がいっぱい出てきているけど、なにかあるのかなー?」


 さくらの素朴な疑問だが、確かにそれまでと魔物の出現傾向が変わってきたことは、元哉も感じていた。そろそろ例の神殿も近づいてきていることあって、周辺を探る必要がある。


「橘、広域探査で神殿の位置と周辺の状況を確認してくれ。」


 元哉の言葉をうけて、橘が固有スキル『天使の五感』を発動する。

 空に向かって光球が飛び出して、上空500メートルあたりで弾けるように広がり、そこには純白の羽を広げた天使が出現した。橘の体内に霊体として存在する天使の感覚のみを顕現させているのだ。


 天界から人間界を見下ろすように、天使は下を見下ろしている。感覚は橘と共有しているため、視覚で得た情報は瞬時に彼女も理解できるが、彼女は高所恐怖症のためすでに意識を手放していた。


 なんとも万能な能力なのだが、これはこれでデメリットが多い。まず何よりも目立つので、隠密行動中には使用できないし、人の多いところで使用すれば、『天使が出現した』などと大騒ぎになる。それにこのスキル使用中は橘が失神して身動きできないので、行動面で制約を受けてしまう。


 そして何よりも面倒くさいのは、スキルの使用後だ。


「久しぶりであるな、そなた。」


 顕現した天使を肉体に戻した橘の口から別人の響きを持つ言葉が発せられた。


「天使さん、久しぶりだな。」


 このように、普段は橘の中にいる天使がひとりの人格〈神格?〉として表に現れるのだ。この天使がなかなか面倒な性格をしている。


「まだ我が名を覚えておらんのか! 我はミカエル。 創造主によって創られた愛と美をつかさどる天使にして、人を断罪する者なり。この次に我が名を忘れておったら、そなたも断罪してくれる。」


 心底面倒くせー!と思いながら元哉は応える。


「そんなことより、ミカエル。探査のほうはどうなんだ?」


「そんなこととは随分な云い様ではないか! まあよい、我も心が広いゆえに許して使わす。」


 ナニこの上から目線、やっぱりスキル使用をさせないほうがよかったと考える元哉のことはまったく気にしないでミカエルは続ける。


「探査のほうであるが、確かに神殿らしき石造りの建造物があちらにあるが、その周辺が鬼共の集落になっておる。数は200程かの。」


 ミカエルは、集落の大きさ、出入り口は東西二ヶ所であること、広場とその周囲に数件の小屋のようなものがあることなどを説明し終えて、元哉に意見を求めた。


「神殿に入るには、安全を考えるとゴブリン(オーガ)達は全滅させておいたほうがいいな。」


 ここで久しぶりにさくらが発言した。


「兄ちゃん、神殿にいる人を助けるの?」


「できれば助けたい。その方があの神様に恩を売れるからな。あの場は慎重な発言をしたが、地球の位置を探査してもらうことを考えると、なるべく意向に従っておいたほうがいいだろうと思っている。」


「よしゃーー! 思いっきり暴れてやるぜーーー!」


 以前にも言ったように、さくらが張り切ると碌なことがない。しかしここは異世界。今までの常識が通用しないのだから、このぐらいアグレッシブでもいいのかも知れない。


「では、方向は決まったな。作戦であるが、そなたら二人は東西の出入り口から、鬼共を広場に狩りたてよ。あとは我が殲滅してくれるわ。」



 


 作戦が決まったら行動は迅速に。さくらは集落を大きく迂回して東側の入り口を見通せる木の陰に身を潜めている。


「兄ちゃん、位置についたよ。視界はオールクリアー。 ヤツら、ウジャウジャいるねー。」


 魔力通信で準備完了の連絡が入る。


「了解、こちらも位置についた。カウントダウン5で突入するぞ。 5 4 3 2 1 ゴー」


 魔力擲弾筒を構えて突入するさくら、オーガたちに死を撒き散らす魔弾が連射されていく。素早い動きで遮蔽物の陰から陰へと身を隠して射撃しているので、オーガ達から見ると何が起きているのか全く分からないまま、次々に倒されていく仲間を見て、生き残っている者達は一目散に後方に逃げ出そうとする。


 一方では、反対側の入り口から侵入したミカエルが、威力を落としたファイアーボールを3発放ち、火が燃え移ったオーガは必死で火を消そうともがいている。

 

 ミカエルの魔法を受けたオーガ達が怯んでいる隙に、両手に魔力を込めたナイフを持つ元哉が突入し、心臓を抉り首元をを切り裂いていく。反撃を試みようとしても、元哉の動きに全くついていけずにイタズラに被害が増えるばかりのオーガの群れ。


 15体ほどの仲間が倒れてから、恐怖に怯えて逃げ出し始める者が出てきた。一体が逃げ始めるとあとは雪崩をうって他のものも追従する。元哉の追撃を受けてさらに被害を出しながら、オーガ達は広場に密集する形になった。


「そのぐらいでよいであろう。そなたらは下がっておれ。」


 ミカエルからの通信に元哉とさくらは、集落の入り口付近まで後退した。


「さて頃合いもよいな、では始めるとするか。それ!」


 ミカエルの声に合わせて、天には空一杯に広がる魔方陣が、地には広場を埋め尽くす魔方陣が現れた。


「それでは、鬼共を夢と魔法の国へと案内してやろうではないか。」


 ミカエルは微かに笑いながら



         『エレクトリカルパレード!!』



昔どこかのテーマパークで聞いたようなネーミングの魔法を発動した。



 上空の魔方陣が光を遮り、周辺が薄暗くなる。オーガ達が訝しがって空を見上げたそのとき、ミカエルから10発の電撃弾が発射された。


「ギィヤーーーーーーー!」

「ガーーーーーーー!」


 直撃を受けたオーガ達が、絶叫を上げて倒れていく。しかも、電撃弾の高圧電流は次の標的を目指して近くにいる者に襲い掛かっていく。

 この魔法でミカエルは、通常は地面へ流れてしまう電流を、地面に構築した魔方陣で絶縁しているのだった。

 行き場のない電流は、帯電した後に近くにある物体に誘電されていく。電流が物体から物体へとパレードをしていくのだ。

 この連鎖で、魔方陣内にいる100体以上のオーガが全滅するまで、30秒もかからなかった。ちなみに周辺を暗くしたのは、ただの演出だ。



「まったく美しくない。この魔法はまだ改良の余地があるな。」


 成果はともかくその見栄えに満足のいく出来ではなかったことに憤慨しているミカエル。どうやら本気で某テーマパ-クのパレードを再現したかったようだ。素材がオーガでは見栄えがいいわけがないのに・・・


 そういえば、去年の夏休みにクラスのメンバー達と〇〇〇〇ーランドへ行ったときに、橘を押しのけて勝手に出現して、大興奮していたことがあった。天使がテーマパ-ク大好きでいいのだろうか・・・・







 ミカエルが魔方陣を消したことで、オーガ達を襲った『(悪)夢と(死の)魔法の国』は終息した。相変わらず憮然とした表情のミカエルの元に元哉が歩み寄る。反対側からは、オーガの死体をピョンピョン飛び越えて、さくらもやって来た。


「兄ちゃん、これでゴブリン〈オーガ〉退治もおしまいなのかなー?」


 さくらがまだ物足りなさそうに言ったとき、周囲に怒りに満ちた咆哮が轟いた。


「グゥオオオオーーーーーー!!!」


 声の方向を見ると、今まで相手にしてきた者達と一回り体格の違うオーガが現れた。

 銀色の角で手には剣と盾を装備しているオーガジェネラルが4体に、両手斧を持ち金色の角のオーガキング1体が、小屋の間で陰になって見えなかった洞穴から出てきたところだった。

 彼らの眼は、集落を滅亡させた襲撃者に対する怒りで燃え上がっている。



「兄ちゃん、言ってみるもんだねー。おかわりが来たよ♪・・あの斧を持った偉そうなのは私の獲物ね。」


「ミカエル、下がってろ。さくら油断するなよ、剣を持った4体はおれが片付ける。」


 元哉の声が終わらないうちに、オーガジェネラルが剣を引き抜いて盾を前にかざして、密集隊形で突進を開始する。


 距離が20メートルをきったところで、元哉が腰のナイフを抜いてオーガたちの真正面に向かっていく。両者が激突する寸前で、元哉は左にサイドステップで跳び、左端の相手の真横を取る。


 元哉の動きがあまりにも早過ぎて、オーガ達はまったく目で追えなかった。着地をしてからノーステップで、盾を前にかざしているためがら空きの脇腹に左手で掌打を叩き込む。敵の陣形を崩すためにそれほど力を入れずに放ったつもりだったが、ゴキッという音が鳴り肋骨を2,3本折ったようだ。


 左端のオーガは、元哉の攻撃で飛ばされて隣にぶつかり、2体で地面に転がった。元哉は左足で1体の頚骨を踏み砕く。あっけなく首の骨を折られたオーガは痙攣を起こしているがそんなことにはお構いなく、隣に転がっている1体を右足で踏み殺す。


 さらに、その横で隣がぶつかって来た為にバランスを崩して体勢を立て直そうとしている1体の心臓を背後からナイフで一突きにしてから、1体でさくら達に向かっていた最後のオーガに追いすがり、後ろから首を一突きで仕留めた。


「さすが兄ちゃん、瞬殺だね!!さて、次は私の番♪」


 両方の拳を軽く打ちつけて、気合を入れたさくらがオーガキングにゆっくりと歩み寄る。


 オーガジェネラルが簡単に打ち倒されたのを見ていたオーガキングは、元哉を最大の敵と見定めていた。ところが、目の前に現れた小さな人間。

 キングは一瞬『なんだ、こいつは』という顔をしたが、狩り易い獲物が自ら現れたとでも思ったのか、残忍な笑みを浮かべた。


 ゆっくりと歩きながら、さくらはキングの攻略法を考えている。


(派手にやるのもいいけれど、兄ちゃんが見ているし、後からお説教されないように、ここはセオリ-通りに下から攻めるか)


 さくらとキングの目が合う、その瞬間さくらが動いた。元哉よりもさらに早い動きで、キングの体を回り込むと、左膝の内側にローキックを浴びせる。


「グオーーー!」


 振り返ったキングが吼える。痛そうにはしているものの、大したダメージにはなっていない。


(結構硬いなー、しょうがないからさくらちゃん本気出しちゃうよー)


 すぐに距離をとって、息を吸いながら身体強化を発動する。さくらの体から赤い魔力か吹き出てその周囲を覆った。この世界に来てから魔物相手に初めて使う、さくらのもうひとつの切り札。


 相変わらずバカにしたような眼で自分を見下ろすキングに対して、軽く息を吐いてから先ほどよりもさらに速度を上げて後ろに回りこみ、膝に蹴りを叩き込む。


「ティヤー!」   『バキッ』


「ガーーーーーー!」


 今度は完全に左膝を破壊した。よく見ると膝だけではなく股関節もおかしいようで、左足は付け根からブラブラしている。それでも倒れないのは、鬼の王としての意地なのか、斧を杖の代わりにして何とか体を支えている。


(さあ、ここからは全ターンさくらちゃんのもの。容赦なくいくよー♪)


 動きの止まったキングの後ろから、右の大腿部にローキック。たまらすに倒れこんだオーガは何とか両手に力を込めて立ち上がろうとするが、そんな隙をさくらが見逃すわけがない。


 丁度蹴り易い高さにある頭の側頭部めがけて渾身のひと蹴りを放つ。


 『ゴキッ』という音を響かせて崩れ落ちるキング。さくらを相手にして何もできないままにオーガ達の王は絶命した。


「兄ちゃん、やったよー。」


「さくら、よくやったぞ。危なげないいい戦いかただ。」


 元哉から褒められて喜色満面のさくら。

 まだ、彼女は冒険者ギルドSランク指定のオーガキングを素手〈素足)で倒したことにまったく気づいていない。

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