第4話  頼み事

 

 こうして何日かが過ぎ、この世界に適合するための準備と訓練は順調に進んだ。


 そしてある朝、神様に呼ばれて世界樹の根本まで行ってみると、早速声が掛かった。


「そなたらも、だいぶこの世界に慣れて来たようじゃな。実はな、そなたらに頼みたいことがある。まずは北に古い神殿の跡があり、そこに囚われている者を助けてやって欲しい」


「危険はないのですか?」


「この世界はそこら中危険だらけで、その神殿が特別に危険と言う訳ではない。それにそなたらは、この世界のことを何も知らんであろう。そこに居る者は、案内役に丁度良いと思うのだが、どうかな?」


「リスクの大きさと相談しながら、可能であれば救出します」


 慎重な姿勢を崩さない元哉、三人の命が懸かっている以上簡単に譲歩は出来ない。


「よいよい、我も無理強いはしない。出来るかどうかは、そなたらの判断に委ねよう」


 その言葉に元哉は


「分かりました」


と答える。



「さて、もう一つの頼み事の方だが、近いうちに人族のどこかの国で、勇者が別の世界から召還される。」


 神様はここで言葉を区切った。


 




「その勇者だが・・・・・・、そなたら、始末してくれんか」


「「「えーーーー!」」」


 三人の声が揃った。



「驚くのも無理はない、理由を説明するから聞くが良い」


 神様は丁寧にその理由を話し始めた。


 戦乱が終わってすでに二百年、その間人族の人口だけが増えていて、そこに勇者という要素が加われば人族は確実に他の種族の領地に侵攻するということだった。



「でもなぜ俺達が?」


 その疑問は当然のことと神様も思って、元哉に答える。


「そなたらに始末を託すのは、既に選ばれているからよ」


「???????」


 神様の説明によれば、『獣王』『魔王』『破王』とはどれも人族と対立する宿命で、遅かれ早かれ勇者と対立する運命だろうとのことだった。


 「我にとって重要なのは、種族ごとの力関係のバランスを取ること。大きな戦乱がなく、緩やかにこの世界が発展してゆく事が我の願い」


 しばらく何かを考え込んでいた橘が顔を上げて元哉を見つめる。彼が無言で頷くのを確認してから、世界樹に向き直って言った。


「その御言葉はまことですか?」


「偽りはない。」


「ならば我らは、運命に従うのみ。もし、勇者との対決へと導かれるのであれば、そのときは容赦しません」


「うむ、それでよい。そなたに任せるとしよう」


 神様はこの難しい依頼の件が解決したことに満足している。


「さて、込み入った話は終わりじゃ。そなたらに紹介したい者がおる。噂をすればどうやら到着したようだ」



 神様の話を大して聞かずに空を見上げていたさくらが、南の方を指さして


「なんか飛んできたー!」


と叫んでいる。


 初めのうちは黒い点にしか見えなかったが、巨大なものが羽ばたきながら、かなりの高速で接近してきた。


 橘はまさかと思っていたが、その全貌がはっきり捉えられるようになると、


「本物のドラゴン・・・・・・」


と呟いたまま、ポカーンとしている。


 やがてドラゴンは、ゆっくりと高度を下げて、翼が風を切る音以外は、何の音も立てずに着地した。

 

 漆黒に輝く鱗、深い英知をたたえた眼、全長40メートルにも及ぶ巨体、まさに『ドラゴンの王』と呼んでもいいような風格、この世界で最強を誇る存在が三人の前に現れた。


「急に呼びつけるとは、いったい何用だ?」


 神様を前に畏まった様子もなくドラゴンは口を開く。


「面白い者達がこの世界に現れたのでな、そなたにも紹介しようと思うた」


 その言葉に、ドラゴンは自らの足元にいる三人を見下ろす。


「ほー、俺を見て恐れないとはなるほど面白そうな連中だな」


「感心しておらんで、そなたから名乗ってやるがよい」


 神様の言葉に、三人に向き直るドラゴン。


「俺はこの世界樹の神に仕える『暗黒龍』、もっともも鱗が黒いからそう呼ばれているだけで、邪な者ではないから安心するがいい」


 地の底から響くような低い声で名乗りを上げる。


 突然のドラゴンの出現に、茫然としていた三人のうちで最も早く立ち直ったのはさくらだった。


 ドラゴンの足元まで近づくと


「うほー! 本物のドラゴンだー! カッコイイなー」


 興奮で鼻息を荒くしながら、周囲を見て回っている。


「これ、そこの子供! 俺の周りをそのようにウロウロするでない。うっかり踏み潰してしまうぞ。あっ、コラ! 背中によじ登るな」


「子供じゃないよ! さくらだよ」


 尻尾の先からその巨大な背中を、登り切って首元にちょこんと座る。


「ねぇ。バハムート、空を飛んでみて」


「バハムート? なんだそれは」


「暗黒龍ならバハムートに決まってるでしょう。それより空飛んでよ」


 一方的なさくらと、暗黒龍のやり取りを見ていた神様が告げる。 


「暗黒龍よ、そなたよい名を授かったな。そこの嬢ちゃんは『獣王』。その言葉無下にはできまい」


「なに、この子供が『獣王』だと」


「子供じゃないよ、さくらだよ。それより早く空飛んでよ」


「獣王の言葉ならば、従わねばなるまい。それにしても、バハムートとはなかなかよい名であるな。では一回りしてくるか」


さくらを乗せたバハムートはゆっくり上昇してあっという間に飛び去り、20分程で帰ってきた。


 その背中から飛び降りるなり


「すっごーーく高かったよ。あとね、あっちのほうに壊れかけた建物があった」


 さくらの指が示す方向にどうやら神様が言っていた神殿があるようだ。


「空の旅は満足できたかな?」


 黙ってさくらは頷く。


「そうか、そなたに渡す能力がお預けであったが、この龍を召喚する力でよいかな?」


 神様の言葉にさくらよりも元哉達が驚いている。この世界最強のドラゴンを召喚できるとなると、さくらのポテンシャルは破格のものとなるからだ。


 さくらの方は、そんなことは全く気にしないで


「うん、いいよー。バハムートよろしくね」


といいながら、前足の辺りをペシペシ叩いている。


「うむ、『獣王』さくらよ、しばらくの間お前に従うとしよう」


 これで召喚の契約は成立したが、この場にいるさくら以外の者が全く同じ危惧を抱いた。


(絶対こいつ気軽に召喚するぞ!!)


 その危惧に対して元哉が先回りして釘を刺す。


「さくら、小隊長命令だ。バハムートを召喚するときは俺の許可を得るように」


「えー、お友達ができたら見せびらかそうと思ってたのにー!」


 やはりぶれないさくらだった。

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