第5話 出発と初バトル
白兎たちの先導で世界樹の結界の出口に向かって歩く三人。ウサギたちのペースに合わせているため、元哉とさくらにとってはかなりゆっくり、橘にとっては丁度いいスピードであった。
20分ほど歩いたところで、ウサギたちが立ち止まりここが出口だとさくらに訴えている。
元哉の
「準備はいいか?」
の言葉にうなずくさくらと橘。
「ここから先はどんな危険があるかわからないから、慎重に行動する。先頭はさくら、探査方式はパッシブで常時警戒。俺が殿を務めるから橘は真ん中を歩け。森の中では火系統の魔法は使うな。さくらは魔力擲弾筒を装着しておくこと。さくらの準備が整い次第出発する。」
「了解」
三人で行動するときは、元哉が小隊長で行動の指針を決定する。さくらと橘は特殊能力はあるものの、元哉のように小学生のうちから軍事教練を受けて来た訳ではない。ましてや地図もない場所での行動は元哉の経験がものを言う。
「よし、ゴーだ。」
元哉の合図で、結界の外に足を踏み込む三人。途端に濃密な魔素が周囲を包み込む。索敵をしながらなので歩く速度はそれほど速くない。
「魔素の質が違う。」
歩きながら橘が感じたことを口にした。
魔力を自在に制御できる彼女にとっては、気がかりな点であった。解かり易くいえば、元哉から供給される魔力がガソリンだとすれば、森の中に満ちている魔力は重油のようであるらしい。ネットリとしていて変換効率が悪そうというのが、橘の見解だった。
結界の近くではまったく聞こえなかった鳥の鳴き声や虫が飛ぶ羽音が多くなりだしたと思った頃、それはやって来た。さくらの索敵網に引っかかったものがいたのだ。
「兄ちゃん、10時の方向距離300、かなりの速度で接近中。」
さすがのさくらもやや緊張を隠せない声で報告する。
「さくら、レベル1で狙撃大丈夫か?」
「木が多くてやりにくいけど、やってみる。」
擲弾筒を構えて、照準を合わせにかかるさくら。
「橘は魔法を打てる状態で待機。」
橘はもっとも得意な電撃弾をスタンバイさせている。
標的が近づいてきて足音まではっきりと聞こえてくる。木の陰になって姿をはっきり捉えることはできないが、チラチラと見える様子からどうやらイノシシのようだ。ただし日本で見られるイノシシの3倍以上の大きさである。
三人を狙って樹木の間を縫うように突進してくるのは、ビッグボアだった。この世界のCランクの冒険者4~5人で倒す魔物だ。
ただし同じ魔物でもそのレベルによって大きな差が出てくる。もっともわかりやすいのは、背中の毛の色だ。シルバーバックやゴールドバックなどと呼ばれ、背中の毛の色が変化しているものは、討伐の難易度が跳ね上がる。
そして3人を狙うビッグボアはシルバーバックだった。大体Bランクの5人パーティーで倒せるかどうかといったところだろう。
しかしそのような知識のまったくない3人は、ただ目の前の敵に集中していた。距離約40メートル、ようやくさくらの視界に正面から向かってくる魔物の姿が入った。
「いっけーー!」
音もなく打ち出され魔物に向かっていく魔法弾。さくらの狙い通りにバシュッと音を立てて、ビッグボアの眉間に当たった。
「グァラァーー!!!」
咆哮とも絶叫ともつかない魔物の声が響き、眉間からダラダラと血を流している。止まりかけた足を再び動かして前に進もうとするが、先ほどのような勢いはない。
「俺がやる、二人は下がっていろ。」
元哉が腰のナイフを引き抜いて、前に出たと思ったら次の瞬間にはもう魔物の前に移動していた。そのままの勢いでビッグボアのアゴ下に前蹴りを叩き込む。
ゴキリとう鈍い音を響かせて巨体が宙を舞い、後方の木をへし折ってドウッと地面に落ちる魔物。
ビッグボアが動かないことを確認してから、ナイフを手にゆっくりと近づく元哉。念のため延髄にナイフを突き刺して、反応がないことを確かめる。
「さすが兄ちゃん、一撃だったね。」
満面の笑みで近づいてくるさくらに元哉は、さくらの一撃のおかげで魔物が弱っていたからだと褒めてから、イノシシは額の骨が厚く丈夫にできていること、狙うならば射線を斜めにずらして目を狙うことなどを丁寧にレクチャーしていた。
一方の橘は何も出番がなかったことに不満そうな表情だったが、元哉の次は頼むぞという言葉とともに頭をポンポンとされてすっかり上機嫌だった。
何気によい小隊長振りである。
「ところで兄ちゃん、これどうするの?」
横たわったビッグボアを指差してさくらが尋ねた。
「神様が獣系の魔物は食べられるといっていたから、こいつは食料にしようか。」
「兄ちゃん、丸焼き? イノシシの丸焼き?」
さくらが涎を垂らさんばかりの勢いで、食いついてくる。
「こんなデカイの丸焼きにできないだろう。解体するから、二人は周辺を警戒してくれ。10分で終わらせる。」
「了解。」
こうして元哉が解体に取り掛かった頃、周辺には血の匂いに誘われて集まって来る集団がいた。三人を包囲するように取り囲み、徐々にその包囲網を縮めていく。
群れで狩をする狼の魔物、ゴールドバックに率いられたシルバ-バックが10頭、計11頭のワイルドウルフたちだった。この規模だと、Aランクのパーティーでも危ない。
先ほどのビッグボアよりも巧妙に気配と物音を消して接近してくるため、さくらのセンサーが魔物の存在を感知したときには、120メートルまで接近を許した。
「兄ちゃん、敵の急襲、距離100、数は約10。全方向から包囲しているよ。」
元哉は、解体の手を止めてすぐに戦闘体制に入る。
「群れで行動するところを見ると犬型の魔物だろう。相手は動きがすばやい、さくら、連射を許可する。好きなだけ撃て。橘、対物バリアーを自分にだけ張れ。」
「了解」
さくらは擲弾筒をレベル2に合わせる。これは1秒間に3発の魔力弾を発射するマシンガンモードだが、その分魔力の消耗が激しい。能力を1000分の1にされているため、魔力をすぐに使い切ってしまう恐れがあったが、今はそんなことを言っている場合ではない。
同様に、魔力を使い続ける対物バリアーも、魔力を大量に消耗するためあまり使用したくないが、防御力の低い橘の安全のためには止むを得ない判断だった。
「兄ちゃん、イノシシの肉はぜったいやつらにはには渡さないから、安心して!」
「さくらちゃん、お肉のことは考えないで。この場で大切なのは、私たちを敵に回した愚かさを魂に刻み付けてから、やつらを殺すことよ!」
「どっちも違う! とにかく安全にこちらの被害がないようにこの戦闘を終わらせることだけを考えろ」
どこかズレている二人に囲まれて、小隊長も気苦労が堪えない。
包囲網を縮めていたグレートウルフのリーダーは、獲物を完全に仕留めた気でいた。
自らの経験からいって、ここまで接近できたら獲物はもはや逃げる術を失っている。数は圧倒的にこちらが有利で、後は襲い掛かるタイミングを計るだけだった。群れの他の者たちも久しぶりの人間が獲物で、舌なめずりをしている。
いよいよゴーサインを出そうとした瞬間、キャンとひと鳴きして隣にいた仲間が地面に崩れた。さらにその隣もまたその隣も同じように崩れ落ちていく。理解できない状況に陥り、動くに動けない。いつの間にか仲間はすべて地面に転がっていた。
「来たぞ!」
元哉の声に橘がはっとする。その目が見据える先にはトラほどの大きさの狼がいた。通常ならその大きさに驚くところだが、彼女が注目したのはその毛並だった。
「あら、いい毛皮!」
そういえば寝るときは元哉が持っていた毛布を一枚敷いているだけだ。目をギラつかせて物欲の化身と化した橘は、スタンバイしていた電撃弾をキャンセルして、新たな術式を組み始めた。
(高さは地上20センチ、私の視線に同調して敵を追尾するようにして、・・・・これでよし)
わずかな時間の間にこの世界でもポピュラーな風魔法『ウィンドカッター』に手を加えて
「エアーブレイド!」
橘の声とともに飛び出していった真空の刃は、地表ギリギリの探知しにくい高さを高速で進み、まったく気づいていなかった1頭のグレートウルフの前足と後ろ足をまとめて切り捨てた。
弧を描いて方向を変えて、今度は後ろから隣にいた個体の4本の足を切り飛ばす。またたくまに、血しぶきを上げて地面に倒れる狼たち。
5頭の足を飛ばしたところで、橘の視界には群れのリーダーしか映っていなかった。後ろからは「はなちゃん、こちらは5頭オールクリアー」とさくらの声が届く。
残りは1頭、リーダーは群れが全滅したことですでに逃げる体勢に入っている。しかし、闇雲に逃げ出すのではなくこちらを警戒しながら、慎重に後ずさりしているのだった。
あと10メートル下がれば、周辺の藪が視界を塞いで身を隠しながら逃走を計れる。仲間がやられたのを見ていたのか、常に地表付近を警戒しながら、ジリジリと下がっていく。
だが、そんな魔物の必死の逃走を黙って見過ごすほど、橘は甘くなかった。なにしろ最高級の毛皮が懸っているのだ。
下のほうを警戒しているのを見て取った彼女はならばと、無詠唱で魔物の頭上5メートルのところにエアーブレイドを準備していた。そして必死の逃走を図るグレートウルフが50センチ下がったところで死の罠が発動する。
ザシッシュ ゴトン ドサッ
首を切断され血にまみれた狼の死体が横たわっていた。
(これはエアーブレードというよりも、エアーギロチンね。でもこれで豪華お布団ゲットよ)
自らの戦果に満足した表情の橘がいた。
グレートウルフとの戦闘で何もしていなかった元哉は、四肢を切り落とされて呻いている狼たちに止めを刺して廻り、イノシシの解体の続きのほかに毛皮の皮剥ぎまでやる羽目になった。
これらの作業は、山奥の育ちで経験のある元哉をもってしても、かなり時間をとられたため、この日はもう少し進んだ所で野営することになった。
イノシシの肉を元哉が焚き火であぶって、万能の実で作った焼肉のタレをつけて食べたが、魔物の肉とは思えない絶妙な歯ごたえと旨味のあるその味に、さくらなどは口の周りを脂でベトベトにしながら夢中で齧り付いていた。
食事のあとは、いつものように風呂に入り、橘が魔法で作ったカマクラの様な(むしろトーチカに近いかもしれない)小屋でグッスリと寝た。グレートウルフの毛皮は、橘が魔法で乾燥と脱水をして、すぐに布団代わりに使用できた。橘が熟睡できたことはもちろん、他の二人にも好評だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます