第19話 テルモナの街
ルトの民と別れて再び『道』を歩き出した一行、元哉が先ほどの魔法について橘に質問をする。
「橘、さっきの魔法はなんだったんだ?相手の魔力を乗っ取るなんて事が出来たら、それこそ最強じゃないのか?」
先程橘が用いた『ハッキング』について、感じていることを口にした。
「あれはね、そんな大層な物ではないわ、魔法というよりも催眠術に近いかもね。」
橘から意外な答えが返ってくる。それを聞いたディーナが、横から口を挟んだ。彼女は橘が使用する見たこともない魔法に強い興味を待っている。
「催眠術?なんですかそれは・・・」
「そっか、ディーナは催眠術と言っても分からないわね。そうねー・・精神魔法と言えばいいのかな。魔力を変換するときに、精神とか思考とかが大きな関わりを持っているのは分かるわよね。」
「ハイ、なんとなく分かります。頭の中で考えていることを実現するイメージを持つことが大切だと橘様は教えてくれました。」
ディーナなりに自分が教えたことを理解していることが分かってちょっとうれしい橘、その解説にも力が入る。
「じゃあ魔法が使えないと思い込ませることが出来たらどう?」
「そんなことが出来るのですか!」
ディーナは、信じられないといった表情で橘を見ているが、元哉には橘が言いたい事が解ってきたようだ。
「元々の魔法は、相手の精神集中を妨害して障壁を弱める術式だったのだけど、その『妨害』を『乗っ取る』に書き換えることで、相手に魔力を奪われたと思い込ませるだけのそれほど大層な魔法ではないってことよ。」
要するに橘は、相手側の攻撃が全く通用しない絶望感とそれが及ぼす集団心理に付け込んだという訳だ。橘の強大な魔力の影響も大いに関係するが、相手の心の隙をついてうまい具合に効果を現したという事だった。したがって何の準備もなく、いきなりこの魔法を使用しても効果が薄いであろうというのが橘の見解だ。
「なるほど、だが敵を無傷で捕らえたい時には有効だな。」
元哉は今後の戦術に活用できそうな場面を想定して、作戦に組み込んで行くことにした。
一方のディーナは、
「橘様スゴイです!」
と相変わらず、キラキラした目で見つめている。
このようなやり取りだけでなく、時には魔物を倒し、時には戦うときの体の裁き方などを話したりしながら幾日も森の中を歩いていた一行は、ついに魔境『マナディスタの森』を抜けて開けた場所に出た。
そこは見渡す限りの平原が続いており、膝丈ほどの草が生い茂るまさに『緑の絨毯』だった。ひとたび風が吹くと、草が一斉になびく様子は優しげな波のようで、見る人を自然とゆったりとした気分に誘う。
「やっと抜けたねー。」
ずっと見通しの悪い森で索敵を続けていたさくらが、ほっとした様子で皆に話しかける。他の者も多かれ少なかれ同感のようだ。
このまま人のいるところまで、出来れば真っ直ぐに行きたいところだが、道もない地図もないという状況なので、進む方向が全くわからない。方角は『西』と解っているとは言え闇雲には進めなかった。
やむなくミカエルに上空から探査をしてもらい、丘を越え、川を渡り、襲ってくる魔物と戦いながら歩くこと三日間、ついに最初の開拓者達が住む村にたどり着く。
この村は、人の住む場所としては本当の辺境だったため、物資の補給は出来ず宿屋もないため、最寄の町の位置を聞いて通過するだけだった。そこからさらに1日歩いてようやく街が見えてきた。
そこは、マハティール神聖帝国ブルーイン辺境伯領の領都テルモナの街。かつては魔族との戦争に備える砦であったが、永らく大きな戦いがなかったためそこに開拓民や冒険者ら辺境で一旗上げようという者達が集まって街になった。
そのような成り立ちであるから、街の雰囲気は荒っぽく治安はよくない。しかも領主のアラモス=ファン=ブルーインが統治に熱心ではないために、ここ最近は寂れる一方だった。
街の出入り口は東西に二箇所あり、西門は他の街と行き来する者達がそれなりにいるのだが、元哉達一行が現在立っている東門は門番の兵がひとり立っているだけで、他には誰もいなかった。
「何だお前達、開拓民か?」
門番のほうから声をかけてくる。よほど暇だったのだろう。
「ああ、村の方から来た。」
元哉が答える、村から来たわけではないが嘘は言っていない。
「戦士と剣士と魔法使いにおまけが一人か。冒険者に成りに来たのか?」
元哉は2本のナイフと鍛え上げられた肉体で戦士と思われたのだろう。ディーナは腰に剣を佩いているから剣士で橘はこの世界でも一目で魔法使いとわかる格好をしている。そして一見すると何の武器も持っていないさくらが・・・どうやらおまけ扱いのようだ。
門番も悪気があって言ったわけではないが、憤慨しかけたさくらの口を後ろから抑えながら元哉は言った。
「そうだ、あんな田舎で燻っているよりもいっその事冒険者になろうと思ってな。」
「確かにそうだ、あそこの開拓村の若いもんは、成人すると皆出て行ってしまうからな。ああ、冒険者ギルドは西の門に近いところにあるから、このまま真っ直ぐに進め。」
親切に道順まで教えてくれて、門番は元哉達を通した。本来ならば通行税の徴収があるのだが、開拓村の者達は免除されているのでこちらの門を出入りする分には無料となっている。
服装などで怪しまれるかと思ったが、元哉とさくらが着ている戦闘服は迷彩柄である点を除けば、この世界のシャツとズボンに見えなくもない。さすがにヘルメットは脱いでいたので左程怪しまれなかったのだろう。ともあれ、服の調達は急を要する事項だ。
砦の通路を抜けて、街中へ出る。街中とは言ってもこの付近は戦争に備えた兵舎や軍馬の厩舎、物資を集積するための倉庫などが立ち並んでおり、さらに進んでもうひとつ門をくぐった所からがテルモナの街だ。東門付近は一般にはテルモナ砦と呼ばれているらしい。
門を抜けると辺境で寂れる一方とは言うものの、そこそこの人通りがあり商店が並んでいてそれなりに賑っている。これなら物資の調達も大丈夫だろうと一安心する一行だった。
道行く人たちは、ほとんどが何かしらの武器を身に付けており、中には身長と同じぐらいの大剣を背負っている者までいる。人種もしくは種族的な特性なのか男女ともに体格がよく、182センチの元哉を見下ろして歩く男達が結構いる。冒険者なのかもしくは傭兵か、目つきが鋭く物騒な気配を撒き散らしている者達もいるが、さくらに言わせると外見で誤魔化しているだけの三流だそうだ。
そうは言われても、初めて訪れた人族の街でいかつい男達が闊歩する姿を見て、ディーナは挙動不審に陥っている。彼女にとっては完全アゥエーの地で敵に取り囲まれているような気分なのだろう。
「さ、さくらちゃん、本当に大丈夫なんでしょうか・・・」
さくらの手を握って離さないディーナが小声でさくらに話しかける。
「ディナちゃん、そんなに怖がらなくても平気だよ。一対一でディナちゃんより強いのは歩いている連中の3割ぐらいだから。」
「そんなー・・大勢いるじゃないですか。」
ここまでの道中でかなりの数の魔物と戦い、ディーナはレベル25まで上がっていた。すでにCランクの冒険者に手が届くところだ。確かに魔物に対して恐れを抱くことはなくなってきたのだが、対人戦は未経験であり不安を抱くのも無理はない。
このような会話をしながら冒険者ギルドに向かう一行。門番の話によれば、ギルドは国家を超えて独自のネットワークで結びついている組織なので、そこに登録するとカードを見せるだけで各国に自由に出入り出来るだけでなく、他国の情報も集めやすいとのことで早速登録することに決定したのだった。
西門の近くにある石造りの二階建ても建物が、冒険者ギルドテルモナ支部だ。その前に四人が並んでいる。ディーナは挙動不審のままだ。元哉を先頭に頑丈そうな大きなドアを開けて一歩中に踏み込むと、昼前の時間帯で人はそれほどいなく、受付カウンターには誰も並んでいなかった。
「冒険者登録をしたいのだが。」
元哉が声をかけると、カウンターの中にいたブロンドの美女が、ニッコリと微笑んでこちらにどうぞと招いてくれる。
「本日登録をなさる方は4人でよろしいですか。」
受付嬢はさくらの方をチラリと見遣って確認をとる。彼女から見るとまだ子供に見えるので止むを得ない事だ。元哉達がうなずくのを見て、申込用紙を4枚用意して自分で記入ができるか聞いてくる。
橘とディーナはこの世界の文字の読み書きが出来る。マナディスタの森にあった神殿の魔法陣に描かれていた文字が、アンモースト共通文字なのだ。ミカエルが言っていた通り古代アラム語とほとんど変わらなかったので、橘にも理解が出来た。元哉とさくらは全く文字がわからないので、二人が代筆した。
用紙の記入が終わると、石版のようなものにカードをセットして、そこに自分の血を一滴垂らすことでギルドカードが出来上がる。手渡されたカードは『F』と大きく印字してあり、現在のランクを示している。今登録をしたばかりなので、最低ランクの『F』だ。
その後受付嬢から、ギルドの仕組みや依頼の受け方、報酬の受け取り方、ランク昇格の仕組み、守るべきルール等々の説明があったが、話の途中でさくらが完全に飽きてしまい、元哉に小声で話しかけてきた。
「兄ちゃん、私たち奥の椅子のある所で待ってていい?」
「ああ、構わないぞ。大人しくしていろよ。」
どうせ何も聞いていないさくらがいても仕方ないので、元哉は奥で待っていることを了解した。
さくらはディーナを伴って、奥にある飲食が出来るスペースに入っていく。どこのギルドにもある、冒険者達が食事をしたり依頼の達成を祝って酒を酌み交わす場所だ。
元哉と橘は引き続き受付嬢の話を聞いている。依頼達成の証明として魔物の指定された部位を持ち帰る事や依頼が達成できない時のペナルティーの話になったときに、奥から『ドシン』という大きな物が落ちてきたような音が響いた。
いやな予感がした元哉が、
「ちょっと見てくる。」
と橘に声をかけて、様子を見に足を運ぼうとしたそのとき、奥から声が響いた。
「やいこのデブ野郎、私をスルーしてディナちゃんのオッパイを触ろうとするとはいい根性だな!!」
奥から響くさくらの声に元哉は頭を抱えたくなったが、それと同時に『いや、普通お前のことはスルーするだろう!』と突っ込むのも忘れなかった。
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