第20話 冒険者ギルド

 元哉が騒ぎの会った部屋に踏み込むと、2メートル近い大男が床でのびており、それを見下ろすようにさくらがプンスカしている。さらにその後ろではディーナが口を開けたまま呆然と突っ立っており、元哉の姿に気がついてようやく我に返って『どうしよう?』といった表情で見つめてくる。


 元哉が倒れている男に近づき、息がある事や骨折がないことを確認していると、この男と同じパーティーのメンバーが、


「テメー何をしやがる!」


とさくらに食って掛かかろうと席を立ち上がり、さくらのほうは次の獲物が来たとばかりに舌なめずりをする。


 別の席からは、


「嬢ちゃん、すげーぞ!もっとやれー。」


などと無責任な声が盛んにかかる。


 元哉がどうやってこの場を収拾するか頭を悩ませていたとき、後ろから、


「静かにしないか、この馬鹿ヤロー共が!!」


と、ドスの利いた迫力のある声が響き渡った。


 元哉が振り返ると、そこには身長2メートルを軽く超える筋骨隆々の大男が立っている。


「ひっ・・」


 その声を聴いた瞬間、さくらに食って掛かろうとしていた男が直立不動の姿勢で立ち止まり、喧嘩を煽っていた者達はピタリと口をつぐむ。その男は、周囲の喧騒を一言で静めるだけの強烈な威圧感を放っていた。


 さくらが強そうなヤツが来たと標的を変更するが、そんなことには構わずに大男はその場にいる男達に指示を出す。


「おいお前ら、早くここに寝ているウスノロを医務室へ運べ。ギルド内で喧嘩ごとが禁止なのは分かっているな。では、関わった者は事情を聞く。こいつはお前がやったのか?」


 大男が元哉を詰問する。


「俺ではないが、俺の妹がやったようだ。」


 元哉がさくらを手招きして呼び寄せる。元哉の陰になっていてさくらの姿が見えていなかった大男は、目の前に現れたその子供のような姿を見て『何だこいつは』という顔をとしている。その間に仲間たちの手で、床に寝ていた男は別の部屋に運ばれていった。


 運ばれていく男の様子を見送ってから、その大男がさくらを囃し立てていた連中の方を向いて、


「本当にこの小さいのがやったのか?」


と問いかけた。


 席に座っていた男たちは申し合わせたように首を縦に振り、さくらの方は、『小さいとは失礼な』とブツブツ文句を言っているが、事実だからしょうがない。


「どうやら本当の事らしいな、お前たちにはいろいろ聞きたいことがあるから俺について来い。」


 大男は、そう言うと部屋を出て階段を上がり2階の奥まった部屋に3人を案内した。元哉とさくらは何も気にせずに付いて行ったが、ディーナだけはどこに連れて行かれるのかと不安を隠せない様子だった。


 なおこの時、橘はすっかり忘れられていて、暇な受付嬢の話し相手となっており、この町で流行のアクセサリーの話を聞かされていた。


 部屋の入り口には、何か書いてある金のプレートがあったが、字が読めない二人はまるで意味が分からず、ディーナはプレートに目をやる余裕もなかったため、通された部屋がどこなのかまるで分かっていなかった。部屋の中には立派なソファーが置いてあり、掛けるように言われて三人は腰を下ろす。


「わざわざすまないな、俺はここテルモナの街のギルドマスターのエドモンドだ。」


 自己紹介をしたその人がまさかギルドマスターと思っても見なかった三人。何しろ体がでかい上に顔もやけに迫力があり、ギルドマスターというよりは悪役プロレスラーのほうがピッタリな風貌だ。現在は引退しているが、おそらく現役時代はかなりのツワモノ冒険者として鳴らしていたのだろう。


「俺が元哉で、あとはさくらとディーナだ。ギルドには今日登録したばかりだ。」


 元哉が簡単に紹介をして、ギルドマスターの次の言葉を待つ。


「そうか、道理で見たことのない顔だと思ったが今日登録したばかりか。それはそうと、お前たちかなり腕に覚えがあるよな。」


「多少の心得はある。」


 元哉の答えにやはりなとうなずくエドモンド、長年冒険者として培ってきた勘は当たるものだ。


「答えたくなければ答えなくていい、お前たち出身はどこだ?」


「ここからみて東にある大きな森の中だ。そこにいる爺さんの下で修行していた。」


 これは神様が元哉たちの素性をうまく誤魔化すために、このように答えるといいだろうと教えてくれた知恵だ。


「東の大きな森とは・・・まさか魔境のことか!」


「魔境という言葉は聞いたことがないな、ただのデカイ森だと思うが。」


 確かにほぼ一撃で魔物たちを倒してきた元哉達からすれば、『どこが魔境がだったんだ?』という感覚かもしれない。本人たちは、自分たちの感覚が、一般からかなりズレていることに気がついていないから、止むを得ないことなのだが・・・。


「そのでかい森を魔境というのだ!まったく呆れたものだな。だが、そこに住んでいた者ならあの過酷な環境が当たり前に思える事も解らんではないが・・・それで、お前達は三人で魔境を抜けて来たのか?」


「「「あっ!・・・」」」


 三人はもう一人いた事をようやく思い出して、青くなった。


「いや、実はカウンターの辺りにもう一人いると思うのだが・・・」


 元哉がかなり慌てた声を出す。こいつ等でも慌てることがあるのかと、エドモンドはちょっとだけ安心した。その安心が長く続かない事も知らずに。


「そうか、呼びに行かせよう、おーい!」


 エドモンドが声を掛けると、室内にある小さなドアが開き女性の職員が顔を出して用件を聞く。彼女はすぐに階下のカウンターまで赴いたところ、橘はカウンター嬢に一度だけ出張で行った帝都のスイーツ店の話を聞かされているところだった。その長話を遮り、ギルドマスターが呼んでいることを告げて、橘を2階に案内する。


 「はじめまして、橘と申します。」


 室内に入ってきた橘、その顔には氷の微笑が張付いている。部屋の気温も心なしか下がったように感じるのは、気のせいだろうか。


 その橘を見るなりエドモンドは、背筋が震えた。表面上の美しさとか怒っている様子などではなく、その内包する魔力の一端を感じ取って震えたのだ。剣を友としてSランクまで上り詰めた歴戦のつわもののエドモンドは、剣士や戦士ならばその実力をかなり正確に測ることができる。現に目の前にいる三人のうち二人は現役時代の自らの力量を確実に上回っていると分かる。


 だが魔法使いは専門外だ。目の前に立っている少女は少なくとも彼が見てきたどの魔法使いよりも力が上であること以外、何も分からない。


 だからこそ、エドモンドの勘が『こいつはヤバイ!」と警鐘を鳴らしていた。同時に『このような魔法使いがいれば魔境も越えられるであろう』とも思い至る。ギルドマスターの威厳にかけて、これらの心の中に湧き上がる様々な感情を表情に出さないようにするには、彼にとってもかなりの努力を要した。


「わざわざ足を運んでもらってすまない。そこに掛けてくれ。」


 できるだけ心を読まれないように細心の注意を払いながら、元哉たちが座っている3人掛けのソファーの右隣にある2人掛けの席を勧める。橘がソファーに掛けたことを確認して、一呼吸置いてから話を切り出す。


「さて、全員揃ったところで本題に入ろう。お前達の素性は詮索しないが、力量のほうはギルドマスターとして知っておきたい。有能な新人を薬草採りに使うほどギルドも人が余っているわけではないからな。」


「確かに解らんではないが、いったいどうやって力量を示せばいいんだ?」


 橘の視線を気にしながら、元哉が訊ねる。


「そうだな、これを見てくれ。」


 エドモンドが執務デスクの引き出しから取り出した地図をソファーの間に置かれたテーブルに広げる。地図といっても、正確に測量を行って作ったものではなく、大まかな地形や川や橋の位置が手書きで書かれているものだ。


「この街の周辺の地図だ。この街は南西以外はほとんど森に囲まれている。北東の森、北西の森、南の森だ。さらに東へ行くとお前達がいた魔境だな。南西方面だけが、他の街に行くためのルートだ。」


 エドモンドはここまではいいかと、全員に確認する。基本的に地図が分からないさくら以外が頷くのを見て話を続ける。


「これらの森を大まかな難易度で言うと、北西の森はF~Dランク、北東の森はC~Bランク、南の森はAランク以上の者しか入らないといったところだ。」


「魔境はどうなんだ?」


 元哉が、自分たちが通ってきた森と比較して、その難易度を確認しようとした。


「あー、あそこはSランクの者でも絶対に入らないから安心しろ。それでだ、お前たちはこのうちの好きなところに行って、魔物を狩ってこい。その成果によって最高でBランクまで俺の権限で昇格させてやる。ランクが昇格することによって得られるメリットは聞いてるな。まあついでに義務も発生するが。」


 エドモンドの質問にただ一人で最後まで受付嬢の説明を聞いていた橘が頷く。そして、まったく説明を聞いていなかったさくらが待ってましたとばかりに発言する。


「南の森一択で!!」


 何も話を聞いていない割には、他人の意向はそっちのけで、自らの血潮が騒ぐに任せて発言するさくらにいつものように橘とディーナは頭を抱えている。特に体力が劣るこの二人は、ようやく街について一休みしたいところで、再び森に戻るのかとうんざりしていた。


「そうか、南の森に行ってくれるか。あそこは別名『地竜の森』といわれていて、なかなか危険な場所だが、そうか行ってくれるか、よしよし!」


 ギルドマスターは揉み手をしてホクホク顔だ。


「地竜というのは、ドラゴンのことか?」


 元哉は、エドモンドの言葉に気になったフレーズがあったので、念のために聞いてみた。


「デカいおっちゃん!ドラゴンだったらムーちゃ、ムググー・・・」


 さくらが余計なことを言いそうになって、慌ててその口を押さえ込む元哉。


「ああ、その嬢ちゃんの言う通りドラゴンはさすがに無茶に決まっている。」


 さくらの言った事をうまい具合に聞き違えたギルドマスター、まさか本物のドラゴンを召喚できるとは夢にも思っていない。


 エドモンドの説明によれば、この世界には知性を持って神に仕える龍(ドラゴン)と地球で言えば恐竜が魔物化した地竜や翼竜がいるとの事であった。両者はまったく別物で、後者は人を襲う魔物として最高ランクの討伐対象に指定されている。


 この地で地竜が冒険者の手によって討伐されるのは、10年に一頭あるかないかの事らしく、特にここ最近南の森では地竜が増えてきたせいで、冒険者が襲われる被害が増えてきているとの事だった。そんな危険な森に登録したばかりのFランクパーティーを行かせるのもどうかと思うが、どうやらこのギルドマスターには勝算があるらしい。


「で、どうする?」


 どんな答えが返ってくるかすでに分かっているぞといった表情でエドモンドが元哉に問いかける。


「わかった、やるだけやってみよう。」


 どこかのスナイパーと同じ台詞で元哉が承諾をした。さくらは『いくぜー!』と手を突き上げ、橘とディーナはすっかりあきらめた表情になっていた。


「ところで、いろいろと装備を整えたいのだが、ここでは魔物の素材を買い取るらしいが。」


「もしかして、魔境の魔物か?」


 エドモンドが色めき立つ。ソファーから身を乗り出して飛び掛らんばかりの勢いだ。


「そうだな。色々あるが、見るか?」


「数が多いのか、よしすぐ見せろ!いやここでは無理だから、解体場まで来い!」


 普段絶対に見ることができない魔境の魔物に我を忘れるギルドマスター、威厳も何もあった物ではない。足早に解体場に案内して速く出せと催促する。


 だが橘とディーナは、血の匂いが染み付いた殺伐とした雰囲気に気分が悪くなりそうと言って、飲食コーナーで待っていると告げてすぐに出て行った。


「まずはこのあたりはどうだ。」


 最初に元哉が取り出したのは、シルバーグリズリーだった。ディーナが最初に仕留めた(止めを刺しただけだが)あの大熊である。


「お前収納持ちか、それにしても一体なんだこれは!」


 エドモンドが呆然としている。この辺で見かけるのはブラウングリズリーが精々でそれでも大物が討伐できたと大騒ぎになる。その上位種など20年に一度現れるかどうかの貴重なものだった。


「魔境にはこんな珍しい魔物がゴロゴロいるのか?」


「ああ、これと同じやつならばあと二頭持っている。」


 平然とした顔で元哉が答える。まったく価値が分からないから、彼にとってはどれも似たような物にしか見えない。日本にいた時に山で熊やイノシシを採っていた時と全く同じ感覚だった。


「まだいるのか、魔境とはどれだけ凄い所なんだ・・・」


 誰もが恐れて近づかないからこそ、手付かずの自然の宝庫となっているため、このような上位種が手に入るといえば聞こえはいいが、生半可な実力では簡単に命を落とす、それでこその魔境なのだ。


「あとはこんなものなら腐るほどいるぞ。」


 元哉がオーガを取り出す。元哉自身はゴブリンと認識しているが。


「ほう、オーガかこいつはこの辺にもいるから、それほど珍しくもないな。」


「まあそうだろうな、これは一番初級者向きの魔物のようだからな。」


 元哉がさくらから教えられたデタラメな知識に基づいた発言をすると、エドモンドが『お前何言ってくれちゃてるの』的な顔で睨み付ける。


「あのなあ、こいつはオーガといってCランクの冒険者が3人掛かりでやっと倒せるかどうかの魔物だぞ。それを初心者向きとは一体どの口が言うんだ。」


 それを聞いたさくらが驚いて思わず口を開いた。


「えー!これってゴブリンじゃなかったの?」


「こんなデカイゴブリンがいるか!」


 さすがにギルドマスターは呆れ顔をしている。こいつらオーガをゴブリン扱いするとは、一体どれだけの力量を秘めているのか想像もつかなくなってきた。


「じゃあ兄ちゃん、こいつの親玉を出してよ!」


 さくらの言葉に頷いて、オーガキングと4体のオーがジェネラルを取り出す元哉。


「お、お前ら、オーガキングがいるということは・・・」


「ああ、集落があったが、邪魔だったんで全滅させた。」


 平然と自分達がやったことを語る元哉。この時点でギルドマスターは、『こいつらもう南の森なんかに行く必要ないんじゃねえ』と考えていた。


 気を取り直して、取り出されたオーガキングを改めて検分するエドモンド、ふとある事に気がつく。


「おい、このオーがキングは刀傷も魔法を喰らった痕も無いが、いったいどうやって倒したんだ?」


 彼の質問にさくらが指を3本立てて答える。


「3発!」


「は?」


 何が言いたいのか全く分からないエドモンド。


「だから、蹴り3発で倒したんだよ!ほら、ココとココとココ。」


 さくらが指さす所を見ると、確かに両膝と頭が砕けている。Sランク指定の魔物を蹴り殺す怪物がまさか目の前にいる子供なのかと半信半疑でさくらに問いかける。


「お前がやったのか?」


「当然!」


 サムアップでニッコリ答えるさくらがいた。


 エドモンドは心の底から思った、さっきこのチビに気絶させられた男は運がよかったと。オーガキングを素手で倒す怪物にちょっかいを出して気絶程度で済んだことを神に感謝するべきだと。やつの仲間たちが報復などという大それた事を考えていたら、絶対に止めなければならないことを。


 その後は、オーガを10体とワイルドウルフを20体出したところで、もうこれ以上は買取れないと言われ、この日はギルドマスターお勧めの宿屋に入って旅の疲れを癒す一行だった。


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