第21話  蠢動

「姫様が生きているらしい。」


 ルトの民の国『新へブル王国』で、まことしやかに囁かれた噂は瞬く間に広まった。市井の片隅で市民たちの口から口に伝えられたその噂は3日もしないうちに王都中に波及し、兵士たちや軍の高官果ては王の側近までが知るところとなった。


 王宮の一室で、苦り切った顔を寄せ合って話し込む男が3人いる。謀反を起こし、王を幽閉して国を乗っ取る片棒を担いだ面々だ。


「非常に不味い事になった。何かよい策はないか。」


 話を切り出したのは、ルシエフ国務長官だ。内政の担当者ならば、自ら何かしらの策を打ち出すべきであろうが、真っ先に他者の意見を求めるところを見ると、本来はこの職務が務まる器ではないことが伺える。


「お主がそのように浮き足立ってどうする。何か策をといっても人の口を簡単に塞ぐ術など無い。」


 無愛想に答えたのは、カミロス財務長官。まだこちらの方が肝が据わっているようだ。


「かといってこのままにしてよい物でもなかろう。このことが王の耳に入ったら、責めを負うのは私だぞ。」


 ルシエフが言葉を返すが、彼が本当に案じているのは今起こっている事態ではなく、自らの身の安全であった。


「お主は何を言っておるのだ、自らの安全よりも先に考えるべきことがあろう。われわれは国の行く末を案じて決起したのだ。あの時に命などとうに捨てているわい。お主は長年権力の座に胡坐をかいて、その座にしがみ付くだけの存在に成り果てたのか。」


 カミロスは言葉を荒げた。その裏には、彼らの起こした謀反がこの国にとって結果的に全くの裏目となったことに対する、忸怩たる思いがある。


 謀反の背景とその後について簡単に話すと、先代の王であったディーナの父は内政に力を入れ、元々土地が豊かでないため貧困に喘いでいる国民を少しでも豊かにするために、人族に対しては専守防衛を堅持していた。


 それを不満に思った一派が謀反を起こして、その後軍備増強に走り最大の敵『エルモリア教国』に対して戦争を仕掛けた。ガザル平原の戦いと呼ばれるこの戦争は、数に勝るエルモリア教国の圧勝に終わる。新へブル王国の敗因は解り切っていた。元々彼らは、魔王の強大な魔力を後ろ盾として少数の兵力でも互角以上の戦いをしてきたのが、その後ろ盾が失われた結果、数の論理に押しつぶされただけのことである。


 自らの力を過信して、魔王がいなくても人族など簡単に打ち倒せると驕り昂ぶった謀反勢力の過ちであった。その結果として、人族に最大の穀倉地帯の西ガザリヤ地方を奪われ、国民の生活はさらに苦しくなる。


 その結果、謀反を起こした新王は国民の信頼を一気に失い、民衆の不満を力で抑圧することで何とか国家としての体裁は保っていたけれども、それももう限界が見えていた。


 そんなところに、この噂である。ひとつ間違えば暴動や内乱を誘発しかねない火種が飛び込んできたのだ。内政の担当者としては、何とかして現状を守りたいのであろう。


 ここで先ほどから沈黙を守っていたバルキアス軍務長官が重い口を開く。


「策ならある。1つは、このまま放っておいて噂が沈静化するのを待つ。2つ目に、国民の前で事実をすべて話し、謀反を起こした我々が罪を認める。3つ目に、暴動が起きたら徹底的に暴力で鎮圧する。最後に噂が事実ならば、その噂の根源を絶つ。」


 4つの策が提案されたことを聞いて、確かめるようにルシエフが問う。


「根源を絶つとはつまりは・・・」


「そうだ、姫には気の毒だが死んでもらう。」


 バルキアスの冷徹な言葉、しかしこの言葉を聴いてルシエフにはこれが最上の策と思えた。いや、これ以外に策はないと思い込んでしまった。


「いや、助かった。よい案を授けてくれた貴君らに感謝する。早速対策を練る必要があるので失礼する。」


といって、ルシエフは足早に部屋を立ち去った。彼がいなくなったのを見計らって、小声で語り合う残った二人。


「引っかかりますかな。」


「あの愚か者のことだ、間違いなく食いつく。我等は事の後始末をしようではないか。」


 意味ありげな言葉を残して、その二人も部屋を後にした。



 執務室に戻ったルシエフは、国務長官直轄の特殊工作部隊の責任者を呼び出し緊急の任務を伝える。その命令を聞き終えた責任者は、眉ひとつ動かさずに答えた。


「ではご命令は、オンディーヌ姫の生死を確認したた上で、もしご存命ならばお命を頂戴するということでよろしいですね。」


「うむ、その通りだ。」


 尊大に応えて、用は済んだから出て行けと手を振って合図するルシエフ。その男は合図に合わせて音も無く部屋を出て行った。



 その夜、ルシエフ国務長官は自宅で何者かに暗殺された。







 


 

 エルモリア教国首都ミロニカルパレス、この国は政教一体の宗教国家で首都はその奉じる女神『ミロニカル』をそのまま街の名にしている。


 その中心にある鳳凰宮の一室。黒い修道服に身を包んだ男が二人でなにやら密談をしている。清貧を教義に掲げている割には彼らの纏うその服は見るからに高級そうな生地で仕立てられており、肩や胸の辺りに金モールの飾りがなされている。よほどの高位の聖職者なのであろうが、双方ともでっぷりとしたその体格やぎらついた双眸からして、本当に真面目に女神に仕えているのか疑わしくなる。


 昼間から教義で禁止されているワインを空けながら、言葉を交し合う二人。


「本日の召喚に関して、教主様の決裁が戴けた事、まことにめでたい。トリアノン枢機卿の功績は格別のものですな。」


「いやいや、ボンネビル枢機卿こそお手柄ですよ、召喚に不可欠の巫女を見出したのですからな。」


 酔いが廻っているのか、前祝のつもりなのかお互いがヨイショの連続で、聞いている者がいたら呆れるであろう。


「して、巫女の方は準備はいかがですかな。」


「万端整っておりますぞ。今宵は新月ですからな、召喚には最適です。」


「今宵が楽しみですな。」


 二人してガハハと大笑いを繰り返す枢機卿たち。今夜勇者召喚の儀式を執り行うことになっているらしいが、このような調子で大丈夫なのだろうか。


「これでわれらの教敵たる魔族を一気に滅ぼすことができますな。」


「われらの宿願が成就する日が近づいてまいりました。」


 再び大笑いしながら、酔っ払い二人の会話は延々と続くのであった。





 その日の真夜中、巫女を魔法陣の頂点にあたる位置に立たせて、聖職者たちの呪文の詠唱が始まる。昼間酒を飲んでいた二人は、詠唱の輪の外でその様子を眺めているだけだ。


 詠唱が続き魔法陣が青く輝き始めると、巫女は意識を失い倒れるが、全くそんなことに構わずに儀式は続いていく。



 その同じ時の日本も、真夜中の時間だった。浜山茂樹(17歳)は、自分の部屋ですっかり忘れていた宿題をあわてて片付けようと机に向かっていて、突然青い光に包まれた。一体どうしたんだと、不思議に思っていると足元に魔法陣が出現し、そこに吸い込まれるように彼の姿は消えていった。


 誰もいなくなった部屋の机の上には、やりかけの宿題が記入されているノートが残っていて、そこには一言だけ『行って来ます』と書かれていた。



 その時間の地球上で、魔力の異常を感じ取って即座に観測を行い、一部始終をその目で見たように把握していた人物、いや人外の者たちが3人いた。


 そのうちの一人、天橋 椿(18歳)。彼女は元哉たちが通う『特S校』の3年生で、その特殊能力は『不定(UNKNOWN)』と呼ばれている。何でもできるはずなのに自分からは一切何もしようとはしない、特殊能力があるのに解明のしようも無い、それゆえの『不定』だ。要するにやる気がない生徒の代表のように言われている。


 彼女は魔力の異常を感じ取った瞬間からすぐにその発生源の座標の計算を始めており、その位置は元哉たちが飛ばされた惑星と一致することを突き止めた。


「あら、面白そう。まだ残っているかも。」


 そうつぶやくと、携帯端末に休学届けを入力するや否や、自らの肉体を光に変換して魔法陣の発生した場所まで飛んで、その中に飛び込んだ。




 オーストリアのウイーン郊外にある古い館に、その魔女はいた。元橋 橘=ミカエルをその奇跡の魔法で作り上げた600年を生きる魔女、クローヌ・ド・フォルレンティ-ノその人だ。いや、人と呼べるのかどうかはかなり怪しい。


 彼女も魔力の異常を感じ取って探査の手を伸ばした結果、その行き着く先を正確に突き止めていた。


「サンダルフォン、サンダルフォンや、いい加減目を覚ますがよい。」


 円筒形のガラスケースに満たされた液体の中に浮かぶ胎児に言葉をかける。その胎児こそ、天使サンダルフォンが宿る肉体だった。天使召喚の儀式を急襲した元哉の母親に受精卵が入っていた容器ごと地面にぶちまけられて、ようやくこの一体が生き残ったが、そのときに受けたダメージで胎児の状態から成長できなくなっていた。


 容器の中から声が響く。実際は鼓膜を振動させて声を届ける魔法が使用されている。


「なに、ママ。僕は眠いんだよ。」


 魔女の耳に子供のような声が響く。


「お前はこれから別の星に飛んで、地球から飛ばされた勇者に取り付くんだよ。その上でミカエルを取り戻しておいで。」


 魔女からの命令を聞くと、胎児は急に目が覚めたように元気な声を上げた。


「ボク、この体から外に出て動き回れるの?」


「その通りだよ、今から私の話をよくお聞き。」


 魔女はこれから先の手順や外で動き回るための様々な知識を教え込んだ上で、サンダルフォンの魂のみを転送した。



 


 そしてもう一人、椿や魔女の動きも同時につかみながら、


「まだ私が動くときではないな。」


とニヤリとした笑みを浮かべる人物がいた。

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