第18話  再会

「なぜ我らの事を知っている。詳しいことを吐かせるために、こいつらを捕らえよ。」


 ルトの民は50人ばかりの集団で、元哉たちを包囲しにかかる。バラバラに動いているように見えて、剣士の後ろに弓士と魔法使いらしい杖を持ったものが5人ずつの小隊を組んで、彼らの周囲に展開する。


「ほう、なかなか訓練が行き届いているようだな。ではその実力を見せてもらおうか、橘、障壁を張ってくれ。」


 「了解。」


 元哉の指示に従って二人を覆うようにして、橘が障壁を展開する。物理攻撃も魔法攻撃も防ぐように、やや強度は強めにしてあるが全力というわけではない。


 普段の元哉ならば、このようにのんびりと相手が展開を完了するのを待つまでもなく、自ら動いて敵を殲滅しにかかるのだが、何か思惑があるようでまったく動く気配を見せない。


「一斉に攻撃せよ、出来れば生かして捕らえたいが殺しても構わん。」


 部隊長らしきものの号令で、元哉達を目掛けて矢が射掛けられるが『パキッ』という音とともに障壁にぶつかってすべて地面に落ちた。


 矢が効かないと見るや、剣や槍を持った者が一斉に切りかかるが、障壁に傷一つつける事が出来ない。

自分たちの攻撃に自信を持っていた兵たちも、呆然として自らの得物に目をやる。


「魔法で攻撃しろ。」


 物理攻撃が効かないことに業を煮やしたのか、隊長は自らの部隊の切り札を切った。ルトの民は優れた魔法使いが多く、人間相手にその魔法は常に高い効果を上げていた。だが、逆に言うと魔法が効かなければ、自分達の攻撃手段が無くなるということだ。


 魔法兵達が詠唱を始める。それだけでなく、攻撃魔法が使える者達は全て詠唱を開始していた。障壁を囲むほぼ全ての者達からの、魔法の一斉攻撃。


 その様子を障壁の中から見ている元哉と橘は、せっかくだからどんな魔法が使用されるのか見てみようと、まったく余裕の構えだった。いや、橘はちょっと不安な振りをしてチャンスとばかりに元哉にしがみ付いている。


 そのうちの一人で、女性の魔法兵バネットーラは対障壁用の解除魔法を唱えていた。彼女は攻撃魔法は苦手だが、このような支援型の魔術師としてこの隊には欠かせない存在であった。


 支援型の魔法兵は、最も早く術式を組み上げて一番に対障壁魔法が飛ばす必要がある。特にこの魔法は術者同士の魔力のぶつかり合いで、その優劣が決まり、勝てないにしてもある程度相手の障壁を削ることが自らに求められている仕事だ。それと同時に、その結果によって相手の魔力を測ることが出来る。


 そのため、障壁解除の魔法を使用する者はある程度相手の魔力を推し量る能力が必要になってくる。そして、バネットーラが橘の魔力を推定しようとしたのだが、まったく底が見えなかった。いったいどれほどの魔力なのか見当もつかない。とんでもない相手に喧嘩を売ってしまったのではないかという不安を抱えながら、後のことは考えずに全ての魔力を込めて魔法を放つ。


 そしてその魔法は橘の障壁にぶつかって、傷一つ残さずに霧散した。


 その結果を見てバネットーラは唖然とした。かつて戯れに自らの王が張った障壁に解除の魔法を打ち込んだときですら、もう少し手応えがあった。あの障壁は王の魔力すら上回るのか、絶望的な考えが頭に浮かぶ。周囲からは早く次を準備しろと声がかかるが、そんな余裕はもうない。あの一発で魔力を使い切り、立っているのがやっとという有様だ。


 そんな様子を障壁内で見ていた橘は、(あら、これ面白い魔法ね。なるほど、そういう仕組みか。)と心の中でニンマリしていた。


 橘の興味を引いたその障壁解除の魔法は、この世界でもあまり使う者がいないかなりレアな魔法だったのだが、そんなことに面白いと言った訳ではない。彼女が興味を持ったのはこの魔法の本質が相手の精神と思考に干渉して魔法の発動を妨害する、もしくは発動中の魔法の効果を消滅させることにあった。


「元くん、ちょっと面白い魔法を思いついたから、試していい?」


「あいつらを傷つけないように頼む。」


 元哉の許可を得て、早速術式を組み立てる橘。さっき見たばかりの魔法に少し手を加えて、『干渉する』の部分を書き換える。


「それじゃあ行ってみるわ。『ハッキング』!」


 橘が唱えたその物騒な魔法名。そう障壁解除の『干渉する』という部分を『乗っ取る』に書き換えてしまったのだ。ちなみに元哉には何も影響がない。はじめから魔法が使えないのだから何も困らない。しかし、彼らを取り囲む兵たちは、そういうわけにはいかなかった。


 嵐のように障壁目掛けて飛んでいた魔法が突然沈黙する。橘による強力な精神干渉によって、ルトの民たちは初級魔法すら発動できなくなっていた。部隊の中に困惑が広がる。急に魔法が使えなくなって、うろたえてしまうのも無理はない。


 動揺が広がる相手方の様子を見て、元哉が目で合図をして橘が障壁を解く。


「さて、これで話し合いに応じてくれるのかな。」


 元哉が、先ほど指示を出していた隊長と思しき人物に声をかける。


「我々をどうするつもりだ?」


 武器が効かない上に魔法まで封じられて、これ以上戦う術のない彼はすでに観念しているように見える。おそらく隊長として責任を取るから部下は見逃してくれとでも言い出すのであろう。


「だから、さっきから何度も言っているだろう、話し合いがしたいだけだ。俺たちはルトの民に敵対する気はない。」


 なかなか話が通じないことにやや苛立ったが、ようやく元哉の言葉で彼らが軟化する様子を見せたことにほっと一息ついた。


「お前は人族のように見えるが、われらの敵ではないのか?なぜわれらの姿を見て恐れない?」


 元哉たちに対して完全に不信感を拭ったとは言い切れない様子で、隊長は答える。


「その説明は後にして、まずは名乗ってもらえないか。俺は元哉で彼女が橘だ。」


「俺はこの隊を率いているメルドスだ。」


 元哉はその名を聞いて橘に耳打ちをする。魔力通信でさくらを経由してディーナにその名に心当たりがあるか確かめたかった。


「ではメルドス、武器をしまって他の者は下がらせてくれ。」


「うむ、承知した。」


 元哉の要求を素直に呑んで部隊を下げる。隊員の中には危険を訴える者もいたが、メルドスが制した。部隊が下がったのを見届けてから、元哉が小声でメルドスに話しかける。


「お前はマインセールという男を知っているか?」


「なぜお前が陛・・いや、その名を知っているのだ!」


 元哉としてはビンゴだ。この男がディーナの敵か味方かを知りたかったのだ。


「先日この森の奥にある神殿で出会った。自らのことを先代の魔王と言っていた。」


「そ、その者は無事なのか?」


 縋る様な目で元哉にその安否を聞きだそうとしている。


「神殿の地下に囚われていて、そこに造られた牢獄に生命力を奪い続けられていた。俺たちが助けたときにはすでに死の直前だった。」


 元哉の返答に沈痛な面持ちで頭をたれるメルドス。小声で祈りの言葉を口にしている。そのとき元哉のヘルメット内にさくらの魔力通信の声が響いた。


「兄ちゃん、ディナちゃんから聞いたけど、そのメルドスという人はディナちゃんのお父さんの親衛隊長で、ディナちゃんも小さい頃によく遊んでもらったんだって。」


「了解。さてメルドス、お前はマインセールと親しかったのか?」


「何を言っている、陛下は今でも唯一の我があるじだ。何度もこの身を賭してお助けに向かおうとしたのだが力及ばず、その度にわが部隊をさらに猛訓練しこたびの奇禍に乗じて陛下の救出に向かうところであった。」


 メルドスの言う奇禍とは、元哉が発動した暴走魔力のことで、帝国が騒ぎになっているのと同様に魔族の領内でも原因の究明を求める声が上がったということらしい。


「わかった、ではメルドス、耳を貸せ。」


 元哉がメルドスに、会わせたい者がいるからついて来いと耳打ちする。それを聞いたメルドスには『もしや』という心当たりがあり、喜んで元哉の提案に応じる。


「さくら、合流ポイントまで移動してくれ。」


 メルドスを伴って道をを目指して進む元哉達。木々を掻き分けて開けた場所に出ると、ディーナを伴ったさくらが待っていた。その姿を見るなりメルドスは駆け寄る。


「姫様、良くぞご無事で、こうして再びお会い出来る日がこようとは、このメルドス恥を忍んでここまで生きていた甲斐がありました。」


 ディーナを前にして膝を付き、涙を流しながら喜ぶメルドス。ディーナはその手をとって声をかける。


「メルドス、私のせいであなたにまで苦労をかけましたね。あなたのことだから、おそらく何度も私達を助けに来ようとしたのでしょう。父上がこの場にいらっしゃらないのは残念ですが、あなたにこうして無事に会えたことを亡き父上に感謝しましょう。」


「姫様、もったいなきお言葉です。陛下亡き今、我が忠誠は永遠に姫様の下に。」


 改めてルトの民の臣下の礼を取るメルドス、ディーナ差し出したがその右手の甲に誓いのキスをする。


「メルドス、あなたの忠誠は受け取りました。その上で改めてあなたに紹介したいのですが、橘様よろしいでしょうか。」


 ディーナの申し出に橘はうなずく。


「ここにいる橘様は『魔王』の称号を持っていらっしゃいます。父上も認めていましたから間違いはありません。あなたがよければ橘様にも忠誠を誓ってもらえませんか。」


 驚くメルドス、だが先ほどの橘の魔法を思い出しむしろ納得する。


「魔王様とは知らずに先ほどは大変なご無礼を働きました。どうかお許しください。私の忠誠は姫様に捧げていますれば、魔王様にはどうぞ私の命をご自由にお使いください。」


 平身低頭して橘に申し出るメルドス。ここまでされると橘の方が面食らう。


「えーっと、メルドスさん。とにかく立ち上がってください。そんな大袈裟な事をされると私の方が困ってしまうわ。命とかはいらないから、困ったときに手を貸してほしいの。それだけ約束して下さい。」


「魔王様のお言葉、身命をかけて承ります。」


 メルドスの方は魔王に対する態度をまったく変えようとはしない。こんなやり取りが長く続くのは時間の無駄なので、元哉の提案でルトの民の現在の情報を聞くことにした。


 橘が魔法で椅子とテーブルを作り出し、すぐにお茶の準備までしてしまう。その魔法に驚愕していたメルドスは、魔王が手ずから入れた紅茶に恐縮している。そのお茶を口にしたことでやや緊張が解けてきたメルドスの口から語られたその話とは・・・・



 ディーナとその父親の魔王が幽閉されたのは46年前であること。

 謀反を起こした強硬派の一人が現在『王』を名乗っているが『魔王』の称号を待っていないため『偽王』と呼ばれていて、民衆からの支持がないこと。

 強硬派も一枚岩というわけではなく、各自の思惑の違いから近年は対立することが多いこと。

 今でも先代の王とディーナの人気が高く、帰ってくることを待ちわびている人が多いこと。


 等々様々な内情が語られた。



 ひとしきりルトの民の話をした後で、メルドスが疑問に思っていたことを口にする。


「ところで、ここはいったい何の跡でございますかな、姫様。」


 メルドスが言った『ここ』とは、例の道のことである。その質問がでた途端に三人の視線が元哉に集まる。


「これは、その、歩きやすいように道を造ろうと思ったら、ちょっと威力を間違えてしまった結果だ。」


「ぶわっはっはっはっはーー。いやいや、これは大変失礼した。」


 元哉の言葉に急に噴出すメルドス。紅茶を口にしていないときでよかった。


「誠に失礼をした。今、国を挙げて西の方に飛び去ったあの膨大な魔力のことで大騒ぎだというのに、その原因が道を造るためとは、これほど愉快な話はない。しかし、そのお陰でこうして姫様にお会いできたのだから、感謝するべきであろうな。」


 メルドスの言葉に元哉は頭を掻く。さくらからは自重しないからという呟きが聞こえる。


 表向きはその魔力の調査に来たメルドス達だが、国に帰って『道を造るために放った魔力でした』などと報告するわけには行かないので、協議の結果『ドラゴンがブレスを吐いた跡が見つかった』ということにすると決定した。ちょうど近くに先代の魔王と飲み友達のドラゴンがいることだし、ヤツに濡れ衣を着せてやろうというわけだ。


 メルドスたちが調査に来たのならば、人族たちも同じように動く可能性がある。そのときは、またバハムートに罪を被って貰えれば良い。何だったら呼び出して、ちょっとその辺を飛び回ってもらえば信憑性も出るだろう。そんなことを話の中で元哉は考えていた。


「ところで姫様は今後どのようにされるおつもりか?」


 メルドスが最も気になっていることを聞いてきた。


「はい、私はこの方たちとしばらくご一緒に旅を続けるつもりです。」


「そうでございますか、これほどの方々とご一緒なら心配はありませんが、万一のことを考えて我々も是非お供に・・・」


 絶対にそう言うであろうと考えていた橘がその言葉を遮って発言する。


「メルドス、それは無用です。私たちはこれから人族の国に向かいます。そこで近いうちに召喚される勇者の情報を集めたいと思っています。」


「なんと、人族共が勇者をですと!これは一大事ですな。」


 考え込むメルドス、だが橘は相手に考える暇を与えない。


「人族の国に向かうのに、あなた方はついて来れないでしょう。だからあなた方にはこのまま国に帰ってそこでやってもらいたいことがあるの。ディーナが生きているって噂を広めてちょうだい。」


「確かに人族の国にはこの姿ではいけませぬが、噂を広めるとはどのような意味があるのですかな?」


 その提案にいまひとつピンとこないメルドスに、橘は丁寧に説明を加える。


「世論操作よ。民衆の間にディーナが生きているという噂が流れれば、多くの人たちが希望を持つでしょう。それに噂に真実味が加わったら、今の支配層たちも疑心暗鬼に駆られるでしょうね。だからディーナが国に帰るためにこれは是非やって欲しいのよ。」


 橘の話に大きくうなずくメルドス。


「承知いたしました。姫様の身柄は皆様にお預けいたします。我らはあの偽王共を混乱させて仲間割れさせればよろしいのですね。おまかせください。」


 その後世論操作の細かい手順や方法を打ち合わせしてから、今度はメルドスから提案があった。


「姫様、魔王様、実は人族の国には我々の間諜がおります。ほぼ全員が私の息のかかった者でその者らの方から接触してくることがございます。その際の合言葉が古き神と預言者の名でございます。」


「ヤハウェとアブラハムね。」


「さすが魔王様、いったいどこでその知識を得たのか・・・その通りです。」


 メルドスは橘の知識に驚きを通り越して、恐縮している。その間諜たちも噂を広めることに大いに活用することで意見が一致した。



 話が全て終わると、別れの時間だ。出発の用意が整ったディーナをメルドスが見送る。


「メルドス、私は必ず強くなってみんなのところに戻るから、絶対待っていてね。」


「オンディーヌ様、このメルドスその日を楽しみにしております。どうぞよい旅を。」


「初めて名前で呼んでくれたわね。」


 ディーナの瞳に涙が浮かぶ。



 マナディスタの森にできた一本道には、メルドスたちの期待はまだ今の自分には重たいけれど、きっといつかその期待にこたえることを心に誓ったデイ-ナと、その姿が見えなくなるまで見送り続けるメルドスの姿があった。


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