第27話 誘拐

 翌日の昼前、テルモナの目抜き通りを連れ立って歩くさくらとディーナ。今日は街の外に出る予定がないので、さくらは膝丈のキュロットに白のブラウス、茶色のベスト、ディーナは白のワンピースといういでたちだ。


(へっへっへっ・・・はなちゃんったら、本当にチョロイね! 『私とディナちゃんが二人で出掛ければ、兄ちゃんと二人っきりになれるよ』ってささやいたら、こんなにお小遣いくれるんだもんね・・・)


 さくらが首から提げている愛用の猫キャラクターのお財布には、金貨と銀貨が詰まっている。地竜討伐後今日まで休みなので、二人で街を見ようと出掛けた次第だ。


 目抜き通は、西門から中央広場までの約400メートルほどの馬車が余裕ですれ違うことができる石畳の道で、それなりに整備されている。


 道の両脇には様々な商店が立ち並び、中には日本で見たことがない極彩色の野菜を並べて道行人たちに盛んに呼び込みを行う店もある。


「ディナちゃん、まずはこの先の広場に行ってみよう」


 西門近くの宿屋から出た二人は、道の両脇にある店をチェックしながら広場を目指して進む。もちろんさくらの狙いは広場に出店している屋台だ。


「さくらちゃん、そんなに急がなくてもお店は逃げませんよ」


 せかす様に進むさくらに対して、ちょっとした小物の店や洋服が気になるディーナは歩みが遅くなりがちだ。


「ディナちゃん、お店は逃げなくても屋台の名物が売り切れていたら悲しいんだよ」


 自らの主張を曲げないさくらにしぶしぶディーナは従い、帰りはゆっくりと店を見て回ることで二人は合意した。


 広場に到着すると、そこら中の屋台から溢れるおいしそうな香りが鼻をくすぐる。その香りに釣られて、さくらは入り口付近にある一軒の屋台に立ち寄った。


「おっちゃん、何作ってるの?」


 馴れ馴れしいにも程がある。まるで『生まれたときからこの町に住んでいます』といった顔で屋台の店主に話しかけるさくら。


「おう、いらっしゃいお嬢ちゃんたち。うちはこの街の名物のガレットの店だ、ひとつ食っていくかい」


「じゃあ、3つ頂戴」


 しれっとさくらが答える。店主は二人しかいないのにおかしいなと思いながらも、材料を準備して早速調理にかかる。


「さくらちゃん、私そんなに食べないですよ」


 いきなり3つも注文するさくらに不安を覚えたディーナ。


「ん、ディナちゃんこれは全部私が食べる分だから安心していいよ。あっ、でもディナちゃんにも一口あげるね。何しろこの広場のお店全部回らなきゃいけないから、これでも控えめにしているんだよ」


 さすがに呆れる店主とディーナの二人。


「わ、私何か飲み物を買ってきますね」


 その場にいることがいたたまれなくなったディーナは、二軒先の飲み物を販売している屋台にそそくさと逃げ込む。ここは他人の振りをするしかない。




「はいよ。お待ちどう」


 出来上がったガレットを受け取り、ニコニコして近くのベンチで待つさくら、そこにディーナが飲み物を手に戻ってくる。


「はい、さくらちゃん。これはポースの実のジュースですよ」


 ポースの実とは濃厚なオレンジのような味でこの世界でもっともポピュラーな果物だ。コップに並々と注いであるジュースを一口飲んださくらは、これは病み付きになりそうと言って感動していた。


「それではいただきます!」


 早速皿の上のガレットにかぶりつくさくら。この世界のガレットは日本でも食べられるものとほとんど変わらない蕎麦粉で作ったクレープだ。ただし中身がレタス、トマト、たまねぎ、塩漬けの肉にトマトベースのソースがかけてあり、どちらかというとタコスに近い。


 皿にあったガレットをディーナと分かち合いながら、ぺろりと平らげたさくら。結構なボリュームだったはずが、まったくどこ吹く風だ。


「ディナちゃん、今のおっちゃんが言っていたんだけど、コトカリスの串焼きとオークの煮込みがこの街の名物なんだって。さあ、次いくよ!」


 さくらの食べっぷりを見せ付けられて、一軒目からギブアップしたいディーナだったが、この後延々引張り回された。


 コトカリスの串焼きは塩味の焼き鳥で、オークの煮込みはじっくり煮込んだ肉に蕎麦粉で作った平べったい団子が入ったスイトンだった。柔らかく煮込んである肉があっさりスープによくマッチしていて、さくらが4杯目を注文しようとしてディーナが止めた。


 その後も片っ端から屋台を回って、さくらが満足した頃にはもう昼下がりの時間になっていた。


「ディナちゃん、ちょっと眠いから30分経ったら起こして」


 そう言うなり広場に置いてあるベンチに寝転ぶさくら、10秒もしないうちにそのまま寝息をたて始めた。これだけ大勢の人がいるところで、寝られるさくらの神経にディーナは呆れている。


 寝ているさくらを放置してしまうわけにもいかないので、仕方なくその場で待っているディーナに初老の男性が声をかけた。


「お嬢さん、なにやら無用心にそこの子は寝ているようだが、気をつけるんだよ。最近子供を攫う事件が頻繁に起きているからね」


 その男性は親切で彼女たちに声を掛けてくれたらしい。


「ありがとうございます。私たちこれでも冒険者なので、多分大丈夫だと思います」


 ディーナも危険を警告してくれた男性に対して丁寧に答える。挨拶を交わして去っていくその背中を見ながら、(さくらちゃん、こんな無防備な状態で本当に大丈夫かなあ)とディーナは漠然と考えていた。




「さくらちゃん、起きて下さい」


 ディーナがさくらを揺り動かすと、ひとつ大きく伸びをしてさくらが起き上がる。


「デイナちゃん、おはよう。今日もいい朝だね」


「まだ寝惚けているんですか。もうすぐ三の刻ですよ」


 昼寝が終わり、ようやく広場を後にする二人。通りにある店を覗いては楽しそうに『あれがかわいい』『こっちのほうがいい』と若い女の子らしい会話が弾む。小物の店に寄ってディーナが髪飾りを購入している間、さくらは外で待つ振りをして周囲の様子を覗っていた。


「ディナちゃん、帰りはこっちの道にしよう」


 大通りをまっすぐ戻れば宿屋はすぐそこなのに、わざわざ裏道に入ろうとするさくらにディーナは異を唱えたが、さくらは取り合おうとせずに彼女の手を引っ張って裏道に入り込んでいく。


「さくらちゃん、どこへ行くつもりですか?」


 ディーナが聞いても『いいから、いいから』と強引に手を引っ張って人気のない路地をどんどん進んでいくさくら。


「そろそろかな」


 小声でさくらがつぶやいた次の瞬間、前後から数人の目つきの悪い男たちが彼女たちを挟み込んで包囲した。


 ディーナがワンピースの裾を捲り上げて、足に装着しているホルダーからナイフを抜こうとするが、その手をさくらが止める。


 小声でささやき合う二人。


「さくらちゃん、一人で片付けるつもりですか?」


「違うよディナちゃん、やっと鬱陶しい奴等が食いついたんだから、ここは大人しく付いていこう。ほら、もっと怖がって」


 さくらが怯えてディーナに抱きつく振りをする。訳が分からないままその言葉に従うディーナ、その表情は演技ではなく本当に不安そうだった。



 ニタニタと笑いながら二人に近づいてくる男たちが武器をちらつかせながら二人を包囲する。


「悪いなお嬢ちゃん達、今から俺達について来て貰おうか。声を出したら命がないからな」


 リーダーらしい男の台詞を聞いてさくらは心の底から絶望した。


(何だコイツら三流以下じゃん)


 せっかく面白いことになりそうだったのに、期待はずれもいいところだ。せめてアジトにもっとましな相手がいることを切に願って、男たちの言葉に従い少し広い道に止めてある馬車に乗る。



 乗り込んでから、両手を縛られたうえに目隠しと猿轡をされてそのまま何処へと拉致されていく二人。しかしこの時点で、さくらは両手を戒めていたロープを緩めていつでも脱出可能な状態にしていた。


 そのまま馬車は広い館の裏手に到着してその中へ消えていく。馬車から降ろされた二人は男たちに連行されるまま階段を下り、地下にある薄汚れた一室に閉じ込められた。


 鍵が閉まる音を確認して、さくらが手を拘束する縄をはずす。目隠しを取って周囲を確認してみると、小さなランプの光に照らされたその部屋は、粗末な寝台がひとつ置いてあるだけだった。


 すぐにディーナの縄を緩めて、いつでもはずせる状態にしておいてから目隠しと猿轡も緩める。


「さくらちゃん、いったいどういうつもりですか! こんなところに連れて来られてどうやって逃げ出すんですか」


 ディーナはすっかりお怒りの様子で、さくらに説明を求める。


「しーっ! ディナちゃん声が大きいよ。それに逃げ出すんじゃなくて、せっかく悪人どもの本拠地に来たんだから叩き潰すに決まっているでしょう」


 さくらの言っている事はディーナの想像を超えていた。確かに今までの魔物との戦闘でさくらが桁外れに強いことは分かっている。しかし今度は相手が人間で武器も持っているし何人いるか定かでない。


「さくらちゃん、言っていることが無茶です。ここを無事に逃げ出すことを優先しましょう」


 ディーナの意見はもっともなことではあるが、さくらはまったく取り合わずに告げる。


「ディナちゃん、私たちだけでここを逃げ出すことは簡単です。でもその後街に普通に暮らしている人たちは、ここにいる連中の理不尽な暴力に晒され続けるんですよ」


 その言葉を聞いてディーナはハッとした。自分たちの安全だけを考えていたことが恥ずかしく思えてくる。そんなディーナの思いをよそにさくらは続けた。


「ディナちゃん、よく聞いて下さい。今からここで大勢の人が死にます。でも、みんな悪いやつらですから、気にする必要はありません。ただし、ディナちゃんは身を守ることだけを考えて、絶対に人を殺さないで下さい。魔王の娘が人を殺したと後から分かっただけでも戦争の原因になるからって、兄ちゃんが言っていました」


 さくらの言葉を聞いてディーナもようやく覚悟が決まった。


「わかりました、すべてさくらちゃんの指示に従います」


 うなずき合う二人、さくらは背中のリュックからアームガードと魔力擲弾筒を取り出して装着する。寝台の陰に隠れてお出迎えの準備が完了した。


 


 しばらくそのままの状態で待つ、ディーナは囮役をするために改めて目隠しと猿轡をして待機する。やがてドアの向こうから数人の声が聞こえてきた。どの声もこれからお楽しみの時間がやってくることに対する期待に満ちている。


 それは獲物を待っている側からすれば、極めて不愉快で下種な言葉の羅列だった。おそらく過去にこの場所でそのような行為が繰り返されてきたのだろう。


 ドアの向こうで閂が外される音が聞こえてきた、さくらは擲弾筒を小銃モ-ドにして寝台の影からいつでも発射できる態勢だ。


 ドアが開き男がわらわらと6人入ってくる。どの顔もいやな感じの笑いをこびり付かせてディーナを見ている。その雰囲気を察した彼女は自然と身を硬くした。


「よう、お前たち運が悪かったな。でも安心しろ、これから俺たちがお前たちの体を慰めてやるから」


 一番前にいる男の言葉のあとに後ろの男たちの笑い声が続く。


「兄貴、こいつと一緒にいた小さい方が見当たら・・・」


 後ろで声を発した男が、全部言い終わらないうちに床に崩れ落ちた。立て続けに後方にいた者たちが呻き声すら上げないうちに倒れていく。彼らは全員が頭から血を流して即死していた。


 自分の後ろにいた手下たちが次々に倒れて死んでいることに訳が分からず呆然とする男の肩に激痛が走る。肩を抑えてうずくまる男の前にさくらが現れれた。


「ディナちゃん、もういいよ。さて、何のために私たちを攫ってきたのか話して貰おうかな」


 さくらが男に静かなトーンで話しかける。口調こそ穏やかなものの、その表情は普段の陽気な彼女とはまったく別人の、完全な戦闘マシーンの顔だ。


 だが、男はさくらの外見に騙されて彼女を見誤った。右肩の激痛をこらえて立ち上がり左手で殴りかかってくる。一瞬で自分を含めて男6人の戦闘力を奪った当人だというのにすでに冷静な判断ができる状態にないようだ。


 殴りかかってきた男の動きは、さくらにとっては欠伸が出るような速度だった。その左手の手首を取って、少し手前に引いてから左足を軽く払ってやるだけで、男は前に倒れこみ顔面から床に突っ込んでいく。


 呻いている男の左手を極めてから肩に一蹴り入れると、あっけなく関節が外れた。両手が使えなくなった男のわき腹を軽く一蹴りして自分のほうを向かせてから、さくらは尋問を再開する。


「これで話す気になったかな」


「テメー、こんなことをしてただで済むとで・・・」


 男は精一杯の虚勢を張ってさくらを恫喝しようとしたが、最後まで言わないうちに顔面にさくらのつま先が食い込む。


「ありきたりなことを言っていないで早く楽になったほうがいいと思うよ」


 鼻がつぶれてその痛みで床を転がりまわる男にさくらの尋問が繰り返される。何度かこのようなことを繰り返しているうちについに男が泣き出して、すべてを話した。


 その話によればここはブルーイン辺境伯の館で、領主が自ら誘拐と奴隷売買に手を染めて私服を肥やしていた事が判明した。普通はそんなことをすれば領内が荒れ果てて、領地経営が厳しくなるため領主はそのような行為をするものを率先して取り締まる。


 取り締まる側が、犯罪行為に手を染めているのだから領民たちはたまったものではない。取締りを求める声や、諦めてこの地を去るものが続出した。

 

 そのせいもあって、領地経営に影響がない旅人や新参者に目をつけて攫うことにしたそうである。ただし今回のターゲットが彼らの予想をはるかに越えた相手だとは知らずに。


 必要なことを聞くだけ聞いたさくらは、床に転がって呻いている男に止めを刺してディーナを振り返る。ディーナはとっくに縄を外して、男たちが持っていた剣の中から手に合いそうなものを選んでいる。


「じゃあディナちゃん、次行こうか!」


 もはやさくらを止める手はないと諦めているディーナは、粛々とその言葉に従った。いや、ディーナも心の底から怒っていた。彼女自身も拉致されて幽閉された過去がある。そのことと重ね合わせてなお更このような非道が許せなかった。


 地下には同じような造りの部屋が4つあり、どの部屋にも3~4人の子供や少女が監禁されていた。彼女たちは怯えているか、嘆いているか、諦めているか一様に無表情にさくら達を見上げる。


「助けてあげるから安全になるまでもう少しここで待っていて」


 二人は、各部屋を回って一通り声を掛けてから階段を上がる。その階段を一段一段上りながら、ディーナが気になったことを口にした。


「さくらちゃん、先ほど奴等を殺すときにまったく躊躇いがなかったように見えたのですが、私の気のせいですか?」


 かなり迷ってから口にした言葉は、重い意味を持っていることをディーナは自覚していた。


「ディナちゃん、私たちの国は戦争をしていてね、だから何度も戦場に駆り出されたんだよ。もう何万人殺したか数えるのもいやになるくらいに殺してきたからね。ここで何人やったって今更だよ」


 さくらがため息混じりに答える。援軍がないままに戦車部隊と戦った事がある。要人を狙撃したこともある。一般市民を巻き込んだ市街戦で、無関係の人たちを多数犠牲にしたこともある。


 それでもさくらの心が壊れないのは、幼い頃から真の武道家として常に人を殺す覚悟を持ち続けていたからだ。


 ディーナはさくらの過去の一端に触れて聞くべきではなかったかと少し後悔したが、さくらはそれを見透かしたようにディーナをフォローをする。


「いいんだよディナちゃん、いずれ分かることだし。それより今は目の前のことに集中しよう」


 階段を上りきる手前で、姿勢を低くして周囲の安全を確認してから、ディーナに向かって告げるさくら。


「さあ、ここからは殲滅の時間だ! ディナちゃんいくよ」


 その声に合わせてフロアーに躍り出る二人だった。

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