第26話 会談

 話は数日遡る。ここはミロニカルパレスの鳳凰宮、その奥まった一室。


 白い薄布を何枚も重ね合わせたドレスに身を包んだ少女が、天蓋つきの豪奢なベッドにうつ伏せで寝転んで両足をバタバタさせている。天橋 椿が乗り移った少女リディアーレだ。


(あーもう、退屈! うまくこの子に成り済まして巫女が生き返ってことにしたまではいいけれど、この先の展望が何もないのよねー・・・)


 召喚が行われた日に部屋を出て行って廊下を彷徨っている所を発見されて以降、彼女は体のいい軟禁状態におかれている。


 お茶でも飲もうとソファーに移動してテーブルの上にあるベルを鳴らすと、控えの間からメイド姿の中年の女性が現れ慣れた手際でティーセットを用意した。


(ここから出て行くだけなら簡単だけど、この子の魂も記憶も全部消えているから、この世界のこと何もわからないし・・・。あの召喚された勇者の動向も気になるから、取り合えずは退屈に耐えて情報収集しかないのかな)


 ティーカップを手に考え込む椿。


 周囲の人間には、『彼女は召喚の術式に記憶まで奪われて奇跡的に命だけが助かった』という設定を、椿のスキル『精神操作』で信じ込ませている。


(あのメイドにおばさん、絶対に監視係よね。今度外を散歩してみたいとか言って、反応を伺ってみようかしら・・・)


 そんなことを考えていたとき、突然召喚の間から巨大な魔力の揺らぎを感じ取った椿。すかさず自らの魔力をその部屋に無数に置いてある魔石や魔道具が発するノイズに同調させて様子を伺う。


 部屋の中で発生した巨大な魔力の揺らぎは、次第に空間の裂け目を作り出し、そこから小さな光が飛び出してきた。


(あら、これは橘ちゃんと同類みたいね。ということは、あの魔女もこの機会に乗じてこの世界で何か企んでいるのね・・・。恐らく橘ちゃんの奪還って所かしら。これは監視対象が増えてしばらくは退屈しなくて済みそうね。)


 白いドレスの少女は、一瞬その美しい顔にそぐわない深遠を湛える笑みを見せたかと思ったら、すぐに元の無表情に戻り、その後は延々と何かを思案する様子だった。



 召喚の間に漂う小さな光球、魔女によって転送された天使『サンダルフォン』の魂だ。いや『情報意識体』と言った方が正確かもしれない。人の魂との違いはそれ自体が持つ情報量が桁違いに多いことで、パソコンと高性能サーバー数百台程度の差がある。


 ユラユラと漂いながら部屋の中を観察する光球。


(初めて外の世界を見たのに、ここは何もなくて面白くないな)


 そんなことを呟いても誰も聞いていないことは解っているが、外の世界に対する興味が強かった分、落胆してしまった。


 それでも気持ちを切り替えて、ドアをすり抜けていく。木の板など障害にもならない。


(ママが言うには、精神的に追い詰められている人間の方が乗っ取りやすいんっだったな。それから、勇者に近づくのは魔法が使えてできれば指導する立場になる人間か・・・なかなか難しいな)


 そんなことを考えながら誰にも見つかることなく、ターゲットを求めて廊下を彷徨っていた。その動向がすべて監視されていることに気づくこともなく。






 教国軍の魔法使いガルダスは、自分に与えられている個室で頭を抱えていた。明日は勇者の指導教官を務める者を選定する日だというのに、課題として提示されている魔法の術式が発動できない。何度呪文を唱えてもその兆候さえまったくない。


 勇者の教官ともなれば、一躍大出世だというのにみすみすこのチャンスを逃してしまうのかと、思い悩んでいた。


 そんな時どこからか、声が聞こえてくる。


(僕を受け入れてくれたら、魔法が上手になれるよ)


 はじめは悩んでいる自分に幻覚が聞こえてきたのかと思った。そこまで追い込まれているのかと情けなく思う。しかし幻覚と思った声が、次第にはっきりと聞こえてくる。


(僕を受け入れてくれたら、魔法が上手になれるよ)


 ああ、もうわかった。この際相手が悪魔だろうがなんでもいい、魔法さえ上達すれば全てがうまくいく。そう考えたガルタスは思い切って答えた。


「お前を受け入れよう、だから私に力をくれ」


 その言葉を聞いて光球が彼の耳から体内に入り込む。


 一瞬ビクリとして目を閉じた彼が再び目を開いて時には、まったく別人の眼光をしたガルタスらしきものがそこにいた。


「さようならガルタス、君はもう僕のほんの小さな一部でしかなくなった。これからこの体は僕が自由に使わせてもらうよ。しかし人の体というのは慣れるまで動かし辛いな」


 ガルタスの体を奪った天使はそのまま傍らにおいてあるベッドに横になり、朝まで休むことを決め込んだ。







 夜のテルモナの街、その西門ですでに閉じている城門を叩いて大声を上げる者がいる。


「開門! 開門だ。勅令の兵の到着である。即刻開門せよ」


 城門警備の兵が何事かと通用口から飛び出てきた。


「開門せよ、勅令である」


 派遣部隊総責任者の軍務相から勅命が記してある書類を受け取り、警備兵に提示する部隊長。その書類を確認して警備兵はすぐに開門する。


 ルードライン軍務相が率いる魔境調査部隊は、騎兵2個小隊、歩兵3個小隊、補給部隊2個小隊の合計250人強で構成されており、およそ3週間かかる行程を15日で踏破してようやくこの時間にテルモナの街にたどり着いた。


 一行は警備兵に見送られて、隊列を崩さぬままテルモナ砦にある兵舎に入営した。







 さて、各地でさまざまな動きがあることなどまったく知らない元哉達は、バハムートと別れて地竜の森の最深部を後にした。


 ディーナの打撲はそれほど深刻ではなく、普通に歩く分には支障がない程度に回復をしている。それでも無理はできないので、帰りはかなりゆっくりと歩いてテルモナの街の東門に2日後の夕方に到着した。


 街を出るときに静かだった砦がやけに騒がしいことに気がついた元哉が、いつもの門番に尋ねる。


「砦に何かあったのか?」


 一行が地竜の森に行ったことなど知らずに、一旦開拓村まで帰ったんだろう位にしか考えていなかった門番がのんきな様子で答える。


「ああ、ありゃあ帝都の偉い人が、ほうき星の調査とやらで大勢来ているのさ」


 その言葉を聞いたさくら以外の3人が、やはり来たかと思った。すでにその対応は想定出来る限り打ち合わせ済みだ。


 そのまま何も知らない振りをして砦を抜ける一行。門番の言う通り、閑散としていた兵舎と厩舎は人と馬が多数いた。もっとも千人単位で人馬を収容できる施設なので、溢れ返る程ではないが。


 いつもの宿屋に戻ると受付にいたロージーが温かく迎えてくれる。心なしか元哉に向ける笑顔が、他の若い冒険者に対するものとは違うような気がするが、元哉はまったく気にしていない。


 厨房からはボルスが顔を出して声をかける。


「おう、お前たち無事に帰ったんだな。収穫はあったか?」


「ああ、トカゲを捕まえてきた」


 元哉が答える。確かにトカゲに見えなくもないが、あまりにサイズが違いすぎる。


「ほう、初心者の割にはなかなかやるじゃないか。これは将来有望だな」


 元哉たちの収穫を聞いて勘違いしながらも喜ぶボルス、ちらりとロージーのほうを見てサムアップする。そのロージーも、なぜかとても嬉しそうにしている。


 この日は、そのまま食事を取り、遠征の疲れとディーナの怪我を癒すためぐっすりと眠った一行だった。



 翌朝、少し遅めに起き出して、ゆっくり朝食をとる元哉たち。手が空いたロージーも一緒に5人でテーブルを囲んでいる。ロージーはしきりに今回の遠征の話を聞きたがったが、本当のことを教えるのはまずいので適当に誤魔化しておいた。いつもこういうときに口を滑らすさくらは食事中は無口なので、放っておいても心配がない。


 その後、元哉が一人で冒険者ギルドに向かう。残りの三人は宿で休息だ。いや、さくらだけはいつものようにトレーニングに汗を流している。


 ギルドに到着すると、おしゃべり受付嬢がすぐにギルドマスターの部屋に案内をした。書類に目を通していたエドモンドは、元哉を見るなり深刻な表情をする。何事かあったのだと推察する元哉をよそに彼は低い声で切り出した。


「魔境の調査隊がやってきた事は知っているな」


 元哉が頷く。


「それでだ、調査隊からこのギルドにも話があった。この前のほうき星騒動のことは知っているか」


 またもや元哉が頷く。


「あの膨大な魔力の発生源が、魔境という事は?」


 みたび元哉が頷く。


「そうか、ならば話が早い。冒険者ギルドは国を超えた組織だから、国の要請があってもメンバーの秘密は厳守する。だが、国を揺るがすような危機に直面している場合は話は別だ。もしお前があの騒動について何か知っていることがあって、それを調査隊に話す意思があるかどうかを確認したいが、どうだ?」


「依頼ということであれば、構わない」


 元哉の答えにエドモンドは破顔した。


「そうか話してくれるか、いやーよかった。俺も板ばさみでどうしようかと思っていたところだ。助かった、感謝する」


 元哉の手をとって、さかんに謝辞を送るエドモンド、その後の話し合いで依頼料は金貨20枚と決まった。


「では早速使いを出そう、しばらく時間がかかるが待っていてもらえるか。そうだ、収穫の方はどうだった?」


「見るか?」


「すぐ見せろ!」


 階段を駆け下りて解体場に向かうエドモンド、元哉はその後をゆっくりと降りていった。


「よしここに出せ!」


 彼の弾む声に頷く元哉。アイテムボックスから討伐した順に地竜を出していく。


 一頭目はさくらが倒した大きな角のあるやつだ。ドンと飛び出したその威容を見てエドモンドは目を丸くした。


「何だこいつは! こんな地竜は見たことがないぞ。それにほとんど無傷ではないか、いったいどうやって仕留めたんだ?」


 エドモンドの表情を見て、元哉がニヤリとする。


「冒険者の能力は人に教えないほうがいいんだろう。それにそろそろ時間のようだ」


 元哉の言葉通り受付嬢が来客を告げる。どうやら調査隊の責任者はこの近くに宿泊していたようだ。


「俺が先に話をするから、済まないがお前は下で待っていてくれ」


 エドモンドは地竜のことが気にかかって仕方ない様子だったが、ギルドマスターとしての職務を優先せざるを得ない。やれやれといった表情で階段を上がっていく。


 元哉が飲食コーナーで適当に注文した未経験の味の飲み物と格闘していると、男性職員が彼を呼びに来て二階の応接室に案内した。そこには銀色に輝くフルプレートの鎧を装備した、いかにもといった感じの軍の高官が二人で待っている。


 進められるままにソファーに掛ける元哉は、年配のほうから自己紹介を受けた。


「今日はわざわざ来てもらってすまなかった。私はルードライン、この国で軍務大臣を務めている。そしてこちらが今回の魔境調査部隊隊長のロズトフだ、よろしく頼む」


 国家の最高幹部の一人にしては、柔らかい物腰で挨拶をする。


「元哉だ、こちらこそよろしく」


 いつもの調子で挨拶を返す元哉、だがこの態度に若い隊長の方が噛み付いた。


「貴様、軍務大臣閣下に向かってその口のきき方は何だ!」


 声を荒げるロズトフ。いったい自分の態度のどこが悪かったのか理解できない元哉に、彼はさらに続ける。


「そもそも冒険者風情が、閣下と同じ目線で話をすることなど無礼であろう。平民らしく床に座らぬか!」


 怒り心頭といった様子であるが、貴重な情報源と貴族の面子のいったいどちらが重要なのかまったくわかっていないこの隊長に元哉は呆れていた。


 軍務相がロズドフを宥めるが、彼の怒りは収まるどころか顔を真っ赤にしてさらに元哉をなじる。


 黙って聞いていた元哉だったがいい我慢の加減限界がきた。その左手が僅かに動いたかと思ったら、後ろの壁から『タン』という乾いた音が響く。


 フルプレートの男たちが何事かと振り向くとその壁に深々とナイフが突き刺さっており、ロズトフが正面に向き直ると、そこには彼の首筋にナイフを当てて立っている元哉がいた。


「貴様! なんと言う狼藉を・・・」


「偉そうなことを言える立場か、お前もう2回死んでいるぞ」


 ロズドフの言葉を遮り元哉が突きつけたナイフに力をこめる。その目は完全に暗殺者の目だ。


「わかった。貴様の非礼は咎めん、早くナイフを下ろせ」


 まだ人に命令する気なのかと呆れている元哉だったがこのままでは話が進まない、ナイフを下ろしてからその首筋に軽く手刀を当てる。その一撃でいとも簡単に昏倒するロズトフ。


 壁に刺さっているナイフを引き抜いて席に戻る元哉、彼の一連の動作を見ていたルードラインは感心している。


「その若さで大した腕だな、これが冒険者のやり方なのかね?」


「いや、俺のやり方だ。敬意には敬意を、非礼には暴力をがモットーだ」


 まったく悪びれた様子がない元哉にルードラインは興味を引かれたが、今はそれよりも大事なことがある。


「それでは君の話が聞きたい。これは私からの依頼だ、受けてくれるかね」


「わかった、受けよう」


 ようやく話が出来る環境が整ったので、元哉は自分が魔境から来たことやドラゴンと出会ったことなどを掻い摘んで話した。


「それではあの膨大な魔力はそのドラゴンが放出したものか?」


「そうだ、強力なブレスだった。それに証拠もあるぞ。」


 元哉はバハムートの鱗を取り出す。縦横1メートル程の漆黒に輝く巨大な鱗だ。


「これは、確かにドラゴンの鱗! しかもこれほどまでに大きなものとは・・・。なるほど、君の話を信じるしかないようだ。しかし、こんな巨大なドラゴンと遭遇してよく生きていたな」


 確かにその疑問はもっともだ。しかもあれほどまでのブレスまで吐くような相手だ。その実は作り話なのだが。


「まあ、方法はある。何とかお引取り願っただけだしな」


「そうか大したものだな、うちの軍に入る気はないか?」


 軍務相としてはドラゴンと互角に戦える人材は喉から手が出るほど欲しいだろう。


「いや、それは勘弁願おう。それからその鱗は証拠として帝都に持ち帰るといい」


「それはありがたい、いくら払えばいいかな?」


「金額は契約どおりで構わない、そいつはサービスだ」


 元哉の言葉に手をとって感謝するルードライン、これで魔境に入ることなく帝都に戻れるのだから、金貨20枚など安いものだ。


 こうしてトラブルはあったものの、最後は円満に依頼は達成された。ルードラインは帝都に来る事があったら、ぜひ訪ねてきて欲しいと繰り返してその場を去った。気絶しているロズドフは後から部下が引き取りに来るそうである。


 彼の話によると最近帝国内の若い貴族の間であのような横柄な態度を取る風潮が蔓延しており、そのことに頭を痛めていたそうだ。ルードラインは今回の事はロズドフにとってよい薬だろうと笑っていた。





 ひとつ問題が解決したが、ギルドマスターがまだ話が終わらないのかと、首を長くして待っている。


「おい、早く残りを見せろ! お前たちから買い取った魔境の魔物が高値で売れたから、この貧乏支部がいつになく潤っているんだ」

 

 すべての獲物を見終えてから、ディーナが倒したあの最強の地竜を買い取ることで話がまとまり、ホクホク顔のエドモンドだった。



ギルドを出た元哉は、あのドワーフ店主の店に立ち寄ってから昼過ぎに宿へ戻った。自分を何者かが尾行していることには、あえて気付かぬ振りをしたままで。

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