第37話 手軽なお仕事

「帝都に向かおうと思うが、みんなの意見はどうだろう?」


 夕食前、買い物から女性3人が戻って全員揃った所で元哉が切り出す。


「いいよー!」


 さくらの軽い返事に続いて、橘とディーナは賛成する。


「帝都ですか! 私この街から出たことが無いので、すごく憧れていたんです」


 両手を組んで身を乗り出してロージーは発言する。


 その様子を横目で見ていたさくらは、(このエロキャラが! 何をかわい子ぶっていやがる!)と心の中で思っていた。


 誤解の無い様に言っておくが、ロージーは気持ちの優しい女の子だ。ただ周囲の影響でそういう方面の興味が強いだけである。


 個人の思惑はともかく、意見が一致したのでディーナとロージーの装備が整い次第帝都に向かって出発することになった。それまでの期間は、遊んでいる訳にもいかないので、適当な依頼を受けて引き続きロージーのレベルアップを図ることとした。


 


 そんなある日、オークの集落殲滅の依頼を受けて、出発しようとする一行をボルスが呼び止める。


「ロージーこれを持っていけ」


 彼が手にしていたのは元哉に突き返された例のショートソードだ。


「お父さんこれって!」


 ロージーもそれは見たことがある。父が自慢げに手入れをしながら現役時代の話を彼女に聞かせていた剣だ。


「本当に貰っていいの?」


 父親の思い入れのある剣を果たして受け取っていいのかと躊躇うロージーに、ボルスは語りかける。


「お前もこれから危険な目にあうだろう。そのときに俺が力を貸してやる!」


 なおも剣を差し出すボルスの手からそれを受け取り、涙ぐみながらロージーは誓う。


「わかりました、いつもお父さんと一緒に戦うつもりで頑張ります!」


 その言葉に大きく頷くボルス。これ以上の余計な言葉は無駄だとわかっている。



 『いってきます』と頭を下げて挨拶をするロージーを、手を振って見送る優しい家族達だった。



 ロージーは元哉の提案で、右手にミスリルのナイフ、左手には小型の女性用のナイフを持ってナイフの二刀流を練習していたが、今日からは右手にショートソード、左手にミスリルのナイフにグレードアップした。


 これで攻撃力の不足は解消し、オーク程度ならば楽に倒せるようになる。習熟には更なる訓練が必要だが、まだ守られながらレベル上げをしている段階ならば、これで十分だ。




 オークの集落では、さくらが鬱憤を晴らすかのように大暴れをして、200体以上いたオークの半数以上を体術だけで仕留めた。高速で移動するさくらが触れるだけで、オークは群れ単位で吹き飛び何も出来ない状態であった。


 その活躍を見ながら元哉と橘は、ロージーを守りながら近付いてくるオークにダメージを与えてはロージーが仕留めると言う作業の繰り返しになった。


 逃げ出そうとするオークキングは元哉が確保してから、ディーナにあとを任せる。彼女は自棄になって荒い攻撃を繰り返すキングに冷静にダメージを与えつつ、盾をうまく使ってその攻撃をかわしていく。


 最後にディーナがキングの喉元に剣を突き入れるまで、5分もかからなかった。さすがレベル50オーバーの実力だ。もうAランクの冒険者と言ってもいいだろう。


 まだ息が残っている個体にはロージーが止めを刺して回る。最初の頃は『魔物を殺せるか自信が無い』と言っていた彼女も、今では躊躇い無く剣を突き立てられるようになっていた。


 こうして無事に依頼を達成した一行は、少し離れたところで一泊してから街に戻る。彼らが戻ってからしばらくの間、テルモナの庶民の食卓にはオークの肉がふんだんに並ぶようになった。



 そんな日々をテルモナで過ごして、出来上がった装備を受け取って、いよいよ旅立ちの日がやってきた。元哉たちにとっては初めてこの世界で訪れた人間の街という事もあって、結構な思い入れが出来てしまった。


 多少のトラブルはあったものの、宿屋の家族をはじめ温かい人との触れ合いに異世界も満更ではないことを知ったよい経験だった。


 そしてここに一人、生まれ育った街を旅立つ者がいる。


 手を取り合いながら、家族との別れをするロージー、その瞳は涙でいっぱいだ。一旦旅立てば、半年や一年はここに戻れない。ひょっとすると旅先で命を落とすかもしれない。


 そんな思いが見送る側、見送られる側の心に圧し掛かる。彼女の友人達も駆けつけて盛大な見送りを受けて、一行は馬車に乗り込みテルモナの街を後にした。



 

  

 馬車の旅は快適だった。椅子が硬いことが解っていたため、大量のクッションを用意したことが実に役立った。


 馬車に乗っている一行のうち、さくらだけは御者の隣に座っている。さくらが望んでそうしているわけではなく、馬達がさくらの姿が見えないと動かないのだ。


 御者がどんな指示を出しても言う事をきかない馬にさくらが一声、『ゆっくり引っ張って』と言っただけで馬が動き出した。どうやらさくらが『獣王』であることをわかっているようだ。


 それ以降、さくらは御者と並んで座り言葉で指示を出している。彼女がいる限り、御者が居眠りをしていても何の問題も無い。


 

 夜になる前に野営の準備に取り掛かる。橘は厩舎まで付いている豪華宿泊施設を一瞬で造り上げて、御者は腰を抜かしていた。


 しかし、自分も馬も安全な施設で眠れるとあって大喜びをする。さらに橘特性の暖かい食事付きとあっては、『自分の方が金を払いたいくらいだ』とまで言っていた。



 街道のデコボコはさくらの巧みな操縦で回避して旅は順調に進んだが、三日目の日が傾きかける頃にそれはやって来た。


「兄ちゃん、来たよ!」


 さくらの警告が飛ぶ。御者の不安が馬達に伝わり、落ち着きがなくなった。さくらは馬を止めて、御者席から降りる。


「心配しないでここで待っていなさい」


 そう馬に声をかけると、すぐに落ち着く。馬車が止まって元哉も降りてきて、臨戦態勢は万全だ。


 前方から馬車に近づく集団がいる。手には思い思いの武器を持って薄汚れた服装に顔には嫌な笑いを張り付かせている盗賊共だ。


 彼らが想定していた襲撃地点よりも300メートル手前でさくらが馬車を止めたので、のこのこと前方からやってきたのだ。


 護衛も付かない馬車が一台だけということで、彼らから見れば絶好のカモだったのだろう。だが、『護衛が付いていない』と『そもそも護衛など付く必要が無い』では、根本的に話が違ってくる。


 そうとも知らずに彼らは、自ら死の淵に足を突っ込んでしまっているのだ。


 敵と衝突するまで時間の余裕がある二人は暢気に話し合いをしている。


「兄ちゃん、どうする?」


「まあ、適当に制裁を加えればいいだろう。あの馬に乗っているやつは、頭目のようだから生かしておこうか」


「了解、それにしてもあいつら歩くの遅すぎじゃない」


 元哉の指示に頷きながらもさくらは、こちらから打って出ていいかと聞く。


「いや、それだと何人か取りこぼす恐れがあるから、引き付けて迎え撃つぞ。橘、馬車全体にシールド!」


 元哉の指示で一瞬のうちに対物シールドが展開される。さくらが改めて馬に『シールドから出るな』と指示を出すと馬達は従順に頷いていた。


「さあ兄ちゃん、行こうか! 一切の情けはかけないよ!」


 オークの集落で発揮されたさくらの高速移動が展開される。手始めに『命が惜しければ金目の物を置いていけ』と言う役だった男を吹き飛ばして、後ろに立っていた男と共に絶命させる。


 その後は盗賊たちの後ろに回りこんで退路を塞ぎながら、まとめて二人三人と仕留める。


 元哉はさくら同様に盗賊たちの目で捉えられない動きで、掌打を胸に当てていく。その一撃で心臓が破裂して倒れていく盗賊達。彼もさくら同様一撃で複数の敵を倒せるように計算した攻撃を繰り出している。


 馬車の中ではディーナが


「私も手伝いに行きましょうか?」


 と橘に承諾を求めるが


「あの二人が動き回っているところに飛び込んでいくのは危険だから、ここにいなさい」


 と諌められていた。


 ロージーは、二人が組み手のとき以上の動きをしているのを見て(この人たちの限界はいったいどこにあるんだろう?)と呆れている。


 手下達を片付けた二人は、逃げ出そうとしている頭目の元に向かう。彼が乗っている馬はすでにさくらが『動くな』と命じており、手綱を杓っても腹を蹴ってもビクともしない。


 次第に頭目の顔と手から冷や汗が吹き出る。馬を捨てて逃げても二人のあの高速での動きを見せ付けられては、とても逃げ切れるものではない。一縷の望みを託して何とか馬を動かそうとするが、肝心の馬が言う事を聞かない。


 四苦八苦している頭目に対して、さくらから無慈悲な命令が下る。


「振り落とせ!」


 その声を聞いて馬は急に暴れだして、頭目を振り落とした。落された方は地面に体を打ち付けて呻き声を上げる。


「ご苦労さん、こっちにおいで!」


 さくらは馬を自分のところに呼び寄せてから、擲弾筒を装着し、呻き声を上げながら何とか起き上がろうとする頭目の顔の30センチ手前の地面に向けて魔弾を発射する。


「バシュッ!」


 地面が抉れて、土塊が頭目の顔に飛ぶ。


「ヒッ!」


 怯えた声を出して彼は動きを止めた。


「抵抗したら頭に叩き込む!」


 さくらの一言は、頭目から一切の抵抗する気力を奪い去った。諦めの表情を浮かべて何とか慈悲を請うが、容赦の無い二人には通じない。


「橘、出てきてくれ!」


 元哉が馬車に向かって声をかけると、シールドが解除されて橘たちが出てきた。


「済まないが死体を埋める穴を掘ってくれ」


 元哉の指示に従い、橘は直径8メートル深さ5メートルの穴を地面に作り出す。


「おい、早く起きろ! そこに転がっているやつらの装備を剥ぎ取って、あの穴に投げ込め」


 元哉から非情な命令が下る。さっきまで一緒にいた手下共の死体の処理をやらせるつもりだ。ヨロヨロと立ち上がり言われた通りに作業を始める頭目。先程までとは別人のように目から生気がなくなっていた。


 何とか全て穴の中に放り込んだのを見て、元哉が橘に頷く。すると橘はディーナに声をかけた。


「ディーナ、この前教えたあれをやってみなさい」


 その言葉に『ハイ』と返事をして、彼女は剣に魔力を流していく。剣には漆黒の炎がまとわり付き始めた。


「ダークフレイム!!」


 ディーナの声と共に振るわれた剣から炎が噴出する。


 橘が使える『ヘルフレイム』に比べると一ランク下の魔法ではあるが、対象を燃やし尽くす闇の炎を彼女はすでに扱えるようになっていた。


 全て燃え尽きたことを確認してから、穴を埋め戻して野営に適当な場所まで馬車を進める。頭目は首に縄を掛けて馬車に繋いで連れてこられている。


 野営地に着いてから水だけは飲ませてやった。ただし、コップをわざわざ用意するのは面倒だったので、馬の水桶に顔を突っ込ませて好きなだけ飲ませてやる。


 翌日から移動のときは、馬の鞍に縄で縛り付けて馬車馬の横を並んで歩かせる。さくらが馬に『仲良く歩け』と指示しているので、3頭が横並びで街道を進んでいく。


 二日後の夕方にようやく次の街『ドルデス』の門をくぐった。


 この頃には頭目はなんとか生きている程度まで弱りきっていた。


 馬は御者に預けて、元哉達は門にある衛兵の詰め所で頭目を引き渡す。ここで簡単に取調べを行ってから報奨金などが決まるそうで、ギルドカードを提示して手続きを行った。


 元哉達も事情聴取をされて、解放されたのは暗くなってからだった。


「さあ、この街は何が美味しいのかな!」


 さくらが早速食事の算段を始める。


「ここは2泊の予定だったが、報奨金の手続きが終わるまでは滞在することになりそうだな」


 元哉の言葉にさくらは色めき立つ。


「ホント! じゃあ食べ歩きできる?」


 さくらに頷く元哉。


「やったーー! 早速今日の晩御飯は4人前からスタートだ!!」


 旅の疲れなど無関係のさくらだった。

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