第38話 女たちの熱いバトル

 ドルデスの街で2日目の夜。


 昨日到着して移動の疲労でぐっすりと寝た一行は、今日も一日休息に当ててのんびりとしていた、もっとも日課のトレーニングは、宿屋の裏を借りていつも通りに行った。


 さくらは『食べ歩きの下見をする』と言って出かけて、存分に食欲を満たしてきたようだ。下見でこの調子では、本番は一体どうなるのか周囲が心配になってくる。


 そして現在、遮音シールドの中で元哉と橘がテーブルを挟んで話しをしている。他の3人はすでに寝入っていて、起きているのは二人だけである。


「元くん、帝都に行く目的はやっぱり勇者の情報収集ってことよね」


 橘はこのパーティーの頭脳であり、指揮を取る元哉の相談役でもある。


「その通りだ」


 橘に向かって頷く元哉。


「勇者を召喚するって事は、やっぱりディーナの国に侵攻すると考えていいのかしら?」


 人間としては長年の宿敵の魔族を討ち取る絶好の機会が到来したのだから、『魔王』である橘の考えは当然の事と言える。


「その点はまだ情報が少な過ぎて判断がつかない。何しろ勇者がどこの国で召喚されるかすら分かっていないからな」


 すでに勇者は召喚されているが、まだ元哉達はそれを知る由もない。


「それもそうね。予断は正確な判断の妨げになるから、その点に関してはまだ白紙にしておきましょう」


 元哉の言おうとしていることを先回りして口にする橘、こういうところが彼が最も橘を信頼する点なのだ。もちろんそれだけではないが・・・・・・


 せっかくの機会なので元哉は、テルモナのギルドマスターから聞いたこの世界の情勢を橘に話した。ここでの話は大まかな説明なので、帝都に着いてから改めて地図を見ながら確認することにした。


「ところでなんでこのタイミングで帝都に向かうことにしたの?」


 確かにもっと早くテルモナを出発することも出来たはずだ。


「ああ、それは軍務大臣閣下が一週間前に帝都に向かったとの事だったからな」


 橘の頭に『?』が浮かぶ。確かに元哉は大臣とは面識があるのだろうが、その事でわざわざ自分達の旅の行程を彼らに合わせる必要がない。


「テルモナで閣下と話をしたときに、まだ彼は勇者について知っている様子がなかった。だから、閣下達が帝都に戻るのを待って俺達も出発したわけだ。帝都に戻れば何らかの情報が入っている可能性があるからな。それに閣下はどうやら俺達を自らの陣営に引き込みたいようだし」


 元哉の説明で、自分達の行動がすべて元哉によって計算されて組み立てられていることを理解した橘だが、これだけ戦略や戦術を考えるのが巧みなのに、なぜ女の子の気持ちには気付けないのか全く理解が出来ない。


 結局話はここまでということになり、遮音シールドの中でお楽しみの時間を開始する二人・・・・・・


 だが、橘はここで致命的な失敗をしていた。実は寝ていたのはさくらだけで、ディーナとロージーはずっと寝た振りをしていて、遮蔽されていない空間で繰り広げられた二人の行為をすべて目撃していたのだ。


 この事に行為に夢中の二人は全く気がついていなかった。

 


 翌朝、妙に顔がツヤツヤして機嫌が良い橘と、どす黒いオーラを噴き出しているディーナとロージーの二人に挟まれて、非常に居心地の悪い思いをしている元哉がいる。


 さくらだけは面白がってこの状況をおかずに、さらにもう一人前朝食をお代わりしていた。



 結局この街には5日間滞在した。盗賊は賞金首だと判明して報奨金を受け取ったが、装備で何千枚もの支払いをしても手元に金貨が詰まった袋がいくつもある元哉達にとっては、些細な金額だった。


 さくらだけは毎日広場に繰り出して、全ての屋台の攻略に勤しんだ。特に小麦粉を練ってペンネのようにしたパスタに、オークの肉がゴロゴロ入った濃厚なトマトソースをかけた料理が気に入って毎日通ったそうだ。


 


 現在一行は次の町に向かう街道を馬車で移動している。盗賊の頭目が騎乗していた馬も一緒で、せっかくだからさくらが乗馬の練習で騎乗している。


 馬は自分の背にさくらが乗っていることが嬉しいようで元気一杯だ。横で馬車を引いている2頭がそれを羨ましそうにしている。



 天候にも恵まれてのどかな旅は続いたが、3日目の昼過ぎにさくらが異変を感じ取った。次のノルデンの街まであと2時間ぐらいのところだ。


 騎乗したまま馬車の窓をコンコン叩くさくら、窓を開けて元哉が顔を出す。


「兄ちゃん、前方500メートルに200人ぐらいいるよ! 盗賊かな? 私がこのまま様子を見てこようか」


 さくらの提案に元哉が頷く。


「これだけ街に近いところに200人もの盗賊がいるのは考えにくいな。ちょっと様子を見てきてくれ」


 その言葉でさくらが馬の腹を蹴ると馬は待ってましたとばかりに走り出した。まさに人馬一体の見事な走りだ。


 10分もしないうちにさくらは戻って来て、元哉に報告する。


「兄ちゃん、盗賊じゃなくて軍隊だったよ! たぶんテルモナの街に駐屯していた部隊だね」


 さくらの報告に元哉が眉をひそめる。


「おかしいな、俺たちよりも随分先行していた筈だが・・・とにかく行ってみよう」


 元哉の言葉で再び馬車が進みだし、すぐに前方に野営をしている兵士達の姿が見えてきた。


 その手前で馬車を止めて、元哉が一人で兵士達の元に歩き出す。


「何者だ!」


 元哉を警戒する声が飛ぶ。


「怪しいものではない、俺は冒険者だ。閣下に目通りしたいのだが取り次いでもらえるか」


 ギルドカードを提示して用件を伝える。


 普通ならば一介の冒険者が面会を求めても追い返されるところだが、幸運なことに軍務大臣が辺境伯邸に出向いた折に同行した兵士が傍にいた。


「少し待っていてくれ」


 彼はそう言うと、中央にある幹部達が滞在する天幕の元に向かう。


 程なくして別の兵士が元哉のところにやって来た。


「閣下がお会いになるそうです、こちらへどうぞ」


 元哉の扱いを言い含められているのか、随分と丁重な物腰で案内する。



「よく来てくれた、我々は随分と縁があるようだ」


 天幕の中では軍務大臣がにこやかに元哉を迎えて手を差し出す。元哉もその手を握り返して挨拶を交わした。


「一体こんなところでのんびりしているのはどういう訳だ?」


 単刀直入に元哉が質問する。


「うむ、少々困った事態に追い込まれているのだが、力を貸してもらえるかね?」


 大臣は質問の形をとってはいるが、元哉が動くことをどうやら確信している。この辺の見通しがきくところは、帝国内の権力争いを生き残ってきただけのことはある。


「内容にもよるが、依頼という事であれば受けて構わない」


 表情を変えずに元哉が答えると、これを聞いた大臣はにんまりとする。


「今から話す内容は帝国の内部事情にかなり踏み込んだものだ。他言無用にしてもらいたい」


 元哉が頷くと彼は次のような話をし始めた。


 帝国内は長年皇帝派と門閥貴族派が覇権を争っており、現在は皇帝派が政府の中枢を握っているもののそれでようやく五分五分といった力関係にある。


 皇帝派が動かせる兵員は約1万5千人で、そのうち8千人は皇帝の親衛隊なので帝都から離れられない。対する門閥貴族派は6万の兵員を動員できる。


 門閥貴族派は帝都の北に隣接するオフェンホース公爵を中心として、自らの利権を守るために強固な結びつきを持っていて、今回の辺境伯の捕縛に強く反発している。


 このような背景を説明してから、大臣は現在突きつけられている問題を話し始めた。


「この先のノルデンの街を治めているのはファウロンゲン伯爵で門閥貴族派のナンバー2だ。やつは我々に辺境伯親子の身柄の引渡しを要求してきた」


 ここまでの話で元哉もおよその事情がわかってきた。


「引き渡さない場合は力ずくで奪うという事か?」


 元哉の問いに大臣は頷く。


「その通りだ。ここにいる僅かな手勢では太刀打ちできないので、ここに留まって交渉を続けているというわけだ」


 元哉はしばらく考え込んでから大臣に4つの選択肢を提示した。


「1つ目はその伯爵を暗殺する、これが最も手軽な方法だ。2つ目は伯爵をここまで拉致してくる、多少手間がかかるがかなり有効な方法だろう」


 ここでいったん言葉を切る元哉。大臣は彼が荒事を前提で考えている事に驚きはしたが、逆に顔色一つ変えずにこのような提案をしてくるその度胸に感心した。


「3つ目は、伯爵の家族を拉致すること。ただしこれは人質を見殺しにされた場合は有効とはいえない。4つ目は町全体を破壊してでも力ずくで押し通る、さすがにこれをやると評判が悪くなる」


 評判うんぬんの問題か!』と大臣は突っ込みたかっただろうが、さすがに自重したようだ。彼はしばらく考えて結論を出した。


「2番目でいいだろう、頼めるか?」


「承知した、5日間欲しい。報酬はこの前の報奨金と同額で構わない。さすがにこの案件はギルドを通すことは出来ないから、俺と閣下の個人的な契約ということで構わないな」


 元哉の言葉に大臣は頷く。元哉は好き好んでこのような行為に加担するわけではない。彼の中では『自分たちに敵対する者を擁護するものは敵も同然』という認識があるのだ。


 その上、軍務大臣は今のところ好意を持って自分に接している。彼が信頼できる間は、こちらも信頼してやろうと考えていた。


 この後は細かい打ち合わせをして、待っている皆の元に戻る元哉だった。



「話がまとまったぞ」


 兵士達が野営する草原から少し距離を置いた所に、橘が魔法で宿泊施設を造りだした。もはやそれは要塞と呼べる規模まで拡大しており、兵士たちは急に出来た巨大施設に驚いていた。


 その屋内で大臣とのやり取りを話し始める元哉とそれに耳を傾けるメンバー達。


「ノルデンの街には俺とさくらだけで潜入する。3人はここで待機して大臣との連絡役を頼む」


 この言葉を聞いて、ディーナとロージーは頬を膨らませた。自分たちがここに残ることよりも、元哉と離れることが不満なのだ。


 そんな彼女たちを残して元哉とさくらは馬車に乗って出て行ってしまった。


 残された3人に重たい沈黙の時間が流れる。



「橘様、お話があります」


 その沈黙はディーナのこの言葉で破られた。


「橘さん一人だけずるいです!」


 ロージーもこれに乗っかる。


「ずるいって何のこと?」


 うすうす見当はついているが、しらを切る橘。


「この前の夜に元哉さんとやっていたこと私たち全部見ていたんですからね!」


「ええーー!!」


 ディーナの言葉でまさか見られていたとは思っていなかった橘の顔が真っ赤になる。 


「そうですよ! なぜか音は聞こえなかったんですけれど、月明かりで二人がやっていることはバッチリ見えてましたからね!!」


 ロージーの畳み掛けに橘は大ダメージを受けた。言われてみれば遮音のシールドしか張っていなかったことを思い出す。


 こうなったら、精神魔法で記憶ごと吹き飛ばそうとも考えたが、これは相手を廃人にしてしまうので何とか思い止まった。


「それでですね橘様、私たちも元哉さんに同じ事をしてもらっていいですよね!」


 ディーナが恐ろしい要求を橘に突きつける。


「ディ、ディーナ、私は元くんから結婚するって約束してもらっているから・・・」


 何とか二人の追及をかわそうと必死の橘。自分たちの行為を見られたという後ろめたさがあってどうしてもいつものように強気に出られない。


「橘さん、ご存知ですか。この国では男性は5人まで妻を娶っていいんですよ。だから私達も元哉さんと結婚してもらいましょうね、ディーナちゃん!」


 ロージーの言葉に見つかりかった退路が再び塞がれる。


「そうですね、3人仲良くお嫁さんにしてもらいましょうね、橘様!」


 こうして圧倒的な二人の攻勢に押し切られた橘であった。


 完全に外堀が埋まってしまった事を元哉はまだ知らない。


 ディーナはドレスを着て元哉の隣に立つ自分を想像してにへらーとした表情をしているし、ロージーはこれで行き遅れから脱出したことにガッツポーズをしている。


 橘は一人で『元くんお願い、どうか頑張って!』と心の中で祈るのだった。




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       【お知らせ】


 いつも読んでいただきありがとうございます。こちらの小説は『小説を読もう』にも掲載しております。


 『小説を読もう』バージョンには、第20話より後書きに『ショートショートコーナー』(主に下ネタ)を掲載しております。


 残念ながら。『カクヨム』には掲載欄がないので、もしご覧になりたい方は、『小説を読もう』に掲載されております当小説を検索していただきますようお願い申し上げます。


   『異世界にいったら、能力を1000分の1にされました ~『破王』蹂躙の章~』

   

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