第36話 情勢

 さくらはムスッとした表情のまま、朝食を3人前平らげた。どうやら大好きな兄を橘に取られたやきもちのようだ。


 食べるだけ食べてから、部屋に戻りリュックを背負い愛用の財布を握り締めて出て行ってしまう。どうやらこのままさらにやけ食いをするらしい。


 その行動の素早さに『この前みたいな騒ぎは起こさないでね』と橘が声をかけるのが精一杯だった。


 さくらを見送った4人は、身支度を整えて装備を購入するためにドワーフの店に向かう。




「何だお前たちか」


 相変わらず愛想の無い台詞で出迎える店主がいた。


 各自の意見や要望を出し合って店主も交えて協議をした結果、ディーナとロージーはスピード重視の装備でまとめることで一致した。


 それに合わせて、軽くて硬い暗黒龍の鱗を使った胸当て、脛当て、手甲の製作を依頼する。ロージーはこれに加えて、手甲に装着出来るバックラーとミスリルのナイフ、投擲用の小型ナイフとこれを収納する剣帯を購入した。


 これである程度の装備は整ったが、体の他の部分をカバーするのはどうしようかということとなり、更に話し合う。


 さすがにこれ以上は軽い龍の鱗を用いても動きの妨げになってしまうので、『皮製の防具が良いだろう』という店主の意見で、革製品を製作している工房を紹介してもらい店をあとにした。




 一行が工房に到着すると


「いらっしゃいませ」


 という普通の応対の言葉がかけられ、なぜかホッとする一同。やはりあのドワーフの店がおかしいのだと改めて感じた。


 ここでも皆で色々意見を出し合ったが、橘の何気なく言った一言が決め手となる。


「女の子なんだから、あんまり『鎧を着込んでいます』って感じじゃなくて目立たないほうがいいんじゃない」


 橘は格闘に関して素人なので見た目重視で言ったつもりだったのだが、元哉がこの意見に賛成した。


「なるほど、軽装に見せかけた方が敵の油断を誘えるかも知れんな」


 こうしてアンダーアーマータイプで、服の下にも着れるようなものにしようと決まったのだが、問題は素材をどうするかということだった。


 さまざまな種類の皮を見せてもらったが、どれも収縮性がほとんど無い。どうしようかと考えているときにまた橘が発言した。


「元くん、何かいい素材持ってないの?」


 そうか!と思って元哉がアイテムボックスを探していると、ひとつだけ使えそうな素材が見つかった。


「ここでは狭いから広いところで出したい」


 と言って、店の者に裏庭に案内してもらう。


「ここならいいだろう」


 と言って元哉が取り出したのは、翼竜の翼だった。


 突然見たことも無い巨大な物体が出てきて店員は腰を抜かしているが、そんなことにはお構いなく元哉が翼の皮膜にナイフを当ててみる。


 普通に引いただけでは切れないし、十分な収縮性もあり素材としては満点だ。そもそもこれを根元からスパッと断ち切った、橘の魔法がおかしいのである。 


 腰を抜かしていた店員がようやく立ち直り、皮膜に触れてみる。


「これはすばらしい皮です! 今までこのような皮を見たことがありません!!」


 と絶賛した。


 早速橘が中心となってデザインを開始する。出来上がったデザインは女性用の競泳水着のような感じで、肘から膝までの部分をピッタリと覆うようになっており、背中を革紐で締めるようになっていた。


 機能、デザインともに全てに優れているのだが、唯一の欠点は一人では着られないことで、ここは目を瞑るしかない。


 元哉もついでだからといって、日本に置いてきた潜入用のスーツの替わりをここで一着作ることにした。こちらはウェットスーツのような、手首から足首ませ覆うタイプで、前をボタンで留めるように変更してある。


 採寸が終わってから、出来上がりは2週間後ということで預り証を受け取って工房を出た。


 かなり時間が掛かったので、昼食を取ってから今度は橘が家具を見たいと言い出した。野営の時もベッドで寝たいらしい。ずいぶん贅沢な話だが、彼女にはそれを簡単に実現する能力がある。


 家具店に立ち寄ってそれぞれが気に入ったものを選び、更に個人用のタンスや食器棚、ソファーセットまで買い込んだ。


 これらを収納するためには今までの宿泊施設の倍以上の設備が必要だが、魔力が数倍に膨れ上がっている橘にとっては『簡単な話よ』だそうだ。


 その後、女性達は服を見て回ると言うことだったので、元哉はここで別れて一人でギルドに向かった。



 元哉がギルドの入り口を潜ると、いつもの受付嬢が『お待ち下さい』と言ってギルドマスターを呼びにいく。


 しばらく待っていると二階から『おーい! 早く上がってこい!!』という声が聞こえてくる。階段を見上げるとそこにはエドモンドがにこやかな笑みを浮かべて立っていた。  


 階段を上がりギルドマスターの部屋に通される。もう見慣れた場所だ。


「久しぶりだな、そろそろ来る頃だと思っていたぜ。まずはこれだ!」


 彼はロッカーから金貨が入った麻袋を取り出して、テーブルにドンと置く。


「これは、軍務大臣閣下からの報奨金だ。金貨1000枚だが、お前が俺に依頼した『閣下と連絡を取ってくれ』という分の金貨100枚は引いてある」


「わかった」


 元哉は一言そう言って、中身も確認しないでアイテムボックスにしまいこむ。


「で、今日はどんな用件だ?」


 組んだ手に顎を乗せてエドモンドが問いかける。


「それほど大した用件ではない。魔物の買取とこの国を含めた周辺国の情勢を聞きたい」


「買い取りか!!」


 ソファーから立ち上がりそうな勢いでエドモンドが身を乗り出す。


「今回は期待しないほうがいい。南の森の浅いところで新人の訓練を兼ねて狩りをしただけだ」


 元哉の言葉で乗り出し掛かった体が、ソファーに沈みこむ。


「まあ、毎回そんなすごい魔物は出てこないよな。で、情勢とは?」


 いつもの悪役プロレスラー顔で聞き返すエドモンド。


「ああ、これから各地を回ってみる予定なのだが、紛争に巻き込まれたくは無いからな。それに俺達はこの街以外知らないから、予備知識として色々知っておきたい」


「紛争に巻き込まれたくないって・・・ 俺から見るとお前達のほうが紛争を引き起こしているようにしか思えんが」


 よほどこの前の件に振り回されたのであろう。彼はその事を思い返してゲッソリとした表情をしている。


「あれは、些細な日常の出来事だろう」


「領主一族が取り潰されて、『些細な日常の出来事』ではないだろうが!!」


 結局さくらの襲撃がきっかけで、辺境伯一族は領地を没収されて、その所領は皇帝の直轄地になるそうだ。現時点ではあくまで見通しであるが、軍務大臣をはじめとして中枢部の意向がはっきりとしているのでほぼ決定事項とかわりが無い。


「まあいい、情勢だったな。ちょっと待て」


 そういって彼は自分のデスクの引き出しから、一枚の地図を持ってきて広げる。


「これがこの世界の地図だ。海の向こうにはここと同じような陸地があると言われているが、本当かどうかは解らない。ここに書かれている国々が今のところは俺たちの世界の全てだ」


 字が読めない元哉に、エドモンドが地図の東にある一箇所を指して『ここが今俺たちがいるテルモナの街だ』と解説を始める。


 その話によれば、人間が住む街としては最も東にあるのがここテルモナの街で、これより東は魔境を挟んで魔族やエルフが住む地域が広がっているらしいが、正確な場所はわからないそうだ。


 ちなみに元哉達はこの惑星の南半球にいる。太陽が北中することですぐにわかっっており、緯度は太陽の高さから見て日本と同じぐらいのようだ。


 この街の南部は、地竜の森を含む深い森が広がっていて、その先には人の侵入を阻む険しい山脈が続いている。頂上に万年雪を戴いており、おそらく標高は4000~5000メートルはあるだろう。


 ここテルモナの街から帝都までは、個人が普通に旅をして約一月、帝都から西の境界までは約三月かかるそうだ。よって帝国の東西は2400~2500キロ、同様に南北は1000キロ程度と思われる。帝国は内陸国で国土のほとんどが穀倉地帯となっており、帝都の中心部は商業や流通業が発展しているらしいが、農業国といって差し支えない。


 帝国の北にはほぼ同じ大きさのエルモリヤ教国があり、こちらは北部に長い海岸線が続き海運をはじめとした流通網が発展している。こちらは商業や初歩的な工業が盛んな国といえよう。


 元々両国はマハティール王国(旧王国)に属しており、エルモリヤ教皇領はその王国の一地方でしかなかった。だが、200年前の覇王の騒乱で旧王国が崩壊したときに、その機に乗じて独立を果たして新王国が建国をするまでの間に北部一帯をその勢力下に収めた。


 マハティール新王国が建国されてしばらくは両国は協力関係にあったのだが、旧王国と覇王の対立を影から煽ったのがエルモリヤ教皇だと判明したことで一気に対立が深まった。


 新マハティール王国は国内に国教会を設立して、エルモリヤ教の支配を排除するとともに政教一致の帝国への移行を断行した。


 政治的にも宗教的にも対立する両者だが、エルモリヤ教国は食料の大部分を帝国に依存し、帝国はエルモリヤ教国がもたらす様々な商品を欲している関係は現在も続いている。


 さらにこの二国の東側には7つの貴族領が集まった小国家連合があるが、こちらも北部は教国、南部は帝国の影響下に置かれている。


 大体の説明を聞き終えて元哉が口を開いた。


「なるほどな、つまりこの二国はお互いを仮想敵国と思っているわけだ」


 その言葉にうなずいてエドモンドが話を続ける。


「まあ、そうだろうな。お互いが相手を支配したいと考えているだろうよ。だが、国力が拮抗している上に両者に弱点がある。教国は食糧の補給が難しいし、帝国は教国製の武器に依存している。お互いが決め手がない状況で睨み合っているってところだな」


「決め手か・・・・・・」


 元哉が呟く。このとき彼の脳裏には『勇者』というフレーズが浮かんでいた。


「助かった、今後の活動の参考にしたい」


 礼を言って立ち上がろうとする元哉をエドモンドが引き止める。


「お前たちはこれからどうするんだ?」


 彼らのおかげで空前の利益を上げているギルド支部の長としては気になるのであろう。


「おそらく帝都に向かうことになると思う。まだ他の者に相談したわけではないがな」


 元哉の言葉に『仕方ない』とうなずくエドモンド。


「ここにいる間は、お互いの利益のために行動してくれると助かるよ」


 と言って右手を差し出しす。


「お互いの利益か・・・いい言葉だ」


 その手を握って元哉が答えて、その後彼はギルドを後にした。




 元哉が部屋に戻るとやけ食いから帰ってきたさくらが一人でポツンといた。食べるだけ食べて機嫌はすっかりよくなっている。


「おっ、兄ちゃんお帰り!」


 明るい声が元哉を迎える。『ただいま』と答えた元哉にさくらが話しを続ける。


「兄ちゃん、はなちゃんから全部聞いたよ! はなちゃんは真剣なんだから、ちゃんと最後まで責任とってあげてね」


 さくらの言葉が元哉の胸に突き刺さる。


「責任って言うとやっぱりあれか?」


「そっ、お嫁さんにするんだよ!」


 さくらの言葉に元哉は真剣に考え込む。『今の状況で果たしてよかったのだろうか?』などと様々な考えが頭をよぎるが、続くさくらの爆弾発言がその思考を一気に吹き飛ばした。


「ところで兄ちゃん、ディナちゃんとロジちゃんはどうするの?」


 さくらの言っている事の意味がまったくわからない元哉に対してさくらが畳み掛ける。


「二人とも兄ちゃんのことが大好きなんですけど・・・」


「冗談だろう?」


 否定して欲しいという希望を口にした元哉だが、さくらの顔は真剣そのものだ。


 まったく気がついていなかった二人の気持ちをさくらから聞いて、さらに頭を抱える元哉がそこにいた。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る