第48話 騎士学校

 魔法学校で橘とディーナを降ろした馬車はそのまま隣接する騎士学校に向かう。


 入り口で元哉が降りて守衛に用件を伝えると、建物の方から壮年の男性がやって来た。


「ようこそおいででくださいました。私はこの学校の副代表を勤めておりますシモンズと申します。ご案内いたしますのでついてきてください」


 そう言うと彼は歩き出した。馬車はこのまま置いておけば、係りの者が厩舎に運んでくれるそうだ。


 広い校内を見て回る3人にシモンズは丁寧に施設の説明を行ってくれた。


 魔法学校に比べると座学が少ないので、建物は一箇所にまとまってて立っておりその分訓練場や演習場がかなり広く設置されている。


 一通り校内を見て回ってから、応接室に通されて副代表が話を始める。


「閣下から話は聞いております。類い稀な強さを持つ冒険者とか、その上どちらかのお国で軍務に就かれていたように伺っていますがいかがでしょうか」


 彼は元哉達の事を軍務大臣から聞いてはいたが自分の眼で見てその能力を判断したいと考えていた。


「軍歴についてはコメントし辛いが否定はしない」


 元哉が答えるが、さすがに正直に言ったところで信じてはもらえないだろう。


「そうですか。ちなみにどのような場面で活動していたか、聞かせていただけますかな?」


 さらに込み入った話を聞きだそうとする。


「具体的には言えないが、少人数での特殊戦闘が多かった」


 確かに彼らは日本にいるときは、多くても中隊規模で出撃することが多かった。


 大規模な派兵に従軍しても、その中で小規模集団を編成して任務を遂行するので、結局は同じことだ。


「そうですか、実は我が国は平野が多くて、大規模な兵を動かしての戦闘実績はありますが、あなたのように小規模集団で戦った経験を持つ者が少ない」


 彼はここで言葉を区切る。


「そこでいかがでしょう、幹部候補生に対する小規模集団戦闘をあなたの経験を生かして教えてもらえませんか」


 彼は元哉達の冒険者としての経験も生かして、森や山岳地帯での戦闘やゲリラ戦を含む特殊戦闘を伝授して欲しいと言っているのだ。


「新兵の教練と聞いていたが」


 軍務大臣はそう言っていたはずだ。


「もちろんそちらもやっていただきます。元哉殿には一日おきで両方を見ていただきたい、さくら殿には新兵の専任ということでいかがでしょうか」


 副代表はなぜかロージーのほうを見てそう言った。そういえば自己紹介をしていなかったことに気がつく元哉。


「ああ、すまなかった。俺が元哉で、この小さいのがさくらだ。それからロージーは今回訓練に参加させてもらうので、よろしく頼む」


 元哉の言葉に目が点になる副代表。


 てっきり立派な装備を身につけているロージーを臨時教官だと思っていたのだ。一見丸腰でしかも馬車を操縦してきたさくらを、専属の御者と間違えていた。


「こちらの方がさくら殿ですか」


 彼女のほうを見て確認する。


 さくらはやや不機嫌になりかけたが、元哉がアイテムボックスからクッキーを取り出したので喜んでいる。


「見掛けは小さいが、さくらを怒らせるとこの学校くらいなら30分で壊滅するぞ。この間もオーガキングを素手で倒したからな。まあ実力は追々わかってくるだろう」


「おっちゃん、ご飯はいっぱい用意しておいてね!」


 二人の言葉に恐縮する副代表だった。


 副代表に連れられて新兵が集合している訓練場に向かうと、500人が整列して待っていた。


「全体、気をつけー!・・・敬礼!」


 元哉達が前に立つと係の者が号令をかける。全員が揃って帝国式の胸に右こぶしを当てる礼をとった。


「諸君、本日から約3ヶ月間諸君らの訓練にあたる元哉殿とさくら殿だ。彼らの訓練を受けた後には諸君らは必ずや帝国の礎となる立派な騎士となっていることだろう。私から言えることはただ一つだ。諸君、死なないでくれ!」


 死ぬことが前提なのか? と元哉は奇妙な感覚を覚えたが、よほど軍務大臣が大袈裟な事を言ったのだろうと思い直した。


「今紹介にあった元哉だ。そしてこちらがさくらと、アシスタントのロージーだ。これから君たちの訓練にあたるのでよろしく頼む」


 元哉の短い挨拶のあと副代表は戻っていた。


 残された新兵たちは前に立っている3人を見て不信感をあらわにしている。彼らの姿がどう見ても冒険者にしか見えないからだ。


「さて、突然やってきて教官といわれても諸君たちは納得がいかないだろう。諸君らを納得させるために我々は実力を示そうと思う。ここにいるさくらを全員で相手にしろ。一太刀でも浴びせたら諸君の勝ちでいい。殺す気でやれ、でないと死ぬぞ」


 元哉のいきなりの発言にロージーは不安を覚えた。いくらさくらでも相手は500人だ、刃引きの剣とはいっても武器を持っている相手である。


「兄ちゃん、やっていいの?」


 逆にさくらはやる気になっている。


「怪我させないようにしてやれ、この後の訓練に差し支える」


「善処します」


 元哉とロージーは下がってさくらが前に出る。


「散開ののち抜剣」


 元哉の号令で訓練場いっぱいに散る新兵たち。彼らは基礎訓練は終わっており、剣の技術は未熟でも毎日振るっている。


 それを500人がかりで一人を相手にしろとは、ずいぶん馬鹿にされた話だと思った。


 全員がすぐに終わらせてやるつもりで、小さな標的に意識を向けている。


「始め!」


 元哉の掛け声とともにさくらの姿が彼らの視界から消えた。急に姿が見なくなった標的を探して彼らは辺りを見回す。


「はい、一発めー!」


 さくらは真っ直ぐに一番近くの兵に近づいただけだった。ただ、少し気合が入りすぎて彼らがその姿を見失うくらいのスピードが出てしまった。


 さくらの声とともに一人が胴を軽く突かれて吹き飛ぶ。吹き飛んだ兵は周囲を巻き込んで派手に転倒して起き上がってこない。


 一瞬姿を現したさくらが、また姿を消した。と思ったら今度は兵達が将棋倒しのように倒れていく。


 さくらは高速で移動しながら左手で邪魔な剣を跳ね除けて、右手で兵の足を連続ですくっていた。急にすごい勢いで足をすくわれた兵士は、地面に転がったいく。


 彼女の動きを見るにはもはや倒れていく兵の位置で確認するしかない。そこらじゅうで転がされた彼らが呻き声を上げている。


 兵士たちは大混乱に陥った。『あっちだ!』『こっちに来たぞ!』などと声を出してはいるが全てが遅かった。


 来た! と思ったらその時にはもう自分が地面に転がっている。彼らからしてみれば夢を見ているような状態だ。


 待ち構えていると今度はジグザグに動き出して、タイミングをずれされる。


「いやー、楽しいねーー!」


 さくらはまったくの余裕で、鬼ごっこでもして遊んでいるような感覚だ。


 10分で3分の2が戦闘不能に陥り、残りの兵達には次第に恐怖が伝染していった。


 この恐怖感を味あわせることも元哉の目的だ。恐怖を知らないなど、ただの蛮勇に過ぎない。そのような者は実戦では役に立たないのだ。


 結局彼らは15分持たなかった。最後は狩られるのを待つだけの身になってさくらの餌食になっていく。

 

 これが訓練だからいいものの、実戦だったらどうなるかという事を骨身に刻んだ時間でもあった。


「いやー、いい運動ができたよ! これでお昼ご飯がおいしく食べられるね!!」


 『お前はいつもおいしく食べているだろう!』という元哉の突っ込みと、ロージーの唖然とした表情が彼女を出迎える。



「30分間休息をとる。その後整列して集合すること」


 元哉が新兵たちに指示を出す。その間に治療など必要な事を済ませろということだ。



 30分後全員が整列している前に元哉達が立つ。


 もう彼らに不信感を持つ者はいない。特にさくらは恐怖の目で見られている。


 新兵達はようやく副代表の『諸君、死なないでくれ!』という言葉の意味を理解したようだ。


「さて怪我がひどい者はいないか? もしいたらここで申し出るように」


 元哉が声をかけるが誰も申し出ない。


「そうか、では本日の訓練を開始する。軽いところで訓練場を50周からだ」


 この訓練場の外周は約600メートルあった。それを『軽いところで50周』といわれた新兵達の目はすでに死んだ魚のようになっている。


 ロージーは彼らの表情を見て『私もあんな眼をしていた頃があった』と自分をしみじみ振り返る。


「小隊ごとにまとまって走れ! 脱落した者はさくらがケツを蹴飛ばして回るからそのつもりでいろ!!」


 元哉の指示で彼らの表情がさらに引きつる。ここから帝国軍史にその後長く語り伝えられる『拷問訓練』あるいは『死への旅立ち』と呼ばれる地獄がスタートした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界にいったら、能力を1000分の1にされました ~『破王』蹂躙の章~ 枕崎 削節 @kuma-0072

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ