第47話 魔法学校

 馬車から降りた橘とディーナ。


 ここは帝国の魔法学校の入り口だ。


 元哉達はそのまま馬車に乗って騎士学校へ向かった。


「橘様とディーナ様でございますか」


 彼女たちに声をかけてくる男性。


「私は本校の主任教官を務めます、ランディスと申します。ご案内いたしますのでこちらにどうぞ」


 二人は彼の後について校内を見て回った。


 石畳が敷き詰められた広い校内には、管理棟、教室棟、学生寮などが建ち並びかなり設備が整っていることがわかる。


 演習室や屋外の演習場が数箇所設けられて、学生達が真剣に魔法の練習をしている様子が伺えた。


 最後に彼女達に割り当てられた個室に通されるとそこはいかにも研究室といった趣の部屋で、本棚には各種魔法に関する書物が並んでいる。


 部屋の中には彼女達担当のメイドが控えており、必要なことがあれば何でもやってくれるそうだ。


 ここで主任は自分の業務に戻り、部屋には3人が残されれた。


「これからしばらくの間お二人のお世話を努めさせていただきますソフィアです。何でもお申し付けください。橘様は2年生のDクラスをご担当になられますので、今からご案内いたします」


 この学校は一学年200人でその生徒達を50人ずつA~Dクラスに能力別に分けている。要するに橘が受け持つのは一番下のクラスというわけだ。


 いくら軍務大臣の肝いりとは言え、指導能力がわからない教官をいきなり上のクラスの担当には出来ないのは、学校側の考えとしては当然だろう。


 ソフィアの案内で教室に向かう二人。管理等の隣の一階に教室はあるのですぐに到着する。


 中に入ると生徒達が行儀よく席についているが、彼女達が教官としてはあまりに若いので驚いた表情をしている。


 男子生徒の大半は橘が入ってくるなりその美しさに見入り、ディーナが入ってくるなりその可愛らしさとプロポーションに息を呑んだ。


 みな魔法学校の制服である灰色のローブを着用しているためにはっきりとした事はわからないが、クラスが上になるほど貴族の割合が増えていくらしいので、このクラスはほとんどが平民で占められているようだ。


「はじめまして、橘です。しばらくの間このクラスを担当しますので、皆さんよろしくお願いします」


 橘があたりさわりのない挨拶をしてから、ディーナがそれに続いてこちらも簡単な挨拶をした。


「このクラスは他のクラスから落ちこぼれの集まりと呼ばれているそうですが、3ヶ月であなた達を一人前の魔法使いにしますのでそのつもりでいてください」


 3ヶ月・・・・・・エルモリヤ教国が侵攻する時期だ。


 橘はそれまでに『彼らを実戦で使える魔法使いにして欲しい』と元哉から言われている。


 だがその言葉を真に受けるものは一人も教室にはいなかった。


「皆さんに聞きますが、魔法を発動するのに最も大切な事は何ですか? そこのあなた答えて!」


 橘が指名した一番前に座っている男子生徒が立ち上る。心なしか顔が上気しているのは若い彼らにとっては仕方ないことだろう。


「はい、呪文をしっかりと覚えて正確に詠唱することです」


 予想通りの答えが返ってきたことで橘はしめしめといった表情だ。


「詠唱ですか。ディーナ、簡単な魔法をやってみて!」


 少し離れたところに立っていたディーナに、橘が指示を出す。


 彼女は『はい』と返事をしてから、右手の人差し指を立ててその先から小さな火を出した。


 その光景を見た生徒達からどよめきが広がる。


「無詠唱で・・・」「無詠唱だ!」「呪文無しで・・・」


 生徒達は橘の横に立っていたディーナが剣士の姿をしていたため護衛か何かだと思っていた。


 それが簡単に無詠唱で魔法を発動したので、驚きが2倍になっている。


「ディーナ、ありがとう。ところであなた呪文を知っている?」


 橘の質問に首を捻るディーナ。


「呪文って何ですか?」


 その回答は彼女にとっては当たり前だった。橘はディーナに呪文など教えていない。いや、橘自身呪文を知らないのだ。


「今見てもらったように魔法は呪文を唱えなくても発動できます。というよりも呪文など魔法を発動するためには不必要なものです」


 その発言は生徒達の魔法概念を根底から覆すとんでもないものだった。


 だが実際に呪文を全く知らないディーナが、魔法を発動して見せたことが橘の言葉の裏付になっている。


 このあと橘は彼女が理解しているこの世界の魔法の本当の仕組みを生徒達がわかる範囲で説明した。


 その大まかな内容は、魔法とは空気中の魔素を体に取り込み魔力に変換する。(橘とディーナはこれが出来なくて元哉から魔力の供給を受けている)


 魔力を思念によって現象を発生させるためのエネルギーに変換する。


 変換したエネルギーを元に魔法を発動する。


 およそこのような工程で魔法が発動することを説明するが、理解できた生徒は約半分だった。残りの生徒は今まで学んだ魔法発動の定義とあまりにかけ離れているために理解が追いつかない。


 ここまで話をしてから橘は『質問はないか』と聞いたところ、生徒達から質問攻めにあった。


 その中には『教官の魔法が見たい』という声があり橘は思案する。


(この部屋でヘタに私が魔法を使うと部屋ごと吹き飛ぶわね)


 どうしようか悩んでいると、一つだけ適した魔法があることを思い出した。


「それではやってみましょう。クリーン!」


 教室の中を橘の魔力が一瞬で駆け抜けたかと思うと、埃のついた窓枠も床も壁も生徒が着ている制服も全てが一瞬で新品のようになっていた。


 その結果を見て生徒達は呆然としている。


 ディーナだけが心の中で『さすが大魔王様』と褒めちぎっていた。


 質問の中で彼女たちの年齢を聞かれて、正直に橘が17歳でディーナが13歳と答えたところ、またもや生徒達が大きなショックを受けている。


 何しろ自分たちと同じ年齢の少女が途轍もない魔法使いとして存在しているのだ。彼女と比較して自分達はなんと矮小な存在かと落ち込む。


 午前中はここまでで時間が来たので、午後は演習室で早速魔法の練習を行うことを告げて、橘達は教室を後にする。


 出る間際に食堂の場所を生徒に聞いてみたところ、全員が同行を希望したので彼らの案内で食堂に向かう。


 メイドのソフィアも彼女達を案内するために教室まで出向いており、一緒に食堂に向かった。

 

 席に着くとソフィアが『こちらでお待ちくださいませ』と言って、二人分の食事をワゴンで運んでくる。至れり尽くせりだが、何でも自分でやってきた橘としてはいささか居心地が悪かった。


 生徒たちに囲まれて和やかな雰囲気で昼食を取る二人。味も量もそこそこ満足がいく水準だ。


 食事をしながら橘がディーナにささやいた。


「今頃さくらちゃんは、お昼を4人前ぐらい食べ終わっている頃ね」


「私は5人前いっていると思います」



 その頃騎士学校の食堂で、大盛りのランチを7人前食べ終えたさくらが『ヘックション!!』と豪快なクシャミをしていた。



 すでに生徒達の間では二人のファンクラブが出来つつあり、男女を問わずに希望者が続出している。このような事はこの学校の150年の歴史の中で、初めての出来事であることは言うまでもない。


 食事を終えた二人は、ソフィアの案内で貴族の師弟と教官しか利用できないサロンへ足を運ぶ。


 ここでもすでに彼女達の噂は広まっており、広い部屋に入ったとたんに注目の的になっていた。


「何か、常に注目を浴びるのって居心地が悪いわね」


 橘が少し眉をひそめる。


「そうですね、私達は今まであまり表舞台には出てませんからね」


 二人とも各地でかなり派手な活躍をしているという自覚がない。ディーナは大分元哉たちの基準に染まってきたようだ。


 そんな話をしていたところに、一人の若い貴族が彼女達の席に近づいてきた。


「本日からいらした教官のお二方でしょうか? 私はカルザル=ファン=オフェンホースと申します。公爵家の長男です。どうぞお見知りおきを」


 礼儀に沿った挨拶をする男に橘もにこやかに挨拶を返す。


(こいつがあの公爵家の長男か・・・・・・油断ならない目をしているわね)


 心の中で思っていることを顔には出さずに、ひとしきり社交辞令を交わして彼は離れていった。


(私たちのことを知っていてどんな人物か確かめに来たのか。それとも反乱に備えて使えそうな駒をスカウトしに来た・・・・・・そんなところね)


 カルザルは橘に全て見透かされているとも思わずにその両方の目的で近づいたのだが、一目見て彼女の美しさに心を奪われて、どうしても手に入れたいと考えた。


 彼だけでなく、貴族の若者の陥りやすい『自分は他人よりもはるかに優れた存在』という思考から抜け出せない限りは、橘の手の平で踊らされる事になるとも知らずに・・・・・・

 

 


 午後は演習室で実践訓練だ。


 午前中に橘は頭の中にイメージを描くことを徹底させた。


 もう一度このことを確認してから、ディーナに模範を示すように指示を出す。


 この演習室は、幅が40メートルで奥行きが80メートルあり、壁や天井は防御魔法で強化されているので多少の衝撃ならば問題なく跳ね返す。


 さすがに橘の魔法を受け止めるほどの強度はないが。


 ディーナは剣を抜いて、50メートル先に設置されている土で出来た的を見つめている。


 魔力を流して風をまとわせてから、剣をすばやく前に突き出す。


 すると風が螺旋を描きながら的に向かって直進して見事に粉砕した。


 彼女はエアブレイドを使ったわけではない。ただ単に剣に風をまとわせただけだ。それでもかなりの威力が出たことに満足している。


 以前は横薙ぎで帯のように魔法を飛ばしていたのが、このごろは小さな的にも魔法を当てることが出来るようになってきた。


 生徒達はさらに唖然としている。体から魔法を出すことでさえ大変なのに、それを剣から打ち出して的に当てるなど想像を超えた絶技だ。


 ようやく彼らはディーナがなぜ剣士の姿をしているかを理解したが、ディーナが手で発動した魔法を未だに飛ばせないことは知らない。


「さて、今のように呪文無しで発動した魔法を的まで飛ばすことが出来たら合格よ」


 橘の出した課題のハードルは、生徒たちにとってはかなり高い。


 それでもやってみると50人のうち17人が無詠唱で魔法を発動して、そのうちの3人が的に当てることが出来た。


 その3人は自分が仕出かした事に驚きを超えて泣き出している。


 彼らは平民でそれまで大して訓練を受けてこないままこの学校に入学して、精々小さな火を手から出す程度の魔法しか使えなかった落ちこぼれだ。


 それが無詠唱で魔法を発動してそれを的に当てるなど、今までは想像のはるか彼方の事だったのだ。


 そんな彼らの姿を見て生徒達の表情が変わった。夢が手の届くところまで近付いているのがわかっている。


 最終的には50人のうち36人が無詠唱で魔法を発動させて、残りの生徒ももう少しイメージが明確になれば発動できるところまで漕ぎつけた。


 過去にこの学校で無詠唱に成功したものはわずか7人、その誰もが天才として後世に名を残している。


 それが一気に30人以上の生徒が出来るようになることなどもはや大事件だ。


 落ちこぼれクラスがいきなり超エリートクラスになってしまった。


 橘は最後にもう一度ディーナに魔法を実演させた。


 彼女は今度は剣を横薙ぎに振るって8個の的を全て破壊する。


「これがあなた達の当面の目標よ」


 ディーナの魔法を見た生徒達はもう誰一人驚かない。むしろ明確な目標を目の当たりに出来て、さらにやる気が漲っている。


「今日のところはここまでにしましょう。続きは明日やります」


 橘の言葉に全員が揃って『はい』と気合の入った返事をした。


 こうして彼女達の魔法学校教官としての、この世界では規格はずれの初日が終わった。


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                      【お知らせ】


 いつも読んでいただきありがとうございます。


 このたび新しい小説の連載を開始いたしました。


 タイトルは


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 この小説は『小説を読もう』限定で掲載していますので、興味がある方はお読みください。


 なお、新しい小説の登場人物は、この小説に出てくる主要人物をモデルにしています。こちらの小説を呼んでいただいたいる方ならば、この女性は○○だなどと、すぐに察しがつくのではないかと思います。


 以上、宣伝でした。                            作者

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