第30話 決着
誘拐犯一味を殲滅したまではよかったが、ここから先のことについてさくらとディーナは話し合いを始める。
「ディナちゃん、またあっちの建物に戻って残っている兵を制圧するのはいかがでしょうか?」
さくらが自分の意見を口にする。ここまでやってしまったのだから、最終的にはそうせざるを得ないと既に覚悟は決めていた。
「さくらちゃん却下です。まずはこの人を安全な場所へ運ぶことが先です」
「なるほど、そうだよね」
ディーナの意見にさくらも肯いた。
さくらだけは指揮官にしてはいけないと心の中でディーナは考えると同時に、こんな時元哉がいればどれだけ頼りになることかと思った。
辺境伯の供述でこの建物と二人が最初に閉じ込められた地下の部屋は、地下に設けられた通路で繋がっている事が分かっている。
男二人を案内のために前を歩かせて、その後をさくらが監視をしながら歩く。ディーナは、誘拐犯のボスに乱暴されていた女性を庇いながらその後ろから付いていく。彼女は心身ともに傷ついており、歩くのも辛そうで『少しだけ頑張って下さい』とディーナに励まされながら、肩を借りて何とか歩いている。
薄暗い通路を2回曲がると、そこには木のドアがあった。施錠してあったのでさくらが蹴破る。
吹き飛んだドアの先は、最初にさくらたちが連れてこられた部屋が並ぶ通路だった。
さくらは、男二人を死体が転がっている部屋に連れて行き、自分たちを縛っていたロープで拘束する。
ディーナの方は、攫われた人たちの部屋の一つに入って、もう少しでここから出られることを伝えて、同時に傷ついた女性の介抱を頼む。彼女たちはその女性がどんな目にあったのかすぐに理解して、快くその役を引き受けてくれた。
やるべき事を済ませた二人は、通路で落ち合う。ディーナは男たちがいる部屋のドアに施錠の魔法を掛けて、ディーナ自身が解除しない限り開かないようにしておいた。
これは橘直伝の上級魔法で、魔法陣を描いてドアを封鎖する術式に解除のキーワードを組み込んで、掛けた本人でなければ解錠出来ない仕組みになっている。
ディーナの魔法は橘の指導によって急速に進歩しているのだ。
ちなみに橘は、誰にも邪魔されずに元哉とイチャイチャするためにわざわざこの術式を作成した。
一階のフロアーは混乱していた。たった二人の少女にいいようにしてやられ、どのように対処するか判断を下せないまま無駄な議論が繰り返され、時間だけが過ぎていった。
それでもようやく階段で気を失っている者と2階で負傷している者の収容と救助が開始され、同時に行方が分からない辺境伯の捜索も実施されている。
そんなときであった、フロアーに再び少女達が舞い戻ってきた。地下から階段を駆け上がって、さくらとディーナが颯爽と登場したのである。
さくら達に気がついた兵が声をあげると、フロアー一帯が、急に緊張に包まれる。指揮官が人数をかけて押し包んで捕らえろと、指示を出す。
だが彼らは、方針を間違えていた。階段を登ったさくら達と、行方の分からない領主の捜索で、主力を二階に上がらせていたのだ。まさか二人が地下の階段から出てくるとは思わなかったので、完全に裏をかかれた格好となっている。
兵士達は二人の出方を伺いながらじりじりと包囲を狭めようとするが、完全に腰が引けているのが手に取るように分かる。本音を言えば、もう抵抗したくないのだが、指揮官の命令で仕方なく行動しているのだ。
そんな彼らの行動を見ながら、さくらはディーナに告げた。
「ディナちゃん、ビリビリ一丁お願いします!」
「ハイ、よろこんで!」
ディーナさん、そんなやり取りをいったいどこで覚えたんですか?
ディーナが剣を一閃すると雷撃が飛んで、前列にいた兵士がバタバタと倒れた。指揮官は慌てて後退を命じる。
相手が引いたのを見て、さくらが前に出る。
「一番偉いやつは誰かな? 前に出て来てちょうだい!」
完全に相手を見下したもの言いをしているが、言葉の使い方から見てもうブラックさくらではないようだ。
一人の男が前に出てくる。先ほど取り囲むよう指示を出していた指揮官だ。
「私がこの隊の隊長だ。お前達一体何の理由があってこのような狼藉を働く!」
彼はベテランの指揮官であり多くの経験を積んでいる。だがベテランだからこそ今やそのプライドだけで、目の前にいる少女二人に対峙しているに過ぎない。
先ほどのディーナの攻撃を目の当たりにして、彼はようやく悟った。目の前にいるのは、圧倒的強者なのだと。自分達は手加減されて何とかここまで生き延びているだけだと。
「狼藉だと・・・・・・」
そう一言言って、さくらはディーナに小声でささやいた。
「ディナちゃん、『狼藉』ってなに?」
ディーナは全身の力が抜けた。『こんな場面で質問することか!』と、声を大にして言いたかったが何とか堪えた。日頃の橘の苦労が少しだけ分かった様な気がする。
「さくらちゃん、乱暴なことっていう意味ですよ」
思っている事を表情に出さないように苦労しながらディーナが答える。
「なんだそうか! よしディナちゃん、後は任せた!」
突然のさくらの丸投げ宣言にディーナは目を丸くする。
「さくらちゃん、『後は任せた』じゃないでしょう! 何でこんな肝心なときに私に振るんですか!!」
目の前で小声で何かをやり取りする二人の様子を見ている指揮官は、一体どうすればよいのかと、動きようがなくなってしまった。
両者の間でそんな微妙な空気が流れ始めたとき、ダン!! という大きな音とともに正面入り口のドアが開いて、人影が現れた。
「兄ちゃん!!」
「元哉さん!!」
二人が同時に驚きの声を上げる。声を掛けられた方も一瞬ポカンとしている。
「・・・さ、さくらとディーナ! 何でお前達がここにいるんだ?」
常に冷静な元哉でさえ、あまりに意外なことに、咄嗟に言葉が出なかった。
「き、貴様は一体誰なんだ?」
さらに新たな侵入者が現れたことにこちらも動揺を隠せない指揮官が、元哉に素性の提示を求める。
「俺は元哉。そこに立っているのは、俺の妹と冒険者仲間だ」
元哉の言葉に、指揮官はさらに頭を抱えた。少女二人に散々に翻弄されていたところに、新たな仲間が現れたのだ。
困惑している彼をよそに元哉はどうやら二人が暴れ回って、屋敷の警護兵達と対峙している現在の状況が飲み込めてきた。
「さくら、ここにいる理由を言え」
元哉がさくらに改めて問いかける。
「兄ちゃん、私達は誘拐されてここに連れてこられたんだよ。もっとも誘拐犯達はとっくに壊滅しちゃっているけど」
さくらの答えに元哉はなるほどと思った。いくらさくらでも理由もなしに暴れることはない筈だ。そもそもそんな事をすれば異世界のこととはいえ、国防軍法規に抵触する。そこら辺の事情はいくらさくらでも弁えているだろう。
「俺の妹はこう言っているが、どうなんだ」
元哉の問いに指揮官は当惑する。
「誘拐とは一体何のことだ?」
彼の回答でなんとなく事情を察した元哉は、ここで休戦案を提示した。
「この二人には俺が手を出させないようにしておくから、お前達も引いて欲しい。そこに寝ている連中を収容する必要があるだろう。それに間もなく軍務大臣閣下がここにやって来る。こんな有様を見せたくないのではないか」
「な、なんだと! 閣下がここにいらっしゃるというのは、まことであるか!」
元哉の話に驚く指揮官だったが、彼女達に手を出させないというのは願ってもない事だった。
「ああ、この場を収拾してもらうように俺が依頼した。それから、表に止まっている馬車にこの家の馬鹿息子と警護の連中がいるから、こいつらも収容してやってくれ」
指揮官は元哉の提案を受け入れ、辺境伯の身柄については軍務大臣が来てから引き渡すことで話がまとまった。
これでようやく落ち着いて兵士達は怪我人の収容に、使用人たちは騒乱の後始末やもてなしの準備を始めることが出来る。
元哉達は一室を割り当てられ、互いの出来事を報告してから、今後の話し合いを行いつつ大臣の到着を待った。
しばらくすると、大臣が到着した旨を家人が伝えてきたので、玄関のホールに出迎えのために向かう。
兵士達は通常の警備体制に戻っており、さくらたちが暴れて散らかった物は使用人達の努力できれいに片付いていた。
触れ係りの到着の声に合わせて、玄関の扉がゆっくりと開かれる。主な家人と幹部兵は入り口の両側に列を作って大臣を迎え入れた。
フルプレートの鎧にマントをひらめかせて、軍務大臣と彼の兵士が5人付き従って入ってきた。床に敷いてある赤い絨毯を踏みしめて、正面で待つ辺境伯の家族の前に歩み寄る。
今までどこに隠れていたのか分からなかったが、その夫人が歓迎の言葉を述べて、大臣もその言葉に当たり障りなく答えた。
元哉達は大臣を呼び出した当人なので、辺境伯の家人の横に立っていたが、大臣自らその前にやってくる。
「今日はギルドマスターから話を聞いて、君に恩を売る絶好の機会が出来たと思い、喜び勇んで駆けつけたよ」
そう言ってにこやかに右手を差し出す。元哉は彼のストレートなもの言いに苦笑いを浮かべながら、その右手を握った。一緒に来ていた隊長は元哉を見てこちらも苦い顔をしていたが、この前のように噛み付いてくる事はない。
案内にしたがって広めの応接室に通される。置いてあるソファーに向き合って腰をかけると、すぐに茶と菓子が出される。こう言うところはよく訓練されていると変に感心しながら、元哉はメイド達が退出するのを待っていた。
「さて、今回のことだが・・・・・・」
元哉の方から、具体的な話を切り出す。誘拐組織の事や馬鹿息子による拉致事件のことなどを分かっている範囲で全て話した。
大臣からいくつかの質問を受けて、さくら達も交えてこれに答えてから、次に実況見分に移る。
最初に外に出て別棟に向かう。さくらによる虐殺はまだ片付けられていなかったので、そのままにされている現場を見て目を背ける兵士もいた。
ボスのいた部屋にも入って、彼が既に死んでいる事を確認する。素っ裸で股間から大量の血を流して死んでいる様は見るに絶えないものがあった。
その後は地下通路を通って、誘拐された少女達が監禁されている場所に移動する。各部屋を回って誘拐されたときの状況などを簡単に聴取してから、いよいよ辺境伯を閉じ込めている部屋の前に立った。
ディーナが『お待ち下さい』と進み出て、施錠の魔法を解除する。彼女の術式の素晴らしさやその手際の見事さに、大臣は目を見張る。魔法は専門ではないが、一見しただけで宮廷魔法士のはるかに上を行く高度な魔法であることが理解できた。
何とかディーナだけでも宮中に招くことは出来ないかと考えたが、元哉達と無駄な確執を生み出す元になることが明らかなので諦める。
もしも大臣がディーナに誘いをかけたら、彼女はこう答えただろう。
「ははははは! 私は四天王の中で最弱の存在。三人を差し置いて私を招こうなど片腹痛い!」
最近、日本の変な文化に汚染されつつあるディーナだった。
部屋の中に入って、辺境伯の縄を解く。彼は軍務大臣に向かって必死に抗弁したが、すべて徒労に終わった。何しろ現行犯逮捕のようなものである。動かぬ証拠として監禁されている女性達の存在を突きつけられると、それ以上言葉を続けることができなかった。
その結果、辺境伯とその息子の身柄は大臣が預かって、帝都に移送して正式な取調べが行われることとなった。息子の方は実際に関わっているかどうか定かではないが、こうなっては一蓮托生、無理やりにでも罪を着せて処罰するということらしい。
話の最後に大臣は、宰相から辺境伯の身辺を調べるように言われていた事実を明かした。
外敵に対する守りの要に置いておく人物としては、聞こえてくる噂が余りにも酷い為、粛清のための証拠を掴む事が出来て非常に満足していることと、元哉達に今回の活躍に対してギルドを通して報奨金を出す事を確約した。
全ての話が終わって、屋敷を出る元哉達。さくらが元哉に話しかける。
「兄ちゃん、今回の私の作戦どうだった?」
「さくらちゃん。もしあれを作戦と呼ぶなら、世の中から成功しない作戦は全て消えてしまいます」
ディーナが堪りかねて元哉が何か言う前にさくらに反論する。
「そうだな、今回の事件がよかったのかどうかは、帰ってから橘に判断してもらおう」
元哉の一言に、さくらが一気に涙目になる。
「兄ちゃん、それだけは許して! どうせはなちゃんの事だから、こっぴどく怒るに決まっているもん」
「さくらちゃん、諦めたほうが良さそうですよ。私が部外者だったらこんな話を聞いたら軽く激怒します! 一緒に怒られますから我慢してください」
ディーナがまた覚えたての変な言葉を使っているが、さくらはそれに気がつく様子もなくひたすら橘の怒りを恐れていた。
その日の夕食後、さくらとディーナは一時間正座の上で、橘からタップリと説教をされた。
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