第31話 新たな仲間
橘に説教されて涙ぐんでいたさくらは、すでに自分のベッドで寝息を立てている。
何しろ今後の野営の時の食事をすべて苦手なピーマンにすると宣告されたのだ。さくらにとっては死活問題なだけに、ひたすら橘の慈悲を乞うた。
結局、彼女の粘り強い交渉によって一皿必ずピーマン料理を出すことで決着をみて、安心したのか今はすっかり夢の中だ。
ディーナもさくらに引っ張りまわされた挙句に、戦闘にまで及んだ疲労で既に眠りに就いている。
元哉と橘は今日の事件の顛末について話をしていた。大方の説明が終わったあたりで、ドアをノックする音が響く。
元哉がドアを開けると、ロージーが立っていた。
「夜分遅くにすみません。今日のお礼と、あとお話したいことがあるので、少しお時間よろしいでしょうか」
宿の仕事がようやく片付いたので、エプロンは外して昼間元哉と出かけたときと同じ若草色のワンピ-スを着ている。
元哉が彼女を招き入れて3人が小さなテーブルを囲む。橘がすぐに彼女の分までお茶を用意して、自分たちの分も入れ直す。
魔法を使ってお茶の用意をする橘を見て、ロージーは目を丸くしていた。橘が魔法使いということは外見や雰囲気で分かっていたが、これ程優秀とは思っていなかったのだ。
一口お茶に口を付けてからロージーは背筋を伸ばす。
「元哉さん、今日は助けていただいて本当にありがとうございました。元哉さんが一緒にいなかったら、今頃私は大変な目に会っていました」
丁寧に頭を下げるロージー。彼女は一足先に宿に帰されてから、元哉の事が心配で何度も橘に『大丈夫か』と聞きに来たり、仕事が手に付かずに何枚も皿を割ったりしていた。
元哉達の無事な姿を見て、彼に駆け寄ってそのまま抱きついて大泣きしていたのであった。
「そんなことは気にしなくていい。あの馬鹿息子は、父親と一緒に軍務大臣が身柄を預かって帝都で取調べをするそうだ」
元哉の説明にロージーはホッとため息をつく。これで今後元哉達と自分の家族に危険が及ぶ心配がなくなったからだ。
その後、かいつまんだ事の顛末や雑談に興じた3人だったが、ロージーが再び居住まいを正して切り出した。
「元哉さん、橘さん、実はお願いがあります。私を皆さんのパーティーに入れて下さい」
突然のことに元哉と橘が顔を見合わせる。
「私、小さい頃から父の様な冒険者になるのが夢で、父もそのことを分かってくれて色々と鍛えてくれました。これを見てください」
ロージーがギルドカードを差し出す。カードにはロージーの名前と『F』の文字が大きく印字してある。
「昨日登録してきました。父から『自分の目に適ったパーティーが現れたら、冒険者になることを許す』と言われて4年間待って、ようやく元哉さん達が現れたんです。父は、『元哉さん達ならば間違いないから安心して娘を任せられる』と初めて言ってくれたんです」
熱意のこもった表情で訴えるロージーに橘が諭すように話す。
「ロージー、あなたの気持ちはよく分かったわ。私はあなたが私達と一緒に冒険者をやっていくことに問題はないと思っているけど、もう寝ている子達の意見も聞かないといけないから、返事は明日でいい?」
橘の言葉に表情を明るくするロージー。
「ハイ、どうぞよろしくお願いします」
そういって一礼すると、遅くに訪問したことを詫びてから部屋を後にした。
「どう思う?」
橘が問いかける。
「問題ないとは思うが、彼女が付いてこられるかだな」
「そうね、ディーナがようやく形になってきたところだけど、彼女が私達に付いて来れればディーナにとっていい刺激になるでしょうね」
「そうだな、ライバル出現といったところか」
(元くん、ロージ-は私達にとって別の意味でライバルなんだけど、何でそこに気が付かないのかなー?)
橘は心の中でそうつぶやいた。
結局今夜の話はここまでにして、もう遅いのでベッドに横になる二人。なぜか橘は元哉と一緒に寝ないで、自分のベッドで一人で寝ていた。昼前構って貰ったし、彼女はおそらく元哉の疲労に配慮したのだろう。
翌朝、全員で朝食を取りに一階へ降りてくると、ロージーが明るく挨拶をして迎える。だが彼女は、元哉たちの話がどうなるのか気になって仕方ないようで、チラチラとその様子を伺っていた。
女性二人が残した朝食をさくらが綺麗にお腹にしまい込んだのを見届けてから、元哉が昨日のロージーからの話を伝える。
「いいよー!」
「一緒に旅をする仲間が増えてうれしいです」
さくらとディーナは快く賛成した。これで全員の意見がまとまったので、ロージーに手が空いたら席に来る様に伝える。
ロージーは一刻も早く仕事を終わらそうとバタバタとしていた。ただ、こういう日に限って客足が中々衰え無い事に苛立っているようで、一時間ほどしてからようやく元哉たちの席にやってきた。
「忙しいところを悪いな」
元哉が席を勧めて、腰を掛けたロージーに早速結論から切り出す。
「全員の意見が一致したので、ロージーを仲間にしようと思う。ただし、10日間様子を見るからそのつもりでいてくれ」
今までヤキモキしていたロージーが、元哉の言葉に胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます、私頑張ります。皆さんこれからどうぞよろしくお願いします」
改めて一同に挨拶をするロージーに、元哉から早速質問が飛ぶ。
「いつから合流できる?」
「はい、この宿を手伝ってくれる私の叔母と従姉妹が明日から来てくれるので、早速明日からご一緒できます」
ロージーの声が弾む。待ちに待った冒険者でビューだ。
「そうか、では明日からキャンプを開催する!」
元哉の宣言で橘とディーナの顔が一気に引き攣った。まさかいきなり始めるとは思っていなかったのだ。
「兄ちゃん、最近運動不足だったから丁度いいね!」
昨日あれだけ暴れたことも忘れて、さくらは大喜びしてる。
「さくらちゃん、なんだったらあなた一人で行ってきなさいよ。私はここで留守番しているから」
橘は何とか逃げたい様子で居残りアピールをしたが、元哉に却下された。ディーナは既に諦め顔になっている。
「ところでロージーは得意なことはあるか?」
女性陣の反応にキャンプとはどんなことをするんだろうと考えていたロージーは、元哉の問いで現実に引き戻された。
「はい、私の父は現役時代とても優秀な斥候役でした。私も父から色々その技術を学んでいます。あと探査のスキルも持っているんですよ」
明るい声でちょっと自慢げに答えるロージー。
「あら、それだとさくらちゃんとかぶちゃうわねー」
橘が少し困った顔をするが、元哉がそれを否定した。
「いや、さくらは前衛、中衛、後衛全て出来るから、斥候の専門職がいると状況に応じて様々なフォーメーションが取れて、戦い方の幅が広がるな」
元哉の言葉になるほどとうなずく橘。そこへディーナが口を挟む。
「もしかして私が前衛を務めることもあるんですか?」
「場合によってはそれもある」
今までは元哉たちに守られながら戦ってきたディーナだが、そろそろ独り立ちの日が近いことを知って決意を新たにしている。
「そうすると今まで以上に責任重大ですね。さくらちゃん、ずっとこんな役割を務めてきてすごいです!」
いざ、自分にその役割が回ってくるとなると、さくらの凄さが際立っていることに感心するディーナだった。
「ディナちゃん、よく分かっているじゃないの! もっと私を尊敬してもいいんだよ!!」
エッヘン! と無い胸を反らして自慢げにしているさくらにディーナが答える。
「はい、昨日のような無茶なことをしなければ、さくらちゃんのことを尊敬しますよ」
その瞬間、橘の目つきが険しくなった。
「ディ、ディナちゃん・・・・・・やっとはなちゃんの怒りが収まったところだから、出来れば昨日のことは触れないでおいて」
口にひとさし指を当てて『しっー、しーっ』のゼスチャーをするさくらに、ロージーは笑いを隠せなかった。
話はここで一旦お開きとなったが、ロージーが早速両親に報告をしたのだろう。家族三人で元哉たちの前に現れて、特に父親のボルスは娘を嫁に出すかのように、元哉の手を取って何度も『よろしく頼む』と頭を下げていた。
この後は、ロージーたち家族は昼食を取りに来る客のための仕込みやリネン用品の交換作業に入った。
元哉たちは各自の予定に従って行動する。元哉はギルドへしばらく留守にすることを告げに出掛け、さくらは中庭でトレーニングを始めている。
橘とディーナは、キャンプに必要な物品の買出しに出掛けた。食料品はかさ張るので午後アイテムボックスを持っている元哉を連れて出掛けることにして、先にロージーのための日用品を買うことにした。
橘達が宿に戻ると、先に帰ってきた元哉が部屋で待っていた。荷物を二人で手分けして運んできた彼女達は元哉にそのまま預けて管理を任せる。
そこへさくらも戻ってきて、『お腹すいたねー』などと和やかな会話が弾んだ。
「ディーナ、ちょっとこれを見てくれ、ギルドに行ったついでに受け取ってきた」
元哉がアイテムボックスから何かを取り出す。
彼がテーブルに置いたものは、漆黒に輝く円錐形の楯だった。
「元哉さん、随分立派な楯ですがどうしたんですか?」
ディーナが不思議そうに元哉に尋ねる。
「ああ、これはバハムートの鱗をあのドワーフの親父に頼んで加工してもらったものだ。ちょっと手にとって見ろ」
ディーナもこの漆黒の輝きはどこかで見たことがあると思っていたので、元哉から素材を聞いて『ああなるほど』と思い、手にしてみる。
「随分と軽いですね」
見掛けの重厚感と違って、意外なほど軽い。
「その通り。手に持った感じは軽いが、強度はあの親父の折り紙付だ。これを使ってみろ」
あの腕利きの鍛冶屋が加工するのに2日間徹夜をして磨き上げた一品だ、弱いはずが無い。そして使えと言われたディーナは、目を丸くしている。
「こんな素晴らしい楯を私が使っていいんですか?」
「お前しか使う者はいないだろう。その為に作らせたんだ。今使っているミスリルの剣は軽いから片手で扱えるだろう。空いている左手でその楯を持てば、防御がし易くなる筈だ」
確かに元哉の言う通り、両手持ちで振るっていたミスリルの剣は、かなり筋力が上がってきた今では十分片手で取り回せる。元々片手剣として作られていた物を非力ゆえに両手持ちで使用していただけなのだ。
「ディーナ、明日からのキャンプでは剣と楯を持つことの習熟訓練だ。厳しいから覚悟しておけよ」
元哉が出した課題のハードルがあまりに高くて、思わず息を呑むディーナだった。
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