第32話 懲りない混浴風呂

 翌朝、訓練キャンプに出発する一行を、宿屋の家族が総出で見送る。


 昨日ロージーのために訓練キャンプを実施することを父親のボルスに伝えたときに、『新米なのだから依頼を受けた方がいい』とか『金の方は大丈夫なのか』などといろいろ心配してくれたので、正直に自分たちは既にBランクであることや、この前トカゲと言っていたのは実は地竜である事などを打ち明けておいた。


 この話を聞いてボルスは当然驚いていたが、自分の目に狂いがなかったことを心から喜んだ。何しろ地竜を討伐できる将来有望なパーティーに娘を預けることが出来たのだ。こんな安心できることはないと嬉しさの余り男泣きしていた。


 そんな愛情あふれる家族に見送られて、ロージーは決意を新たにしている。早く元哉達に追いつきたいと心から願っていた。


 彼女はいつものエプロン姿ではなく、この日のために以前から用意していた動きやすい冒険者向きの服装と皮製の防具を身に付けている。


 もちろん後ろに束ねた淡いブロンドの髪には、銀色の髪留めが光る。この髪留めだけは何があっても一生手放さないと、彼女は固く決心しているのだ。




 先頭を歩くさくらに続いて、西門を抜ける一行、全員が冒険者なので手続きはスムーズに行われた。


 ここから南東に30分進んだところに、ボルスに聞いたトレーニングに丁度良い草原がある。さくらとロージーは張り切って、橘とディーナは諦めムードを漂わせながら街道から逸れて歩き続けた。






 その後、特に魔物に出会うこともなく、無事に目的地に到着した一行。


 元哉の指示に従って橘が土魔法で宿泊施設を造りだし、そこに各自の装備や個人用の荷物を置いてから整列する。


「各員体力と技能の向上をはかるように」


 元哉の短い訓示で、10日間の地獄の訓練がスタートした。


 まずはお馴染みの2時間走だが、このままでは走りにくいので橘がエアブレイドで楕円形に草を刈り込みトラックを造る。


 ロージ-は橘の魔法を見て再び驚いたが、周りがこの程度は当然という顔をしているので、声には出さなかった。


 そして元哉の号令で走り出すと、さくらが早いのは当たり前として、かなり体力がついてきたディーナとなんとロージーが同じくらいのペースで走っている。


 橘は、レベルが60を超えているにもかかわらず、相変わらず体力がなくてダントツのビリだ!


 元哉は、競って走る二人の後ろについて盛んに彼女達を煽る。


 走り始めて10分でダウンした橘は、さくらに怒られている。こういう時でないとさくらは橘に強気になれないので、ここぞとばかりに彼女の尻を叩いていた。


 二時間後、ディーナとロージーはヘロヘロになりながらもなんとか完走した。途中で何回か回復の水は飲んだものの、この結果は上出来だ。



 この日の昼食は、30分でリタイヤした橘とロージーが用意した。


 さくら同様料理の才能がないディーナは、その姿を見て


「女としての自信を失います」

 

と嘆いていたが、橘から食材に触れることすら禁止されているので、諦めるしかなかった。




 食休みを挟んで午後は組み手をみっちりと行う。


 さくらとディーナ、元哉とロージーという組み合わせからスタートして、ローテーションしていく。ちなみに橘は魔法の解析に専念しており、組み手には参加していない。


 ディーナは右手に剣左手に楯を構えてさくらと対峙する。さくらの鋭く伸びる拳を楯で防ぎながら右手の剣で攻撃しようとするが、さくらの猛攻にあって防戦一方だ。


「さくらちゃん、もう少し手加減してくれないと、何も出来ないですよ!」


「ディナちゃん、寝言は寝て言えですよ。そりゃー!!」


 さくらの一蹴りで、ディーナが楯ごと吹き飛ばされる、そんな光景が繰り返されていた。


 一方、元哉はナイフを振るうロージーの攻撃を簡単に裁き、時々手刀を当ててナイフを叩き落していた。ロージーの攻撃はそこそこいい線まで達していて、Fランクよりはもう少し上ぐらいのレベルの技量はありそうだ。


「元哉さん、私の攻撃がまったく当たる気がしないのですが、完全に私のことを弄んでいますよね」


「随分ひどい言われようだな。ほれ!」


 ロージーの額にデコピンが炸裂する、草原を転がりまわって痛がるロージー。


 それを見ていたディーナは


「ふふん、誰もが一度は通る道ね」


 とちょっと先輩顔で呟く。そこにさくらが、


「ディナちゃん、私を前にして余所見をするとはいい度胸です」


 と言って、ローキックを叩き込む。


 次の瞬間、草原を転がりまわって痛がるディーナがいた。



 元哉とさくらに散々にいたぶられた二人だが、ディーナとロージーの組み手は意外にも白熱した。ロージーはさくらと似たタイプで、レベルは低いものの素早さに秀でており、巧みにディーナの剣を掻い潜り自分の攻撃をコツコツと当てようとする。


 一方のディーナは一撃の威力ではるかに上回っていることを生かして、楯でうまくロージーの攻撃を防ぎながら剣を振るう。


 お互いに決め手がないまま時間が過ぎて、この日の二人の対決は終わった。もっともディーナは最大の武器である魔法剣を一切使っていなかったので、これで二人が互角ということではない。


 


 夕食が終わって、恒例のお風呂タイムになりいつものように元哉が先に入っていると、さくらの声が聞こえてくる。


「大丈夫だから! 恥ずかしいのは最初だけだって! ねえディナちゃん!」


「私は最初から恥ずかしくなかったですよ」


「ほらディナちゃんもこう言っているんだし、早くおいでよ!!」


 聞こえてくる声を考え合わせると、元哉にとってはいやな予感しかしない。


 さくらとディーナが一緒に入ってくるのには慣れた。いや、ディーナの裸体には全然慣れていないが、一緒に風呂に入るという状況にはなんとか慣れた。


 これから起こる未来を想像して、その予感から目を逸らしているとさくらの声が届いてくる。


「兄ちゃん、入るよ!」


 続いてディーナの声。


「元哉さん、お邪魔します」


 そして無言でやや緊張した気配の人物が一人・・・・・・


 右手で胸を左手でもっと大事なところを隠して、恥じらいながら湯船に入ろうとするロージーがそこにいた。


 いつものようにさくらが元哉の膝の上に座る。


「兄ちゃん、いい眺めでしょう。ロジちゃんを説得するのが大変だったんだから。これではなちゃんに頼んで、お風呂を大きめに造ってもらった甲斐があったよね」


 こいつはなんて余計なことを・・・と心の中で思った元哉だが、口には出さない。そんなことを言えばロージーを傷つけることになるかも知れないのだ。


 眺めと言えば、ロージーは腕で隠してはいるものの、その胸の大きさはディーナと橘の中間ぐらいのようだ。これで『大』『中』『小』『極小』と全種類コンプリートだなと、余計なことを考えていた元哉だった。


 お湯の中に隠れているので、安心してロージーに視線を向けると、彼女は恥ずかしくて顔が真っ赤になっている。何もそこまで無理することはないのに・・・などと元哉が考えていたときディーナが切り出した。


「さくらちゃん、そろそろ私と交代してくれてもいいんですよ!」


 元哉としては、『待て待て、落ち着いて話し合おう』と言いたい心境だが、声には出せない。


「えーっ、ディナちゃんまたですか? この前は特別に譲ってあげたのに・・・」


「さくらちゃん、おととい一緒に橘様に怒られた恩をここで返すべきじゃないでしょうか?」


 ディーナがなおも迫る。領主の館襲撃事件のことを持ち出されては、さくらも引かざるを得ない。


「しょうがないなぁ。ディナちゃん、特別だからね!」


 しぶしぶと言った表情で,元哉の膝をさくらが明け渡す。


「ヘヘン、やった!」


 と言ってディーナが正面から元哉の方に近づいてくると、そのまま向きを変えないで元哉の膝に女の子座りをした。


「えっ、ちょっ、ちょっと待て!」


 うろたえる元哉にヒシッと抱きついて、その胸板に頬を寄せるディーナ。


「ディナちゃん、まさかここまでやるとは・・・・・・心底恐ろしい子!」


 さすがにこの大胆行動にさくらが驚いている。その横でロージーはぽかんと口を開けてその光景を見つめるだけだった。


 全裸のディーナに正面から抱きつかれて、完全に身動きが出来ない元哉。何かしようにもこちらを見つめる二人がいるし、うっかり橘の耳にでも入ったら大変なことになる。


 ひたすら頭の中で数字を数えるしかなかったが、体のほうはもっと正直だった。


「あれ元哉さん、おなかに何か硬いものが当たるんですが、これは何でしょうか?」


 と言って手を伸ばしかけるディーナ、さすがにこれはまずいと判断したさくらが、


「ディ、ディナちゃん、ストップ! 時間になりました!」


と声をかける。


「えーっ、さくらちゃん。まだ恩は返せていないですよ!」


 頬を膨らませて抗議するディーナ。


「で、ではお湯に手をつけないという条件で延長を認めます」


 さくらの許可が出たので、今度は反対側の頬を元哉の胸板に密着させて至福の表情のディーナと生殺し状態の元哉。


 この状況に慣れていないロージーがさくらに話しかける。


「さくらちゃん、いつもこんな事をしているんですか?」


 さくらも説明に困っているが、なんとか言葉を捻り出す。


「いや、ディナちゃんはある意味怖いもの知らずの特殊な子だから・・・」


「そうなんですか・・・・・・」


 このあと二人の沈黙が続いた。



 ようやくディーナが満足したのか、元哉に『またお願いします』と言って、軽い口付けをしてから離れる。ようやく解放された元哉は、口から魂が出ていた。


 元哉とは反対側に移動しようとしたディーナだが、湯船は広く造っているとはいえ3人は並べない。


 さくらとロージーもなんだか放心状態なので、自分だけ楽しんだディーナは特にロージーに悪いような気がしてきた。


「では、次はロージーさんの番ということで」


 ボーっとしているロージーの後ろに回りこみ、その背中を押す。


「キャー!!」


 突然後ろから背中を押されてロージーは、驚いて立ち上がった。


「さあ、ロージーさんも至福を味わってくださいね!」


 そういいながらなおも彼女の背中を押し続けるディーナ。


「止めて押さないで!」


 ロージーはそう言うのが精一杯で、ディーナの圧力に負けて前進している。


「ちょっと待て、まって・・・ウブッ!!」


 ようやく我に返った元哉が、ディーナを止めようと声を上げたときには、ロージーの裸体が目の前だった。そしてロージーの体が、元哉に覆いかぶさる。


 ビクンと大きく震えるロージー。


 ディーナに押されて元哉の頭の上に上半身が乗っかる格好になったロージーだが、丁度元哉の口に彼女のおへそが触れていた。


 元哉の口からロージーに魔力が流れ込み、彼女の体は青く光りだす。




 ようやく我に返ったさくらが、ディーナをじとーっとした目で見る。


「ディナちゃん、やってしまいましたね! 今回は私のせいではないですから、ディナちゃん一人がはなちゃんに怒られてください」


「そんな、ロージーさんを無理やり誘ったのはさくらちゃんですし、ここは平等に一緒に怒られましょう」


 二人が罪の擦り付け合いをしている間にロージーは、


「もうダメーーーー!!!」 

 

 と大きな声を上げて、意識を失った。




 その声で駆けつけた橘は、


「一体何人の被害者を出せば気が済むの!!」


 と言って元哉を散々に叱るのだった。


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