第33話 ロージーの魔法
翌朝の朝食の時間・・・・・・
「私、魔力が宿りました!」
嬉しそうに話し始めるロージー。
橘がジロリと3人を睨み付けると、元哉、ディーナ、さくらの順に揃って明後日の方向を向いた。
気を取り直した橘がロージーに話しかける。
「経緯ははともあれ魔力が宿ったのはいい事だから、今日から魔力の扱い方の練習をしましょう」
橘としては、体力トレーニングをサボれるよい口実なので、これは逃す手はないと考えていた。
「そ、そうだよね! 折角なんだからちゃんと教えてもらったほうがいいよね!」
さくらがとってつけた様に言い出すと、元哉とディーナも賛同する。
「橘さん、どうぞよろしくお願いします」
ロージーが頭を下げると、橘は『結構厳しいわよ』といって頷くのだった。
いつものように持久走を終えた三人のところへ、橘とロージーがやってくる。
「調子はどうだ?」
元哉の問いかけにロージーがちょっと困った顔で答える。
「それが・・・魔力を感じ取るところまではいいんですが、その先がうまくいかなくて・・・」
少し俯いている彼女に橘がフォローをする。
「もうひとつ壁を越えれば、魔法として形になるわ。焦らずにやっていきましょう! それに、元くんやさくらちゃんだって魔法は使えないし」
橘の言葉に頷くロージー。
「俺はよくわからないのだが、魔法の種類によって適性とかあるのか?」
元哉がなんとなく思いついたことを口にする。
「そうねー、たとえば魔力の色が一番わかりやすいかもね」
橘が言うには各自が持っている魔力の色、ディーナの紫は闇属性、ロージーの青は水属性や風属性に適性が有るらしいのだが、これもかなり曖昧な部分が多いとのことだった。
「あとは個人の性格にもよるわね」
攻撃的な性格は攻撃魔法が得意という事だ。
「ロージーは攻撃向きか?」
元哉が尋ねる。
「わたし、あんまり攻撃とかは向かないです」
冒険者になったとはいえ、元々宿屋の看板娘のロージーは根の優しい子である。彼女もその点は自覚しており、魔物といえども命を奪うことができるか少し不安があった。
元哉とロージーの話を聞いていた橘は、『そうか』と気がついた。
「ねえロージー、ディーナに水を飲ませてあげたいと心の中で考えながら、手に魔力を流してみて」
そこには走り終えて汗だくのディーナがいる。ロージーは彼女のほうを向いて、言われたように魔力を流してみる。目を閉じてディーナのことを考えて、全神経を手に集中する。
しばらくすると、その手からポタリポタリと水が滴り始めて地面を濡らした。
「えー! 水が出てきました!! ど、どうしましょう!?」
その結果に慌ててしまうロージー。オロオロして橘のほうを振り向く。
「落ち着きなさい、手で水を掬う時のような形にしてそこに水を溜めてみなさい」
橘のアドバイスに従って、水を溜めるように念じるロージー。程なくしてその手に一杯の水が溜まって、ついには手には収まりきらずに溢れ出した。
「これが魔法・・・・・・私の魔法・・・私魔法が使える!」
次から次へと自分の手から溢れてくる水を見つめてつぶやくロージー。
「今感じている感覚を忘れないようにすれば、訓練次第でどんな魔法でも使えるようになるわ」
そう声をかける橘の言葉も余り耳には届いていない。
「魔法が使える・・・・・・ヤッターーーー・・・!!」
両手の水のことも忘れて、ロージーは手を思いっきり振り上げた。手の中の水が小さい飛沫となって飛び散り、一瞬だけそこに陽炎のように虹がかかる。
一人で舞い上がっていた彼女が落ち着きを取り戻して、正面を見ると草の上に座っているディーナがびっしょりになっていた。
「ロージーさん、魔法が使えて嬉しい気持ちはわかりますが、これは酷くないですか?」
顔から水を滴らせて抗議するディーナに、ロージーは慌てて手にしたハンカチで水をふき取ろうとする。
「冗談ですよ、ロージーさん。汗でびっしょりだったので、かえって気持ちいいぐらいです」
ディーナがにっこりと微笑む。彼女もついこの間、魔法が使えるようになったばかりなので、ロージーが舞い上がる気持ちもよくわかっているのだ。
「ごめんなさい、ディーナちゃん。わたしうれしくて・・・・」
「いいのいいの! その代わり今日も一緒にお風呂に入りましょう! それで、二人掛りで元哉さんに・・・そうだ! 今日はロージーさんが魔法を使えるようになった記念ということでさくらちゃんに場所を替わってもらって、その後ついでに私が・・・いける! これは絶対にいける!」
後半は独り言のようになっていたディーナの声だが、この女中々腹黒い。
離れたところにいた元哉に声は届かなかったが、このとき彼は謎の悪寒に襲われていた。
せっかく魔法が出来たからもう少し練習しておこうということで、橘とロージーは二人で屋内に戻った。
今は元哉とディーナが、組み手を行っている。
ディーナが楯と剣をうまく攻守で使い分けできるように、元哉が棒切れを手にして立会っている最中だ。
元哉はナイフを振るうことはあるが、剣や刀を手にした経験はほとんどない。それでもディーナの相手を務めるくらいはまったく苦にならない。
決してディーナが弱いわけではない。彼女は剣士として一人前のレベルに達しているのだが、元哉の格闘センスの前ではそれさえも霞んで見えてしまう。
(元哉さん、反則です。剣は素人だなんて言っておきながら、なんですかこれ! 父上に稽古をつけてもらっているときのような感じで、まるっきり歯が立ちません)
心の中でディーナはぼやいているが、顔に出すわけにはいかない。繰り出される棒切れを楯で受けて必死で押し返し剣を振るう。だがそれも簡単に捌かれて、次の攻撃を受けるの繰り返しだ。
元哉は、楯で受けにくいところやを狙ったり、時には力押しで楯に強い打撃を加えたり、様々な組み合わせをディーナに仕掛けながらその体に教え込んでいく。
組み手が白熱してディーナが肩で息をし始めたころ、二人の様子を横で見ていたさくらがピクリと反応した。
「兄ちゃん!」
さくらの鋭い声に打ち合いの手を止めて元哉が耳をそばだてると、遠くで何者かが争うように物音が聞こえてくる。
「さくら、行け!」
鎖から解き放たれた猟犬のようにさくらがダッシュする。走りながら身体強化をかけてさらに加速、この状態のさくらはすべての魔物や野生動物を含めて、陸上ではおそらくこの世界で最速であろう。
高速で移動するさくらの視界に、ソロの女性冒険者が犬型の魔物に襲われている光景が飛び込んできた。まったくスピードを緩めることなく、さくらは魔物の群れに突っ込んでいく。
「それー!」
掛け声とともに、正面に捕らえた標的に跳び蹴りを入れる。時速100キロを超える勢いで突っ込まれた魔物は、ダンプカーと衝突でもしたかのように30メートル以上吹き飛んで動かなくなった。
あまりに勢いがつきすぎていて、ジャンプした時に群れを完全に飛び越えてしまったさくらは、空中で体を捻って絶妙なバランス感覚で姿勢を制御する。
ズザザザザーーーと草原の草を薙ぎはらって魔物と正対する様に着地してから、体を前傾させて3点クラウチングスタートの体勢から再びダッシュを開始。
一頭がさくらに気づいて向かってきたが顎に前蹴りを入れて簡単に迎撃、次に右横から襲い掛かった来た一頭は振り上げた足をそのまま落として地面に這い蹲らせた。
左側の5メートル先にいた一頭には魔弾をお見舞いして、さらに女性冒険者の背後から跳び掛かろうとする一頭の腹を蹴り上げる。すべていつものように一撃で絶命させている。
「ありがとうございます。助かりました」
彼女の背後の位置についたさくらに後ろから礼を言う声がかかるが、魔物はまだ4頭残っている。
「お礼を言うのは全部倒してからだよ!」
その言葉が終わらないうちに、さくらは視界に入っている2頭に魔弾を打ち込んでいた。残る2頭のうち片方は女性が剣で仕留め、逃げ出そうとした一頭もさくらの魔弾であっけなく倒れる。
すべての魔物を倒したことでホッとしたのか、女性はその場にへたり込んだ。手や足から血が滲んでおり、特に左ふくらはぎの出血か酷い。
「大丈夫? 歩ける?」
さくらが心配して声をかける。
「なんとか、傷用のポーションがあるからゆっくりならば歩ける程度には回復すると思う」
そういって彼女は背嚢から小瓶を取り出して一気に飲んだ。さらにもう一瓶を傷にかけていくと、小さな傷はすぐに塞がった。
「この傷だけは時間がかかりそうだな」
しかし、魔物の牙にザックリと抉られた怪我は、中々出血が治まる気配がない。
「じゃあ、私たちのキャンプで休んでいくといいよ! 迎えを呼ぶから」
そういってさくらは、ヘルメットの通信機能で元哉と連絡を取る。元哉達もこちらに向かっていて、それほど時間がかからないうちに到着できそうとの事だった。
5分ほど待っていると、遠くに元哉の姿が映ってきた。さくらが手を振って合図をすると、気が付いた様で元哉も手を振り返す。
それからすぐに元哉一人が到着した。ディーナは怪我人を収容することを橘達に伝えるため、途中で引き返していた。
元哉が持っていたタオルで傷口を固く縛り、さくらの肩を借りて女性が立ち上がる。彼女を元哉がおんぶして、荷物と剣はさくらが持っている。
「少し急ぐから、しっかり掴まっていろ!」
そう言って駈け出す元哉、さくらほどではないが人を一人背負って驚異的なスピードで草原を走っていく。元哉の背中にいる女性のほうが、そのスピードに目を回していた。
宿泊地に到着したのは、ディーナのほうが僅かに先ではあったが、ほぼ同時だった。
屋中に運び入れたとき、女性はあまりのスピードに口もきけない様な有様だったが、椅子に座って水を飲んだら落ち着いて話が出来るまでに回復した。
彼女を見ていたディーナがなぜかはっとした表情になるが、すぐにもとの心配そうな顔に戻る。ディーナは誰にも気づかれていないと思っていたが、橘はその僅かな表情の変化を見逃さなかった。
そのことは置いて、橘は巻いてあるタオルを取って傷口を調べる。かなり深くまで肉が抉られており、すぐに治療が必要な状態だったが、どういうわけか彼女はディーナとロージーを呼んだ。
「ディーナ、ここに座って。確かあなた左足に痣があったわよね」
「はい、昨日さくらちゃんに蹴られた痣がありますけど?」
橘がいったい何を言いたいのよくかわからずに、ディーナは答える。
「そこを出しなさい」
かなりの命令口調で橘が指示する。
「はあ」
何だろうという顔でディ-ナが足を出すと、今度はロージーに向かって頷く。
ロージーはディーナの足に手を当てて、『治りますように』と願いをこめて魔力を流すと一瞬で痣がきれいになくなった。
「ええー!」
ロージーの魔法の効果に驚くディーナ、実は先ほどまで二人は回復魔法の練習をしていたのだった。
「ロージー、次が本番よ。しっかりね」
そう言って橘がロージーを励ますと、彼女は女性の足に手をかざす。
ディーナのときのように一瞬というわけにはいかないが、ジワジワと傷が塞がっていく。ロージーは額に汗を浮かべて自らの手の平に魔力を流し続ける。
回復魔法を覚えたての緊張と失敗できないというプレッシャーの中で、彼女は自分の限界まで魔力を流しきった。
ほとんど傷が塞がったところで意識を失ってロージーは倒れたが、その表情は満足そうであった。
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