第34話 使者
魔力切れで気を失ったロージーは、元哉が寝室に運び毛布の上に寝かせた。他人がいるところで魔力の注入を行うのは憚(はばか)られるので、しばらくそのままにしておく。
元哉が戻ったところで、食事用のテーブルを囲んで、怪我が癒えた女性冒険者が改めて礼を述べる。
「危ない所を助けていただいたばかりでなく、怪我の手当てまでしていただいてありがとうございました。私は、シャロンと申しますDランクの冒険者です。それで気を失った方は大丈夫なんですか?」
「魔力切れで気を失っているだけだから、しばらく休めば大丈夫よ」
橘が彼女の質問に答えてから、各々が自己紹介をする。
「面倒な探り合いは無駄だから単刀直入に聞くわ。シャロンさん、わざわざここまで来た理由を教えてもらおうかしら」
突然切り出した橘に、元哉とディーナは驚いた表情をする。
「お見通しでしたか、さすが魔王様です」
シャロンは臆面もなく答えてから立ち上がってディーナの元に歩みだす。
「姫様、こうして再びお会いできますこと、まるで夢のようでございます。陛下と姫様の行方がわからなくなってから、臣下一同この日が来ることを心待ちにしておりました」
ディーナの足元に傅(かしず)いて頭を垂れるシャロン。
「シャロン、頭を上げてください。長い間留守にしてあなた方には苦労をかけました。まだ国には戻れませんが、私はこうして皆さんと元気にしています」
「もったいないお言葉です」
それだけ言って咽び泣くシャロン。彼女の態度を見ただけで、ディーナとその父親が民からどれだけの信頼と尊敬を集めていたかわかる。
「さあ、そのぐらいにしてシャロンは席に戻りなさい。そのままでは話が出来ないわ」
橘の一言で主従の再会はいったん幕引きとなり、改めて用件に入った。
「まずは確認をするわ。古き神と預言者は?」
橘が以前メルドスから聞いた合言葉を口にする。
「はい、ヤハウェとアブラハムの御心のままに」
胸に手を当てて、目を閉じて答えるシャロン。メルドスの言葉の通りの返答がなされた。
「シャロン、ありがとう。事が事だけに慎重に身元を確認しないといけないから、あなたのことを疑ったわけではないのよ」
「いいえ、魔王様。お互いの身元の確認はくれぐれも慎重にせよと父から申し付かっております。私こそ情に流されて、姫様に軽々しく接してしまったこと申し訳なく思います」
シャロンの言葉を聞いた橘は苦笑している。面と向かって魔王と呼ばれるのに慣れていない為だ。
「ところで橘様、私とシャロンが知り合いだったってよく気がつきましたね」
ディーナは先ほどから気になっていた疑問を口にした。自分では完全に知らない振りをしていたことに自信があった。
「あれだけ懐かしそうにシャロンを見ているあなたの態度と、こんな所にわざわざやって来る物好きな冒険者は殆どいない点を考えると、私たちに用があるという結論に達するでしょう」
ディーナの自信を粉々に打ち砕く橘の言葉。
「私ってそんなに気持ちが表情に出やすいですか?」
ちょっとしょんぼりとしてディーナが聞く。
「ディーナ、あれで気持ちを隠しているつもりなの? 色々言いたいことはあるけど、あなたが考えていることがわからないのは元くんくらいのものよ」
橘が言いたいのは今回の件だけではない。もっと大事なこと、元哉のこととか、元哉のこととか、元哉のことを含めて言いたいことがあるようだが、今ここで言うべきことではないくらいは弁えている。
「それよりもディーナとシャロンはどういう関係だったの?」
話題の切り替えがうまい橘であった。
「はい、私の父はメルドスと申しまして、陛下の親衛隊長を勤めておりました。母も姫様の身の回りの世話係で、幼いころから私は母に連れられて姫様の遊び相手を務めておりました」
「ほう、あの男の娘か!」
元哉の言葉にシャロンがうなずく。おそらく彼女の父親からの連絡で、魔王だけでなく元哉たちの存在も既に知られていたのであろう。
「積もる話はあるでしょうけれど、先に用件を片付けましょう」
橘の言葉に一同がうなずく。
「それでは・・・・」
シャロンが現在のルトの民の国『新へブル王国』の現状を語った。
ディーナが生きているという噂は瞬時に王国内に広がり国内が動揺していることや、謀反を起こした4人のうちひとりが暗殺されたことなどが主な内容だった。
「早速効果が現れたわね」
橘がニヤリとする。自分の策がこうも早く効果を挙げるとは思っていなかったので、良い方の誤算だ。
シャロンの話によると、ディーナの暗殺を命じられた諜報機関の責任者は元々前国王派で、その命令に反発して国務大臣の暗殺に踏み切ったそうである。
ただし安閑とはしていられない事も起きている。国民の間で現国王に対する反発が強まっており、暴動が頻発して犠牲者が出ているらしい。
同じ国民同士が争って死者が出ていることにディーナは心を痛めている。橘もここまで効果が上がるとは思っていなかったので、ちょっとブレーキをかける必要があると判断した。
「民に伝えなさい。『今は力を蓄えるとき、全ては姫が国に戻ってから始めよ。姫は3年以内に新たな魔王を連れて国に戻る。それまで不用意な行動を慎め』とまあこんな感じかしら」
橘の言葉にうなずくシャロン。
「わかりました、一字一句違わぬ様に伝えます。魔王様、3年というのは真でしょうか」
真剣な表情で尋ねるシャロン、彼女のもたらす情報に国家の浮沈が懸かっているのだから真剣にもなろう。
「うーん、出来ればその魔王というのは止めて欲しいんだけれど・・・3年というのは現状ではそのくらい掛かりそうということで、早くなる事も遅くなる事もあるわ」
「承知いたしました。橘様、それではただいまのお言葉を伝えるために一刻も早く私は出立いたします」
すぐに出て行こうとするシャロンを橘が引き止める。
「待ちなさい、お昼はここで食べていきなさい。ディーナと積もる話もあるでしょうし、そのぐらいゆっくりしていっても大丈夫よ」
橘の言葉に出掛かった体を引き戻されるシャロン。結局彼女は昼食を付き合って、ディーナと昔を懐かしんで話が盛り上がった。
元哉に魔力を補給してもらったロージーも起き出して、和やかな時間は過ぎていく。
「街に戻ったら、またお話しましょう」
ディーナは名残惜しそうにシャロンを見送る。彼女の要望でシャロンはロージーの実家に宿を移すことになっており、キャンプが終わればいつでも会える。
先程の様に魔物に出くわすことがあるかもしれないので、街の近くまでさくらが一緒についていくことになった。彼女の足なら余裕で夕方までに戻ってこれるので、念の為にと元哉が護衛役に就けた。
シャロンは恐縮していたが、自分の使命の重さがわかっているので安全を優先せざるを得ない。ディーナは二人の姿が見えなくなるまで見送っていた。
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エルモリア教国首都ミロニカルパレス、その中庭を二人の女性が優雅に歩いている。天橋椿が乗り移っている召喚の巫女リディアーレと世話役のメイドだ。
椿はこの何日かを読み書きを覚えたり、魔法書や歴史書を読んで過ごしていた。文字は3日で覚えて、今や最上級の魔法書すら読みこなしている。
気分転換がしたいといって今日初めて外に出ることをメイドに切り出してみたところ、思いの外簡単に許可が出た。
花の名前や鳥の名前を聞きながらメイドと共に歩くと、優雅な庭園とは造りの異なる建物が並ぶ一角が前方に見えてくる。
「あちらはどのような建物ですか?」
どうせ兵舎の並ぶ界隈だろうとわかっているが、何も知らぬ振りをしてメイドに尋ねる。
「はい、あちらはこの城を守る兵士達の居住区と訓練場で御座います」
丁寧な物腰で答えるメイド。椿は心の中で『この雌狐が』と思っているが、そのような事はおくびにも出さずにさらに尋ねる。
「まあそうですの! 聞くところによれば、私も勇者様の召喚に関わったそうですね。私もぜひ勇者様にお目に掛かってみたいものですわ」
勇者の動きは常に魔力の流れで追っているので、おおよその能力は把握しているのだが、人柄などは会ってみないとわからない。この際だからどんな人間か見ておこうと椿は考えた。
「おそらく勇者様は午後の訓練をされている事でしょう。お話をすることは難しいかもしれませんが、遠くからお姿を拝見することは出来るのではと思います」
『お前が何でそんなことを知っているんだよと』突っ込みたかったが、何も知らぬ振りを通す椿。
「まあ、勇者様のお姿を拝見するのはとても光栄なことですわ。ぜひ参りましょう」
あくまでも勇者に憧れる一般的な少女を演じる椿、役者になれる演技力だ。
二人連れ立って訓練場まで歩き、休憩用の椅子とテーブルが置いてある一角に腰を下ろす。メイドは飲み物を用意しますといって、近くの建物に入っていた。
メイドが用意した紅茶を飲みながら訓練場を見渡すが、勇者らしき人物は見当たらない。
「今日はいらっしゃらないのでしょうか?」
椿がメイドのほうを向いて声をかけたとき、建物から白銀に輝くフルプレートの鎧を装備したそれらしき人物と彼を取り囲むように10人の騎士が現れる。
「あの方が勇者様でしょうか?」
見ればわかるだろうと思いつつも、椿はメイドに問いかける。純真な少女の振りも楽ではないなと彼女は心から思っていた。
「おそらく勇者様で御座いましょう」
メイドは無感動に答える。こいつ勇者と何らかの面識があるなと、椿は悟った。
訓練場に出てきた勇者と騎士たちは、軽く素振りをしてから剣で打ち合いを始める。
その様子を見ている椿は心の中でつぶやく。
(あらあら、お粗末ね。まあ剣を握って10日ちょっとだから仕方ないとは思うけど、あれではねー。身体能力は高そうだけどまったく生かせていないわね。なんか期待はずれって感じ・・・)
剣技などまったくの素人の椿から見てもその技量は未熟さばかりが目立つ。もっとも武術における彼女の基準が元哉達だからこの評価は致し方ないとも言えよう。
メイドに向かって口では『勇者様素敵ですね』などと言って時間をつぶしていた椿だが、訓練が一旦休憩になったときにメイドのほうから挨拶をしてはどうかと声が掛かった。
「ぜひお願いいたします」
そう答えて、勇者たちが休んでいる一角に向かう。ここで待っているように言われて、メイドが先触れとして彼らの元に向かう。
「ご挨拶のお許しがいただけました」
戻ってきたメイドの先導で勇者の元へ向かう椿。彼らの前で軽くドレスを摘み上げて優雅に一礼してから自ら名乗りを上げる。
「勇者様、初めまして。リディアーネと申します」
彼女の美しさとその優雅な振る舞いに見とれていた勇者は、隣の騎士から名乗るように言われて慌てて自己紹介をする。
「初めまして、シゲキといいます。どうぞよろしくお願いいたします」
やや顔を赤らめて挨拶をする彼を見て、周囲の騎士たちとメイドは全員がまったく同じ考えを抱いた。
「こいつチョロイ!」
そして椿は
「はい、一匹釣れましたー!」
心の中でファンファーレを鳴らして、せっかく釣った魚をどう料理しようかと舌なめずりするのだった。
その日の夕方の鳳凰宮の最も奥まった場所で、ひとりの枢機卿が、跪いて頭を垂れている。
「睨下、お呼びに御座いまするか」
恭しい態度で教皇に拝謁する。
「勇者はいかようなるか」
薄い御簾越しにそのシルエットしかわからない教皇から声が掛かる。
「はっ、只今訓練に励んでおりまする。あと二月もすれば、十分に使い物になろうかと存じまする」
御簾越しにうなずく教皇が見て取れて、枢機卿は胸をなでおろす。
「あちらの計画はどうなっている」
再び奥から重々しい声が響く。
「ははっ、兵士の動員や物資の集積で三月を見ていただければ宜しいかと」
「うむ、遅滞なく行うように各部署に伝えよ。以上だ、下がれ」
教皇の言葉に再び頭を垂れて退出する枢機卿。彼は謁見の間から出たときには、冷や汗でビッショリになっていた。
「やれやれ、いつもながら教皇様との謁見は寿命が縮む思いがする。進攻の計画は今のところ順調であるから、あとは勇者待ちだな」
込み上げてくる笑いをこらえながら、彼は自分の部屋に消えていった。
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