第29話 強襲
フロアーに突入する前にさくらは、今後の方針をディーナに伝えた。
武器を持っていない使用人達は放置、武装した屋敷の警備兵は可能な限り無力化、誘拐に関っていそうなゴロツキ共は問答無用で処分という内容だった。また、責任者は確保するがその居場所や経路は、先程のようなやり方で聞き出す方向でいくらしい。
これを聞いたディーナは、あまりの大雑把な内容に不安を隠せなかった。
「さくらちゃん、これってある意味行き当たりバッタリと言うんじゃないですか?」
「ディナちゃん、失礼だな! 高度に有機的で、柔軟性に富んだ作戦と言ってほしいな」
さくらは憤慨しているが、彼女自身も細かいことは考えていないことを肯定している。尤も攫われて来た先で細かい作戦など考えている暇はない。
要はいつもの通りに力押しで強引に突破を図るだけのことである。
フロアーに出てから、一旦壁際に置かれている花瓶の陰に隠れて周囲の様子を伺う。
いくらさくらが一人で突進する傾向が強くても、初めて入った建物の内部を闇雲に突っ走るわけではない。
一通り見渡したフロアーには、文官もしくは下級の役人といったいでたちの者が多く、武装した兵士は出入り口の両側に二人と、階段の下に二人だ。
彼らは全員、金属で補強した皮鎧を身に着け短槍を手にして、周囲を監視している。
なお、このフロアーには、誘拐の実行犯たちの姿はない。そのような見るからに無法者が館内を堂々と歩くのは、さすがに外部の目を意識して控えているのだろう。
さくら達は行きかう人達に紛れて階段の所まで移動して、どさくさ紛れに二階に上がろうとしたが、番をしている兵士が錐駕する。
(さすがにただで通してくれるわけないよね、じゃあ、やっちゃいましょうか)
左右から槍を交差させて行く手を阻もうとする兵士だが、さくらはそんなことにはお構いなくその右側の兵士の鳩尾に軽く正拳を入れる。
「グッ」
一声呻いてその場に崩れ落ちる兵士。間髪をいれずに反対の兵士の横っ腹にミドルキックを放つ。ちょっと力の加減を間違えたようで、その兵士は吹っ飛んで呻き声すら上げていないで横たわっていた。
「ディナちゃん、この隙に早く二階に上がるんだ!」
「さくらちゃん、隙も何も力ずくで押し通っているだけにしか見えませんよ」
ディーナの批判は横に置いて、階段を駆け上がる二人。入り口に立っていた兵士が異変に気がついたのか『侵入者だー、二階に上がったぞー』と叫ぶ声が聞こえる。
二人が二階に上がると、そこで警備の兵達と鉢合わせした。もちろんさくらが簡単に無力化したのだが、一人が意識を失う前に『侵入者だー!』と叫んだため、控えの部屋から兵士が飛び出してきた。
階段は屋敷の中央にあり、右側から10人、左側から10人が二人を挟み撃ちにするような態勢だ。
「さくらちゃん、ちょっと不味い様な気がしますがどうしましょう?」
ディーナがさくらに問いかける。本人はかなり慌てているのだが、元々穏やかで丁寧な口調なので今一つ危機感が感じられない。
「ディナちゃん、私が始末するから階段の陰に隠れていて」
そう言うやいなや、擲弾筒をマシンガンモードにして兵士たちの足に向かって連射を放つ。
わずか5秒で右側の兵士は全員倒れた。次いで左側にも同じようにお見舞いする。
「皆さん、職務に忠実でご苦労様です。命まで取るつもりはないので、しばらく床に這い蹲っていて下さい。ディナちゃん、もういいよ」
相変わらずのさくらの擲弾筒の威力に感心しているディーナ。
「さくらちゃん、瞬殺ですね。ああ、殺してはいないんでしたっけ」
「そうディナちゃん、ここまでは何もかも想定内だよ」
行き当たりバッタリの計画に想定内があるのかと心の中で突っ込んだディーナだが、50メートル先の廊下の突き当たりに人影を発見する。
「さくらちゃん、新手の敵です。見た感じでは、剣士が一人と魔法使いが二人のようです」
ディーナが声を上げると同時に、今度は階段の下のほうから大勢の兵士が押し寄せてくる物音が聞こえた。
「ディナちゃん、私があっちの3人を片付けるから、しばらく下から来るやつらをここで食い止めておいて」
兄譲りのさくらの無茶振りが始まった。
「さくらちゃん、あんな大人数私には無理ですよー」
そしておなじみディーナの泣き言が始まった。
「大丈夫だよ! ビリビリの魔法で無力化して、少しずつ私のいる方に後退しながら時間を稼いでくれればOKだから」
珍しくさくらが具体的な指示を出した。さくらさん、やればできる子だ!
「わかりました。さくらちゃんの言った通りにやってみます」
ディーナは階段を見下ろす位置に立って、剣に魔力を流す。
人が死なないように加減しているので剣から飛び散るスパークはかなり弱いが、それでもスタンガン程度の威力はある。
階段を上ってきた兵士たちは踊り場で隊列を組み直して槍を前方に向けて、ディーナに向かって突撃をする構えを見せた。
頃合いを図っていたディーナは、一息吸ってから、
「雷撃剣!」
と叫んで、剣を一閃する。
その勢いで剣から飛び出した雷撃が先頭の列の兵士を直撃した。電気によるショックで一斉に倒れる兵士たち。その兵を助け起こそうとしたものまで、帯電していた電流に当たって倒れこむ。
この世界で雷魔法を扱えるものはごく僅かだ。宮廷魔法士レベルでもほとんどいない。ましてや、辺境にいる兵士たちにとっては、見たこともない未知の魔法だった。
さらに、倒れたその体に触れたものまで意識を失うのだから、彼らは対処のしようがない。仲間を助けることも、階段に折り重なって倒れていいる者をどかすことも出来ずに、ただ下からディーナを睨み付けているだけしか出来なかった。
そんな兵士に対してディーナは追い討ちをかける様に、2発目を準備する。剣がバチバチと音を立てて青白い火花を散らしている様を見て、『退却しろ!』と声が飛ぶ。
階段を埋め尽くしていた兵士たちが、潮が引くように下がっていくのを見届けて、ディーナはホッと一息ついた。
「さくらちゃん、敵は階段の下まで後退しましたよ!」
ディーナの声にさくらがこたえる。
「ディナちゃんサンキュー、魔法が飛んで来るかも知れないから、階段の陰に隠れていてね。引き続き警戒していて!」
廊下を進むさくらは、聞こえてきたディーナの報告に『ディナちゃん、なかなかやるねー』と感心していた。
(おっと、感心している場合じゃないね、こっちも早く片付けないと頑張ったディナちゃんに申し訳ないからね)
近づいてくるさくらに対して、突き当たりに立っている魔法使い達は、すでに呪文の詠唱を開始していた。
(さて、魔法使いとの実戦は初めてだけど、どうしようかな)
実戦は初めてだが、さくらは過去に魔法使いと戦ったことがある。橘と何度か模擬戦をやっているのだ。
橘が無詠唱で放つ強烈な魔法を、時にはかわし、時には受け流し、時には拳で粉砕して互角の勝負を繰り広げてきた。
さくら対橘の模擬戦は毎回最も白熱するカードとして、常に『特S校』の生徒全員の注目を集めているのだ。
このような理由で、この世界の魔法使いが相手でも、自信を持って臨めるさくらだった。尤も擲弾筒を使用すれば敵の魔法使いが詠唱を終わらせる前に、楽にかたがついてしまう。敢えてそうしないのは、彼らがどのような魔法を使うのか、興味があるためだ。
歩きながら念のため身体強化をかけるさくら。赤い魔力が体全体を包み込む。
彼女は倒れている兵士たちを踏み越えて、20メートル前進した。もう相手の魔法が十分に届く距離だ。
射程圏内に入ったさくらに、魔法使いがファイアーボールを放つ。直径50センチの炎の塊が同時に二つさくらを目掛けて飛んでくる。
(なんだ、この程度か。期待して損した)
ガッカリしながら、右の拳を引いて正拳を打ち出す。さくらの拳から放たれた拳圧が衝撃波を生み出して、ファイアーボールを粉々に消してから、奥に立っていた3人をまとめて吹き飛ばした。
よく見ると、彼らが背にしていた壁にある大きなドアまで吹き飛んでいる。
「ディナちゃん、もういいよー、こっちにきて!」
さくらが声をかけると、階段の中ほどで仁王立ちしていたディーナがすぐに駆け寄ってきた。
「さくらちゃん、派手に吹き飛ばしましたね」
ディーナは自分のことは棚に上げて、さくらの破壊の跡を指差す。
「まあ、これはいつものことだから気にしないで。それよりあそこの一番奥の部屋が悪の親玉の居場所みたいだから、行ってみよう!」
二人連れ立って奥の部屋に入っていく。部屋の中はさくらの衝撃波のせいで、窓は全て割れて、ソファーはひっくり返って惨憺たる有様だった。
そして窓際の大きなデスクの向こうで椅子に掛けたまま気を失っているでっぷりとした男がいる。
「ディナちゃん、こいつに水ぶっ掛けてよ」
「はい、わかりました」
さくらの言葉に従って、ディーナが男の頭の上に手のひらをかざす。
「さあ、たっぷり出てくださいね」
ディーナの言葉が終わった瞬間、その手の平から水が溢れ出てきた。バケツで水を掛けられたように、男はずぶ濡れになっている。
ブルブルと首を振ってようやく意識を取り戻した男が、二人を見て口を開いた。
「き、貴様ら一体何者だ! このようなことをしてただで済むと思っているのか!」
あまりに陳腐なセリフに呆れる二人。
「ディナちゃん、ちょっとこいつビリビリしてやって。あっ、水で濡れている所は危ないから離れてね」
ディーナは言われた通りに、男から離れて剣にごく少量の魔力を流す。
そしてその剣の腹を男の肩に押し当てた。
「ギャーーーーーーーー!!!」
絶叫がこだまする。あまり長くやっていると危険なので、ディーナはすぐに剣を戻した。
「余計なことを言ったら、またビリビリしてもらうよ」
さくらの恫喝に男は首を何度も縦に振った。今の一撃で抵抗する気も失せた様だ。
「誘拐の実行犯たちはどこにいる?」
さくらの容赦のない尋問が始まった。言葉を濁すような節があると容赦なくビリビリしてもらったので、男は洗いざらい全て話した。
彼の名は、アラモス=ファン=ブルーイン、その名の通りこの街一帯を治めるブルーイン辺境伯だった。
彼の話によると実行犯たちは別の棟にいるそうで、必要なことは全て聞きだしたので辺境伯自身に案内させる。
メインの階段は、気絶した兵士たちが折り重なっているので、使用人が利用する裏の階段で一階に降りて裏口から外に出ることにした。
当然辺境伯の叫び声を聞いて、こちらの階段から救助に向かおうとした一隊に出くわしたが、さくらが簡単に蹴散らした。
外に出た3人は、辺境伯の案内に従って別棟に向かう。一番後ろから付いて来たディーナが剣をビリビリさせて、逃げ出そうとしたらこれで斬り付けると脅していたので、伯は全て諦めて従うしかなかった。
もうすでにこの館にいる者でさくら達に抵抗しようという者はいないようだ。と言うのも先代から仕える有能な人物たちは、伯の統治を口喧しく諌める事があって、それを嫌った伯によって砦の警備や領内の巡視に回されていたのである。
別棟に到着したさくら達は、無造作にドアを開けて中に踏み込む。建物の中では十数人の男達が酒を飲んだり博打をしたり、澱んだ空気が立ち込めていた。
その一人が辺境伯を見て立ち上がる。
「伯爵様、一体どうしたって言うんですかい」
その男を顎で指してさくらが伯に問う。
「あいつが親玉かな?」
伯は首を横に振った。
それを見てさくらは、黙って男の肩を魔弾で打ちぬいた。絶叫を上げて転げまわる男を見て、周囲の連中が立ち上がる。
「テメー、いきなり何しやがる!」
口々に言いたいことを言って、武器をちらつかせる男たちだが、そんなやつらをさくらは放っておかなかった。
片っ端から魔弾の餌食にしていく、いちいち狙うのは面倒なので、マシンガンモードで一まとめで倒した。まだ息のあるものは、額や心臓に打ち込んで止めを刺す。
この光景は見慣れているディーナでさえドン引きしていた。辺境伯に到ってはズボンをグッショリと濡らしている。彼女の機嫌次第でいつ自分が同じ目にあうかもしれないのだ。
最初に肩を打ち抜いた男を蹴飛ばして、起き上がらせるさくら。
「お前たちの親玉のところに案内しろ」
男に案内させて、とある部屋の前に立つさくら達、ドア越しに部屋の中から悲鳴と泣き声が入り混じった女の声が聞こえてくる。
「ディナちゃんはここでこいつらの番をしていて。あんまり見せたくないことをするから、私がいいって言うまでここで待っていてね」
そういい残して部屋に踏み込むさくら。案の定、裸の男が若い女の上にのし掛かっていた。
いきなり入ってきたさくらに気が付いて驚いている男だが、そんなことにはお構いなく男の髪を引っつかんでベッドから引き摺り下ろす。
抵抗しようとする男の顎に裏拳を一発見舞い、その勢いで壁際まで男は飛んでいく。
「楽に殺しはしないよ」
ゾッとする様な低い声でさくらは男に死亡宣告を言い渡した。男は顎に食らった一撃と壁に後頭部を打ちつけた衝撃で、意識が朦朧としている。
素っ裸でこちらを向いて、足を広げて座っている男。その股間に照準を合わせるさくら。
「バシュッ」・・・・・・「ギャーーーーーー!!」
着弾と同時に男の局部は千切れて吹き飛んだ。朦朧とした意識が痛みによって覚醒する。叫び声を上げながら、動かない体を懸命に動かして這いずって逃げようとする男。
さくらは男に近寄って、わき腹を蹴飛ばしてその体を仰向けにひっくり返してその腹を踏みつけた。
「ギャーーーー!!」
絶叫とともに傷口から血が溢れ出てくる。容赦なく何度も踏みつけるさくら。そのたびに男は絶叫するが、次第にその声は弱々しくなっていった。
(もうこの辺でいいだろう、放っておけば出血多量で死ぬ。死ぬまでの時間、精々苦しむといい。)
口をパクパクして何か言おうとしている男だが、もうさくらが彼を省みることはない。
ドアを開けて中にディーナを呼び込む。
「ディナちゃん、そのデブ達は私が見ているからあの子を助けてあげて」
さくらの声に部屋の中の惨状に顔を引き攣らせながら頷くディーナ、女の元に近寄り声を掛ける。
「助けに来ました、もう大丈夫ですよ」
自分の身に起こった不幸とその後の惨劇を目の当たりにして、ショック状態で目が虚ろだった女は、ディーナの優しい言葉にようやく自分を取り戻した。
見る見るうちにその目に涙があふれてくる。
「ワーーー」っと声を上げてディーナにすがりつく女、ディーナは彼女を優しく抱きしめた。
しばらくしてようやく女が落ち着いたので、ディーナが手伝って服を着せる。ブラウスはもう着れない程に破かれていたので、シーツを剥ぎ取って上半身に巻きつけた。
一通りの手当てが終わると、ディーナはさくらの元に歩み寄る。
「さくらちゃん、この後はどうしますか?」
さくらの指示に従ってここまで無茶なことをしてきたので、再びさくらの指示を仰ごうとした。
「いやー。取り合えず誘拐犯をぶちのめす事しか考えていなかったから、この後どうしましょう・・・」
結局行き当たりバッタリのさくらだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます