第45話 旧都

 帝城を訪問した翌日、元哉達は馬車で旧都に向かっている。


 いつものように馬車を借りて移動しようとしたのだが、『旧都に向かう』と聞いたとたんに全ての御者に断わられた。


 仕方なく一番高い馬車を一台と馬を一頭購入した。もう一頭はさくらが騎乗していた馬がいるので、これでどこへでも行くことができる。


 新しい馬はさくらが選んだのだが、彼女を目の当たりにした馬達はすさまじい勢いで自らをアピールしていた。どの馬もさくらと一緒にいたいようで、彼女が選んだ馬は元哉達にもはっきりとわかるドヤ顔だった。


 馬車はさくらが手綱をとっているが、先輩の馬がもう一頭をうまく誘導しているので、方向を指示するくらいでまったくやることが無い。


 現在馬車の中には橘一人が乗っていて、残る3人は馬車と同じペ-スで走っている。約20キロの道のりなので、『軽いランニングにはちょうどいいだろう』という元哉の発案だったが、これでは本当に馬車が必要だったのか疑わしくなってくる。


 ひところに比べれば、彼女たちの足腰は随分鍛えられており、このぐらいの距離ならまったく問題なく走り切る事が出来るが、人間の性として楽はしたいものである。


 はじめのうちは不満顔で走っていた彼女達は、現在はすでに諦め顔になっていた。


 彼女達にペースを合わせて進んだので2時間近く馬車を走らせたところで、旧都の城壁が見えてきた。



 警備兵たちの詰め所に馬車を横付けしてアンデットの討伐に来た旨を告げると、兵士達は口を揃えて『馬鹿な真似はやめろ』と止めたが、元哉達はまるっきり意に介さずに、宿泊施設の設営を開始した。


 

 昼食後、警備兵に鍵を開けてもらい、城壁の上から旧都を見渡す。


 城壁内は瘴気が大量に溢れかえっており、特に中心部はまったく何も見えない状態だ。


 見える範囲の壁の中は建物が全て崩れており、その破壊のすさまじさがうかがえた。


 まだ日が高いので、アンデッドたちは鳴りを潜めているが、日が落ちると城壁の中はやつらで埋め尽くされるそうである。


 

 下見は簡単に済ませて、午後の残りの時間は体術や剣の訓練をしながら日暮れを待つ。早めに夕食を取ってディーナとロージーは出撃の準備を始めるが、さくらは何もしないで自分のベッドに寝そべっている。


 今回さくらは夜間の出動なので、メンバーから外されているのだ。あと1時間もすれば彼女はいつものように熟睡するので、施設で待機となっている。


 ソファーでは元哉と橘が向かい合って座っていた。


「断る!」


 橘がいつにないきつい口調で元哉に返事をしている。彼女の様子がいつもと違うのは、すでに中身が入れ替わっているためだ。


「我の存在などすっかり忘れておったくせに、何か用があるときだけ呼び出すとは、まったくそなたらの誠意が感じられん」


 要するにミカエルはほったらかしにされていた事を拗ねているのだった。


「そこを何とか頼む」


 元哉が低姿勢で頼み込むが、天使は頑として首を縦に振らない。


「いやじゃ!」


 相当に機嫌を損ねているようだ。


「仕方ない、この件が片付いたらお前の言うことを何でも聞いてやる」


 元哉は最大限に譲歩した。


「ほう、我の言うことを聞くと申したか。それは面白い!」


 にんまりと笑うミカエル。


「何が望みだ?」


 いやな予感を感じつつも天使の望みを聞きだそうとする元哉。


「そうよな、そなたこの娘と夜な夜な楽しそうな睦事をしておるであろう。今度は我が代わりにそなたと楽しみたい」


 こいつもか! 元哉は頭を抱えた。


「そうそう、この娘はなかなか強情であるから、説得はそなたがおこなっておくのじゃ」


 ミカエルからとてつもない難題を提示された元哉、果たして橘が納得するかどうか。だが今ミカエルの協力が得られないと、アンデッド討伐にとんでもない手間がかかる。


「わかった、橘には俺から話をしよう」


 元哉の言葉にホクホクしているミカエル、もちろん全力でアンデッド討伐に臨む所存だ。




「さて、皆の者! 我に付いてまいれ!」


 いつになく張り切っているミカエルを先頭に施設を出る一行。さくらの眠そうな『いってらっしゃい』の言葉に見送られて、城内を目指す。


 ロージーは初めて見るミカエルが、あまりに普段の橘と違う様子にかなり戸惑っていた。



 警備兵の詰め所に立ち寄って城壁の上に登る階段の鍵を開けて貰う。


 4人は無言で階段を上がって城壁の上に立つと、下を何かが蠢いている気配が伝わってくるが、何しろ暗くてよく見えない。


「これでは様子がわからぬ」


 ミカエルの手のひらから光球が空へと浮かび上がって、辺りを月明かりよりも僅かに明るい程度に照らした。


「亡者共は明るいと逃げ去ってしまうからな」


 ミカエルが光球の明るさを微妙に調整すると、その微かな光に照らされて城内をうごめく死者の群れが浮かび上がってくる。


 ある者は体の一部を失って、不自由な歩き方で徘徊している。


 すでに肉を失って骨だけの姿で何かを求めて彷徨っている者がいる。


 その骨すらなくなって、向こう側が透けて見えるような薄い影と成り果てた者もいる。



 何を目的に彷徨っているのかわからないが、死して後200年間この地に縛り続けられた哀れな姿がそこにはあった。


 ミカエルはその者達を見つめて、すでに詠唱の準備をしている。


 ディーナとロージーは彼らの不気味な姿に顔が引きつっていた。


「始めてよいか?」


 ミカエルの短い言葉に頷く元哉。


「死してなお永きに渡りこの地にとどまり続ける者達よ、偉大なる主の元へその魂をささげ奉らん。その広き御心の元へ、古き骸を捨て去りていざ向かわん。我ここにその御心を出現させ給う。我はここに召喚する『天界の御光』!」


 その詠唱で暗い夜空一面に巨大な樹形図が浮かび上がる。どんな高度な魔法も及ばない本物の天の呪法が発動したのだ。


 白銀の光が天から降りてくる。死者を滅するのではない、彷徨う魂をあるべき場所に導く光が城内を包み込む。





 サラは王都に住んでいた。両親や仕事の事はもう覚えていない。今日もいつものように月明かりを頼りに仲のいい子犬のクロと一緒に城内を散歩する。


 下から見上げるお城は月に照らされて美しいシルエットを浮かび上がらせている。


「今日もお城がきれいね!」


 彼女は誰が聞いているわけでもないがそうつぶやいた。返事をするのはいつもクロだけだ。


 ぼんやりと月を見ながら決まったコースをクロとともに歩いていく。何の目的があるわけではない。


(今日はいつもよりも明るいみたい)


 そんなことを思った時に彼女を白銀の光が包み込んだ。少し眩しいが暖かくて優しい光だ。


 そして彼女は全てを思い出した。


(そうか、私もう死んでいたんだ・・・・・・)


 傍らには相変わらずクロがいる。


(クロ、永い間ありがとう。あなたは本当はとっくに空に上っていけたのに私のためにずっとここに残っていてくれたのね。)


 彼女のことをクロは見つめている。そっと抱きかかえて頬を寄せた。


(さあクロ、一緒に行きましょう。空に上ってもずっと一緒だよ  一緒だよ  だよ  よ・・・・・)


 二つの魂はそのまま天高く登っていた。どこまで行っても決して離れることなく。





 おびただしい数の魂がミカエルが召喚した光に導かれて空に登っていく。その光景を見つめる元哉達。


 次第に城内を覆っていた瘴気が晴れてくる。その中心には崩壊した街並みの中で不釣合いなほど完全な姿を保っている王城がそびえ立っていた。


「どうやらあの城の中までは我の光が届かなかったようだな」


 面白くなさそうにミカエルがつぶやく。


「お前の力が届かないなんて事があるのか?」


 不思議そうに元哉が尋ねる。何しろ本物の天使がやったことで不可能なことがあるとはにわかに信じがたい。


「我の力が届かないのではなくて、あの城の中には人としての魂を捨て去った者がいる。亡者は魂のどこかで救済されることを求めているのだが、人であることをやめた者は救済を無用のものと考えてる」


 ミカエルの説明に『なるほど』と頷く一同。


「それで、残ったやつはどうすればいい?」


「決まっている、調伏するのだ。人を捨てたものは魔物と同じ、打ち倒すだけのことよ」


 実に単純明快なミカエルの答えだ。


「わかった、一旦下に降りて警備兵に事情を説明しよう」


 元哉の言葉で階段を降りていく一行。元哉はそのまま詰め所で城内の様子を説明して、警備隊長と一緒に再度城壁に上がって内部を確認していた。


 警備隊の兵達も巨大な樹形図の出現や多数の光が空に登っていった光景を目撃していたが、実際に城内の様子を見るまでは半信半疑だった。


 だが今は、彼らは城壁から見える光景、姿を消したアンデッドや瘴気に包まれて隠されていた王城の出現に唖然としている。


 元哉は彼らに今からあの城に突入することを告げた。さっきまでは元哉達の事を本気で止めていた兵達はその力が本物であることを理解したのかもう誰も止めることはない。


「出発するぞ!」


 元哉の号令で開け放たれた門をくぐる一行、ミカエルだけは『ちょっと待っておれ』と言って地面に向かって何かをしていたがすぐに追いついた。


 瓦礫の上を城に向けて歩き出す。ミカエルだけは、こんなところを歩くのが億劫なのか重力魔法と風魔法を組み合わせて体を浮かせて移動していた。


 道とは呼べないひどい状態の街中を踏破してようやく王城の入り口に辿り着く。門は開け放たれたおり、簡単に中に入ることが出来た。


 1階のホ-ルは文官らしい服装の者やメイドのお仕着せをまとった女官達が行きかっていたが、ミカエルの『昇天の光』で、全て魂が天に登った。


 階段を上がった2階では、着飾った令嬢やエスコートする男達の骸骨が多数いたが、これらもミカエルが一撃で天に帰した。


 そして問題の3階に来た一行。ここはかつてはそれぞれが勤めていた役職に応じて執務に当たる部屋が並んでいたが、この辺から魔物と化したスケルトン達が武器を振り回して襲い掛かってきた。


 元哉とミカエルはここでは手を出さずに、ディーナとロージーに迎撃を任せる。


 ディーナは片手剣と盾を用いた攻防が目を見張るほど上達しており、その上で剣にダークフレイムをまとわせて確実に一体ずつ倒していく。


 ロージーにとっては、スケルトンはやや手に余る相手ではあったが、ディーナが横からうまくフォローして何とか倒している。


 彼女も剣とナイフの二刀流とバックラーで相手の攻撃をうまく捌く技術が身についてきており、持ち前のスピードを加味すれば戦力として十分に計算が立つところまで来ていた。


 こうして3階を突破した元哉達は、ひときわ大きな扉の前に立っている。4階に上がってここまで来る間に、女性二人ではさすがに厳しい抵抗を受けたために元哉も手を貸した。


 もしここにさくらがいれば全て一人で倒して、彼女達は何もしないでただ歩いていただけだった。ディーナとロ-ジーからすれば、日頃それだけさくらに頼っているということだ。


「では行くぞ!」


 元哉が一声かけてその扉を蹴破ると、そこは謁見の間だ。


 そしてそのもっとも奥の一段高いところに、禍々しい存在が座っている。アンデッドの王『スケルトン・ロード』だ。


 王は元哉達の姿を認めると、さっと手を振って配下のスケルトン・ナイト達に攻撃を命じる。ナイト達は生きていた頃のように集団で相手を取り込んで包囲するといったことはないが、手に持った武器でそれぞれが襲い掛かってくる。


 さすがにここまでの相手となると、ディーナ達には捌き切れない。ここまで来てようやく元哉が少し本気を出した。


 謁見の間に突如暴風が発生した。元哉を中心に荒れ狂う嵐が次々にナイト達を飲み込んでいく。


 スケルトン程度の動きは元哉にとって止まっているも同然のスピードだった。敵の攻撃など全く当たる心配はない。ただひたすら、攻撃を繰り出して次々にナイト達を屠っていった。


 たまに元哉から離れた所を通って女性3人の所に向かう個体がいたが、ミカエルの『破邪の光弾』によって全て討ち取られていった。


 僅か3分で100体近くのスケルトン・ナイトを倒した元哉は、改めて玉座の王に向かう。


 王は暗黒を灯した眼窩で元哉を見下している。


 不意に王の手が動いた。死の波動をまとった暗黒弾が元哉を襲う。元哉はこれを避けようともせずに、左手で掴んで握り潰した。


 王の表情は変わらないが、驚愕した様子が伝わってくる。


「この程度か?」


 元哉の低い声が響く。


「ではこちらの番だ!」


 元哉はその辺に転がっているナイトが持っていた剣を拾い上げると大量の魔力をこめていく。


 その中で魔力が暴走を始めたとき、無造作にその剣をスケルトン・ロードに投げつけた。


「・・・・・・・・・・・・・・・!!!!」


 王の声にならない声が広い部屋に波動として伝わっていく。


 暴走した魔力に包まれてスケルトン・ロードの体は崩れていき、玉座の上には頭蓋骨だけがのっていた。


「破王よ、感謝する」


 その頭蓋骨から音が響く。声ではなくあらかじめ用意してあった魔法によるメッセージのような音だ。


「我は死して200年、一身にこの身に怒り、嫉み、憎悪、悪意の全てを取り込んできた。全ては我の過ちで死した民達の負の感情だ。我自身は魔に身を置くとも、民は再び人に帰る時を迎えるためにこの身を魔物にやつしていた。そなたらのおかげで民は救われた。たとえこの身が二度と人として地に立つことがなくとも、我は後悔してはおらぬ。破王よ改めて感謝する」


 それだけ言い残すと頭蓋骨は粉々に砕け散った。


 その時城全体から『ゴゴゴォー』と言う音が響いてくる。


「まずい、崩れるぞ!」


 元哉が非常事態を警告する。


「慌てるな。皆、我に掴まれ!」


 ミカエルの声に従う3人。


 突如その体が宙に浮いたような感覚がしたと思ったら、元哉達は詰め所の横に立っていた。


「こんなこともあろうかと、転移の魔法陣を用意しておったのじゃ」


 ドヤ顔のミカエル、ここは素直に3人は賞賛を浴びせた。


「それにしてもあの王は最後まで王としての務めを果たしたんだな」


 元哉が最後のメッセージを回想する。


「そのようだな、時代が違えば立派な王として名声を得ていたのだろうな」


 ミカエルも元哉の言葉に同意する。


「よし撤収しよう!」


 その言葉で施設に戻る一行、なぜかミカエルは元哉の横で腕を組んでベッタリとくっ付いていた。

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