第15話 ディーナ昇天
元哉が作った道を西を目指して進む一行。道を進む限りは、見通しが利くため警戒はそれほど厳重にしなくても大丈夫だ。
巨大な魔力が通り過ぎた後だけに、魔物も警戒して近づいてこないようで、朝出発してから一度も襲撃がなかった。
「兄ちゃん、ただ歩くだけじゃつまんないね。」
さくらが不平をもらすが、まだ実戦経験の浅いディーナは長時間は緊張が持たないので、これぐらいの方がよさそうだ。
「さくら、昼の休憩を取ったら、道を外れて森に踏み込むぞ。さすがにこのままでは、ディーナの訓練にならないし、食料も調達したいからな。」
「うほ、やったぜ兄ちゃん、さすが話がわかるね。」
喜ぶさくらに対して、体力のない二人は、ガックリと肩を落とした。
「ディーナ、出来るだけ体力は温存しておきなさい。あの体力馬鹿達と同じように動いていたら絶対に持たないからね。」
「はい、わかりました。」
一日の移動目標距離は15キロ。さくらの偵察で、西に200キロ進めば森を抜けられることが判明しており、それだけ進めば約2週間で森を抜けることができる。
元哉とさくらだけならば3日で踏破出来るのだが、全員が無理なく移動するためには、このぐらいの余裕を持った旅程を組む必要があった。
だが、余裕があるといっても橘とディーナにしてみれば、移動だけで体力のかなりの部分を持っていかれてしまうので、魔物との戦闘は極力避けたいというのが本音だった。
「ところで、さくらのステータスに何か追加されていたけど、あれは何だったんだ?」
元哉が、思い出したように切り出す。
実のところ、ディーナのことでバハムートまで呼び出す騒ぎになったため、さくらを含めた全員がすっかり忘れていた。
「えっ、そんなのあったっけ?」
自分のことなのに、ステータスをほとんど見ていなかったさくらが、改めてウインドウを開く。
「えーーっと、『小さな予言者』なんだこれ?」
確かにさくらのステータスに書いてあるのだが、本人にはまったく心当たりがない。
「それにしても、プッ・・『小さな」って・・・・」
と、橘が、
「確かに『大予言者』って感じではないですよねー。」
と、ディーナが、
「うん、さくらに『大』という文字ほど似合わないものはないからな。」
と、元哉がそれぞれに感想を述べるが、どれも褒めていないことは明白だ。
「みんなひどいよ、好き勝手に言ってくれて。」
さくらは、少々ご立腹のようだ。まあ、心の底から怒るほど空気の読めない子ではないので、腹を立てた振りをしているだけだ。
「じゃあさくら、せっかくだから何か予言のひとつでもやってみせてくれ。」
元哉が無茶振りをしてくるが、ここで『出来ない』などと言ってせっかく温まった場を冷ますようなさくらではない。
「よろしい、この予言者様に任せなさい。」
エヘンとない胸を張って、偉そうに肯くさくらは、しばらく考え込むようにしている。
(ポク ポク ポク チーン)
「お昼ごろには、お腹がすくでしょう。」
「何も思い付かなかったのね。」「どうやらそのようですね。」「期待していなかったからな。」
「はい、すいません。」
三人のの情け容赦のない突っ込みに、頭を垂れるしかないさくらだった。」
昼食込みの大休止をとってからは、森に分け入る4人。ただいつもとは違い元哉が先頭を歩き、その後ろにディーナ、橘、さくらの順で続いている。
いつも先頭を務めるさくらは、外見同様に中身もお子様で、昼食後は昼寝が必要なのだ。今日も寝たとはいえ、旅の途中で熟睡できなかったらしく、かなりボーっとしている。ちなみに夜の9時には眠くなるので、夜間戦闘も出来ない。
現在役立たずのさくらに変わって先頭を務める元哉だが、さくらのように各種センサーで個体識別までは出来ないにしても、経験と気配察知は優れているため、不意打ちを受けることはまずない。
その元哉が、ハンドサインで『止まれ』の合図を出す。元哉が指を指す方向には、黒い大型のトカゲがいた。この世界では比較的ポピュラーな魔物『ブラックリザード』である。体長は尾まで入れて2メートルほど、この種にしては小さい方だ。
冒険者ギルドのランク指定は『C』となっており、このあたりに生息する魔物としては比較的楽な相手と言えよう。
「「ディーナ、いけるか?」
「はい」
元哉の問いかけに短く肯くディーナ。すでに右手は剣の柄に掛かっている。
「橘はこの場で待機、魔法で止めを刺す準備をしておいてくれ。さくらは早く目を覚ませ。ディーナ、俺が援護するからやってみろ。」
元哉の指示で行動を開始する二人。橘はすでに電撃弾の準備を終えている。元哉の後ろについてブラックリザードに接近するディーナ。接近しながら剣に少しずつ魔力を流し込んでいく。ちなみにさくらは、木にもたれ掛かって口をあけて寝ている。
こちらの動きに気がつき、口をあけて威嚇するブラックリザードを元哉が牽制して注意を引き付ける。鋭い牙とその強靭な顎で、元哉に喰らいつこうと飛び掛るが、その度に元哉にいなされていく。
五回六回と自らの攻撃をいなされて苛立ってきたのか、ブラックリザードは今度は正面から元哉に向かって突進を試みるが、またもや簡単にかわされる。
両者が少し距離を置いて睨み合う形になったが、元哉の目はブラックリザードの呼吸が速くなっている事を見逃さなかった。素早く敵の横の位置を取っているディーナに目配せをする。
ディーナは、剣を振りかぶり魔法を発動、その剣に纏うは風の刃『橘直伝』のエアーブレイドが、剣を振り下ろした瞬間敵の首めがけて飛び出した。
『ザクッ』 『ギシャァーー』
首を半ばまで切断されたブラックリザードは、自らの血に塗れて息絶えた。
「元哉さん、やりました。」
初めて魔物を倒したときから比べると、だいぶ落ち着いた声で元哉に報告をするディーナ。それでも表情は嬉しそうにしている。
「ディーナ、よくやった。魔物の死亡を確認するから、まだそこから動く・・」
話の途中で元哉が不意に腰のホルダーからナイフを抜き、橘の斜め後ろから飛び掛ろうとする、別のブラックリザードに投擲する。
橘は元哉の視線とその動きから、何かが接近していることを察知した。7メートル先で飛び掛る体勢のブラックリザードに対して、スタンバイしている電撃弾を放とうとしたが、すぐにキャンセルする。
橘の後ろから、残像を残しながら魔物に接近する黒い影。ブラックリザードが何も反応できないほどの刹那に、その頭に蹴りを叩き込んで頭蓋骨を破壊してから、ついでに元哉が投擲したナイフを左手でキャッチする。
「兄ちゃん、おっはようー!お待たせしました、さくらちゃんお目覚めです。」
元哉に向かって右手でサムアップして、ニッコリと笑っているさくらがいた。
「さくらちゃん、お目覚めはいかがですか?せっかく私が魔物を倒したのに、さくらちゃんにいいところを全部持っていかれました。」
ディーナの表情はちょっと複雑そうだ。主役の座を横から掻っ攫われたとでも言いたそうだ。
「ディナちゃんごめんね、眠くて見てなかったけど、ディナちゃんもカッコよかったよ!」
「いや、今見てなかったって言ってるし・・・それよりも元哉さん、ありがとうございました。元哉さんの敵を引き付けてかわす動きがとても勉強になりました。さくらちゃんの戦い方は、絶対にまねできないので参考外です。」
元哉はわざとゆっくり動いて、足の運び方や体の裁き方をディーナに見せた。もっともディーナにしてみれば、かなり素早い動きに見えたが。
本来の元哉の戦い方ならば、トカゲ一匹捕まえるのにこんな手間はかけない。サクッと近づいてサクッと頭を踏み潰して終わりだ。敵の反撃の暇など与えない。
「ディーナ、敵を倒した後こそ警戒を怠るなよ。相手は一匹とは限らないからな。」
「はい、ありがとうございました。・・・それで、そのー・・・さっきの魔法は、橘様から教えてもらったばかりの・・・結構高度な術式でして・・・思いのほか魔力の・・・消費が激しくて・・・ですから・・・何というか・・・魔力の・・・補給をお願いします!」
かなりためらいがちに切り出したディーナだったが、最後のほうは意を決したように力強く言い切った。
「今ここでやるのか?」
若干うろたえ気味に元哉が答えるが、そんなことはお構いなしにシャツのボタンをはずしていくディーナ。
「元哉さん、お願いします。このままですと、次の戦いで魔力切れを起こすかもしれません。」
ボタンを外し終えたシャツをはだけて、『プルン』という効果音がどこからともなく聞こえるような錯覚に陥るほどの、大きめで形のいい2つのそれが姿を現す。念のため言っておくが、ディーナは130歳だ。したがって、これは犯罪行為ではない。地球年齢に換算?そのようなことは、知ったことではない。くどいようだが、ディーナは130歳のルトの民である。
「そういうことならば、やむをえないな。さくら周辺の警戒を頼む。」
「はいよ兄ちゃん、どうぞごゆっくり。」
どこかの如何わしいお店の店員のような返事をしたさくら。よく見ると、さくらも橘も『ぐぬぬ』といった表情をしている。
さくらはその大きく育っている二つのそれ自体に、橘はこれから行われる行為に対して、憤りを隠せない様子だ。
そんな外野二人の眼を気にしつつ、元哉はゆっくりと大きな実の先端に口を近づけていく。唇がその先端に触れた瞬間、ディーナの口から無意識に「あっ」と小さな声が漏れる。
元哉が魔力を流し込み始めると、ディーナの上半身が妖しく蠢く。両手で元哉の頭を抱え込んで、目を閉じたまま左右に首が揺れる。
所々で声を漏らしながら、自分の中に注ぎ込まれる魔力の心地よさに身を任せるディーナ。自分の体の中を駆け巡る元哉の魔力で意識が飛びそうになるが、ギリギリのところで耐えている。
「あーー・・・もうだめーーー!」
ひときわ大きな声が響いた直後、ディーナから力が抜けて、ぐったりした体を元哉に預けた。荒い息をしながら、僅かに残った力で元哉を抱きしめる。
「元哉さん、ありがとうございました。その・・とっても気持ちよ・・・・いえ、何でもありません。」
元哉の耳元で絞り出すように小さな声でささやくディーナ。自分の中を駆け巡った荒波の余韻が残っていて、すぐには動けないようだ。仕方ないのでお姫様抱っこで抱えて、さくらたちのいる場所へ運ぶ元哉だったが、そこで二人のじとーっとした視線に出迎えられた。
「元くん、なんだか私が知っているやり方と違うみたいだけれど、いつからこうなったのかしら?」
橘がだいぶ怒っていらっしゃる様子、かなり危険な兆候が現れている。
「いや、昨日いつものように手から魔力を流し込んでいたら、ちょっと力が入ったときにディーナが痛がって。それでさくらの提案で、口から流すようにしてみたんだが・・・まずかったか?」
いくらディーナが立派なものを持っているにしたってまだ成長途上なので、成熟したものとは違って刺激に対してデリケートなのだ。決して乱暴に扱っているわけではなかったが、元哉が強大な力の加減をほんの少し間違うだけで、痛みを感じてしまうのも止むを得ない。
「それにしたって・・・まったく、さくらちゃんも碌でもないことを思いつくわね。」
「えっ、私のせい?ディナちゃんが痛くないようにちゃんと考えたのに。」
さくらが自分のところに矛先が向かうのを察知して、あわてて反論する。
「まったく、目の前であんな生々しいものを見せ付けられるとは思わなかったわ。元くんも少しは自重してね。」
橘は、元哉の行った行為は魔力の補給であって、決してイヤラシイ事をしていたわけではないことぐらい頭では分かっている。
だが、彼女は自分の心の中にモヤモヤしたものが渦巻いていて、自らの感情の収拾がつかなくなっている事に気がつくほど大人にはなっていない。
おそらく何年か経って、あのときの自分を振り返ったときに、初めてその感情の正体を自分なりに理解することになるのだろう。
少し冷静に物事を考えられるようになった橘から、お許しの言葉が発せられたのでほっとする元哉とさくら。ディーナはまだホンワカしていて立ち上がっていない。
ディーナを介抱しながら、橘に聞こえないような小さな声でさくらがつぶやく。
「まったく、はなちゃんはいつっもあんなふうに意地っ張りなんだから。自分もやってほしいなら素直にそう言えばいいのにね。私も今度やってもらおうかな・・・それにしてもディナちゃん、ずいぶん幸せそうな顔しているね。ディナちゃんは泣いた顔よりもこういう顔のほうがよく似合うよ。」
さくらの呟きがディーナにも聞こえてのであろうか、ディーナが微笑む。それは赤ん坊がして見せるように誰でも優しい気持ちにさせてしまう、とても穏やかな微笑だった。
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