第16話  お友達

 魔力水を飲ませて、回復したディーナが歩けるようになってから、元哉の号令で行動を再開する。今度はさくらが先頭だ。


「兄ちゃん、あんまり食料になりそうなやつがいないね。私さすがに蛇とかは食べたくないよ。」


 食事はさくらにとって深刻な問題だけに真剣だ。元哉のアイテムボックスに、まだイノシシ等の肉類や大量の万能の実が保管されているとは言え、旅がどれくらいの期間に渡るのか分からない以上は節約するにこした事はない。


 さくらが、食料目当てに少し範囲を広げて探査を開始した直後、そのセンサーに反応があった。


「兄ちゃん、小さな物体多数。どうやら飛んでいるみたいで、こっちに向かってきてるよ。」


「さくら、橘、広域殲滅戦用意。さくらはレベル5を使用。」


 元哉が瞬時に判断を下す。敵が数で押してくる場合は、早めの迎撃で数を減らすのが鉄則だ。


「距離200で橘から攻撃開始。さくらは橘の打ち洩らしを殲滅しろ。」


「了解!」


 さくらの気合の入った返事に対して、橘は迎撃のための空間を作ることを提唱した。


「さくらちゃん、見通しが悪いから先に木を切り倒すわ。」


 無詠唱でエアーブレイドを20発ほど飛ばしていく。先ほどディーナが使ったものよりもはるかに強力な威力を持つ風の刃が邪魔な木を次々に切り倒していく。

 ディーナは呆れて見ている事しか出来ない。何しろ自分の魔力の半分以上を費やした魔法よりも、何倍もの威力のある魔法を同時に20発も発動されては、その差は歴然だ。呆れるくらいしかすることがない。


 さらに何発か同じ魔法を追加して、橘は前方にサッカーグラウンド4面分の倒れた木が折り重なって広がっているだけの、見通しの利くフィールドを作り上げた。


「はなちゃんサンキュー、もうすぐ姿を現すよ・・・ってなんだあれ?」


 さくらが驚いた声を上げるのも無理はない。木々の間から姿を現したのは、50センチほどの大きさで鳥のように羽ばたいているものの、その体は人間の女で顔はまるで悪魔という、なんとも不気味な姿をしていた魔物だ。


「気をつけてください、あれは『インプ』です。特に元哉さん、男性はあの魔物に魅了されると精神を乗っ取られて、死ぬまで生命力を吸われます。」


 ディーナの警告の声が飛ぶ。インプは、ヨーロッパの伝説では妖精もしくは下級悪魔として知られているが、この世界ではどうやら男性の天敵のようだ。 


「元くんは後ろに下がって。ディーナ、元くんに近づくヤツはお願いするわ。さくらちゃん、やるわよ!」


「タリー・ホー!」


 さくらよ、それはキツネ狩りのときの掛け声だ。だがこの掛け声とともにさくらの魔力擲弾筒から発射された榴弾は宙を飛ぶインプたちに無差別に襲い掛かる。その翼を引き千切られる者や直撃を受けて爆散するもの、手足を吹き飛ばされる者などが、次々に地面に落ちていく。


 さくらの攻撃で20匹ほどのインプが叩き落されたが、まだ200匹以上残っている上、さくらの擲弾筒は榴弾の場合チャージに10秒かかるため、その合間を橘の魔法が埋めていく。


「エレクトリカルクラウド!」


 その一声で、直径20メートルの雲をいくつか作り出し、フィールドに配置していく橘。雲の中は暴風と雷が渦巻く、空を飛ぶ者達にとっては死の世界だ。


 インプの何匹かがその中に飲み込まれて、黒焦げになって地面に落ちる。


「さくらちゃん、わざと通り道を空けておくからそこを狙ってね。」


 橘が巧妙に配置した雲の隙間にできた狭い通路に、ひしめき合って押し寄せようとするインプ達。これだけ固まっていれば、榴弾を使用する必要もない。


 さくらは擲弾筒をマシンガンモードに切り替えて、秒速3発で打ち出していく。インプの体を突き抜けた魔法弾がその後ろ、そのまた後ろまでまとめて打ち落としていく。


 電気雲の上を飛び越えてくるインプは、橘が展開していたエアーブレイドに切り裂かれていった。視線と同調しているので、橘の目に捉えられてしまうとそのインプは切り裂かれる運命が待ち受けるだけだった。


 さくらと橘の攻撃で、半分以上が打ち落とされたインプ達だが、彼女(?)達も馬鹿ではない。罠が待ち受けているフィールドを迂回して、森の木々の間から元哉とディーナに接近を試みる者たちが現れた。


「元哉さん、ここは私が何とかします。絶対に元哉さんを守りますから、下がっていてください。」


 ディーナが決死の覚悟で、元哉に告げる。


「そうか、ではディーナに任せよう。危なくなったら言ってくれ。」


 せっかくだから、ディーナの決意を尊重してやろうと、10メートルほど下がって様子を見守る元哉。


 ディーナは剣を構えて、元哉に殺到するインプを打ち払おうとするが、ディーナの腕では飛翔する敵を一撃で仕留めるのは難しい。どこから飛んでくるのか分からない敵に、闇雲に剣を振るうだけの以前の悪い癖が出ている。


 それでも何とか3匹を打ち落としたころには、すでにディーナの息が上がっていた。元哉の所にインプを寄せ付けまいと、必死で剣を振るうディーナだが、その剣筋は乱れ剣速も鈍っていた。


 そしてついに一匹が、ディーナの剣をかわして元哉に接近する。


「ああー、元哉さん。早く逃げて!」


 ディーナはあらん限りの声で元哉に警告を発して、自らも元哉に駆け寄ろうとするが、空を飛ぶインプの方が圧倒的に早い。


 元哉は棒立ちのままで自分に接近するインプを見ている。その様子を見ていたディーナの口から絶望のこもった声がもれた。


「ああー、元哉さんが・・・」


 一方のインプは、獲物を目の前にして不気味な笑いを浮かべて元哉に接近する。抵抗できない獲物の全てを吸い尽くそうと、その口から獰猛な牙を剥き出しにしている。


 あと1メートルでその牙が元哉の喉元に届くそのとき、元哉の右手がスッと動いてインプの首を掴んだ。掴まれた方は「なぜだ?」といった顔で元哉を見ている。


 そのまま指の力だけでインプの首を「ゴキッ」とへし折る元哉。その死体を放り捨てて、ディーナのほうを見る。


「元哉・・さん・・・無事なんですか?」


 信じられないという目で元哉を見るディーナ。彼女の知識では、全ての男はインプの魅了からは逃れられない筈だった。しかし、ディーナは知らない。『破王』の状態異常完全無効化の効果が、インプの魅了ごときに破られる筈が無い事を。


「ああ、こいつらは俺の好みではないからな。」


 ニヤリと笑って答える元哉。安心しているディーナの様子を見て、彼女を現実に引き戻す。


「ディーナ、しっかりしろ。戦闘はまだ終わってないぞ。お前はこれからさくら達と合流しろ。こいつらの始末は俺に任せるんだ。」


「はい、わかりました。」


 一時はどうなることかと肝を冷やしたディーナは、元気に返事をして前線のさくら達の元へ向かう。


 その姿を見送ってから、魔力通信で前線に指示を出す元哉。


「橘、聞こえるか。送れ」


「元くん、聞こえているわ。どうぞ。」


 通信を受けた橘が返信する。


「ディーナと合流次第、全ての攻撃を中止して最大限の障壁を張って待機。その際、展開中の魔法は全てキャンセルしろ。送れ。」


「障壁を張って待機、魔法はキャンセルね、了解。でもそれだと、敵は全部元くんに集中すると思うけど、大丈夫なの?どうぞ。」


「それが狙いだから、問題ない。俺が片付ける。送れ。」


「了解、丁度ディーナがこちらに着いたから、指示通り行動を開始します。通信終了。」


 通信が途切れるとともに魔法が消えて、今まで接近できなかったインプ達が元哉の元に殺到する。


 橘達がいる所に銀色の障壁が展開されるのを確認して、元哉は再びニヤリと笑った。


「さて、食いたいなら好きなだけ食わしてやる。もっとも途中退席は認めないから覚悟しておけよ。」


 元哉の全身を覆うかのように群がるインプ達。だが、その牙は元哉が纏う魔力に阻まれて、体に届くことはない。それどころかインプ達は、元哉の魔力を吸い尽くすことに夢中になっている。


「そろそろいい頃合いだな。『魔力放出』!」


 その一言で、元哉の魔力が膨れ上がった。一気に解放された魔力は、数値で表すと軽く億の桁に達している。


 魔力を吸っていたインプ達にとっては、たまったものではない。公園の水道で水を飲もうとしたら、そこからナイアガラの滝に匹敵する量の水が飛び出して来たようなものだ。


 全てのインプ達が一斉に目、耳、口から血を流して、その膨れ上がった腹がはじけた。元哉の周囲はおびただしい数のインプの死体で埋まっている。



 その死体の山をヒョイと飛び越えて、元哉は橘が張っている障壁に向かう。元哉の姿を確認して障壁を解いた橘が、元哉に話しかける。


「相変わらずの、馬鹿威力ね。あんな大量の魔力を一気に浴びたら、私だって無事ではすまないわ。」


「兄ちゃん、さっきはなちゃんから自重しなさいって言われたばかりでしょう。」


 さくらもさすがに飽きれた様子だ。


「さくら、それが出来れば毎回こんなに苦労しなくて済むんだけどな・・・」


「まったく、兄ちゃんはきっとディナちゃんのことも自重する気がないよ。」


 悪びれた様子もなく、橘に告げるさくら。橘は一瞬不愉快そうに眉をしかめたが、すぐにもとの顔に戻ってさくらに向き合う。


「さくらちゃん、さっきの話とこの話を混ぜ返さないでね。」


「さくら、お前今俺のことを売ろうとしただろう。」


「いやー、ちょっとはなちゃんをからかってみたくなって・・・」


 三人があーだこうだと言っているのを尻目に、ディーナは無言のまま剣の先でインプの死体をひっくり返して回っている。


「ディナちゃん、何しているの?」


 ディーナの不思議な行動に気がついたさくらが、声をかけた。


「あっ、さくらちゃん。私も聞いた話で本当かどうか分からないのですが、インプは時々宝石を隠し持っているらしいですよ。だから何かないかなあと思って。」


「なんですとー!こんなことしている場合じゃないよ、兄ちゃん達。」


 さくらの右目には『¥』左目には『$』額には『一攫千金』の文字が浮かび上がっている。すぐにその辺に落ちている棒切れを手に、インプの死体をひっくり返し始める。


 いつの間にか橘も加わって、宝探しが白熱している。時々「あったー」とか「見つけたー」などと声が響く。さすがに元哉はこれには加わらずに、切り株に腰を下ろして周辺を警戒していた。どうやらインプは、宝石を飲み込んで腹の中に隠しているらしいと判明すると、さくらが元哉の所に全力で走って来て、


「兄ちゃん、ナイフ貸して!」


と言って、元哉のナイフをひったくる様にして持っていった。ナイフで腹を割いて宝石を捜すようだ。宝石にかける女の執念とは恐ろしい。


 夕暮れが迫るころには、宝石探しも一段落して例の道まで戻って野営の準備に取り掛かる。もっともそこは橘に任せておけば、あっという間に安全で快適な空間を作ってくれるので、他の者はたき火の用意をするくらいしかやることがない。


 今夜の晩餐でも、ディーナは橘が用意する食事に、『こんな美味しいもの食べたことがない』と感激していた。


 食事のあとは、宝石の鑑定会だ。宝石を一つずつ取り上げては、橘が『スキャン』の魔法をかけて鑑定していく。


「はなちゃん、『〇でも鑑定団』に出られるね。」


 さくらが、日本でやっているテレビの長寿番組の名前を挙げる。


「なんですかそれは?」


 ディーナが聞いた事もない名前に首をかしげる。テレビのことを説明しても分からないだろうと、橘が『オークションのようなもの』と言うと、ようやくイメージが湧いたようで、


「それはとても楽しそうですねー。私も一度行ってみたいです。」


と、目をキラキラさせていた。


 そんな楽しげな会話をしながら、鑑定をしていた橘の手が止まる。


「あら、これは・・・」


「はなちゃんどうしたの?」


「この指輪は、マジックアイテムですって。魔力の数値を100上げてくれるそうよ。これって誰が見つけたんだっけ?」


「私、へへーすごいでしょう。」


 さくらが自慢げに手を上げる。ディーナの目は、指輪を食い入るように見つめている。この世界で魔法を使う者にとって、マジックアイテムはのどから手が出るほど、なんとしても手に入れたい品だ。


「じゃあこれは、ディナちゃんにあげるね。これを使って早く強くなってね。」


 なんと、気前良く指輪を差し出して『あげる』というさくらの言葉に、ディーナがびっくりしている。


「こ、こんな高価なもの、私もらえません!」


 その指輪の価値がわかっているだけに、おいそれと受け取れないというディーナに対して、さくらは子供のように無邪気な様子で


「ディナちゃんは、私の大事なお友達だから、これは私からのプレゼントだよ!」


と、さらに受け取るように勧める。元哉も橘も『ディーナが持っているのが一番だと』さくらの後押しを始める。ここまでされると、もはやディーナも受け取るしかない。


「ありがとうございます。さくらちゃんとのお友達の印として大切にします。」


 ディーナは感激で目がうるうるしている。指輪をもらったことよりも『お友達』という言葉に感動していた。


 その後、『攻撃力が20上がる指輪』と『防御力が10上がるペンダント』が見つかって、いずれもディーナの物となった。残りの宝石類は、街に行ったときに各自の好きなように加工してもらうか、不必要なものは売り払うことにしてこの日はお開きとなった。



 夜寝るときも、『お友達』の二人は隣りあわせで仲良く手を繋いで横になる。さくらからよく似合うと褒められて、嬉しそうに笑うディーナ。仲良く幸せ気分のまま二人はいつの間にか夢の中に入っていった。


 夜中にさくらに蹴飛ばされて、部屋の隅で小さくなって寝ているディーナだが、その寝顔はいつまでも幸せそうなままだった。




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