第23話 お買い物

 冒険者ギルドを出た一行は、早速エドモンドから紹介された武器や防具を取り扱う店へと向かう。辺境とはいえ、いや辺境だからこそ、身を守る装備の需要は高くここテルモナの街には多くの店があるということだった。


 そのうちの一軒『ドワ-フの鍛冶屋だ、文句があるか!』というやけに挑戦的な看板が掛かる店の前に立つ元哉達がいた。


「なんか随分な名前の店ね。」


 橘が呆れた様な声を上げる。とんでもないところを紹介されたのではないかと、不安になる気持ちも分からないではない。


「ギルドマスターの紹介だから、たぶん間違いはないだろうとは思うが・・・。」


 心の中では、これは早まったかなと思いつつも元哉は残りの二人を見ると、ディーナは不安を絵に書いたような顔をしていて、さくらは『この店当りだよ』と言いながら頷いていた。彼女は店構えが汚いラーメン屋ほど旨いという根拠の薄い言い伝えを信じている。


 四人が入ろうかどうしようか店の前で逡巡していたとき、突然その店のドアが開き3人の男たちが飛び出してきた。一目散に逃げ出す彼らの後ろから、ずんぐりとした体型で見るからに逞しい腕と髭モジャの顔のドワーフの店主が出てきて、


「ここはテメーらみたいなチンピラが来る所じゃねえ! 二度と来るな !!このクソ野郎共が!!!」


と声を荒げる。


 さすがに客を怒鳴って追い出すことなど、日本で育った元哉達には想定外の出来事だった。お嬢様育ちのディーナももちろんそうだ。


 店主はペッと唾を吐いて店に戻ろうとしたとき、傍らでその光景を呆然と見ている彼らの存在に気がついてついでに声をかける。


「なんでえお前ら、うちはお前らのようなヒヨッコに売る品は置いてねーぞ! さっさと帰れ!!」


 本気で商売する気があるのか、疑わしいセリフを吐くドワーフの店主。その迫力にディーナなどは完全に腰が引けて、涙目で他の店に行きましょうと訴えていた。


 しかし、こいつだけはこの程度の事でめげる様な柔な神経は持ち合わせていない。さくらが店主に向かってニコニコしながら声をかけた。


「オッチャン、力が強そうだな。私と腕相撲しよう!」


 目の前にいる子供のような姿をした女の子が、腕力自慢のドワーフに勝負を挑んでくるとは思ってもみなかった店主は、馬鹿にしたような声で


「ここはガキが来る様な所じゃねえ、さっさと家に帰って手伝いでもしてろ!」


といって店に戻ろうとする。


 そんな店主に「さあ勝負だ!」と言ってヒョイヒョイ背中を押しながら、一緒に店の中に入っていくさくら。そんなさくらを見て、元哉達も仕方なく後ろから付いていく。


 店内は、木で出来たカウンターの他には壁に沿って様々な種類の武器が置いてある。すべて店主が作った一品物ばかりで、値段は張るが切れ味や耐久性は折り紙つきだ。それがギルドマスターがこの店を勧めた最大の理由だった。


「何だお前たち、何しに入ってきた。さっさと出て行け。」


 カウンターの中に入り、ぶっきらぼうに元哉達を追い出しに掛かる店主。しかしさくらは、その辺にあった台をカウンターの前に置き、その上に乗ってカウンターに肘を乗せて『さあ来い』と準備を整えている。


「ガキが、ここは遊び場じゃあねえんだ、さっさとそこを退きやがれ!」


 店主が声を荒げるがさくらはまったく動じない。それどころか『ガキ』と言う言葉に反応して一瞬だけその体内の『気』が高まり、その目が細められる。


「オヤジ、いいからヤレって言ってるだろうが!」


 さくらの放った『気』に一瞬ビクリとした店主は、子供だと思っていた目の前の少女が猛獣であることに気がついた。


「まったくガキの癖に迫力だけはありやがる。よし面白れえ、一回だけ相手をしてやる。」


 その気迫に押された店主は、さくらの胴回りほどもある腕を突き出した。無言のまま手を組み合う両者、真剣な表情でにらみ合う。


「兄ちゃん頼む!」


 さくらの要請で元哉が審判を勤めることになり、組み合った拳の上に手を置き双方準備はいいかと確認する。


「レディー・・ゴー!」


 元哉の掛け声とともに力をこめる両者、しかし勝負は呆気なくついた。店主の腕力がさくらを圧倒していたのだ。


「いやー・・・負けてしまいました。」


 頭をかきながらギャラリーに向き直るさくら。その表情には多少の悔しさがあるが、予想以上の店主の腕力に対する驚きのほうが上回っている。


 元々さくらは、スピードと切れ味で敵を倒していくタイプで、身体強化も使わない単純な力比べではドワーフには敵わないのだろう。普通の大人なら簡単に負かせるのだが、今回はさすがに相手が悪かった。


「はっはっは、お前ら面白れえな、その根性が気に入った。よし話だけは聞いてやる。」


 先ほどまでの無愛想な様子は影を潜めて、元哉たちのことを客として認めたようだ。


「実はギルドマスターの紹介できたのだが、この子が使う剣が欲しい。」


 元哉がディーナを店主の前に連れて行く。ディーナはまだ店主と目を合わせられないが、先ほどのような涙目ではなかった。


「なんだ、エドモンドの野郎の紹介か。なぜそれを早く言わねえんだ。」


 『最初から聞く耳を持っていなかっただろう』と突っ込みたかったが、店主の機嫌を再び損ねても面倒なので、ぐっとこらえる元哉たち。


「それでお前ら冒険者になりたてのような身なりだが、剣といっても俺の作った剣を使いこなせるのか?」


 店主の言う通り、元哉たちは防具は付けていないし、まともな武器はディーナの剣だけで、元哉はナイフを装備しているもののさくらに至っては丸腰だ。ぱっと見は金の無い駆け出しの冒険者に見える。


「登録して日は浅いが、これでもCランクだ。」


 元哉の言葉に思い当たったことがある店主。


「ひょっとして、お前らがオーガキングを蹴り殺したやつらか。昨日エドモンドの野郎が飲みながら『とんでもない新人が現れた』と言っていたが、俺は酔っ払いの与太話だと信じていなかったんだが。」


 飲みながらの話の中で、元哉達がいきなりCランクからスタートする話も出ていたため、店主はそのことに気がついたのだ。


「そうか、わかった。嬢ちゃん手を見せてみな。」


 店主の言葉におずおずと手の平を差し出すディーナ。


「嬢ちゃんは、本格的に剣を握ってまだ日が浅いようだな。初心者向けの剣がいいのかい?」


 店主はディーナに聞くが、彼女の代わりに橘が答えた。


「この子はちょっと特殊な剣の使い方をするので、出来れば見てもらいたいのだけれど。」


「よしわかった、裏に試し切りで使う場所がある。こっちへきな。」


 店主の誘導に従って、店の裏手にあるテニスコートほどの空き地に移動してきた面々。早速橘がディーナをその真ん中に立たせて、魔法剣を発動させる。剣から炎が上がり、それを剣の形に合わせて振るうディーナ。


「こりゃ驚いた、剣に魔法をかけているのかいこれは! しかしこんな使い方をしていたら、剣が持たないだろう。」


 さすが専門家だけあって、ディーナの魔法剣の弱点を見破っていた。


 ディーナが使っている剣は、オーガキング達がいた洞窟から回収したもので、そこそこの剣ではあったが魔法剣として使用すると、7~8回ほどでボロボロになってしまうのであった。ディーナが取り回せるサイズの剣はこれで最後であり、どうしても高性能な剣を手に入れる必要に迫られていた。


 例えば、元哉が使用しているナイフは一本は一般の隊員が使用するものと変わりは無いが、もう一本はチタンとタングステンを最新のナノテクノロジーで配列して、さらに橘が全力で結合強化の魔法を掛けてある。その開発費用と製作に戦闘機一機分の費用が掛かった、日本の魔法工学技術の結晶である。そこまでしないと、あの強烈な魔力暴走の分解力とその微細振動に耐えられないのだ。


 さすがにそこまで高性能なものを求めるわけにはいかないが、ディーナの魔法発動に耐えられる剣であることが最低条件だ。


 ディーナの振るう剣を見ながら何やら考え込んでいた店主は、『ちょっと待っていろ』と言って店の中に戻ったかと思ったら、数分後に手に一振りの剣を携えて出てきた。


「こいつはミスリルで作ってある剣だ、嬢ちゃんには若干長めだが鉄よりも軽い上に魔法との相性がいい。これで試してみろ。」


 ディーナは店主から手渡された剣を受け取り、先ほどのように魔法を発動して振るってみる。


「すごいですこれ、軽い上に魔法がすごくよく通ります。こんな剣があるなんてびっくりです。」


 剣を振りながら、その様子がとても楽しそうに映る。まるで踊っているように軽やかに剣を打ち込み、払い、すくう。一気にディーナの腕が上がったようだ。


「ディーナ、どうだその剣は。」


 元哉の問いかけに、明るい表情で答えるディーナ。


「すごくいい剣です。とても気に入りました。」


 しかし、その表情は剣の値段を聞いたときに一気に沈んだ。


「えー、金貨2500枚!!!」


 ここまで高価なものだとは思ってもみなかったディーナ。さすがにこれは自分には無理ですと言おうとするその前に、元哉が店主に言った。


「ではこの剣をもらおう。ついでにこれと同じ材質のナイフはないか?」


「おう、あるぞ。金貨800枚だ。」


 元哉は、ディーナの剣が万一折れたり、取り落とした場合に備えて、予備の武器としてナイフも購入した。通常ならば短剣を予備にするのだが、彼女の体力で2本の剣を持つのはやや早計と判断したからだ。


 気前よくポンと金を出す元哉に対して、当のディーナはオロオロしている。橘に向かって『私には無理です、元哉さんを止めてください』と取りすがっているが、橘も『いいんじゃない』とまったく彼女の訴えを取り合おうとしない。


 金貨3300枚を麻袋ごと店主に渡して、新品の剣の柄の握りを調整してもらい店を後にする一行。店に入るときと同じようにディーナは涙目であった。それでも新品の剣はピカピカの鞘と一緒にディーナの腰に誇らしげに収まっている。


「いい買い物が出来たな。」


 スーパーで特売品でも買ったあとのように元哉がディーナに話しかける。


「なんか私のために申し訳なくて・・・」


 ディーナは心底申し訳ない様子で、背中を丸めて歩いている。


「ディナちゃん、お金なんてまた魔物を倒せばいつでも手に入るんだから。なんだったらまたあの森に戻って、高めのやつを狩りにいこうか。」


「さくらちゃんそれはちょっと・・・。」


 どうやらさくらが一番太っ腹のようだ。そしてディーナのあの森はさすがに遠慮したい気持ちは、橘も同感だった。



 その後、毛布やタオルなどの日用品や、服を何着かと下着類、さらにディーナには皮を金属で補強した胸当てや手甲などを購入して回り、南の森に出発する準備が整った。アイテムボックス持ちの定めで、元哉が彼女たちの着替えから下着まで、すべて維持と管理をする羽目になったのはご愛嬌だ。



 夕暮れが迫る前に宿に帰った一行、女の子の買い物は時間が掛かるものだ。昼食は屋台などで済ませたため(さくらはいつものように尋常ではない量を食べていた、おそらく通った道にある屋台はすべて制覇している)まだそれほど空腹ではないが、ホールには誰もいないので先に食事をとって今日は早めに休むことにした。


 まだ夕食には時間が早いこともあって、女将さんと娘のロージーは他の仕事をしており、ホールと厨房を宿主のボルスが仕込みをしながら一人でみている。


「おう、新米帰ってきたか。今日は薬草採りでも行ったのか?」


 ボルスは元哉たちを完全に昨日成りたての冒険者と思ってるようだ。確かに成りたてだがCランクに昇格したことは全く知らない。


「オッチャン、ただいま! 今日は色々買い物に行ってきたよ。」


 さくらが愛想よく答える。しかし、敬語のひとつも使えないのかこいつは!


「何だ、新人の割には随分金があるな。何を買ったんだ?」


 ふとディーナの剣がボルスの目に留まる。


「おい、それは新品の剣じゃないか、高かっただろう。俺の見るところじゃおそらく金貨二枚半ってところだな。」


 本当はその1000倍なんですけれど・・・この宿主みる目がない、商売人として大丈夫だろうか。


「はい、すごく高かったんですけれど、買ってもらいました。」


 ディーナがまだ申し訳なさそうに返事をする。


「この街に来る途中で魔物を狩りながら来たから、それを売った金で買った。」


 元哉が大雑把にボルスに説明をする。何を狩ったかは言っていないが確かにその通りだ。


「ほお、駆け出しのお前達で倒せるものなんてタカが知れているだろうに。さしずめ大ネズミかゴブリンってところだろう。」


 確かにゴブリンと勘違いしてました、オーガでした。


「私もゴブリンだと思っていたけど、ギルドに持っていったらちょっと違うって言われた。」


 さくらが自分の間違いに気がついてくれて何よりだ。


「ならばゴブリンメイジとか、まさかゴブリンジェネラルか?」


「そうそう、何とかジェネラルって言ってた。」


 さくらがいかにも頭の悪い答えをする。オーガジェネラルぐらい覚えていて欲しいものだ。


「お前らすげーな、そうかジェネラルを倒したんだったら新人にしては将来有望だな。何はともあれ、はじめのうちは無理をしないで実力を付けていけよ。命あってのものだねだからな。」


 その新人たちが明日から地竜を狩りに遠征することも知らずに、ボルスは厨房で調理を始めた。



 翌朝、東門を出る一行。通常は西門から出て南の森の浅いところから探索して、群れていないはぐれた地竜を狙うのがセオリーだと言われているが、この一行にはそんなことは関係ない。


 最短距離で最深部に行って、群れごと狩ってしまおうという魂胆だ。


 さくらを先頭に新しい剣でテンションが上がっているディーナと常に冷静な元哉、そして今は元哉しか目に入っていない橘、果たして南の森にはどのような試練が待ち受けているのだろうか。

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