第2話  異世界に転移した

 目を覚ますと、青い空が視界に飛び込んできた。瞬時に記憶も蘇える。南鳥島よりも空は青く、空気が澄んでいる。

 

 体を起こして周囲を見渡すと倒れている橘と、その三メートル先に寝返りをうっているさくらが目に入る。


 すぐさま橘に近づき、バイタルを確認。脈拍がやや弱いように感じたが心音や呼吸は正常の範囲で、魔力切れを起こしているせいで意識が戻っていないと判断を下した。


 暴走した魔力を強引に吸収したときととは逆に彼女に口移しで魔力を注入していくと、すぐに頬に赤みがさして、ゆっくりと瞼が開き、瞳の焦点が合いはじめる。


 元哉は背嚢から水筒を取り出して水を口に含み、その水に魔力を『放出」してから再度橘に口移しで飲ませる。


 彼が魔力を込めた水は強力な回復効果があり、30秒程で橘は上体を起こせるようにになっていた。


「まだ動かないほうがいい。さくらを見てくる。」


 表情を変えずに元哉はさくらの方へ歩く。


「さくら、そろそろ起きろ」


 と声を掛ける元哉。


「ん~、あれ兄ちゃん?」


 何が起こったか全く分かっていないようで、周囲をキョロキョロ見渡しているさくら。その度に彼女のヘルメットに着いているウサミミがピョコピョコと動いているのは、傍から見ればユーモラスにうつっている。


 そのさくらが、何かを発見した。


「兄ちゃんたちーー! あれなんだー?」


 さくらが指差す方向には、途轍もなく大きな木が、どっしりと大地に根を張ってそびえていた。好奇心の強いさくらは一目散に大樹に駆け寄り残る二人を呼び寄せた。 


「早くこっちー!」


 手を振りながら自分たちを呼び寄せるさくらに苦笑しながら、二人は大樹に向かってゆっくりと歩き出した。橘はすでに一人で歩ける程度に回復している。


 大樹の根元まで二十メートルのあたりで立ち止まり木を見上げたそのとき、ふいに大樹の上のほうから静かで柔らかな声が響いてきた。


「ようこそ、我が下に。そなた等を歓迎いたすぞ。」


「兄ちゃん、木が喋ったよ!!」


 目を丸くして驚いているさくら、そんなことにはお構いなく、その声は続く。


「我はこの世界の管理をしておる、そなたらの言葉で言えば『神』にあたるものじゃ。そしてこの木は『世界樹』この世界の出来事の総てを記録しているものであり、我のうつし身が宿る場所である。そなたらは、この星の近くに発生した亜空間に忽然と姿を現した。そのままにしておくのも忍びないので、我の力でここに引っ張り込んだと言う訳じゃ」


 神様の話を受けて、助けてもらったことに対して礼を述べる二人。しかし、この神様の言葉で自分たちは地球とは全く別の星に来ていることを理解させられた。

 

 再び小走りに世界樹に近づき、下から見上げているさくら。


「ほっほっほ、元気がいいのう。して、そなたの名はなんと言うのじゃ?」


「さくらだよ、可愛い名前でしょう」


「左様か・・・・なるほどのう。そなたは称号を持っておるな。なるほど、『獣王』か」


「『獣王』????? なにそれ」


「そのままじゃよ。この世界の全ての獣の王じゃよ」


さくらは見上げていた世界樹から視線を戻して、元哉たちがいる方を振り返る。


「兄ちゃん達、私王様だって」


 話の内容がよく飲み込めていないさくらは一先ず置いておくとして、やり取りを聞いていた元哉と橘はその『獣王』というフレーズがいまひとつ要領を得ない。

 

「えーっと、何でさくらが『獣王』なんですか?」


 恐る恐るといった感じで、元哉が口を開いた。


「なんでと言われてものう、ステータスにそう書いてあるとしか言いようがないのじゃが」


「ステータス???」


「左様、個人の各種パラメーターを数値化して表示する機能じゃ。その称号欄に『獣王』の記載があるのじゃよ。して、そなたの名は?」


「神建元哉です。」


「そなたは、『破王』となっているな。そちらの御使いの嬢ちゃんの名は?」


「元橋 橘です。」


「ふむ、『天上の使者』に『魔王』じゃな。」


「『天上の使者』は分かりますが、『魔王』とはいったい?」


「確かに全く相反する称号が並んでおるな。異なる世界でのそなたの有り様については、我にも解らぬ。ただ、ある宗教の神が、敵対している別の宗教の信者から見れば、悪魔に見えることは、往々にしてあるものよ」


「分かりました。心に留め置きます。」


 自分がこの世界で『魔王』と呼ばれることに、まだ納得はいっていない橘だが、神様が一応筋の通っている説明をしたことで、これ以上食い下がることはなかった。


「さて、そなたらも我に聞きたいことがある。であろう。遠慮なく聞くがよい。」


 神様の言葉に顔を見合す三人。代表して元哉が、質問した。


「ここはいったい何所なのか、元の世界に帰れるのか教えてください。」



「ふむ、まずは元の世界にそなたたちが帰る可能性じゃが、現状では限りなくゼロに近い。そなたらのいた世界がどこら辺に在るか凡その見当はつくが、それはそなたたちが今まで存在していた一つの宇宙の位置じゃ。闇雲にそこを目指して転移しても、宇宙空間に放り出されるだけであろう」


 帰れる可能性を否定されて『やはりそうか』とため息を漏らす。。


「そのように気を落とすでない。今は可能性がないと言っておるだけじゃ。五年待て、さすれば状況も変化するであろう」


 その言葉に顔を上げる三人。そんな彼らを見下ろしながら、神様の言葉は続く。


「星星の巡り会わせが、そうであるように宇宙や次元というものも廻り回っているもの。時期が来れば機会も来よう」


 神様の言葉に僅かな光明を見出す。しかし、五年というのはまだ十代の彼らにとってはいささか長すぎる。その期間をどのように過ごすのか、当てもない。

 

 今後の課題満載の状況に考え込んでしまう。

 

 

「さて、次にこの地のことじゃな。この世界は、星々の果ての果て『アンモースト』と呼ばれておる。世界樹の記録によれば、元々魔素が濃くて魔物が異常に発生するため、知的生命体が住むには不向きな場所と見做されていた。現在は知性を持つ多くの種族がこの世界で生活しているが、彼らは皆他の世界から追放や流刑でこの世界にやってきた者たちの子孫じゃ。」


 罪を犯したもの、戦争で敗れたもの、神の怒りに触れたもの、戦乱から逃れたもの、様々な理由はあるが、彼らが辿り着いたその地は決して安住の土地ではなかった。

 繰り返し襲い来る魔物たち、各々の種族の存亡をかけた戦い、新たに遣って来た移住者と元からいた者たちの抗争、数万年という長い期間、常に争いの絶えない悲劇と絶望が繰り返し多くの種が絶滅していった。

 

 移住者が持っていたテクノロジーは、二世代も持たずに失われ、後はひたすら剣や弓といった武器を使用した肉弾戦が繰りひろげられてきた。



「荒れ果てていたこの世界ではあったが、二百年前に転機が訪れた。『覇王』と呼ばれる者が突然現れて、戦乱の中心であった人族の国を片っ端から滅ぼした。おかげで人族の人口は四分の一まで減少したが、漸くこの世界に平和な時代が訪れた訳じゃ。人口が減って平和になるとは、なんとも皮肉な話ではあるがな。ああ、ついでに『覇王』は当時の神まで滅ぼしてな、その後を我が引き継いでおる」


 その後も神様の話は続いたが、要約すると、この世界には人族のほかにエルフやドワーフ、獣人、竜人、魔族がいる。


 各種族はお互いを敵視していて、特に魔族は全ての部族から警戒されている。


 小競り合いはあるものの、この二百年程は平和が続いたため人族の社会は緩やかに発展し、中世ヨーロッパ程度の生活水準にある。


 戦いは、剣、槍、弓、そして魔法が用いられている。


 多数の魔物がいて、種族に係らず襲い掛かってくるために、町は城壁や結界の中に築かれている。


 要約すれば、いわゆる中世ファンタジーの世界ということだった。



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