第45話 集められた受験者
ディカーン歴504年3月28日
フシュタン公国歴107年3月28日
午前7:00、ハンス・フシュタン4世公爵が住む王城、ミケレジエロ城の修復工事が急ピッチで進む中、その王城と魔法局の間にある橋の上に彼らは集められていた。橋の名は城と同じミケレジエロ。その無骨な橋は王城を警護する者と魔法局の局員のみが渡る事を許されている橋である。
だが、今日はその橋に局員でない者約200名が集められていた。その集められた者達の前に一人の女性が立つ。
「魔法局参謀マリンボスだ」
その名を聞いた者達に張り詰めたような緊張が走る。それもそのはず、魔法局参謀と言えば、局長の次の地位にある人物だ。たとえ局員であっても組長クラスでなければまともに話しかける事すらできない。そんな人物なのだ。では何故その人物が彼らの前に現れたのか、それはこのフシュタン公国の存亡がかかった事態が発生したからである。
「お前達は3日後の入局試験の受験者だ。だが、現在我らがフシュタン公国は遥か西の小国である、レオルアン、トルー、トナンのワールロ三国から宣戦布告を受けている。そして、その三国は既にフシュタン公国と鼻の先、魔神の森まで迫っている」
「宣戦布告!?」
「戦なんて本当にあるのか?」
「ワールロってどこだよ」
参謀であるマリンボスの前なので大声では話せない受験者達は隣り合った者達と小声で会話する。個々の声は小さかったが、幾人もの声が重なる事でその場は一瞬でざわついた。
「黙れ!」
そのざわつきを一蹴しようと大きな声を出したのは、参謀の背後から現れた魔法局の局員である。だが、その姿を見て受験者達は一層ざわついた。フシュタン公国において魔法局局員である証明の白いローブをまとっているので、集まった者達にとっては憧れの対象であるはずのその局員は、自分の腕の中に少年を抱きかかえていた。そして、その少年も魔法局局員の白いローブをまとっていたのだ。
「だから、お前は出て来るなといっただろ! ラウラ!! お前もだぞ、アレッサンドロ」
「えー、だってこいつら参謀がしゃべってるのにうるさいし」
「申し訳ございません。マリンボス参謀」
「お前がそれを言うかラウラ!? いつも私の話など全く聞こうとしないお前がっ!? アレッサンドロはまあ、仕方が無いか」
「聞いてるって、ちゃんと聞いてるよ。だいたい、なんとなく、さらっと……ね、アレッサンドロ」
「ここは私に任せて、お前達は早く作戦室に戻れ!」
「はーい。戻ろっかアレッサンドロ」
「はい」
マリンボスにそう言われたラウラが橋から魔法局へ戻ろうとした時、何者かがラウラに突進する。
「アレッサンドロ!!」
そう叫んだのは黄金の髪をなびかせてエルコテ魔法学園を卒業した者の証である漆黒のローブを纏う少女である。彼女の名はシラ・ロンヴァルデニ。つい先日まで名門エルコテ魔法学園を代表する六星の1人であった魔法使いだ。
「その声は、お姉様!? シラお姉様ですか!?」
ラウラに抱かれていたアレッサンドロは、ラウラに抱かれたまま後ろを振り返る。その急な動きでラウラの腕の力が弱まり、アレッサンドロはラウラの腕から滑り落ちた。
「わっ」
予測できるお尻と背中への衝撃に備えてアレッサンドロが身を縮め、瞳を閉じるが、その衝撃がやって来ることは無かった。
「どうして……」
アレッサンドロがその瞳を開くと目の前に姉であるシラの顔があった。
「無事だったのね! アレッサンドロ!!」
そう言い終わると同時にシラ・ロンヴァウデニはアレッサンドロに口づけし、肋骨をへし折らんばかりに抱きついている。
「にまおねえなむ!?(シラお姉様!?)」
口を塞がれたままアレッサンドロがそう叫ぶ。何が起きているのか理解出来ていないが、久しぶりに会う事ができた姉にアレッサンドロはすぐに身を委ねた。
「いい加減にしろ。エスロペ」
シラ・ロンヴァルデニをエルコテ魔法学園の六星の名で呼ぶのは、同世代の魔法使いなら誰もがその名を知る魔法使い、デボラ・バルトリだ。
「アレッサンドロ。お前も早くその暴走馬車の様な姉を止めろ」
抱きしめられる力に合わせる様に持てる力の全てで姉を抱き返していたアレッサンドロはデボラの声で我に返る。
「ジョーヴェ様! おられたのですか?」
姉の唇を引き離し、見上げた先に居る元ジョーヴェであるデボラ・バルトリに返事をした。
「ああ、3日後の試験に向けて3日前からこっちに来ている。勿論、アエリアもいるぞ」
「アエリア様も!? それは心強いです」
「戦が始まるのか?」
「はい、始まります。いえ、もう既に始まっています」
「そうか……面白い。ところでお前達はいつまでそうやって橋の上で寝転んでいるんだ?」
デボラ・バルトリにそう言われて初めてアレッサンドロは自分と姉が抱き合いながら地面に寝転んでいる事に気が付いた。
「シラお姉様。もう、そろそろ起きませんか?」
「うん、わかった。ごめんねアレッサンドロ。でも、私貴方に会いたかったから……」
「僕もずっとお姉様に会いたかったです。ですが、今はそれどころではありません。この国には、魔法局にはお姉様のお力が必要なのです。どうか、マリンボス参謀のお話を良く聞いてください」
「うん、そうする」
シラ・ロンヴァルデニはそう言って、アレッサンドロを抱いたまま橋の上に戻ろうとする。
「ちょっと待ちなさい! 久しぶりの家族の再会だからちょっとだけ見逃してあげようと思ったけど、いきなりキスするってあなたやっぱり異常よ! そんで、アレッサンドロは私と一緒に作戦室に用事があるのよ!」
ラウラはアレッサンドロの両脇に手を入れてシラからアレッサンドロを奪おうと力を込める。
「何をするの!? 私のアレッサンドロから手を離しなさい!」
シラはラウラの腕を振り払おうと、アレッサンドロごと自分の体を左右に振った。
「お姉様! お待ちください! 先程も申しました通り、今は緊急を要する事態なのです! ですから僕はラウラさんと共に作戦室に行かねばなりません!」
「本当に?」
「はい。本当です」
「すぐに会える?」
「戦が終われば、すぐに会えますよ」
「そう、じゃあ、敵を倒さないとね」
「はい。お姉様のご助力、感謝します」
シラはそのアレッサンドロから手を離し、目を潤ませながら見送ると、橋の上の集団に戻った。
「じゃ、行こうかアレッサンドロ」
「はい。ラウラさん」
つい今さっきまで姉であるシラに抱き着いていたアレッサンドロは何の迷いもなくラウラに抱かれて魔法局へと向かって行った。
「何をしに来たんだ、あいつらは! そこの2人、早く戻れ!」
マリンボスは目の前で起きた事にため息をつきながらシラとデボラが戻って来るのを待った。
「お前達はまだ魔法局局員ではない。だから、今の事も、これからの事も基本的には大目に見るし、責任は問わない。だがな、それはつまり、魔法局はお前達の死についても一切責任は負わないということだ。先程も言ったがこれから戦が起こる。相手はレオルアン、トルー、トナンの三国、1つ1つは我が国の半分程度の国力だが、3つ集まる事で我が魔法局に倍する勢力となっている。恐らくこの戦は勝てる。それは我が魔法局には十賢者にも匹敵すると恐れられている三局長がおられるからだ。だが最終的に戦に勝ったとしても、この国の民や民の生活に被害が出てしまっては意味が無い。そこでお前達の中から有志を募る。魔神の森とフシュタン公国の境界で敵軍を食い止め、殲滅するのだ。この作戦に参加し、生き残った者達は全員、この参謀マリンボスが魔法局局員にしてやる。我こそはと思うものはこの橋を渡り、王城の横から国境へと向かうのだ!!」
マリンボスはそう言って王城の奥にある深い森を指さした。
「いくぞ! 俺はこの国を守る!」
「私だって!」
「僕も行く! そして魔法局局員になるんだ!」
魔法局局員になる為に集まった200名の内、2/3程の者達はマリンボスの話を聞き終わると同時に駆け出した。だが、残りの1/3程のもの、数にして60名程の者達はすぐには動き出さない。
「話は以上だ」
マリンボスは駆け出して行った者達と橋の上に残った者達の様子を鋭い視線で見渡した後、魔法局へと去って行った。
「行くんだろ?」
「もちろんです」
「お前はどうするんだ?」
「行きますわ」
橋の上に残っている者達の中で戦に行こうとしているのはデボラ・バルトリ、シラ・ロンヴァルデニ、そして、ラウラとシラの愚かなやり取りを眉間に皺を寄せて見守っていた元アエリアのアレグラ・カルデララの3人だけだった。残りの者達は周りの様子を伺いながら顔を隠す様にその場を離れ町の路地に消えて行く。その様子を見ていたデボラとアレグラは戦が怖くて恐れをなした者ばかりではない事に気が付いた。
魔法局へ潜入しようとしている者がいたようだ。
無言ではあったが、デボラとアレグラは互いの視線を合わせて軽く頷いた。戦が無ければ全員捕らえて何者か問いただしたいのだが、今は国境へ向かう事を優先させる。そうであれば、何故この3人はすぐに王城の横から国境へと駆け出さなかったのか?
「魔法局の局員達が討ち漏らした尻拭いをしろと、先程の参謀の話はそういう話でしたわね?」
アレグラは敢えて分かっている事をデボラとシラに確認する。
「ああ、そうだ。相手の数が多いから予防線としての役割をしろと言われているのだ」
デボラは不機嫌な顔で腕を組む。
「それでは戦はすぐに終わりませんね」
シラの目は別の欲望を抑えきれずに燃えている。
「つまり、私達が行くべき場所は国境ではなく最前線だと言う事ね」
「ああ、そうだ」
「ええ、そうですね」
3人の中で一番長身のデボラがその長い腕を真っすぐに伸ばす。
「あの馬車を使おう」
そこには魔法局局員用の頑丈な馬車が並んでいた。いつでも出る事ができるように馬に繋がれている。
「そうしましょう」
「そうですね」
魔法局の馬車を盗むという提案にアレグラとシラは即答で同意する。そして、素早く馬車の中ではなく、御者台に3人横並びに乗ると手綱を持ったデボラが馬を走らせた。
「ん? あ、こら! お前達何をしている!?」
走り出した馬車の後方で誰かの声が聞こえた様な気がしたが、馬の蹄と車輪の音でちゃんと聞き取る事はできなかった。それは向こうも同じだろうとアレグラが御者台の上に立ち上がり、大きく手を振る。
「この馬車お借りしますわ! 必ず返しに参りますのでご心配は不要よ!」
音と風にアレグラの言葉は掻き消える。
「で、最前線は何処だ?」
「行けば分かるでしょ? 戦は始まっていると言っていたのだから」
「そうですね。行って早く終わらせましょう」
「ああ」
3人が乗った馬車は猛スピードで街道を走り抜け、魔神の森へと飛び込んでいった。そして森に入ってすぐ、目の前で大きな魔法のぶつかり合う音が振動と共に伝わって来る。
「こっちで正解だ! このまま進むぞ!!」
揺れる馬車の上でデボラは立ち上がり、踊るように手綱を操りながらその音の発生源に向かう。戦いは間の森の峠辺りで行われている様だ。麓から登って行くデボラ達からは見上げる事でその戦の様子が徐々にはっきりと見えて来た。
「既に陣が敷かれているわね」
「そうだな。だが真正面からそれを潰しにかかっているぞ?」
「ああ、あれね。まったくあの馬鹿女とアレッサンドロは作戦室に行くと言っていたけど、あの3人の魔女に作戦なんて不要な事はわかりきっているはず。あの馬鹿女は邪魔だから魔法局に残されたのかしら」
「いや、恐らくこの機に乗じて魔法局を襲おうとしている奴らを警戒しての事だろう。あのラウラはそれ程、参謀に信頼されているという事だ。勿論アレッサンドロもな」
「あの女はどうか知りませんが、私のアレッサンドロなら信頼されてもおかしくはありません」
峠のこちら側で次々に巻き起こる爆発、そして冷気、激しい風に目を細めながら見上げている3人は戦の前線へと徐々に近づいていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます