第29話 血の宣言

 ディカーン歴504年3月11日

 フシュタン公国歴107年3月11日


 俺の処刑がアレッサンドロさんの魔法によって行われてから1週間が経過した。処刑の後すぐにテオフーラはアイーラ局長の命により訓練場の首席指導官に任命された。その結果、テオフーラの居場所は魔法局の塔の3階にある訓練場になり、魔感紙とその豊富な知識を持って若手局員の指導をさせれているらしい。


 隙を見ては訓練場を逃げ出し地下に籠るのだが、その都度アイーラ局長に引き戻されるという事を3度繰り返した後、アレッサンドロさんやラウラを含む数名の局員が自主的にテオフーラを見張るようになり、テオフーラは訓練場から逃げ出すことができなくなった。


 テオフーラ自身のやる気とは裏腹に彼女の訓練指導は局員、特に若手局員に好評で、テオフーラと魔感紙の能力について疑う者は誰一人居なくなった。これについては喜ばしい事だが、それは新たな疑惑の種となった。


 そう……俺に対する疑惑だ。


 【 テオフーラ × 魔感紙 × 俺 = あの光 = 1億 】


 という図式の中で、【あの光】と【1億】という数字は未だ誰の目にも疑わしく、そして上記の関係図式の中で【テオフーラ】も【魔感紙】も正の場合、怪しい要素は【俺】だけという事になってしまったのだ。


 処刑の後の俺はというと、処刑後でも生きているという前代未聞の事態の為、処分が決まらず、捕らえる事もできないが、かといって自由にするわけにもいかないということで、魔法局の最上階にある貴賓室に滞在するように命じられた。


 これは警備の関係上、俺が勝手に出歩かない様にする為に最も効率が良いからという理由なのだが、警備をする側の局員達からすると、何処の誰かもわからない異端者もどきの俺が局長ですら長期滞在を許されない貴賓室を1週間も使用している事に対しても不満が募っていく。貴賓室にはトイレもお風呂もあるが、当然ながら俺一人ではそれを使えないので、警備の局員が学園でのアレッサンドロさんの様にトイレを流したり、風呂の準備をしてくれるのだ。彼らのプライドが激しく傷つけられているのが俺にも分かる。だが、この部屋から出る事が許されていない俺にはどうする事も出来なかった。


 その日の昼頃、俺の部屋にアイーラ局長が現れた。この1週間、俺の前に現れたのは警備役の局員以外では毎日俺の何かを計測しに来ていたテオフーラだけだったので、何だろうと思っているとアイーラ局長以外の双子の局長も一緒に現れた。


 「ピエトロ・アノバ。ついて来なさい」


 アイーラ局長がそう言って先に部屋を出る。その後をついて行く様に双子の局長に促されたので俺はその後を追った。


 「覚悟しなさい」

 「楽しみ」


 双子の局長の間をすり抜ける時、俺にだけ聞こえる様に両側から小さな声で語り掛けられた。


 「覚悟って……?」


 と呟きながら俺は振り返ったが、双子の局長からは満面の笑みしか返ってこなかった。


 前にアイーラ局長、後ろに双子の局長と警備の局員という組み合わせで俺は部屋を出た。最上階に居た俺達は1階ずつ下の階に降りるのだが、その途中で出会った局員達は全員後ろからついてくる。その為、下の階に行けば行くほど人数は膨れ上がり、行列は長くなっていった。


 (何だこれ?)


 チラチラと後ろを振り返ると、満面の笑みの双子の局長といつも通り不機嫌そうな警備の局員の後に数十人の局員の視線が俺に突き刺さる。


 (……怖いな)


 それ以降、俺は前だけ、つまりアイーラ局長の後ろ姿だけを見て歩いた。


 「ここだ」


 7回階段を降りた所でアイーラ局長が大きな扉の前で立ち止また。


 「待っていたぞ。他の者達は中に居る」


 音もなく開いたその扉の中から顔を出したのはテオフーラだ。


 (他の者?)


 「ようこそと言っておくぞ、お前」


 アイーラ局長の後ろに居る俺にそう言ってテオフーラは扉の奥に消えた。その直後、大きな扉は左右に音もなく開いていく。扉の向こう側には真っ白な布が奥に向かって敷かれており、その左右に局員が内側を向いて整列していた。身動き一つせず立っている彼らが、その視線だけはこちらに、いや、俺に向けている事は直ぐに分かった。先に扉の奥に消えたテオフーラが布の上をトコトコと歩いている。その後を追うようにアイーラ局長がゆっくりと歩き出した。そして振り返ることなく俺に声をかける。


 「ピエトロ・アノバ。入りなさい」


 俺はこの状況のやばさに緊張しながらも部屋の中に踏み出した。居並ぶ局員達の前を通り過ぎる度に視線が俺に突き刺さる。俺の後ろからついて来ていた局員と同類のものだ。


 部屋の奥の壁にはアイーラ局長の白いローブに描かれている模様と同じ模様が3mぐらいの大きなタペストリーとして垂れ下がっていた。その右側にテオフーラが立ってこちらを見ている。アイーラ局長はその真ん中で立ち止まるとこちらを振り返った。


 「ピエトロ・アノバ。そこで止まりなさい」


 「は、はい」


 俺はアイーラ局長から2m程離れた場所で立ち止まる。すると、背後から2人の局長が俺の横を通ってアイーラ局長を挟むように並んだ。背後ではついて来ていた局員達が整列している局員に加わるような足音が聞こえる。


 「これより、ピエトロ・アノバの入局の儀を行う」


 「入局!?」

 「入局だと?」

 「まさか、入局なんて」

 「どういう事だ?」

 「嘘だろ?」

 「異端者だぞ?」


 俺の背後に居る局員達の囁きが聞こえる。もちろん俺も同じ気持ちだ。


 「静かにしろ。これは三局長と私、そして公爵も認めた事だ」


 テオフーラの言葉を聞いて、局員達は静かになった。たった一週間でこれ程局員がテオフーラの言う事を聞くようになるとは、すごいなテオフーラ。


 (テオフーラが筋トレ仲間になってくれれば、ここのみんなも筋トレが好きになるかも知れないな)


 「お前たちの気持ちはわかっている。何故、このピエトロ・アノバが局員になるのかについて、簡単に説明しておこう。まず、第一にこの男は危険だ。この国、いやこの大陸で自由に行動させるわけには行かない」


 アイーラの言葉に全局員が頷いているようだ。俺に自由は無いのか……困ったな。


 「では、この魔法局の牢獄に閉じ込めるとしよう。しかし、この国で最も厳重であるこの魔法局の牢獄であろうとも、このピエトロ・アノバは鼻歌交じりで出ていく事ができるだろう」


 恐らく俺は牢獄からも出る事ができるだろう。この塔の中に居る人々の命を考えるとそんな事は到底できないが。


 「……そして、我々にはそれを止める様な力は……無い」


 少し間をおいて発せられたアイーラ局長の言葉は重かった。


 「だからこその入局なのだ。血の宣言によってこの男の行動を制限する為のな」


 「なるほど」

 「その方法があったか」

 「確かに」

 「それしかないわね」


 局員達が口々に納得したという言葉を発する。


 (血の……なんだって?)


 「では、入局の儀を始める」


 何の説明も無しに入局の儀が始まった。本人の同意とかそういうのはこの世界では時々無視されるようだ。そういうものなのだろうか……そういうものなんだろうと思うしかないか……。


 「両手を前に出せ」


 テオフーラが何かを持って来た。


 「はい」


 俺は言われた通り両手を前に出す。


 「壊すなよ。これは貴重なものだからな」


 そう言ってテオフーラは俺の両手首にその何かを引っ掛けた。


 ガチャリ


 (……これ……手錠じゃないか?)


 俺の手首には鉄なのか石なのか良く分からない黒い物がはめられた。あのジョーヴェが出した黒い塊に似ている。


 「ピエトロ・アノバ。私の言葉の後に続きなさい」


 「……はい」


 何なのかは分からないが、とにかく言う通りにしていた方が良さそうだ。


 「我が血の全てをこの魔法局に捧げる」


 (へ?)


 「我が血の全てをこの魔法局に捧げる、だ。ピエトロ・アノバ」


 「は、はい。わ、我が血の全てをこの魔法局に捧げる。わっ!?」


 俺がそう言うと、黒い手錠から細い糸が延びて俺の腕に突き刺さった。


 (ん? 透けている?)


 突き刺さった様に見えたが、その糸は実体ではないようで、刺さっている場所からは痛みは無く、血も出ていない。


 「それは血の鎖。お前の血にかける呪縛だ」


 (呪縛!? 呪いってこと?)


 テオフーラが何だか嬉しそうに説明してくれる。これから起こる事がものすごく楽しみという顔だ。


 「続けるぞ」


 「はい」


 アイーラ局長が言葉を続ける。


 「裏切者の血は渇く。裏切者の血は渇く」


 (何? 何その怖い言葉? 呪いっていうか、何それ?)


 「う、裏切者の血は渇く……裏切者の血は渇く。わあっ!!」


 透けていた糸が急に太くなり、腕に絡みつきながら肩、首、胸、腹、腰、足、そして頭へと延びてきた。


 (糸じゃない! 鎖だ!)


 太くなった糸は鎖だった。しかも、びっしりと刺が付いている。その鎖は俺を締め付ける様に皮膚の下に消えて行った。


 (消えた?)


 「ほう、血の宣言は成功したか。予想通りだが、何の抵抗もなく受け入れられるとはな」


 テオフーラが黒い出場をカチャリと外しながら、俺の腕を見ている。


 「これで血の宣言は終わりだ。次は洗礼を行う」


 (いや、今の何?)


 「あの、血の宣言って何だったんですか?」


 俺がそう聞くと、テオフーラがさらっと説明してくれた。


 「言葉の通りだ。魔法局に背くと全身の血が蒸発してその場で絶命するという呪縛だ。大丈夫だ、局員は全員やっている。局長も、私もな」


 「血が? 蒸発!?」


 「そうだ」


 「血が?」


 「そうだ」


 「血が……」


 「そうだ」


 (裏切ったら血が蒸発って、何それ? 何それ!?)


 「次は血の洗礼だ。ピエトロ・アノバ、こちらに来なさい」


 (血の洗礼? 最早、その名前がヤバイんですけど!!)


 「はい……」


 だが、俺は受け入れるしかない。断って血が蒸発するのは嫌だ。


 「今回は特別だ。じっくり時間をかけて洗礼を行う」


 「おおお!」

 「よっしゃぁ!!」

 「俺は本気でいくぞ!」

 「私だって!」

 「ふ、手加減など不要だな」


 (何? 何が始まるの?)


 「では、最初は私からね」


 双子の局長の1人が嬉しそうに俺の前に立つ。その背後で数名の局員達が床に敷かれている白い布を片付けていた。


 「あの? 何が?」


 「血の洗礼。これは新たに仲間となった局員に先輩局員からの歓迎の儀式だ」


 テオフーラが嬉しそうに説明してくれた。


 「歓迎?」


 「そうだ」


 こういう時の歓迎が友好的な儀式な訳がない。体育会系のノリの奴だ絶対そうだ……。


 「それはどういった……」


 「新局員が先輩局員の魔法を受けるのだ」


 「え? それって処刑と同じなのでは?」


 「ははは、本気の魔法ならそうなるな」


 テオフーラが大きな口を開けて笑った。それはとても恐ろしい顔だった。


 (さっき本気でとか言ってたけど……)


 局員達の方を向いて立っている俺は、左右に整列している局員の顔を見渡した。その全員の目が獲物というか、宿敵を見るかのようにギラついていた。


 (これ絶対本気のやつだ)


 「それって全員からですか?」


 「そうだ」


 「大丈夫だ。時間はある」


 テオフーラの返答に被せる様にアイーラ局長も答える。


 (別に時間を気にしているわけじゃない!)


 全員って何人いるんだ? と俺が隅々まで見渡していると、ずっと嬉しそうなままのテオフーラがそれを察知して答える。


 「ざっと1000人だ。気にするな」


 「そうだな。ではさっさと始めるか」


 「よし! いくよ!!」


 「次は私ね」


 「私は最後にしておこう」


 3人の局長が楽しそうに話した後、洗礼の儀式が始まった。

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