第2話 目覚めたらそこは墓場だった

 目覚めた俺は暗くて狭い場所にいた。カプセルホテルよりもずっと狭い。言うなれば棺桶のようなものだ。


 あ、やべ、俺死んでなかった。


 このままこの中に居たらどう考えても俺は焼かれてしまう。


 「生きてる! 俺は生きてるよ!!」


 誰に言うでもなく、俺は両手、両足を真上に突き上げ棺桶の蓋を持ち上げた。


 お、重い……。


 こんなに力が無かったか? 自分の体に違和感を感じながらも俺は何とか蓋を押しのけ体を起こした。


 え? どこだ? ここは?


 薄っすらとだが青白い光に照らされているガランとした部屋だった。ひんやりとした冷たい空気が漂い、人の気配は全くしない。そして、俺が入っていた棺桶のような物がびっしりと部屋の中に並んでいた。


 「は、墓場?」


 ホラーとか怖い話は好きだが、実際棺桶がこんなに並んでいると寒気を感じた。それが気温のせいなのか、恐怖のせいなのかははっきりしないが。


 とにかく俺は自分が入っていた棺桶から出てみた。起き上がると喉がやたらと痛い。


 「ぐえっ、ごほごほ……おうえぇぇぇええぇええ……」


 何か胸の辺りに仕えていたものを吐き出す。液体のような物が激痛と共に口から溢れ出た。それは青白い光のせいか真っ黒の液体だった。


 うおお! こんなもの吐き出して俺、大丈夫なのか?


 慌てて自分の体をまさぐる。痛みが走った胸、喉、そして腹。


 んんっ? 何だこれ?


 俺は自分の体の感触に違和感を覚える。


 ほ、細い!? 骨だ! 骨だぞこれ!?


 胸は肋骨が浮き出し、腹はガリガリで、首は簡単に折れそうだった。慌てて腕や足も触るが腕も足も同じだった。


 何てことだ、俺はやっぱり死んだんだ……死んだからこんなにガリガリになったんだ。これじゃ、昔の俺じゃないか。


 その場に膝をついて崩れ落ちた俺だったが、一つだけおかしな事に気が付いた。それは喉の渇きと空腹だった。


 俺、死んでるよな? なのに喉が渇いて、腹が減るのか?


 落ち着いてちゃんと確認すると呼吸も脈拍もあった。やっぱり俺は生きている。でも、体は死ぬ前の俺とは確実に違うし、今いる場所も死ぬ前とは違う場所だ。


 なんだこれ? なんだこれは? なんなんだ?


 俺はとにかくここから出る方法は無いかとこのガランとした部屋を調べる事にした。歩いてすぐに足が冷たい事に気づき、自分が裸足である事を知る。そこですごく悩んだが、背に腹は代えられないので部屋にある棺を一つずつ開けていき、使えそうなものが無いか探した。


 当たり前のことだが棺の中には死体があった。腐りかけの悪臭を放つものから、白骨化したものまで様々だったが、比較的新しいものから靴だけいただいた。それ以外のものは死体を動かさないと取れそうもない。焼かない死体は今にも動き出しそうで、とてもじゃないが触る気にはなれなかった。


 靴を履いた俺は、足の冷たさから解放され、ようやくまともに部屋の中を探索できるようになった。部屋にはたくさんの柱が立っており、天井までの高さは小学校の体育館程もあった。広さはサッカーができるぐらいはありそうだ。100m四方ぐらいかな。となんとなくで広さを想像する。1m間隔ぐらいで棺が並んでいるからざっと1000から2000は棺桶はありそうだ。


 広い部屋には俺の歩く足音だけが響いているが、反響して帰ってくるその音に一々背筋を冷やした。それでも、壁伝いに部屋を一周すると、いくつか出口らしいものを見つけた。


 1つは最も出口らしい扉だが、外から鍵がかけられているようでびくともしない。何度か叩き、大声で叫んでみたが反応は全くなかった。もう一つは床下にはめ込まれている鉄格子。その下から水の流れのような音がするが、中がどうなっているのか暗くて見えないので入る気にはなれない。最後にあるのが、出口っぽい扉の反対側にある壁の装飾に開いている通気口のような穴だ。ビルのダクトの様に這って行けば外に出る事ができるかも知れない。だが、その高さが問題だ。丁度床と天井の間ぐらい、バスケットゴールのありそうな高さだ。


 前の体なら壁の装飾に指をかけて余裕で登れただろうが、この細い体では無理だった。そこで俺は最後の手段に出た。運べそうな棺を足場にする為に運ぶと言う方法だ。まずは通気口に近い棺から押してみる、が、びくともしない。押しても引いても全く動かない。貧弱な腕が、足が悲鳴を上げても駄目だった。


 せっかく生き返ったっぽいのに、俺はこのまま空腹で死ぬのだろうか? 少し意識がもうろうとしてきた俺は棺の蓋だけ運べばいいのではというアイデアを思いつく。蓋だけなら運べるかもしれない。試しにやってみると押すことはできたが、持ち上げる事はできず、棺から落とす事はできても運んだり、組み上げたりすることはできなかった。


 だ、だめだ……もう、動けない。


 喉の渇きと空腹と疲労で俺の意識は殆ど限界に来ていた。


 水、せめて水だけでも……。


 這うようにして俺は床の鉄格子の所までやってくる。


 これ、外せるのか? もっと元気なうちに外すだけ外しておけばよかった……。


 重そうな鉄格子に手をかけて後悔する俺に、一つだけ幸運が舞い降りた。それは鉄格子の一部が腐っていて、俺の貧弱な体重すら支えきれずずれ落ちたという事だ。


 ガアンガアアアァアアアン、アン、ドッポオォォン!


 サアァァーという水の流れに吸い込まれるように崩れ落ちた鉄格子と同じく俺は床の穴の中に落ちていった。


 ドポォン……。


 上も下も分からない思ったより早い水の流れに押されて俺はどんどん流された。途中何度も肩や足、腰を固いものにぶつけ、最後に頭をしこたまぶつけて俺は意識を失った。


 喉は渇いていたがこんな風に潤したかったわけじゃないんだが……。


 薄れる意識の中で遠くに明かりを感したが、それが本物かどうか確かめる事はできなかった。

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