破壊神《デストロイヤー》と呼ばないで
吉行ヤマト
第1話 ピエトロ・アノバはこうして殺された
ピエトロ・アノバは魔法を学んでいた。12歳になった少年少女なら誰もが学ぶ基本的な魔法。定められた動きも無く、複雑な手順もいらない、ただ教えられた呪文を唱えるだけの魔法。その魔法がピエトロは苦手だった。子供の成長は人それぞれ、得意な事があれば苦手な事もある。だが、こと魔法に関してはそれは許されなかった。
人の手に魔法が渡り既に500年の月日が流れる。その中で少なく数えても3回は発生している世界の破壊。その原因が異端であったからだ。
異端、それはこの世界の信仰や思想から外れているという意味ではなく、もっと深刻でもっと重要な物である。
『異端は意思ではなく、因子となって血に流れる』
第21代教皇コリネウスの言葉である。現在も受け継がれているこの言葉により、異端因子を持つものは年齢、性別に関係なく処刑された。だが魔法研究が進む昨今では、基礎魔法と呼ばれる魔法がありどんなに魔法に秀でていない者でも順を追って学ぶことで習得する事ができるようになり、異端と判定される事は無くなった。現に、ヌーナ大陸全土に2万はあろうかという基礎魔法学園において、異端因子有りと判定された者はここ半世紀は存在していない。
だがピエトロ・アノバの状況は良くなかった。
ヌーナ大陸の中央、大陸の総面積の約半分を支配する教皇が納める国、ディカーン皇国の法で定められた15歳という制限を来月、迎えてしまうからだ。
【基礎魔法を3年以内に習得できない者は異端とする】
この法に触れる者が出る事は、その本人だけでなく、その家、その家系、その学校、そしてその学校がある領地を治める枢機卿にとっても不名誉な事であり、未来永劫消えぬ汚点であった。代々官職を務めているアノバ家にとって領主である枢機卿の名を汚すような真似はできない。
では、どうなるのか?
それは、15歳を迎える前に内々に処理されるのである。病死、それが最も望まれる。そしてピエトロは朝、目覚める前に父親と2人の兄によって捉えられ、身動きがとれぬまま領主の館の地下へと運ばれた。
「すまぬ、ピエトロ。俺を恨んでくれて構わん……だが、こうするしかなかったんだ」
父親のアレイス・アノバが目隠しと口枷をされているピエトロの耳元で呟く。だが、2人の兄はその様子を薄ら笑いで見ていた。
「父上、今さら何を取り繕う必要がありましょう? いつもの様に言えば良いのです。これでもうやっと煩わしい悩みから解放されるのですから」
「兄上の言う通りです。教えてやれば良いのです、この出来の悪い弟が我が家に与え続けた苦しみについて」
2人の兄は優秀というわけではないが、中の上という成績で学校を卒業し、父と同じ官職に付いていた。2人の兄弟は官職に付けた自分達の立場が心配でならなかった。出来の悪い弟の為に自分達の評価が下がることに耐えられなかった。
だから2人は共謀してまずは父を、そして半年かけて母を説得し、最後に領主である枢機卿に父自ら実子の内々の始末を進言した。その進言はその日の内に了承され、翌日の朝、つまりディカーン歴503年10月20日の今日、処置は実行されるのである。
ピエトロは最初は何が起こったのか理解できずに暴れた。だが、大人の男3人に抑え込まれ為す術もなく捕らえられる。そして、そのまま馬車に乗せられ運ばれた。目隠しをされているせいで、どこに運ばれているのかは分からなかったがこの後の自分の運命はすぐに理解できた。
何度も夢に見て、何度も叫びながら目覚めたからである。
とうとうこの日がやって来た。いつかこうなるかも知れない。だから、そうなる前に逃げなければと考えていたが、実際、そうする勇気が持てないまま捕まってしまった。どこかで、まさか父が、兄たちが、そして母がそんな事をするわけがないと期待していたのだ。そんなピエトロの甘い幻想は最悪の目覚めとなって打ち砕かれた。
首、腕、腰、足、固い鉄製の枷で全く身動きが取れないまま、ピエトロは肌寒い場所に連れられた。数人の足音が台の上に寝かされている自分の周りを移動しているのがわかる。
自分のせいで家族が苦しんでいる事は知っていたし、何とかしたいと努力もした。だが、どうすることもできない自分に落胆し、自ら死を選ぼうと何度も何度も考えた。だが実際に死が目の前に迫るとそんな考えは消し飛んだ。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。
ただそれだけだった。だからピエトロは暴れた。鉄製の枷がそんな事で外れるわけもないことは分かっていてもじっとしてなどいられない。
「父上、ではこれを」
兄がぼそぼそと呟き、父に何かを渡した音がする。
「すまん、ピエトロ」
父のかすれた声がかすかに聞こえた。次の瞬間、ピエトロの体に激痛が走る。
「んん……ん……んんんっ……」
何かを飲まされたのは理解できた。だが体中に広がる激痛で激しく体が痙攣し、壊れるはずのない鉄製の枷が一本弾き飛んだ。
「うっ……」
「うおぉ……」
「ピ、ピエト……」
激しい痙攣はすぐに収まる。その様子を見守っていた3人から驚きの声が漏れた。動きを止めたピエトロの体を3人は隣に置かれていた棺に運ぶ。見開かれた瞳と、口枷で閉じる事ができなかった口を閉じ、手足を揃えて棺の蓋を閉じる。
「父上、枢機卿様に報告を、後は2人でやっておきますので」
「そうか……すまんな」
父親は涙を拭いながら階段を上り、2人の兄弟は地下墓地に棺を運んだ。
俺が死んだのは確かだ。多分、薬の副作用だろう。一度作った筋肉を維持することは難しい。どんなに努力しても理想の肉体は鏡の前には無かった。もっと、もっと、もっとだ。だが、心臓の筋肉を鍛える事はできなかったようだ。俺の心臓はあっけなく停止した。
はずだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます