第3話 森の中のオデさん

 生き返ってすぐに溺死とは……この2回目の人生は要らなかったのでは? 遠のく意識の中で俺はそんな疑問を抱き、そしてただ一つの事を思う。


 ああ、もっと筋トレしたかった。


 確か、今の体はガリガリでヒョロヒョロで、とてもじゃないが鍛える気になれないような体だった。次、3回目の人生があるなら、もっとましな体に生まれたい。そして俺の意識は、おそらくだが命と共に消えた。


 はずだったが、どっこい俺は生きていた。


 目覚めた俺はまたまた暗くて狭い場所にいた。だが棺桶というわけではなく、狭い場所に引っかかっているという感じだ。


 ゴホッゴホッゴホッ!!


 仰向けのまま、せき込んだ俺は鼻に入った水による痛みで体を起こした。


 「オオ、イキトッタ、イキトッタ」


 暗闇の中で背後から声がした。振り返るとそこには不気味な赤い目が光っている。


 ば、化け物か!?


 驚いた俺は慌てて起き上がろうとするが、うまく力が入らずその赤い目の方に思いっきり転がってしまう。燃え上がる炎のような赤い目は、まるでドイツのスポーツメーカーの様に闇に3つ浮かんでいる。


 やっぱり化け物!? 俺は殺されたり、食われたりするのか!?


 動かない体をよじりながらその赤い3つの炎を見上げると、赤い目の中の眼球らしき黒い玉が俺に集まる。


 「オオ、ムリスルナ、ムリスルナ」


 どこからしゃべってるのか分からないが、ムハァ……とでも聞こえてきそうな吐息と共に俺の頭と腹に直接声が響く。


 「あ、あんたは……誰だ?」


 ヘロヘロになっている俺だが、何とか声は出せた。


 「オオ、オデダオデダ、オデダ、オデダ、オデオデ」


 おいおい、なんだかやばい奴だぞ。これって洒落にならない怖い話とかによくある山の神的な奴じゃないのか? 俺の返答次第で命を取られたり、乗り移られる系の奴じゃないのか?


 「あ、オデさんね。オデさんは、ここで何を?」


 俺はできるだけ相手を刺激しないように、そして、こちらの動揺を悟られないように質問した。何せ俺は今、まともに動くことができない上に、がっつり体をこのオデさんに抑え込まれている。


 「オオ、コ、ココ、オデンチ、オデンチニオマエキタ、キタキタキタ」


 闇に目が慣れてくると、この三つ目のオデさんの体と、口の様子がなんとなく見えてきた。真っ暗だと思っていたが、オデさんの後ろには木の枝のようなものとその奥に広がる星空が見えていた。が、正直言って見えないままの方が良かったのかもしれない。見えなければ三つ目のすぐ下にある真横に避けるように割れたオデさんの口に気づかなくて済んだのに。


 「あ、あの……いきなり来て、す、すみません」


 心臓がきゅっと縮むような痛みが走る。ぐっと歯を食いしばってそれに耐えたが、その拍子に俺の腹の虫が鳴り響いた。


 くうぅううぅううきゅるるるぅぅうううぅう


 「あ、いや、あの……これは……」


 俺は寝転んだまま、手で腹を抑えた。


 「オオ、オマエハラヘッタ、オデモハラヘッタ、ウチカエル、ウチウチ」


 そう言って俺を抑え込んでいたオデさんの体がズゾゾという感じでどいていく。おお、このまま帰ってくれるのか? という俺の淡い期待はすぐに掻き消えた。俺の体はオデさんのネトネトした感触の手というか触手みたいなものに巻き取られ、軽々と持ち上げられた。


 オデさんも腹が減っていると言っていた。という事はつまり……俺を食うのか……どっこい生きていた2回目の人生は溺死ではなく、オデさんに食われて終わるようだ。俺は木々の間から見える満天の星空を見つめながら、食われるのって痛そうだなとかそういう事を考えていた。


 「オオ、コレオデノメシ、ハンブンヤル、オマエクウ」


 なんとオデさんはめちゃめちゃやばい風貌に似あわず普通に優しい奴だった。なんだか良く分からない山盛りの生肉っぽい物を半分も俺にくれる様だ。断って機嫌を損なうのが怖かった俺は、腹が減っていたという事もありその山盛りの生肉っぽい物にのしかかるようにかぶりついた。


 「オオ、オマエイイ、オデモソウスル」


 俺の横でオデさんも同じように生肉にかぶりつく。裂けた口がカバの様に開き、中の無数の牙が夜の闇に光る。


 おいおい、オデさん。優しいんだったら優しいなりの見た目というのがあるだろう。あんたのそれはどう見ても暗黒の魔獣だぞ。もっとホワホワしたり、プニプニしたりするべきだろう。どの部位をどうとってきても全てヤバいとは中々のモンスターっぷりだ。


 良く見えない肉の塊を俺は歯で噛み千切り、奥歯で噛みしめる。


 あれ? うまい。


 味としては俺の好きなささ身の様な淡泊な味だ。これは焼いて胡椒をかけたらもっとうまくなりそうだ。俺は食欲のままに山盛りのそれを食べ続けた。思ったよりも食べ続ける事ができる。食べて飲み込む量に比べて腹にたまる量がとても少ないという感じだ。


 ひょっとして、化かされているのか? 気が付いたら俺は葉っぱや石をうまいうまいと食べているとかだったら嫌だな。そう思ってオデさんを見るが、オデさんは俺の事などお構いなしに食べ続けていた。


 化かされているという感じはしない。


 結局、俺は山盛りの生肉を全て食べきった。


 「オオ、オマエゼンブタベタ、オデモゼンブタベタ」


 「ありがとう。旨かった」


 俺がそういうと、オデさんは喜び俺をネトネトした触手で持ち上げた。喜んでいるのはわかるが、大きな口の中に並ぶ大量の牙が俺の真下に広がっている。このまま口の中に放り込まれても全くおかしくない状況だ。


 怖い怖い、怖いってオデさん。


 だが、オデさんのテンションは下がらなかった。下がらなかったどころか、笑っている口はそのまま寝息へと変わってしまった。


 寝たの!? 俺を掴んだまま!?


 ヤバイ、このネトネトした触手の力がちょっとでも緩んだら、俺は確実にオデさんの口の中に落ちる。そして、おそらくだが、寝ているオデさんにそのまま食べられてしまうだろう。


 フゴーフゴーというネットリした吐息が俺を包み込む。


 筋肉を硬直させ続けるアイソメトリックトレーニングだと思えば何時間でもできるはずだ。何故なら俺は筋トレが大好きだから。耐えろ、耐えろ、俺の筋肉。


 そうやって俺はオデさんが目覚めるのを待ち続けた。

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