第22話 帰って来た者、待っていた者、追って来た者
ディカーン歴504年3月3日
フシュタン公国歴107年3月3日
アエリアこと、アレグラ・カルデララとそのルーナであるエレオノーラ・カルデララ、そしてアエリアの校舎のエリートである8人の魔法使い、オロロッカ達が乗る2台の馬車はエルコテ魔女学園に向かって走り続けていた。
「あの女、本気で学園までついてくるようですね」
「ええ。でもそれが私達、いえ、次期アエリアであるあなたの未来を繋ぎとめる唯一の手となったわね」
「はい」
アレグラの目を見てエレオノーラが即答した。
……やる事はわかっている。
だが3日前に学園内で起きた出来事を、まだ心のどこかで信じられない自分がいた。目の前のアレグラと自分が魔法局で3人の魔女たちと対峙していたその日に起きた事を。
帰路の途中にある宿に届いていた手紙には、詳細は分からないが3つの事が書かれていた。ピエトロの存在が露見した事。アエリアの校舎にエスロペの弟がいた事。そして、その2人がジョーヴェと決闘した事。
鉄壁の黒と勝負? そしてその勝負に前者は勝利し、後者は引き分けただと?
現ジョーヴェのルーナであるフランカが初めてその魔法によって表面に傷を付けた所を目の当たりにした時、思わず声を出し賞賛していた自分の姿を思い出し、エレオノーラは俯き、少しだけ首を横に振ってその時の自分の気持ちを否定した。同じルーナとしてその実力を認めているフランカですら傷一つしか付ける事が敵わなかった鉄壁の黒。それを基礎学年の2人がやっただと……。
「勝つでしょうね。あの巨大な使徒を一撃で倒したのだから」
馬車の窓から流れる景色を見つめ、エレオノーラに視線を送ることなくアレグラは呟いた。
「……はい」
エレオノーラは自分に向かって突進して来た使徒の姿を思い出し、自分の身を護るように強く腕を組んだ。
「でも、エスロペの弟が入学していたとはね。我が家の情報網も大したことないわね。卒業したら早々に対処しなくちゃ。あなたがアエリアになった時には、ちゃんと情報が行くようにするわ」
アレグラはそう言って視線を窓の外から正面に戻し、エレオノーラに微笑んだ。
「まもなく学園の麓に到着します」
アレグラとエレオノーラの横で2人の会話を黙って聞いていたオロロッカのメンバーが声をかける。その声は聞こえていたがアレグラは直ぐに返答はしなかった。見慣れた森を眺めながら学園で待ち受ける者達の姿を想像し、そしてこれから自分とエレオノーラに訪れる危機的状況を予測し、その心の中は少なからず動揺していたからだ。
自分自身の野望どころの話では無くなっている。少なくとも次期アエリアであるエレオノーラが学園で侮られることの無い様な結末にしなくてはならない。全身を包み込むような不安をその固い決意で心の片隅に追いやり、目の前で自分を見つめているエレオノーラにその不安がうつらないようにと必死に平静を装っていた。
「もう、皆、中庭に集まっているでしょうね」
精一杯の強がりで出したその言葉は、自分でも驚くほどスラっと極自然に発することができた。その事がアレグラの中の自信を取り戻すきっかけとなり、この後に何が起ころうと自分なら最善の手を打てるという確信を手に入れた。
「おそらく」
「誰が最初にしゃべり始めるかしら」
若干の不安を漂わせるエレオノーラの言葉に被せる様にアレグラは質問する。会話を重ねる事で周りの不安を忘れさせ、いつもの自信を取り戻させる為である。その最も効果的な方法が、自分自身が不安を感じておらず、自らの勝利を確信し、常に冷静に状況を分析できているという事を周りに示す事なのだとアレグラは理解していた。
「間違いなくジョーヴェかと」
エレオノーラの答えに他の2人のオロロッカが納得したように小さく頷くのを確認してからアレグラは会話をつづけた。
「そう? 私は意外とミアルテあたりかと思うのだけど」
アレグラが自分たちの予想とは異なる人物の名を挙げた事に3人は軽く戸惑いを見せた。
「ジョーヴェは決闘に負けているわ。そして、その事を自分ですでに受け入れているでしょう。彼女にとって勝敗とは自らの命に等しい事だから。森の狩猟会での敗北よりも決闘での敗北の方が彼女にとっては重要な結果、終わった勝負について掘り返してまでとやかく言う事は無いでしょう。それに、その決闘によってピエトロは次期ジョーヴェの権利を得ているわ。ここで出自や異端者云々を自ら責め立てるのが得策ではない事は理解しているはず。まあそれでも清廉潔白を求める彼女の事だから、六星会の最後に自らの決意として何かを話す可能性はあるわね」
「なるほど」
アレグラの説明にエレオノーラが頷く。
「あとエスロペは弟の事で頭が一杯だから、多分ぼーっとしてるでしょうね」
「え? そうでしょうか?」
「ええ、そうよ。あのシラ・ロンヴァルデニが弟狂いである事は元々知っていたの。でも、その弟がアエリアに入学していたなんて……ね」
「確かに、でもそれでどうしてミアルテが最初だと思われたのですか?」
「まあ、一番気が楽だからよ。メルクーリオとサトゥルノの2人は自分たちの立場を良く理解しているから、私達とは不用意に敵対する事はないわ。だからいつも通りだんまりを決め込んで、情勢が有利な方に最終的に同意するでしょう。そんな中、ミアルテは元々なんのしがらみも無い立場。だからどんな状況でも好きな事を言えるわ。それにもう一つ理由があるの」
「もう一つの理由?」
「ええ。ミアルテは、ジョーヴェであるデボラ・バルトリが敗北した事を心のどこかで認めたくないはず。表と裏に分かれてはいても、ジョーヴェがビラロッカの使い手である事に変わりは無く、その総本山とも言えるミアルテはピエトロを警戒しているはず。できることなら学園から追い出したいと考えているんじゃないかしら」
「なるほど。そうなると……」
「そう、つまりミアルテは私達の計画にとって都合の良い相手ということね」
「おおぉ! さすがですアレグラ様」
エレオノーラと2人のオロロッカは感嘆の声を漏らす。そしてアレグラがいつも通りの冷静な判断力を失っていない事に心の底から安堵したのだった。
彼らの会話が終わった頃、2台の馬車は学園の前に到着した。
午後2時18分。アエリア達が校門の正面にあるミアルテの塔に入ると、ミアルテのルーナである赤毛のパメラ・コロナロが待ち受けていた。
「アエリア様、緊急の六星会が開かれております。他の星様は既に中庭でお待ちです」
丁寧な説明ではあったが、パメラの視線にはアエリアの者達の様子を伺おうという意思が感じられた。
「そう」
その視線を軽く受け流したアレグラ達は、時計周りにミアルテ、ジョーヴェ、サトゥルノの校舎を進みアエリアの塔から中庭へと歩み出た。既に中庭には御影石の床、黒檀の円卓と椅子、そして垂れ幕が設置されている。その垂れ幕を先に中庭に出たエレオノーラが捲り、アレグラが中に入る。それを見届けたエレオノーラは自分も後に続いた。そんな2人をアエリアの塔の中からオロロッカの8人のメンバーが見守っている。
「ただいま戻りました。あら? あなた方も参加されるのかしら?」
アレグラは自分の驚きを最小限の言葉にして発し、動きには一切見せなかった。その後ろにいるエレオノーラは驚きを一瞬だけ顔に出し、すぐに平静を装った。2人の視線の先には、ジョーヴェの後ろ、赤毛のフランカを挟むように立っているピエトロ・アノバとアレッサンドロ・ロンヴァルデニの姿があった。
アレグラがアエリアの席に着き、その斜め後ろにエレオノーラが立つと、アレグラの質問への答えが無いまま、ミアルテが第一声を発した。それを見たエレオノーラはチラッとアレグラを見つめ、その視線が来るのを知っていたかの様にアレグラはエレオノーラを見つめ返した。
「アエリア、私達に最初に言うべきことがあるよね」
ミアルテのその言葉に全員がアエリアを見つめた。
「言うべき事? 何かあったかしら?」
「このピエトロ・アノバの事だよ」
「ああ、その事。でも、もう既にこの学園の全生徒が彼の事を知っているのでしょう? 改めて私の口からそれを聞く為に集まったとでも言うのかしら? まあ、でもいいわ、紹介します。彼はピエトロ・アノバ。森の狩猟会の時に使徒を運ぶのを手伝ってくれたの。その後、アエリアの生徒になったわ。どうやら、今はジョーヴェの生徒の様だけど。以上、終わり」
「いや、それだけじゃないよね!? あの使徒を倒したのもこのピエトロ・アノバだよね?」
「どうして、そう思うのかしら? あら、このピエトロ・アノバに敗北したのはジョーヴェさんだけかと思ったのだけど、ミアルテさんも敗北されたと? そういう事なのかしら?」
「うっ……」
言葉を詰まらせたミアルテの様子が全てを物語っていた。
「そう、ジョーヴェさんでもミアルテさんでも勝てなかった。つまりビラロッカは裏も表も通用しなかったという事なのね。この魔法を使えないピエトロ・アノバに」
「そうだ」
そこで初めてジョーヴェが口を開いた。
「だが、どんな方法でも私に勝利したのだ。このピエトロは次期ジョーヴェとなる」
「それは無理ね」
ジョーヴェの言葉をアエリアが否定する。
「何故だ?」
「何故って、彼が魔法を使えないからよ。ミアルテさんもそう思うでしょ?」
アエリアに問われたミアルテだが、黙ってアエリアを睨み続けている。しゃべりたくないという意思表示だ。
「あら、聞こえなかったようですね。もう一度聞きます、彼、ピエトロ・アノバは魔法が使えない。つまり、遅かれ早かれ、後1年以内に彼は異端者と認定されるわ。そうなったらこの学園には居られない。そういう人を校舎の代表であるジョーヴェにはできない。ミアルテさん、あなたもそう思うでしょ?」
大きな声で丁寧に説明するアエリアの言葉が中庭に響き渡った。
「……そうね」
黙っていたミアルテだが、意に反すると言わんばかりにそっぽを向いてからボソリと返事をした。
「魔法を使える様になれば良いのだろう?」
ジョーヴェがそう確認すると、アエリアは首を横に振った。
「いいえ。最早、事態はこの学園で解決できる範囲を超えています。これが、もし、エスロぺさんの弟であるアレッサンドロさんの魔法によって起きた事であれば良かったのですが、魔法を使えない彼がエルコテ魔法学園の六星であるジョーヴェさんとミアルテさんに勝利したという事実は想定外の事態となりました。こうなる事を恐れて私は秘密裏に行動していたのですが、どうやらそれが裏目に出てしまったようですね」
「裏目? 自分の手柄を失った事か?」
ジョーヴェが珍しく皮肉を言う。それはつまり、アエリアが今言ったことが正しいを認めていると言う事に他ならない。
「彼の事は魔法局に報告しました。彼の身柄は魔法局に預ける事となります」
「そうはいかん! こいつは、このピエトロ・アノバは我が夫となる男だ!!」
アエリアがこの六星会に現れて初めてその顔で驚きを表した。目を見開き、口が半開きになり、思考が停止したかの様に呆けている。
「え? あの? 今、何と……おっしゃったのかしら?」
「このピエトロ・アノバは我が夫となる男だ。だから、魔法局になど行かすわけにはいかない」
ジョーヴェが同じ事を再度告げる。アエリアの視線がずっと黙ったままのメルクーリオ、サトゥルノに向けられる。その2人は無言で頷く。どうやらジョーヴェの言ったことは本当らしい。
「……ジョーヴェとの勝負の後、ピエトロが愛の……誓いの……契りを……したのよ」
ミアルテが言いにくそうにそう言うと、ジョーヴェが顔を真っ赤にして下を向いた。ジョーヴェの見た事の無い様な素振りにアエリアは再び驚きに目を見開いた。
「は、はぁ……そ、そうですか……そう……」
そう言いながらアエリアの視線はジョーヴェの後ろに立つピエトロへと向けられた。その視線にはアエリアの怒りが強く込められている。
この男は……約束を守らず部屋から出た上に、ジョーヴェと愛の誓いの契りをするなんて……どこまで事態をややこしくしたら気が済むというの!?
「……だめ、だめよ。それでもだめね。ジョーヴェさん、あなたの実力がこの学園最強だという事はロマの魔法局は当然把握している。ミアルテさんが敗北した事も直ぐに伝わるでしょう。そして、すでに魔法局は行動を起こしているわ」
「え? どういうことだ?」
ジョーヴェが顔を上げる。
「魔法局の局員が既にこちらに向かっているという事よ。そして、ピエトロ・アノバだけでなく、アレッサンドロ・ロンヴァルデニも、その対象となっているのよ」
「え? 僕がですか?」
急に名を呼ばれてアレッサンドロは驚きの声を上げる。
「だめ! 絶対にだめです!」
六星会が始まってからずっとアレッサンドロばかりを見て居たエスロペが大きな声を上げた。
「ジョーヴェさんと、エスロペさんがそうおっしゃるだろうという事は分かっているのですが、これもエルコテ魔法学園、延いてはこのフシュタン公国の為なのです……」
アエリアが続けて何かを言おうとして口を開いた瞬間、中庭の外から誰かの声が聞こえた。
「あれ? こんなところでお茶会してるなんて、呑気な連中だね?」
そう言いながらミアルテ達の背後から幕の中に入って来る者がいた。アエリアはその人物の顔を見て満面の笑みを浮かべる。
「皆さん、ご紹介します。遠路遥々魔法局から来られた、ラウラ・ダララさんですわ」
ラウラ・ダララ。その名を聞いたアエリア以外の六星全員が席から立ち上がった。
「お? いいね。誰が私の相手をしてくれるんだ? なんなら全員でもいいんだけど?」
そう言って幕の中を見渡したラウラはジョーヴェの後ろに立っている2人の男を見つけて視線がとまる。
「な!? でかっ!! うわ! 可愛い!! 良し、どっちも局に連れて帰る!」
そう言い放ったラウラにほぼ同時に飛びかかったのはジョーヴェとエスロペの2人だった。
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