第23話 魔法局へ

 ジョーヴェに呼び出されて俺はアレッサンドロさんと共に中庭に向かった。なんでも六星会というこの学園の各校舎の代表。つまり6名の星達が集まる会議を開くそうで、ジョーヴェのルーナになったアレッサンドロさんと、次期ジョーヴェになる俺も参加しないといけないらしい。それにしても6人の星の会議だから六星会。そのまんまの名前だが、100年以上続く伝統ある会らしい。


 ジョーヴェの塔の出入口から中庭にでると、丸いテントの様な幕があり、その中に机や椅子が並んでいた。中には既にエスロペとそのルーナ、ミアルテとそのルーナが集まっていて、俺たちが来たすぐ後にアエリア以外の残りの星達とそのルーナもやって来た。


 「アエリアは学園の麓まで帰ってきているらしい」


 アエリア以外の5人の星達が集まったところでミアルテが声を発した。学園の麓という事は、この学園がある岩山の下まで帰ってきているということなのだろう。


 麓に誰か見張りでもいるのだろうか?


 どうやって互いの位置を確認しているのかは知らないが、何らかの方法で分かるようだ。俺はどこから帰って来るのかと辺りを見渡した。


 「キョロキョロするな、こっちに来て黙って立っていろ」


 幕の屋根ギリギリの俺がキョロキョロと辺りを見渡していると結構目につくようで、ジョーヴェ以外の星やルーナ達が俺の事をそれぞれの感情剥きだしという感じで見てきた。俺を見てこないのは俺の斜め右前にこちらに半身で顔だけ向けて座ってるエスロペだけだ。彼女は俺とジョーヴェとフランカを挟んで反対側に立っているアレッサンドロさんだけを見つめている。


 そんなに弟が好きなのか。変態だな。


 俺に対して十分すぎる視線を注いだ星やルーナ達はさすがに動かず、何も声を発しない俺から興味を失ったのか、それぞれの星とルーナ間で耳打ちの様な小声で会話をしている。すぐ隣にいるジョーヴェとフランカの会話ですらはっきりと聞き取れないので、今日のこの六星会についての打ち合わせをしているのかも知れない。


 何の為の会議なんだ?


 さすがに気になった俺はフランカに聞いてみた。


 「あの、これから何の話をするんでしょうか?」


 俺がそう言うと、フランカは食い気味に声を荒げた。


 「あなたと、このアレッサンドロの事に決まってるでしょ!」


 「え? 僕とアレッサンドロさんの事?」


 「いい加減にしなさいよ! あなたが次期ジョーヴェになる件と、アレッサンドロがルーナになる件よ!」


 あ、ああ、そうか、そらそうか。ジョーヴェが入れ替わるのだから他の校舎の代表に対する説明がいるのは当然か。いや、こうなる事は決まっているとしても、正式な会でしか任命ができないとかそういう事があるのかも知れない。


 でも、ジョーヴェって何するんだ?


 困ったな。まあアレッサンドロさんが居てくれるから何とかなるだろう。などと色々考えた所で俺に何ができるわけでもない、この会議でも俺が何か今後の方針なんかを話すなんてことも無いだろう。もしあるなら、フランカが前もって何かを言って来るはずだ。多分……きっと……。


 分からない事をこれ以上考えても俺に良い考えなど思いうかぶわけがないので、俺はできるだけバレない様に筋トレをすることにした。立ったまま、最小限の動きでできる筋トレはいくつかあるが、今なら爪先立ちになり、踵を上下させる運動かな? と思いついたので、俺はゆっくりとバレない様に両の踵を上げ下げした。


 ゆっくりやるのは、バレない様にという事と合わせてアキレス腱などを傷めない為という事もある。裾が長いローブを着ているおかげで踵の動きがバレにくい筈だ。踵を上げ下げするとふくらはぎの筋肉を鍛える事ができる。足の後ろの内側と外側の腓腹ひふく筋とその内側にあるヒラメ筋を鍛えるのだ。


 俺はこの筋肉にハギーと名前を付けている。あ、名前を付けているのはハギーだけではないが、その他の筋肉の紹介はまた今度にしよう。


 ハギー頑張れ! という意味を込めて心の中で掛け声をかける。ハギアッ! ハギダッ! だ。意味はハギーをアップ、ハギーをダウンをネイティブに発音しているというものだ。いや、実際にネイティブが発音するかどうかは知らないが、俺はいつもこの掛け声でやっている。


 ハギアッ、ハギダッ、ハギアッ、ハギダッ、ハギアッ、ハギダッ、ハギアッ、ハギダッ……。


 100回もやらない内にいい感じに筋肉がほぐれてくる。十分にほぐれてきたら徐々に大きくしていく。速度はできるだけゆっくりとだ。筋トレに集中してくると自重だけでは我慢できなくなる。本当ならウエイトを両手に持つなどして重量を調整するのだが、それができない時には単純に片足でやったりもする。バランスが悪いとフラフラするので、体幹も鍛えられるのだが、その分、ハギーへの意識も散漫になるので、慣れるまでは中々難しい。俺は目を閉じていてもふらつくことなく片足でできるようになっているので、ハギーに神経を集中しながら片足ずつハギーを応援していく。とりあえず100回交代でいいか。


 ハギアッ、ハギダッ、ハギアッ、ハギダッ、ハギアッ、ハギダッ、ハギアッ、ハギダッ……。




 どれぐらいの時間、目を閉じて筋トレを楽しんでいたのか、六星会は既に始まっていた様だ。どういう話の展開でそうなっているのか、閉じていた目を見開いた俺には全く理解できなかったが、ただ、まずそうだという事だけ理解できた。


 何がまずいのか?


 目の前でジョーヴェが、その奥でエスロペが魔法を放とうとしているからだ。しかも、ジョーヴェは俺の前を横切って左から右に飛び込みながら、同じようにエスロペも俺の右側の方に飛び込みながら魔法を放とうとしている。


 筋トレをして集中力が高まり、ふくらはぎもほぐれて来ていた俺はその場から瞬時に右側に横跳びし、ジョーヴェとエスロペの進路を妨害した。ジョーヴェの掌からは俺に使ったのと同じ鉛筆ぐらいの黒くて細い奴が放たれていた。そしてその反対側にいるエスロペは同じ様に掌から電撃を放っていた。俺はそれを体の正面で受け止める。


 「いてて!」


 そして、突っ込んで来るジョーヴェとエスロペを止めようと左右の手を広げた。


 「ぐっ」

 「げっ」


 俺の広げた掌は、カウンター気味に掌底となって2人の顎を揺らしてしまった。そして、2人はその場に崩れ落ちる。


 おお、何だかやばい事になってきたぞ。


 「すみません!」


 崩れ落ちたジョーヴェとエスロペを片手でそれぞれ拾い上げ、テーブルの上に寝かせた。


 「大丈夫ですか? でも、一体どうして……」


 そこまで言って自分で気が付いた、誰に向かって魔法を放っていたのだろうか? と。俺は2人の魔法が交わる場所、つまり俺の背後を振り返った。ミアルテは俺の前にいる。そのルーナ達も、じゃあ、誰が居るの?


 そこには赤毛で短い髪の毛の少女が立っていた。ミアルテの生徒なのかな? とも思ったが、違和感を感じる程真っ白のローブを着ている。


 真っ白のローブもあったのか。


 「あの……大丈夫ですか?」


 「いいね! その体で今のスピード、異端者から魔神にでもなりかけてるのかな?」


 この少女は俺が魔法を使えない事を知っている様だ。


 「ま、とりあえず、一緒に魔法局に行こうか」


 「魔法局?」


 「そう、魔法局。どんな場所かとか、何の為とかどうでもいいから。行けば分かるってことでいいよね?」


 「は、はあ……」


 俺は気を失っているジョーヴェを振り返った。


 「あなたは魔法局に行くしかないわ。その存在が知れ渡ってしまった後ではね」


 声の方を見ると、そこにはアエリアが居た。戻って居ていた様だ。


 「アエリアさん……」


 「この学園には居られなくなると言ったでしょ。そう言う事よ」


 「そう言う事、ですか……」


 どういう事なのだろう?


 「ピエトロさんが魔法を使えない事が問題になりまして……異端者ではないかという疑惑が持たれています」


 アレッサンドロさんが何故か申し訳なさそうに俺に教えてくれた。そう言えばそうだった。せっかく知り合えたアレッサンドロさんともここでお別れするしかないのか。


 「わかりました。今までお世話になりました、アレッサンドロさん」


 「いえ、僕も一緒に魔法局に行きます。大丈夫ですよ」


 「え? どうして? アレッサンドロさんは魔法使えるのに?」


 「魔法がまともに使えなかったのに急にあれだけの魔法が使える様になったのよ。魔法局が興味を持ってもおかしくないでしょう」


 それは、実験台という事か?


 「そう、魔法局で調べさせてもらうわ。なんせ、基礎学年の生徒がこの学園最強のジョーヴェといきなり引き分けたんでしょ? 腐ってもエスロペ魔法学園はこの国では権威なんだよね。ま、腐ってもだけど」


 白いロープの少女の発言に辺りの空気が一変する。だが、そんな事は俺には関係ない。アレッサンドロさんを実験台にするわけにはいかないのだ。


 「あの、僕はどんな実験でも耐えますが、アレッサンドロさんに手荒な真似をするというなら、それなりの対処をさせていただきますが?」


 俺は背後の少女に向き直った。


 「あ、大丈夫、大丈夫。こんな可愛い子にひどい事するわけないよ。ふふふ」


 その少女はそう言うと、アレッサンドロさんに駆け寄り、すっと抱きかかえた。


 「え? あの……ちょっと……」


 抱きかかえられたアレッサンドロさんはバタバタと暴れているが、少女はお構いなしにアレッサンドロさんを連れて行く。それは正に誘拐だった。


 目の前で人が誘拐される瞬間を見るとは……。


 少しだけ感動を覚えてしまうぐらい明らかな誘拐だったが、それを止める者は誰も居なかった。


 「アレッサンドロ様! 卒業したら、私とシラ様は必ず魔法局に入局します! それまでお元気で!!」


 駆け出し、そして俺の前で跪いて手を伸ばして叫んでいるのはエスロペのルーナ。確かセレナという少女だ。そう言えば、この人もアレッサンドロさんの知り合いだったはず。


 「何をしている! さっさと行って、アレッサンドロ様をお守りしなさい!!」


 少女とアレッサンドロさんが中庭から塔へと消えていくと、跪いたまま俺に振り返ったセレナが鬼の形相で俺に命令した。


 「は、はい!」


 何だか素直に従った方が良さそうな雰囲気だったので俺は元気に返事をしてアレッサンドロさんの後を追った。結局、筋トレして話を聞いていなかった俺は、何だか話が分からないまま学園から魔法局という所に行く事になったらしい。塔を出て抱きかえられたままのアレッサンドロさんに追いつくと、門の外にある馬車に乗り込んだ。


 「じゃ、出して。学園の生徒にもなって見たかったけど、うるさそうなのが2人伸びている内に連れて帰れた方がいいからね」


 俺とアレッサンドロさんを見て少女が呟いた。


 「あの、お名前は?」


 「あ、聞いてなかったの? そう言えばさっき、ずっと目を閉じてたけど何してたの?」


 「あ、はい。筋トレしてました」


 「え? ピエトロさん、あの六星会の間もキントレされてたんですか?」


 「はい、どこでも筋トレはできますよ。まあ、ある程度広い場所の方がやりやすいですが」


 「なるほど、さすがピエトロさんです」


 「ちょっと、私を無視しない! 何? そのキントレって?」


 「筋肉を鍛えるトレーニングの事です」


 「は? そんな事して何になるの?」


 あ、そうだった。魔法使いの人はこういう反応をするんだった。


 「そうですね。魔法でなんでも解決できる魔法使いの方には必要ないのかも知れません。でも、アレッサンドロさんには効果があったようです」


 「はい! 僕はそれで魔法が使える様になりました」


 「え? 何それ? そんな物凄く重要そうなことを会ってすぐに言っちゃうわけ? 何なの? バカなの?」


 筋トレの説明をしたら、少女が急に慌てだした。


 「え? 別に秘密でも何でもないですよ。筋トレすると体が強くなって、アレッサンドロさんの場合、強い魔法に体が耐えられるようになった。多分そんな感じだと思います。僕は魔法が使えないので、詳しい事はアレッサンドロさんしかわかりませんが」


 「はい。ピエトロさんのお話の通りです。僕は体が弱くて魔法の使用に耐える事ができませんでした。しかし、ピエトロさんのキントレによって、耐える事ができるようになったのです」


 「はあ? それを私に信じろって言うの?」


 「はい」

 「はい」


 アレッサンドロさんと俺は同時に返事をした。


 「あ、そ……そう……じゃあ、とにかく、魔法局の局員達の前でもう一回同じ事説明してね」


 「はい!」

 「はい!」


 「キントレね……何それって感じだけど……そうだ、それってここでもできるの?」


 「もちろんですが、どうせならそれ以外のトレーニングをしたいのですが」


 「え? 何をしたいって?」


 「重い物を引っ張って走るという筋トレをしたいですね」


 「どういう事?」


 「僕が馬車を引きます」


 「は? どうやって?」


 「え? 筋肉でですが?」


 「でもそれじゃ、馬は?」


 「ついて来て貰えれば」


 「うーん、ちょっと待ってなさい。ちょっと、馬車を停めて!」


 少女がそう言うと、学園の土台となっている岩山の途中で馬車が停まる。


 「ちょっと待ってなさい」


 そう言って少女は馬車を降りて行った。


 「あの、本当に馬車を引くことができるのですか?」


 アレッサンドロさんが心配そうに言って来る。


 「良い筋トレになると思います。足腰を鍛えるのには持って来いですから。逆にこの馬車が壊れないか心配です」


 「この馬車は魔法局の馬車ですから、豪華さは無いですが頑丈にできていると思いますよ」


 アレッサンドロさんに言われて馬車を良く見てみると、確かに頑丈にできている様だ。最近、思いっきり走り回っていなかったので、ものすごく楽しみになって来た。


 「……じゃあ、そう言う事だから馬をお願いね。ちょっと、あなた! 馬車を引けるんだったら引いてみなさい。魔法も使わずにそんな事ができるって、この馬車は魔法の直撃にも耐える事ができる様に頑丈にできてるから普通の馬車の2倍はあるから」


 「はい!」


 俺は馬車から飛び降りて前に回り込み、馬につなげられる部分を掴んだ。そして少し馬車を引いてみる。


 ガラララッ


 いい感じで引くことができた。


 「動いた……何それ」


 少女が驚いて俺の顔を見る。


 「ま、まあここは下り坂だから」


 「そうですね。あの、魔法局というのはどこにあるのでしょう?」


 「はあ? 魔法局まで引いていくっていうの?」


 「はい。今、走りたい気分なんで」


 「あんた、そうとうヤバイ奴ね。まあいいわ、どうせそんな事できるわけないんだから。見なさい、あの道を真っすぐ行けば魔法局よ」


 少女が指をさした方角に向かって真っすぐに道が延びていた。


 「わかりました! では乗ってください! 引っ張りますよ」


 「まったく、おかしな事になったわね。崖から落ちないようにしなさいよ」


 「はい!」


 少女が中に入るのを確認した俺は正面を見て馬車を引いた。


 さあ、久しぶりに走るか!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る