第54話 死地マッカンタクラのオルゴイコルコイ

 「オルゴイコルコイ。マッカンタクラ・デス・ワームだ」


 大河ラフテス・チュグスを無理やり乗り越えて辿り着いた場所は広大な砂漠だった。その砂漠の地平線を指さしたテオフーラがそう言った。その指の先には赤い小さな点がチラチラと見えている。


 「オル? なんですか?」


 「オルゴイコルコイだ。動物の腸の様な虫という意味だ。小さいものでも大人を一飲みできるだろう」


 「一飲みですか?」


 「そうだ。そいつらがあれだけいる」


 一匹一匹がそれ程の化け物だと思いながら地平線に見える赤いチラチラを眺めると、自然と眉間に皺が寄った。


 「迂回を……」


 「この死地マッカンタクラはな、川と並ぶように広がっていて縦に比べて横の幅が20倍以上ある。迂回をしていては時間がかかりすぎるのだ」


 えええ……そんなに?


 「避けては進めん。だが、お前なら蹴散らしていけるだろう」


 蹴散らすって、まあ、できるかも知れないが……次から次に来られたらどうなるか分からないだろう?


 「食われたら、それまでだ」


 それまでって言われてもなぁ。仕方が無い、砂漠を走るのは初めてだが、思いっきり走って一気に駆け抜けるのが良さそうだ。


 「あ、後、速く走るのはダメだ。音と振動で奴らは集まって来るからな。出来るだけ静かに歩けよ。あと、あまり砂の上は歩くなよ」


 「砂の上を歩くな? ですか?」


 いや、砂漠だろ? 砂しか無いのに何を言っているんだ?


 「あれだ。この死地マッカンタクラには赤い岩が転がって居る。その上を歩いた方が安全だと言われている」


 岩? あ、確かに赤い点々があるが、あれは化け物ではないのか?


 「何故砂漠に岩が?」


 「あれは言うなれば糞だな」


 「糞?」


 「ああ、オルゴイコルコイの糞だ。奴らは飲み込んだ獲物に体内にある牙を突き刺し、その体液を吸う吸血虫だ。そしてその食べかすがあの赤い岩だと言われている」


 食べかす? じゃあ、元は人だったのか?


 「人ではないぞ、人だったらかすも残らない。あれは奴らが共食いをした時のかすだ。だから赤いのだ」


 共食いもするのか。つまりとんでもなく凶暴な奴らという事になる。砂漠のはじまりから1kmぐらい奥からその赤い岩が点在している。つまり、そこからが奴らの生息域という事なのだろう。


 「あの、これまでの様に抱えて行くのは危険そうなのですが」


 「そうだな。では、背中に乗る事にしよう」


 テオフーラはそう言って両手を広げる。


 え? そんなキャラだったか?


 「背中に乗っている方が、お前の力もよく観察できるだろうからな。これでお前と私を結び、落ちないようにするぞ」


 テオフーラは何処からか丈夫そうなロープを取り出す。確かに、これをしっかりと結び付ければ落ちる心配はなさそうだ。それに両手が自由になる事で、俺の動きの制限もほぼなくなる。


 「では行きますよ」


 テオフーラを背中に括り付けた俺は、死地マッカンタクラに足を踏み入れた。


 「できるだけ静かに、だが、素早く移動しろ」


 テオフーラは中々矛盾した事を指示してきた。早く動こうとすれば動きが激しくなり、砂を蹴る音や着地する音がどうしたって大きくなる。逆に音を抑えようと静かに動くと、それはどうしたってゆっくりした動きになる。


 普通ならそうなる。だが、俺だけに可能な特殊な移動方法を俺は既に思いついていた。それは、滝の横にある崖をのぼった時に使った方法、左手の触手を使った方法だ。触手は伸縮自在である上に、元のちいさいオデさん同様、人1人を簡単に持ち上げる程の力を持っている。砂の上では無く、出来るだけ大きめの岩に触手を伸ばし、その岩をしっかり触手でつかんだ後、自分の体をテオフーラごと持ち上げて進むのだ。そんなに速くは無いが、音を出さずに最も素早く移動できる方法と言える。


 「ほう、考えたな」


 テオフーラも満足そうだ。揺れが少ない事も喜んでいるようだ。そうやってしばらく進むと、すぐに赤い岩がある場所に辿り着いた。


 「いよいよですね」


 「ああ、奴らは確実のこの砂の下にいる。気を抜くなよ」


 「はい」


 俺は一番近い場所にある赤い岩に触手を伸ばす。触手と俺の体はがっつり繋がっているので、触手が触れたものの感触はリアルに俺に伝わって来る。


 硬い、そして重い。カチカチというかカラカラというか、ただの抜け殻ではないがっつりとしたものを感じた。


 「あの、そのオル何とかって、一番大きい物はどれくらいの大きさなんですか?」


 一つ目の赤い岩の上に降り立った俺は、足元を見つめながらたずねた。


 「オルゴイコルコイだ。そうだな。言葉で表現するのは難しいが、山よりも大きいという話だ。昔、研究した時の情報では、カスが岩の様になるには、元の大きさが魔法局と同じぐらいは必要だという文献があった。それほど凝縮されて、この硬さ、重さになるそうだ」


 「そ、そうですか」


 魔法局の塔よりもでかい? そんな化け物がうじゃうじゃいる場所に来てしまったのか? 聞かなければ良かった。引き返して遠くても迂回した方がいいんじゃないか。


 「あの……」


 「どうした、さっさと進め。言っておくが、夜までに渡り切らないと、闇の中でオルゴイコルコイに襲われる事になるぞ」


 川を渡った後、数時間程その場で休憩していたせいで、太陽は既に傾きはじめ西の空に見えている。日没まで4時間、いや3時間というところか。


 「わかりました」


 俺は意を決して、出来るだけ遠くにある赤い岩に触手を伸ばし、そして体を浮かせて移動する。時間的な心配事はあるが、赤い岩の数の心配は全く不要だ。何故なら見渡す限りの砂漠の上に赤い岩が転がっているからだ。


 これが全て、元々は魔法局と同じぐらいの大きさだったと考えるだけで背筋に冷たいものが走る。


 掴んで、移動。掴んで、移動。掴んで、移動。


 主に触手の力は使っているとはいえ、全身でバランスを取りながらの移動だ。本来ならかなりの筋トレになっているはずなのだが、相変わらず疲労を感じない俺にとって、筋トレの心地よい疲れは全くなかった。


 まあ、その分、集中力を持続する事ができるのだが。


 掴んで、移動。掴んで、移動。掴んで、移動。


 一回に約20m程進を繰り返す。それに約7秒。つまり100mを35秒。1時間でえーっと……どれくらいだ? 1時間が60分で、1分が60秒だから、30秒を1とすると、1時間は120か? 100mの120倍は12000mだから、約12km。実際には35秒ぐらいなので、時速10kmぐらいという事になるのだろうか。


 時速10kmって遅くないか? 3時間で30kmしか進めないのだが……。地平線を眺めながら俺は呆然とする。景色が変わらないというのは距離が分からなくて困るな。唯一分かるのは方角だけ。とにかくそれを信じて先に進むしかない。


 そんな中、俺達の進行方向でいきなり砂煙が立ち込めた。


 ドボゴォォォォン!!


 「な!?」


 「おお、これはひょっとして」


 地面が爆発したかの様な真っすぐの砂煙は見上げる様な高さまで立ち昇る。


 ドボグォォォォン!!


 同じ様な爆発音がもう一度起こり同じような砂煙が立ち昇る。その中から現れたのは、巨大な赤い化け物だった。


 「おお、オルゴイコルコイじゃないか。中々の大きさだな。夕方近くになると良くある事らしいが、こんなに近くでこの光景を見られるとは思っていなかった」


 2匹の巨大な虫。その虫が互いを飲み込もうと暴れている内に砂から飛び出してしまった。そんな感じだ。


 収まるまで動けないな。


 そう思って様子を伺っていると、片方が、もう片方の首元というか、口らしきもののすぐ下の辺りに噛みつき、そのまま頭部を引き千切った。


 ドゴゴゴゴゴォォォォン!


 勝った方が上に重なるように砂漠の上に倒れこむ。そして、はっきりとは見えないが、倒した方を飲み込もうとしている様だ。その食事が始まった瞬間、砂漠全体が波打った。


 ドドドドドドドドドドドドドド


 地鳴りというにはあまりにも激しい揺れで、俺は赤い岩の上から砂の上に転げ落ちる。


 「ぐへ」


 背中から倒れこんだ俺の下敷きになったテオフーラが声を漏らした瞬間、俺達の足元の砂が急激に持ち上がり、俺達は空中に打ち上げられた。


 「なんだ!?」


 空を舞いながら俺とテオフーラが見た光景。それは、先程の勝負に負けた方の肉を横取りしようと砂の奥から飛び出してきた無数の赤い虫の波だった。


 折り重なり、絡みつき、幾重もの波となって負けた1匹に向かって飛び出してくる赤い虫たち。大きさ的には戦っていた2匹の半分にも満たないが、俺とテオフーラなら一飲みできそうな大きさの虫の波の中に俺達は落ちていった。


 やばい!


 ドゴン


 波の中の大きめの虫の上に俺は落ちた。が、負けた方の虫を食らう事に集中しているのか、俺達の事には気づいていない様だ。だが、ほかの虫には気づかれた。


 ギビビャビャャャャァァァァァ!!


 波の中の他の虫が俺達に気づき、穴だけの様な大きな口を開いて襲い掛かって来た。


 「あの光で迎え撃て!」


 テオフーラが襲い掛かって来る数匹の虫を見て俺に命令する。


 ピキィィィィン


 俺は右手を虫に向かって突き出し、赤い光が出る様に力を込めた。その瞬間、3本の赤い光が飛びかかって来た虫を切断した。


 ギビビャャャァァァ!!


 波の中からその切断された虫に向かって別の虫が群がって行くのが見える。


 「全部、殺せ!」


 「え?」


 「その光で全部殺させ! できるだろ、それくらい?」


 全部って、砂漠を埋め尽くすような虫の波、全てを殺すなんてできるのか?


 だが、考えている暇はなさそうだ。さっきの光で辺り一帯の虫たちが完全に俺達に気づき、こちらに向かって飛び込んで来た。


 ピキィィィィン


 俺は右手を横に振りながら赤い光で虫を両断する。一度に数十匹の虫が散って行くが、その奥から次々に新たな虫が迫って来た。


 この光、出し続けても大丈夫なのだろうか? これまで一度も試したことが無いが、今はやってみるしかない。俺は右手の光を止める事無く出し続け、手当たり次第の虫を切り裂いていった。


 あれ、これ、行けるんじゃないか?


 それまでは飛びかかって来ていたものだけを切っていたのだが、普通に波の様な塊に向かって放てば、その一体の虫を全て薙ぎ払えた。右手の光もまだまだ出せそうだ。


 「しっかり捕まっていてください!!」


 俺はテオフーラにそう言うと、足元の大きめの虫を踏み台にして思い切り真上に向かってジャンプした。


 ボゴゥオン!


 どの虫よりも速く、高く俺は飛び上がる。俺を追って1つの山の様に虫たちが盛り上がっているのを眼下に捕らえ、その山に向かって光を注ぐ。


 ピキィィィィィィィィィィィィィィィィ


 その光を螺旋を描くように回転させながら徐々に広げていく。俺が落ちていく先にいる虫が粗方片付く中、俺は虫の死骸の山の上に着地した。


 まだまだ、これからだ!


 俺はその場で回転して全ての方角に向かって光を放つ。


 1周、2周、3周、4周


 地上の虫が流す血の臭いを嗅ぎつけて、次から次へと虫が現れるが、俺は次々にその虫を光で薙ぎ払う。


 そこからさらに10回ほど回った時、赤い砂漠の上で動いているのは俺とテオフーラだけになった。


 「最初からこうしていれば早かったな」


 強きのセリフだが、その声から生気は完全に抜けていた。


 「そ、そうですね……」


 体の疲労は全くないが、精神的な疲労を感じた俺は、光を止めた右手を眺めた。そこには赤々と輝く3つの目が輝いている。 この光で命が助かったのだが、あまり多用するのは良くなさそうだ。


 その後、血と死肉にまみれた砂漠を俺は陽が落ちる前に渡り切った。

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破壊神《デストロイヤー》と呼ばないで 吉行ヤマト @yoshiyukiyamato

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